影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『大噓つき血風絵巻 其の弐~覚の章~』

 俺たちは、目に見えるものだけを見て生きている。

 

 

 百聞は一見に如かずという言葉がある。百の物事を聞かされるよりも、自らの眼で見た物ごとの方が遥かに雄弁であるという事だ。

 

 

 しかし、全部が全部、目に見える物事という訳ではない。寧ろ見えない物の方が遥かに多い。落とし穴は多数。悪意の(かいな)はいつだって掬われる足元を待っている。

 

 

 目に見えるものは、その者が培ってきた経験や考え方によっていくらでも見方が変わり、見える範囲も同様に広くも狭くもなりうる。

 

 

 そこで問題なのは、世界というものは己というフィルター越しにしか見る事が出来ないという点だ。

 

 

 結局目に見えるものの基準は、己という信じられるんだか信じられないんだかよく分からない何某かだ。そいつは無意識の内に色々な物を取捨選択し、見えるもの、見えない物を選別する。

 

 

 自らを守るため、と言えば聞こえはいいが、結局我々人間というものは何処まで行っても自分本位なものなのだ。見たくもないものには目を閉じる。聞きたくないことには耳を塞ぐ。外れくじは捨て、ガチャの結果に怒り狂う。

 

 

 人の見る世界は積み重ねによってその色彩を無限に変える。

 

 

 俺が見ている世界と、彼らの見ている世界は、一体どれだけの違いがあるのだろうか? 

 

 

 正午、丁度良い腹減り時。俺は気の赴くまま、ぶらぶらと歩いていた。この時の俺はまさに考え無しそのもので、無意識の内に歩を進める足の赴くままに、好き勝手に歩かせていた。

 

 

 場所は、いくつかある『巣』にほど近い大通り。通りはスーツ姿のサラリーマンや、私服の浮ついたガキども、早帰りの学生などが、空きっ腹が要求する飯を求めて徘徊していた。

 

 

 俺の足は勝手知ったるという感じで、ごくごく自然に人の川の中を進んでいた。規則正しく、一手の歩調で乱れなく。

 

 

 傍から見れば、俺はきっとごくごく普通の、陰気なガキにしか見えないはずだ。そうでなければ困る。というか、俺ははじめからごく普通の染みったれたクソガキのはずだ。寧ろ今までがおかしかったのだ。

 

 

 何の因果か、訳の分からない『戦いごっこ』に巻き込まれはしたが、最終的には各々が各々に相応しい場所へと送られた。ガキ共は日常へ。主のいなくなった犬は保健所へ送られ、躾けられてペットショップへ。取りに足らない存在は、取るに足らない日常へ。

 

 

 紆余曲折、というにはあまりにも艱難辛苦に満ち溢れすぎていた。流した血で池ができ、積み重ね上げてきた屍で小山がいくつも立つだろう。坂道をどれだけ転げ落ちていったのか、検討すらつかない。

 

 

 とはいえ、だ。

 

 

 すべては終わった事だ。今更何かしら思いを寄せることに意味はなく、思い出したくもない記憶を掘り起こし、その苦みに顔を顰めるなど以ての外だ。

 

 

 そんな不可侵の記憶について思いを巡らせたのが悪いのか。俺はとある個人経営のインドネシア料理店のドアに手をかけていた。かけていたところで、俺はようやく正気付いた。

 

 

「──────」

 

 

 完全に無意識であった。無意識下でこそ、人は地金が出てくる。無意識下こそが、今までの積み重ねが唸る時。

 

 

 俺が俺じゃなくて『俺』であったころ、僅かに時間が空いた時は基本的に休息を入れるようにしていた。

 

 

 休息と言ってもやる事と言えばエネルギー補給と寝ることだ。それ以外にしない。できない。そんな暇はない。『悪魔』に娯楽は不要である。

 

 

 だからこそ、俺は食事にとにかく傾倒した。たった一つの心の安らぎ所。そしてその始まりは、決まってこのインドネシア料理店から始まった。

 

 

 とはいえ、来店回数はそこまで多くなく、店主と話すのは俺よりも時間のある『犬共』だ。あいつらは俺がいない間にこの店に入り浸っていたらしく、極たまに鉢合わせする度に会話は長くなっていた。故に、俺と彼との関りは薄い。

 

 

 しかし、関りは関りだ。万が一、億が一。俺の大嫌いな言葉だ。どんな物事も、万全が良い。隙間などあってはならない。付け入る隙など与えてはならない。いくらイレギュラーに対応できるように鍛えたとはいえ、高毎度毎度イレギュラーに見舞われては、こちらが持たない。

