影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『大噓つき血風絵巻 其の壱~鬼の章~』②

((え? なに? なに!? 何なのこいつ!?))

 

 

 目の前には男がおり、打ち込んだ腕を既に戻し、戻した勢いで逆の腕で上段突きを放ち、ライの顔面を狙う。

 

 

 男とライの間には、約5メートルほどの距離が開いていたが、男は一息の間に間合いを詰め、疾走の勢いのまま、拳を突き出してきたのだ。瞬きする間も無い速度。信じがたい瞬発力であった。

 

 

「チィ!」

 

 

 ライは舌打ちし、左腕を掲げて拳に手を添え、円を描くように回し、男の拳を外側へと逸らした。

 

 

「む?」

 

 

 男は訝しみ、その顔面に閃光めいた衝撃がぶち当たり、放物線を描いて吹き飛んだ。

 

 

((違う! 奴は自分から跳んだんだ!))

 

 

 突き出した腕を戻し、構えを維持したままのライは胸中で叫んだ。

 

 

 然り。ライが言うように、吹き飛んだ男は空中で姿勢制御し、何事も無く両足で着地した。顔を上げて、こちらを見る。潰れた鼻から一筋の血が垂れたが、所詮はその程度であった。意識を奪うには程遠く、命を奪うにはなお遠い。

 

 

 両者は再び5メートル離れて対峙した。仕切り直しである。

 

 

 互いに構えたまま、動かない。両者の気がぶつかり合い、死んだ空気を震わせ、波紋を生んだ。

 

 

「恐るべき腕前。やはり修羅に相違無し」

 

 

 構えたまま微動だにせず、鼻血を拭う事もせずに、男は超然と言い放った。

 

 

「俺が修羅だと? ふざけやがって」

 

 

 ライは吐き捨てた。

 

 

「だったらテメェは鬼か? あぁ?」

「然り」

「……」

 

 

 ライは押し黙った。男は、鬼は続ける。

 

 

「我は修羅を討つために人を捨てた鬼である。鬼は修羅を討つ。修羅よ、滅ぶべし」

「話にならん!」

 

 

 ライは唾を吐いた。鬼も話を続ける気はなかったようだ。地面が陥没するほどの踏み込みと共に跳ねるように地を蹴り、長い足を振り上げ、顎を狙って蹴りを繰り出した。

 

 

「むんっ」

 

 

 ライは半身になって蹴りをかわし、両腕で蹴り足をがっちりとホールドした。

 

 

「あばよ右足!」

 

 

 嘲笑い、思い切り逆方向へと捻った。

 

 

 しかし。

 

 

「破っ!」

 

 

 男は力の流れに逆らわずに体を倒し、逆の足で側頭部を蹴りにいく。

 

 

「ふんっ」

 

 

 ライは鼻を鳴らし、ホールドを即座に解くと、後ろに跳び退いて蹴りをかわす。

 

 

「放したなっ」

 

 

 倒れた鬼は鬼は即座にブレイクダンス染みて蹴りを繰り出して接近を拒絶し、立ち上がると再び猛烈な加速と共に踏み込んで来た。

 

 

()()()()()馬鹿が!」

 

 

 叫び、ライは突き出された拳に合わせる様に拳を突き出し、カウンターの右クロスを叩き込みにいく。

 

 

「なんとっ」

 

 

 鬼は目を見張った。明らかに自分よりも後に技を出したのにも関わらず、届くのはずっと速い。いや、()()()()

 

 

 考えてからでは、おそらく間に合わないだろう。そう考えた時、傾げた顔の横を、凄まじい拳圧が通過した。

 

 

 鬼はすぐさま地を蹴って距離を離した。頬が焼け付くような熱を発しており、拭うと、べっとりと血が付着していた。切れ味が鋭すぎて、拳の周囲には小さなかまいたちが発生していたのだ。それが、避けた鬼の頬を切り裂いた。

 

 

「修羅」

 

 

 鬼は恍惚めいていった。眼前には既にライが来っており、手刀で喉笛を突く構えである。

 

 

「それこそが!」

 

 

 鬼の眼がギラリと光った。向かい来る手刀が、ひどく鈍い。空間を満たす空気の層すらもが見える程に、全てが鮮明になっていた。鬼の眼からは、赤い涙がとめどなく流れ落ちる。

 

 

(我の求めてい死合よ!)

 

 

 歓喜に突き動かされ、鬼は思い切り身を仰け反らせ、意趣返しめいた大振りのカウンターフックを繰り出した。

 

 

「──────ッ!!!」

 

 

 一方ライはそのフックにただならぬ気配を感じ、伸ばした腕を戻すと同時にもう片方の腕をクロスさせ、防御の構えである。そのまま接触と同時に後方へ跳び、打撃の威力を殺しつつ、体内の衝撃を地面に押し付け、更には距離まで取ろうと考えた。

 

 

 が、その判断が誤りであると気が付いたのは、接触の瞬間。ぎらつく鬼の瞳と目があった時であった。

 

 

((これは──────マズい!?))

