影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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エピローグ②『いつかまた会う日まで』

「「──────」」

 

 

 耳が痛くなるほどの静寂が騒ぎ立てる。風が拾ってきた勝利の声は、ガラス窓越しのように朧気で、どこか現実離れして遠かった。

 

 

 誰も何も言えなかった。ただ一点を凝視して、動かない。動けない。

 

 

 と、『保健所』の一人、背の高い金髪の女。リリーがポスっと音を立ててへたり込んだ。呆然とした表情で、主が消えた地点を、瞬きせずに凝視していた。

 

 

 それを皮切りに、一人、また一人と膝を付いた。その顔は皆一様に蒼白で、されど目だけが怖ろしいほどに血走っていた。

 

 

「……ッ」

 

 

 ただ一人、一二だけが自らの得物を地面に突き立てて支えにし、唇をきつく噛みしめる事でどうにか喪失に耐え忍んでいた。

 

 

 耐え忍ぶ? 

 

 

 違う。ただ倒れていないだけだ。胸の内に抱く喪失は、他のメンバーと大差ない。

 

 

「はっ……! はっ……!」

 

 

 とりわけ萌の狼狽えぶりは相当なものであった。呼吸は浅く、肌は青を通り越して白くなり、そのうち死んでしまうのではないかと、そう思えてしまうほど、生気というものがまるでなかった。

 

 

 それを見る暗夜たちの表情もまた、彼女たちほどではないが、暗い。

 

 

 数多の死を与えてきた。助けが間に合わず、死なせてしまった命もまた多い。離別にむせび泣く無辜の人々を何人も見てきた。

 

 

 だが、あくまでそれは、ある意味では()()()であった。可哀そうにとは思いはしたが、完全に理解してやれることはできなかった。

 

 

 何せ彼らは自然な離別こそあれど、理不尽に奪われるという経験が無かったから。

 

 

 理解とは経験である。この時、ようやく彼らは奪われる痛みというものの意味を、真に理解した。力及ばず目の前で取りこぼす苦痛を、この時にしてやっと知ったのだ。

 

 

 項垂れる績と軌陸を一瞥し、ひと時目をつぶった暗夜は天を仰いだ。

 

 

 全てを捧げた従僕どころか、彼女たちに比べれば限りなく関係の薄い自分たちですらこれなのだ。ならば、半身とすら称せるほどに深く繋がった彼女は、いったいどれほどの苦痛と喪失を感じているのであろうか。

 

 

 怖かった。直視するのだ。だから目を閉じた。しかし、受け止めなければならない。全てを覆す力を持ちながら、己の身熟で失わせた繋がりの結果を。直視しなければならない。

 

 

 暗夜は目を開く。雲の無い何処までも澄み渡った空が、視界一杯に広がる。

 

 

「──────ッ」

 

 

 意を決し、暗夜はこの場で最も傷ついているであろう少女へ、鳳凰院千歳へと目を向けた。そして目を見開く。

 

 

「……」

 

 

 視線の先の千歳は悲しみに顔を歪めるどころか、心底呆れたとばかりに眉間に皺を寄せてため息を吐いていた。そこに悲壮感は欠片も無く、あまりにも普段通りの千歳だった。

 

 

「え?」

 

 

 視線に気が付いたのか、暗夜へと顔を向けた千歳は同情の気配を察してか、これまた見事に眉間の皺を深め、つかつかと近寄ってきたかと思えば、リアクションを挟む間もなくローキックを放ち、脛を蹴っ飛ばした。

 

 

「え? 痛っえ?」

 

 

 痛みよりも困惑の方が勝った暗夜は、痛む脛を押さえることすらせずに、背を向けてすたすたと歩き去ってゆく千歳を茫然と見つめていた。

 

 

「何やってるんだお前らは。さっさと立て」

「うるせえな……」

 

 

 死んだ顔で項垂れる綾子の前に立ち、腰に手を当て、馬鹿馬鹿しくてたまらないとばかりに呆れ眼で見下ろしながら、無慈悲に言った。

 

 

「聞こえなかったのか、さっさと立て」

「うるせぇってんだろうがクソガキ!!!」

 

 

 激昂した綾子は立ち上がり、千歳の首に勢いよく手を伸ばしたが、千歳は造作もなく払いのけた。

 

 

「このっ!」

「立ったな」

「あ?」

 

 

 追撃を加えようとガントレットから爪を展開した綾子へ、千歳は面白くもなさそうに言った。綾子は眉根を寄せた。

 

 

「おい、姉貴分率先しては立ち上がったぞ。お前らも見習ったらどうだ?」

「無茶言うなよ……」

 

 

 と、一二が力なく言った。

 

 

「ほう、何故だ?」

「何故って、そりゃあ……」

 

 

 問われ、口をもごもごと動かし、ため息を吐きながら一二は口を開く。

 

 

「ボスはあたしらの全てだ。それが無くなっちまっちゃあ」

「死んでないぞあいつ」

「「え?」」

 

 

 

 一二は目をしばたかせて千歳を見た。他の者たちも同様に目を向ける。千歳は信じられない愚か者を見る目で彼女たちを見渡し、それはもう大きくため息を吐いた。

 

 

「あのな私はあいつと繋がっているんだぞ? 抜かれた事で弱くはなったが、生き死にの有無くらいは分るわっ」

「「──────ッ!!!」」

 

 

 まるで聞き分けの無い子供に教え諭すかのように千歳は言った。この場の全員に衝撃が走り、たちまちのうちに沈んでいた表情が元に戻ってゆく。

 

 

「何故すぐに戻ってこんのかは分からんが、どうせいつもの悪だくみの準備のためだろ? その内向こうから戻って来る。なら不安に思う事なんか何処にある?」

「「……」」

 

