影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『大噓つき血風絵巻 其の壱~鬼の章~』

 年が明けてから、早二ヶ月が経過した。

 

 

 年末に起きた戦いの破壊の痕跡はあらかた修復し終わり、人々の精神汚染も光の神の尽力により完全に消え去っていた。

 

 

 勝利の余韻もとうに過ぎ去り、人々は日常へと戻っていた。戦いの記憶も、おぞましい幻影の残滓も、全ては洪水の如き情報の波が押し流し、欠片も残ってはいない。

 

 

 この超情報化社会で、一つの話題が続くことは至難の業だ。現にニュースや新聞に載っているのは芸能人の不倫のどうたらや、子供が暴行の末浮浪児を殺害したとかいう話題やらばかりで、未だ年末の戦いについてあれこれ講釈垂れている者は、遥か昔に隅に追いやられている。

 

 

 駅前の表通り。時刻は夕刻を迎え、いよいよ書き入れ時を迎えた居酒屋や屋台は人でごった返していた。物見雄山の学生が学友と話しながらトレンドの店へと入って行き、仕事終わりのサラリーマンが周囲を見回し最高の一杯にありつこうとのっぴきならない瞳を巡らせている。

 

 

 その中を、一人の男が歩いていた。黒い帽子をかぶり、黒いフード付きのパーカーですっぽりと覆った、怪しげな人物であった。

 

 

 背格好は170センチほどで、大きめの衣服のせいで体格は伺うことはできなかったが、唯一剥き出しの手指の細さと白さから、相当な線の細さが窺えた。

 

 

 しかし、それ以外に目を引くものは何も無く、当然ながら気にかける者はいない。こういう恰好をした者はそれなりの数がおり、その上、誰しもが己のやる事に夢中となっているため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、誰も注意を向けたりなどしないのだ。

 

 

 だが、男が横切った後に、時折足を止め、振り返る者がままいた。彼らは一様に感受性の高い者であり、彼らは恐らく感じ取ったのだろう。男が内に秘める、恐るべき暴力の気配に。

 

 

 とはいえ、追いかけてまで確かめるような事柄でもなく、またその者も何かしらやる事がある訳なので、顔を戻し、やる事をやった。男の事など、すぐに頭から抜け落ちた。

 

 

「……」

 

 

 男は無言で歩を進める。人ごみを縫うように歩き、時折わざと人にぶつかって弾かれ、人の中へ、奥へ奥へと入り込んでゆく。

 

 

「……っ」

 

 

 男は僅かに引くついた。苛立ちが現れるように、歩調は速くなっていく。

 

 

 やがて男は裏路地へと入り込んでいた。表通りと比べれば、裏路地は、さながら別世界のような変わり具合である。

 

 

 死んだ空気。掃き溜めに相応しい身なりの者たち。丸々と太ったネズミが我が物顔で路地を横切り、突如として飛び出してきた黒猫に咥えられ、その頭を噛み砕かれて絶命した。

 

 

 まるで迷宮のように入り組んだ裏路地を、男は表通りの時と変わらぬ軽やかさで歩き進む。足取りはやはり苛立っていた。早まる歩調は、やがては疾走に変わっていた。

 

 

 やがて、男は広い空間へと入り込んだ。

 

 

 取り壊され、手つかずで放置された空き地の群れ。何も無い建物の墓地。それがこの広場の正体だ。

 

 

 男は振り返った。視線の先には、古い胴着を着た、白髪の髪の男が立っていた。

 

 

 背丈は男よりも一回りほど大きく、180センチは超えているであろう。そして、横幅も広く、腕は丸太めいていた。背後の電灯から投げかけられる光に映る影が、四角いシルエットを刻んでいた。皺のある顔立ちは50代半ばにも、60代を迎えているようにも見える。

 

 

 身なりもおかしいが、その男が纏う気配はもっとおかしかった。まるで鋸の如き荒々しい気配。ざらざらとねばついた殺気。内なる凶悪な獣性を隠しもしていない。

 

 

 身に着けている胴着は古く、そして所々が汚れていた。胸や下半身の部分に、まるで飛沫掛かったような黒い汚れが付いていた。しかし、男の放つ気配とは良く似合っていた。

 

 

「生憎だが」

 

 

 男は先んじて声をかけた。鈴の音のような軽やかな響きであった。声は死んだ空気に波紋を生み、空気をわずかに振るわせて、おかしな男の耳に入った。

 

 

「俺は女じゃねえぞ。ナンパならよそでやりな」

 

 

 そう言って、男はフードと帽子を取った。現れたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし、男が放つ暴力の気配が、瞳に宿る陰惨な眼光が、すべての要素を台無しにしていた。

 

 