 

 

 そう思った時には、全てが遅かった。あるいは『業』が使えさえしたならば、この時からでも離脱は可能であったであろうが、後悔は先に立たず、また選択肢を覆す術も、人の身にはありはしない。

 

 

 ライのクロス腕に、鬼の拳が接触した。

 

 

 その瞬間、クワーン、という奇妙な音が轟き、淀んだ空気を震わせた。

 

 

「ギッ──────!?」

 

 

 ライは目を剝いた。全身に奇妙な波動が駆け巡ったかと思えば、全身がピクリとも動かなくなった。

 

 

((な、ん、だ、こりゃあ……!?))

 

 

 波動は接触部位を中心に広がり、瞬く間に全身を犯し、末端に至るまで完全に動きを止めた。

 

 

「フッハッ! これこそが『戒め』よ!」

 

 

 鬼は凄惨な笑みと共に叫び、踏み込み、ライの無防備胴体に向けて強烈な正拳突きを叩き込んだ。

 

 

 一打。胸部に叩き込まれ、それだけで胸骨が割れ、骨の破片が肉に食い込んだ。ライは血を吐いた。

 

 

 二打目。下段突きが腹に刺さり、衝撃で臓器が傷つき、肋骨が数本折れた。ライは血を吹き出した。鬼は吐き出された血をもろに浴びたが、意に介さず手刀を振り上げ、一瞬の溜めの後、振りかぶった。

 

 

 その一瞬の溜めが、ライを助けた。

 

 

「──────ずあっ!」

 

 

 ライは即座に体をパンプアップさせ、打撃の衝撃と共に波動を体外へと放出し、シビレから脱却。そして、振りかぶられた手刀に手刀を合わせ、完璧なタイミングと角度で放ち、それを弾いた。

 

 

 パンッ、と空気が弾ける音がして、鬼の手刀が弾かれた。

 

 

「ぬうっ」

 

 

 仰け反り、がら空きとなった鬼の懐に飛び込んだライは、殺意と憤怒に燃える瞳で鬼を睨みつけながら、強烈なボディブローでその腹を抉った。

 

 

「ぬがっ!」

 

 

 今度は鬼が目を剥く番だった。細腕からは考えられない程の力。そして踏み込みから勢いを殺さず、シームレスに繰り出された拳の先端に乗った速度を、余すことなく相手の体内に叩き込むその技量。

 

 

「はっははは!」

 

 

 鬼は尋常ならざる苦痛に襲われながらも、それでも哄笑した。繰り出されるフックに、同じようにフックを繰り出す。

 

 

「クソがあッ!」

 

 

 再びあの波動の気配を察し、ライは吐き捨てながら横に跳び、打撃を避けた。獲物を捕らえ損ねた拳は口惜し気にクワ―ン、と音を発し、空振りした。

 

 

「我は『反省』の道場により生まれた」

 

 

 ライから放たれる打撃群を避け、捌き、時折叩き込まれ、自らもまた打撃を打ち込みながら、鬼は滔々と語った。

 

 

「てめえの生まれなんざ知るか!」

「我には兄がおり、『反省の力』の優れた使い手であった」

 

 

 首狩り大鉈めいた回し蹴りを繰り出したライが叫んだが、鬼は身を仰け反らせて避けつつも、構わずに続けた。

 

 

「だが我もまた優れた『反省の力』の使い手であった。しかし、我は思った」

「知るかってんだろうが!」

 

 

 背後に回った鬼に向けて回転裏拳。鬼はさばき、顔面に向けて掌打を放つ。ライは肘打ちを叩きつけて逸らすと、前蹴りを放って鬼の腹を蹴った。

 

 

「『反省の力』をもって反省を促したところで、真の修羅は滅びぬ。兄には何度もそれを訴えた。しかし兄は認めず、道場もまた我を認めなかった」

「お前みたいないかれポンチが受け入れられるわけがないだろ!」

 

 

 鬼は勢いよく地面に倒れて衝撃を逃がした。地面には前蹴りの威力を物語るように、蜘蛛の巣状の罅が入った。

 

 

「惰弱な兄たちは反省を促すと言って、その実力で他者を制圧することに喜びを見出していたのだ。下らぬ存在に成り下がっていた」

「あぁ! もういいから黙れ!」

 

 

 ライは踵落としを繰り出して額を割りにいったが、鬼は素早く後転して逃れた。踵が地面を砕いた。

 

 

「我は兄たちに見切りをつけ、一人力を磨いていった。修羅を滅ぼす術を。その果てに、我『戒め』に開眼せり」

「何が見切りだ! 見捨てられたの間違いだろ!」

 