 

 誰も彼もが口を閉ざした。脳裏に浮かんだスーツ姿の悪魔が、茶目っ気たっぷりにウィンクした。

 

 

「──────それもそうだな」

 

 

 と綾子。

 

 

「違いねえや」

 

 

 一二は身を投げ出した。

 

 

「そっか。……うん、そうだよね」

 

 

 袖でごしごしと目元を拭い、リリーは笑みを浮かべた。

 

 

「……………………そうね。帰ったら殺してやるわ」

 

 

 萌は深く深く息を吸った。心に蟠る暗い感情を押し込むように。

 

 

「強いな、お前は」

「お前らが雑魚なだけだ」

 

 

 苦笑いを浮かべる軌陸へ、千歳は言い捨てた。

 

 

「言ってくれるじゃないですか……!」

 

 

 額に青筋を浮かべた績が食って掛かるが、千歳は一切取り合わずにスマホを取り出し、掴みかかって来る手を払いのけながら、どこかへと電話を繋げた。

 

 

 

「もしも」

『なんだ!? 奴はどうなった!? 神は!?』

「……」

 

 

 言い切る前に食い気味に飛び込んできた悲鳴に近い父の声に、千歳はうんざりと頭を振るい、まだ何事か喚いている父の声に被せ、ほぼ命令に近い形で頼みごとを押し付けた。

 

 

「お父様、こちらにヘリを寄越してくださいませんか。後何人かの医療メイドを」

『──────は? 何を言って』

「では」

 

 

 喚かれる前に、千歳は一方的に言うだけ言って、通話を切った。

 

 

「これから忙しくなるぞ。ほら、さっさと立たんか」

 

 

 ぱんぱんと手を鳴らす。しかし、誰も彼もその場にへたり込み、動く気配はない。千歳は苛立たし気に眉を吊り上げた。

 

 

「いや、その、無事って分かったら腰が抜けちまって」

「疲れた。さっさと運べ」

「もう無理~……」

「……」

 

 

 一二が、綾子が、リリーが、萌が。地面に腰をつけたまま各々が白旗を上げていた。千歳の眉間に青筋が浮かぶ。

 

 

「あ、俺ももう無理」

「……同じく私も」

「奇遇だな、私もだ」

 

 

 と、暗夜たちもへなへなとその場に崩れ落ちてしまった。千歳は、キレた。

 

 

「「──────ッ!」」

「……」

 

 

 ああでもないこうでもないと言い争っている若者たちを背に、光の神は悪魔と〝闇の神〟が消えた地点に立ち、屈みこんで何事か調べていた。

 

 

((やっぱりな、()()()()()))

 

 

 地面には本当に微かに。目を凝らせな分らぬ程にうっすらと、黒い闇が滞留していた。

 

 

((さてさて、これがどんな影響を及ぼすか))

 

 

 光の神はさっと手を伸ばし、僅かな闇を握り潰すと、にやりと笑った。アバターを通してもなお、その顔は何処までも人ならざる者のそれであった。

 

 

(……)

 

 

 それを言い争いながらも視界に収めていた千歳は、しかし何も言わなかった。

 

 

 同時に頭上に影がかかり、言い争いをかき消すローターの音が響き渡った。

 

 

「おーいガキども―! 生きてるか―ッ!」

 

 

 ヘリから身を乗り出した源蔵が、手を振りながら叫んだ。

 

 

「ふん」

 

 

 鼻を鳴らし、背後を見る。丁度その時太陽が顔を出し、まばゆい温もりが万物を染め上げた。

 

 

「……ふん」

 

 

 頭を振るい、背を向けて歩き出す。

 

 

 自我破壊メイドや医療部隊が英雄たちをてきぱきとヘリの中へと放り込んでゆく中を進み、自らの足で中へと入ってゆく。

 

 

 全員を乗せ終えたヘリは、回転翼を再び回し、空へと飛び立った。

 

 

「「──────」」

「……」

 

 

 興奮冷めやらぬ彼らは、各々近くにいる者とぺちゃくちゃと会話に乗じていた。千歳は会話に加わらず、窓際の席に腰を下ろし、差し込む日の出をただ一人見つめていた。

 

 

 初日の出。年の初め。

 

 

 千歳は目を閉じ、過去を思う。

 

 

 かつての自分では考えられない程の充足ぶりである。去年の今の自分が今の光景を見たら、果たして何というだろう? 

 

 

「下らないな」

 

 

 薄く笑い、もう一度窓を見る。煌々と輝く太陽は、一人の少女へ惜しみの無い温もりを注ぎ込んだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「──────うん、そっか。そうだよね。ボスが死ぬ訳ないもんね」

 

 

 通信ですべてを聞いていたみみ子は、さめざめと涙を流しながら呟いた。彼女の腕の中には老人の頭が掻き抱かれてあった。もう動かない、老人の頭が。

 

 

 みみ子の周りには誰もいない。外で行われている祝勝会に行ってしまったからだ。

 

 

 管制室には誰もいない。みみ子と、老人の二人だけ。

 

 

 それでいいと思った。せっかくの勝利の余韻に、水を差す事は憚られた。だからこれでいい。これが良い。悲しみは、一人が浸っていればいいのだ。

 

 

「お疲れ様……後は、任せてね」

 

 

 老人の亡骸は血に塗れていたが、その顔は何処までも安らかであった。ふとすれば飛び起き、何を泣いているんだとひっぱたいて、そして笑うのだ。品性の欠片も無い大声で。豪快に。

 

 

 彼女は萌に感謝した。この永別に、ただ一人立ち向えるようにしてくれたのだから。

 

 

 強く抱きしめ、みみ子はただ静かに泣いた。誰にも憚れずに。一人で。

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