 

 

 俺は入る事を躊躇った。この生活に入ってから、かつての『俺』を知るものとの初めての接触である。正直入りたくない。しかし心はそう思っていても、体の方は入る事を望んでいるようだ。すでに腕はドアを押し開き、足は歩を進めて店内へと侵入していた。

 

 

 体はいつだって心を裏切る。結局はこれも、まあ、そのうちの一つだ。

 

 

 店内は相変わらず狭く、薄暗かった。席はカウンター側に5つで、テーブルは4人掛けのが2つだけ。客は2人しかおらず、一人はテーブル席。もう一人はカウンター側だ。どちらも出されたカレーを黙々と喰い、むっつりと黙り込んでいた。

 

 

 陰気な店に相応しい、陰気な客。かつての記憶と、変わらない光景。俺は眩暈がする思いであった。

 

 

「いらっしゃいネ~」

 

 

 相変わらず改善しないへったくそな日本語で、店主の愛想のよい声が聞こえた。変わらない。記憶とそっくりそのまま。

 

 

「……」

 

 

 頭を振るい、店主に手招かれるまま俺はカウンター席に腰を下ろした。そして、テーブルに置かれたメニューに目を通そうとして、俺の目の前に、湯気の立つカレーが入れてある器と、分厚いナンが乗っけられた皿が音を立てておかれた。

 

 

 俺は店主を見た。相変わらずのニコニコ顔。しかし、有無を言わさぬ圧があった。

 

 

 ばつが悪くなり、店主からカレーへと目を移す。具材はブロッコリー、ジャガイモ、ニンジン、そして豚肉であった。それは、入り口に書かれてあった今日の日替わりカレーであった。

 

 

「……まだ注文してないっすけど」

「良いヨ良いヨ~、今日はスペシャルデー! 先着一名だけお代はタダヨ~!」

 

 

 嘘だ。この店主は気前がいいが、この店でそんなサービスはしていない。俺は訝り、そしてある可能性に思い至って店主の殺害すらも視野に入れたが、当の店主はいつものようにニコニコと微笑むばかり。

 

 

「~~~~~~……」

 

 

 毒気を抜かれた俺は天を仰ぎ、それからナンに手を伸ばした。俺やこの野郎が何を思おうが、飯に罪はない。美味い飯ならば猶のこと罪はない。

 

 

 俺は黙ってナンをちぎり、カレーに浸し、口に含む。

 

 

 途端にパンチの利いた辛みが口を焦がし、俺の無駄な思考を焼き払った。

 

 

 そうだ。まず初めに狂った辛さで鈍った思考を蹴り飛ばし、意識をしゃんとすること頃から俺のエネルギー補給の旅は始まる。

 

 

 カレー自体は辛いが、ナンに付けることによって緩和される。時折スプーンで具材を食い、器にこびり付いたカレーの残りをナンに拭ってすべて食切る。

 

 

 食い終わると同時にカン、と音を立てて、チキンカレーに満たされた器とナンの乗った皿が差し出された。完全に終わる頃合いを見て用意されたもの。俺は躊躇いなく手を伸ばす。店主はニコニコと微笑むばかり。

 

 

 食べ、辛さに呻き、そして喰い切れば、今度はグリーンカレーに満たされた器と、2枚のナンが乗った皿を差し出された。躊躇いなく手を伸ばす。店主は微笑む。

 

 

 ここのカレーはどれも辛いが、とりわけグリーンカレーはその中でも群を抜いて辛い。故に、俺は1枚で済むはずの量のカレーに、あえて2枚用意させた。そうしなければ、とてもじゃないが喰い切れなかったからだ。

 

 

 ナンに緑色の魔物を拭い、口に含む。

 

 

 途端に構内に鋭い痛みが走る。辛い。本当に辛い。汗が噴き出、俺は思わず帽子を取り、額の汗をぬぐった。

 

 

「これお水ネ~」

 

 

 差し出されたコップを見もせずにひったくり、音を立てて飲み干す。そのまま店主に空のグラスを押し付け、またひーひー言いながら緑色の魔物と格闘する。

 

 

 それまでのカレーの倍以上の時間をかけて、俺はどうにか緑の魔物を駆逐した。

 

 

 カン。

 

 

 皿は素早く引っ込められ、次に出されたのは薄茶色のビーフカレーだ。

 

 

