影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『大噓つき血風絵巻 其の弐~覚の章~』②

「シィ!」

 

 

 老人は躊躇いなく刀を走らせ、ライの首を切り落としにかかった。

 

 

((何こいつ! 何なのこいつ!?))

 

 

 困惑も露にライは思い切り身を仰け反らせて狂刃をかわし、地面に手を付き、側頭部を蹴りに行く。

 

 

「シャアッ!」

 

 

 老人は見た目にそぐわぬ異常ともいえる反応速度で蹴りに対応し、立ち上がり際のライの胸に突きを放った。

 

 

((何だってんだよ、もう!))

 

 

 ライは刃の側面に拳を叩きつけて切っ先を逸らし、瞬時に老人の間合いの内側へと入り込むと、顎にお返しの突きを叩き込んだ。

 

 

 戦車砲の直撃染みた威力の一撃。常人が当たれば接触部位が爆散するほどの衝撃だ。

 

 

 老人の枯れ枝のように細い体は踏ん張り切れずに吹き飛び、されど地面に叩きつけられることなく、落ち葉めいて音も無く着地した。振り返る。その頭は無事である。

 

 

 今や老人の瞳は開け放たれ、白濁し、どこも、何も見ていない瞳が露となった。打撃を受けた顎は歪に曲がり、どす黒く変色していた。しかし、老人はまるで痛がる様子もなく、まるで吟味するように鞘を握る手で摩った。

 

 

 間合いが空き、仕切り直しである。両者は呼吸を整え、相手の次の出方を待つ。

 

 

 互いにじりじりと横へと動きながら、付け入る隙を血眼で探った。

 

 

「テメェは何だ? 何が目的だ?」

 

 

 一切瞬きせずに老人を凝視しながら、ライは問いかけた。

 

 

「儂かね? 儂の名は……はて、何だったか?」

 

 

 老人は首をかしげた。ライは訝った。その様子から、とぼけている訳ではなく、本当に分からないようであった。

 

 

「あぁ、ただ、儂を呼ぶものは皆、 (さとり)と呼ぶなあ……ひひ……」

 

 

 老人、覚は、皺だらけの顔を破顔させた。くしゃくしゃになった古紙のような笑みであった。

 

 

「儂にはなぁ……見えるんじゃぁ……見えないものが見えるんじゃぁ……」

「そうかい。で、目的は? さっさと言え。若者はな、お前みたいに暇じゃないんだよ」

 

 

 ライはも兼ねて吐き捨て、相手の動向を見守る。覚は気にした素振りも無く独白を続ける。

 

 

「儂には見えるんじゃぁ……見えないもんが見えるんじゃぁ……人の放つ気が見えるんじゃぁ……」

 

 

 覚が言葉を連ねれば連ねる程に、空気は濃く、重いものとなってゆく。

 

 

「いろんな人がいたねぇ……赤、白、黄……ウフフ、皆綺麗()()()よぉ……」

「……」

 

 

 ライの眉間の皺がより一層深くなった。覚は続ける。

 

 

「その中でもねぇ……消える時が一番きれいなんだよぉ……」

 

 

 ライは話にもならないとばかりに頭を振った。覚は笑った。

 

 

「でもお主は駄目じゃぁ……お主は駄目じゃぁ……」

 

 

 それまで恍惚と笑みを浮かべていた覚の顔が突如として真顔となり、ライに見えない目を向けて、言った。

 

 

「おそろしいおそろしい……こんな光は初めてじゃぁ……おそろしいおそろしい……これは修羅の光じゃぁ」

「……」

 

 

 ライの黒い瞳に、黒と白のパルスが走った。覚の体がびくりと震えた。

 

 

「おぉ……()()じゃあ……その光じゃぁ……何という悍ましき光! 屍の山! 血涙の河と怨嗟の風! お主の周りには怨念に満ちている!」

「で?」

 

 

 ライは心底つまらなそうな様子で、震える指先を突きつけてくる覚へと問い返した。

 

 

「これは天命じゃぁ……仏さまや八百万の神々が儂にお授けになった天命じゃぁ……これ程の修羅を捨て置けば……この世に末法が訪れてしまう……!」

「末法だぁ? はっ!」

 

 

 覚の独り言に、ライは一笑に伏した。

 

 

「訪れてしまうじゃねえんだよ。この世はとっくの昔に末法に入ってるわっ! 世も末って言葉があるだろ? そういう言葉がそこかしこで呟かれてる時点でな」

 

 

 ライは覚へとぐっと指を突きつけ、吐き捨てる様に言った。

 

 

「世はすでに世紀末も良い所だ。お前に嘆かれるまでもねぇ。誰も彼も知っているようなことを、さも賢しらに語ってんじゃねえよ。このボケ」

「……」

 

 

 押し黙る覚へ、ライは調子付いてますます語気を強めて捲し立てた。

 

 