 男、名前はいくつかあるが、今は嘘つき(ライ)()誰か(ドゥ)と名乗るそれは、苛立たし気に眉根を顰めた。両手はふてぶてしくポケットの中にある。

 

 

 しかし、対峙する男は些かも気分を害した素振りも見せず、またどこか夢現のようにぼんやりとした目で、ライを睨む。そこに意思の疎通は皆無。男は何処までも自分の世界に浸っていた。ライは訝った。

 

 

((物狂いの類か……))

 

 

 男の表情、佇まいから、ライは男をその様に評価した。

 

 

 おかしな人間はどこにでもいる。裏路地から表通り。極寒の世界だろうと灼熱の砂漠であろうとも、コミュニティーがあるのならば、必ずや一定数の鼻つまみ者というものは出てくる。

 

 

 母数が多ければ多い程、その数も増えてくる。この街に一体何人の人間がいるのかは知らないが、きっと我々のあずかり知らぬところで、そういった類の狂人が、何か言うを憚られるようなことをしているに違いない。

 

 

 真の狂気や悪意は、たいてい光の下には出てこない。目の前にいるのも、きっとそれに準ずるものなのだろう。根拠はないが、ライは確信していた。

 

 

 何せ他ならぬ自分も──―。

 

 

 と、考えたところで、ライは思考を打ち切った。もはや関係の無い記憶である。思い出したくもない苦い記憶を、態々掘り起こす必要はない。

 

 

 それにしても、と。ライは眼前の男へと意識を集中させる。

 

 

 あれから男は碌に動いていない。白濁し、一切の感情も伺うことのできない死んだ目で、ライを見つめるばかりだ。その表情は、彫刻染みて無表情を維持していた。

 

 

((何こいつ))

 

 

 物狂いであると頭で理解していても、実際に対峙し、一切の会話なくただ見つめられているだけというのは、中々に堪える。碌でもない存在達とは数多く対峙してきたが、こういう自分だけの世界に入りこんでいる者との対峙は、実のところ数える程しかない。とりわけ、()()()()()()()()()()()()()()()は、初めてとすら言えた。

 

 

 然り、強者だ。その佇まいはただ漠然と棒立ちでいるようで、実に自然体である。体に無駄な力みは無く、呼吸は規則的で、何らかの武術で行われる呼吸法に似た類のものであるとライは見切りをつけていた。

 

 

((しかし分からんな。何だってこんな奴に目を付けられた?))

 

 

 胸の内にあるのは、ただそれだけだった。

 

 

 日常に戻ってからというもの、彼は一度だって戦いというものに関わっては来なかったし、暴力を振るったことも同様にない。にも拘らず、目の前で対峙する男は迷い無き足取りでライを目指してやって来た。

 

 

 あのまま場所を移さないでいたら、男はきっと場所など関係なく襲い掛かって来ていた事だろう。ライにはその確信があった。

 

 

 この手の輩はしつこい。強者ならばなおさらだ。故に逃げる足を止め、こうして対峙することにしたのだが、踏み込めないでいた。

 

 

 というのも、隙だらけのように見えて、男にはまるで隙が無かった。『(わざ)』が使えるのであれば、こうして睨み合う必要も無かったのだが、そういう訳にもいかない。

 

 

 それもこれも、どうも彼に縁のあるものは僅かな兆候でも敏感に察するほどに神経を張り巡らせているらしい。それに気が付いたのは、飲食店で騒ぎ立てる輩に苛立った時、内なる闇と光が脈動し、僅かに漏れた時であった。

 

 

 それだけで、遠くにいたにもかかわらず、知った気配が勢い良くこちらに向かってきたのだ。

 

 

 慌ててライはその場から消え失せ、店のドアを突き破る勢いで入っていった女の背を視界の端に捉えながら、彼は大きくため息を吐いた。

 

 

 それ以来、ライは己の力の制御を今まで以上に強めた。また所作にすらも反応することが分かったため、身体動作の改善を余儀なくされた。

 

 

 故に『(わざ)』は使えない。だからこそ、こうしてやりたくもない読み合いを強要されている。

 

 

 対峙してから丸々3分。男は動かない。ライもまた動かない。

 

 

 重い沈黙が下りる。うす暗い照明は広場に陰気な光を投げかけ、光が届かない通路の奥から淀んだ風が吹き、彼らの肌に突き刺すような寒気で撫でた。熱くも無いのに汗が垂れる。苛立ちが募る。

 

 

 やがて、遂にしびれを切らして口を開きかけたその時、男は口を開いた。

 

 

「我、修羅を討つもの也」

「あ?」

 

 

 唐突かつまるで意味の分からない言葉に、ライは困惑の声を発した。

 

 

 ──―して、目を見開き、反射的に首を傾げた。その横を凄まじい勢いで拳が通過した。

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