 俺は脱水症状寸前の人間めいて素早くナンにカレーを塗りたくり、口の中に放り込んだ。

 

 

 甘い。それまでのカレーに比べれば蕩ける程に甘いルーが、甘めのナンと合わさって、死にかけていた俺の舌を癒す。

 

 

 夢中になって食べ進め、気が付けば皿の中には何も無くなっていた。

 

 

「……──────ッ」

 

 

 食い終わり、差し出されたつまようじをせせっている時、不意に俺は正気付き、店主を見た。

 

 

 先ずはじめに日替わりカレー、次にチキンカレー、次にグリーンカレー、最後に〆のビーフカレー。

 

 

 いつものパターン。何度も繰り返した、半ば予定調和の如き、順番。

 

 

 俺の偽装は完璧だ。現にこの状態で外を練り歩いたところで、誰かに声をかけられた事は無い。

 

 

 しかし、本当にそうなのだろうか? 

 

 

 人の見る世界は積み重ねによってその色彩を無限に変える。

 

 

 俺が見ている世界と、彼の見ている世界は、一体どれだけの違いがあるのだろうか? 

 

 

 俺は店主との関りが薄いと思っている。俺は客で、彼は店主。それ以上の事はない。だが、彼にとって俺は、果たしてどう映っていたのだろうか? 

 

 

 俺の目に映る店主は、相も変わらず無害そうに微笑むだけだ。ニコニコ、ニコニコと。天使のように微笑む。あの頃と、何も変わらない。

 

 

 この店主に今の俺は、一体どのように映っているのだろうか? 

 

 

「──────」

 

 

 薄気味悪くなった俺は、財布から万札を叩きつけるように置くと、振り返りもせずに店を出た。

 

 

 視界の端に映る店主は、やはり最後まで微笑んでいた。

 

 

 俺はただ只管に走った。過去を振り切るように。過去に追いつかれない様に。右へ左へ。前へ後ろへ。俺はただ只管に逃げた。背後を振り返る事もしない。

 

 

 そうやって逃げ続けた者が送る末路は決まっていて、俺は案の定自分が何処にいるのかさっぱり分からなくなった。

 

 

 気が付けばうす暗い裏路地のどこかに、俺はただ一人立ち尽くしていた。周囲に人はいない。

 

 

 誰もいない。今の俺のように。ここには誰もいなかった。

 

 

 咎を積み重ねた者は、やはり無意識の内に暗がりを欲するのか? それとも単に俺がアホなだけか? 

 

 

「ちっ」

 

 

 どちらにせよ、今は現状把握するのが先決である。

 

 

 スマホは便利だ。山の奥とかでなければ、まず迷わない。俺はスマホの位置情報アプリを開こうとした。嘲笑がその手を止めさせた。

 

 

 声の方向へと顔を向ける。そこにはいつの間にか人がいた。

 

 

 男だ。完全な禿頭で、皺だらけの顔は60にも70を超えているようにも見える。瞳は閉じられており、開け放たれる気配はない。もしかしたら、完全な(めしい)なのかもしれない

 

 

 服装は冬場にも拘らずランニングシャツ一枚。紐で結わえた短パン一丁。靴下は履いておらず、擦り減ったビーサンを履いていた。

 

 

 頭のおかしな爺さん。それが、俺が爺さんに抱いた、率直な感想であった。

 

 

 見た目だけでも変なのに、左手に鞘、右手に刃渡り90センチほどの刀を握っていたら、もう駄目だ。イカレ以外の感想が出てこない。

 

 

「おそろしいねぇ……おそろしいねぇ……」

 

 

 イカレ爺は譫言のように呟いていた。呟きながら、ぎこちない足取りで、こちらに迫ってきた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()~……おそろしい、おそろしい……」

「……」

 

 

 気が付けば、俺は構えていた。意識は自然と目の前の『敵』を如何様にして殺すか、早くも算段を立て始めていた。

 

 

「おそろしい……何という禍々しい気……悍ましき……修羅……!」

 

 

 人の見る世界は積み重ねによってその色彩を無限に変える。

 

 

 俺が見ている世界と、こいつの見ている世界は、一体どれだけの違いがあるのだろうか? 

 

 

 こいつは俺に何を見た? 何をもって、俺を修羅と呼ぶ? 

 

 

 ふざけやがって。

 

 

 乾いた風が、俺と爺の間を吹き抜けた。その拍子に、置かれていたゴミ箱がガタン、と音を立てて倒れた。

 

 

「シィッ!」

 

 

 魔物が動き出した。

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