 

 喉笛を狙った突きを弾き、反撃の右ストレートを捌き逸らし、鬼は目くらまし目的の掌打を放つ。

 

 

「そして開眼したその日に兄を、道場の者たちを全て殺し、我は修羅を滅ぼす為に旅を始めた」

「そうかい、いい迷惑だぜ!」

 

 

 両者は同時に回し蹴りを繰り出し、蹴り足がかち合った反動で跳び離れた。

 

 

「その果てに、真の修羅を見つけた。我はついに、真に滅ぼす者と出会ったのである。これぞ神仏の思し召しよ。修羅よ。滅ぶべし」

「お前の戯言は聞き飽きた。これで終いだ」

 

 

 言いながら、ライは構えた。鬼もまた同様に構えを直した。

 

 

 死の静寂が、一時流れた。殺意と殺意がぶつかり合い、空気がどろりと濁った。表通りの喧騒は、ここには聞こえない。浮浪者たちやヤクザ者達ですらも、この深淵には立ち寄らない。ここは真に見捨てられた場所だった。

 

 

 やがて、緊張に耐えきれなかったのか、2つあるうちの電灯の一つが、パンと音を立てて弾けた。

 

 

 それを合図に、両者は動き出した。

 

 

「ヌゥウウウウン!」

 

 

 鬼の繰り出した正拳突きを手首を打って弾き、胸に掌底。僅かに体が揺れ、血を吐いたが、鬼は構わずに薙ぎ払うように腕を振った。ライは上体を逸らしてかわし、そのまま地面に手を付き、側頭部を蹴った。

 

 

「うんっ」

 

 

 ライの眼光が煮えた。たたらを踏んだ鬼へ向けて踏み込み、抜き手を放って心臓摘出の構えである。

 

 

「むうんっ!」

 

 

 鬼もまた瞳をぎらつかせた。たたらを踏んだのはブラフであった。彼はそのまま一歩踏み込み、握りこんだ拳を開き、『戒めの力』が乗った掌打を、ライに先んじて胸に叩き込んだ。

 

 

 クワ―ン、と奇妙な音が再びなった。鬼は勝ちを確信して逆の手で殴りつけにいったが、それが誤りだと気付くのは、すぐであった。

 

 

「馬鹿がッ!」

 

 

 ライの眼光が赤熱した。その眼光に、黒と白のパルスが走った。ライはあらかじめ力んでいた。例え『戒めの力』が身を苛んだとして、一手だけ動けるように、備えていたのだ。

 

 

 敵はどうやら『戒めの力』に酷く固執している。止めを刺すならば、必ずや使うであろう。分かっていた。だから備えた。勝敗の有無は、要はそれだけの事だった。

 

 

 ライの両手が目にもとまらぬ速度で閃き、鬼の両肩に添えられた。鬼は目を剥いた。

 

 

「大事なもんなんだろ? 返すよ!」

 

 

 クワ―ンと音が鳴るとともに、鬼の体が硬直した。

 

 

「ば、馬鹿な……! 我に『戒め』など!」

 

 

 その首に、紅い線が走った。そして、程なくしてぱっくりと開き、朱色の花を咲かせ、頭は地に落ちた。

 

 

「因果応報だ糞野郎。あの世で鬼に戒められとけ」

 

 

 吐き捨て、ライは鬼の首を踏み砕いた。ずしゃり、とその横でようやく死を認識した体がぐにゃりと頽れ、伏した。もう二度と動かない。

 

 

 死んだような空気が、再び空気を満たした。辺りにはむせ返る様な血の匂いが立ち込めていた。ライは顔をしかめた。

 

 

「くそ、とんだ厄日だぜ」

 

 

 血の混じった唾を吐き、ライは躯を残して踵を返した。

 

 

 広場には静寂に相応しい躯が倒れている。静寂は、この新たなる住民を快く迎え入れた。何も語らずただそこにある躰は、驚くほど様になっていた。

 

 

((それにしても『戒め』か))

 

 

 ライは拳を握りしめ、掲げた。あの痺れは、未だ体の中に残留していた。

 

 

「……」

 

 

 ライはしばらく握りこぶしを見つめていたが、やがて馬鹿馬鹿しいと頭を振り、今度こそ立ち去った。

 

 

 生者が消え、今度こそ死者だけが残された空間は、様相こそ違えど、彼らが争う前と、何ら変わらぬ静寂に満ちていた。

 

 

 冷たい夜の闇の中、煌々と浮かぶ月は、魔人同士の戦いを見下ろし、果たして何を思うだろうか? 

 

 

 夜闇の中、風だけがそれに答えた。木枯らしが舞う。冬はますますその深さを増し、生きる者に試練を与え続けていた。

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