「そもそもだ、てめえみてえなクソが通りを我が物顔で練り歩いている時点でおかしいと思わんか? それとも自分がおかしいっていう自覚すらないか? ないんだろうな? 自分が正しいと思ってはばからない奴はな、何時だってイカレポンチの糞ポンチって相場が決まってんだ。それ以前におかしな奴に触りたがる奴なんかこの世にゃいないんだよ。分るか? 要するにテメェは道の端に落っこちてる人糞みたいなもんなのさ。お前の横暴が許されているのは、誰も関心がないからさ。臭いものには蓋。訳の分からない物は無視するに限る。そうすればいつか消えると、みんな知ってるんだ。だからみんな面と向かって『あなたはおかしいですよ』なんて言わないのさ。それに───」

 

 

 老人は何も言わなかった。ただ刃を振るって、その根元を断ちにいった。

 

 

「はっ語るに落ちたな、くそジジイ!」

「シィイイイ!!!」

 

 

 ライは目をぎらつかせ、首を狙った刃をダッキングで潜り抜けながら嘲った。覚は返す刀で袈裟懸けに切りつけにいく。

 

 

 ライはスウェーバックで後方に身を引いて刃をかわし、跳ねるように踏み込み、右ストレートで覚の顔面を打ち抜いた。

 

 

「ッンンン!!!」

 

 

 覚は殴られながらも刃を振り抜き、突き出された腕を切りつけにいった。しかしライが腕を戻す方が一瞬早く、刃は空しく虚空を切り裂いた。

 

 

「……」

 

 

 ライは眉根を寄せた。

 

 

「ンンっ……効く……!」

 

 

 グルンと一回転して着地した覚は殴られた頬を撫で、それから黄ばんだ歯を剥き出しにして笑った。死ぬ気配は皆無。ライは苛立った。

 

 

「しゅぅうううううらぁああああ!!!」

 

 

 覚は刃を鞘にしまい、そして瞬間的に抜き放った。居合からの振り抜きの速度は、ライの反応速度をもってしてもかなりの速度を誇っていた。振り抜かれた斬撃は刀から飛んで瞬く間に眼前へと至った。

 

 

 ライは目を見開いた。主観時間が鈍化し、世界がモノクロームめいて色彩を失った。

 

 

((っっったく、次から次へと……!))

 

 

 あらゆるものが停止した世界の中、ライは独り言ちる。

 

 

((何だっていうんだ。俺はもう十分やることやったろ? これ以上何をしろっていうんだ? 何で全部終わったっていうのにゴミ掃除までさせられてるんだ? いい加減にしろよ……))

 

 

 完全静止した世界。これは、彼が戦闘態勢に入った時の本来の視界である。彼が何の制約も無く戦い始めたとすれば、最初の交差の時に覚の首を鷲の爪で引きちぎって、それで終わりだった。

 

 

 しかし、そうするためには掛けている枷を外さなくてはならない。その瞬間、様々なしがらみが、得物を見つけた肉食魚のように群がってくる事だろう。それは彼の本意ではない。

 

 

((全く嫌になるぜ。解放されたかと思えば、別のしがらみにとらわれてる))

 

 

 だが何処へ行っても、何かしらに囚われる。生きていくとはそういう事だ。

 

 

 頭を振るって余計な思考を振り落とし、ライは跳躍した。その瞬間、停滞した時が元に戻った。

 

 

 跳躍の一瞬後、彼がいた地点にざっくりと深い傷跡が刻まれた。あのままでいたら、彼は今頃『開き』となっていた事だろう。

 

 

 世の中斬撃を飛ばし、遠距離にいる敵を切り裂く事が出来る使い手はまあいるであろう。だが異能や光や闇といった超常の力に頼らずにそれが出来る者は、そうはいない。

 

 

 目の前の存在は異能を行使した形跡はない。すなわちそれは、完全なる技術だけでそれを成し遂げたという証左でもある。

 

 

 つまりこの怪物はこの超異能社会において、異能無しで、刀剣一本でこれほどの練度の殺戮技術を練り上げたという事だ。

 

 

 狂っていると言わざるを得ない。何も見えていない目でこちらをしっかりと補足し、すでに第二の一撃をはなとうとしている目の前の存在を、ライは怖れた。

 

 

 それは、この世界のありようを深く理解しているからこその怖れであった。だが、実の所でいえば、その感情は恐怖というよりも同族嫌悪的なものが多分に含まれている事に、ライはどこまで気が付いているのであろうか? 

 

 

 第二撃。今度は縦に放たれたそれ。地面をたやすく切り裂きながら勢いよく迫る斬撃を側転で回避し、側転の勢いで地面を強く踏みしめて跳躍して三撃目を飛び越し、四発目が放たれるよりも先にライは回転跳躍からの急襲踵落としで額を割りにいく。

 

 

「修羅よ!」

 

 

 覚は迎え入れるように両腕を広げながら後方へと一歩下がった。その眼前の数ミクロン先を、ライの踵が薙いだ。

 

 

「お主の放つ気はあまりにも禍々しく!」

 

 

 逆手に持った鞘を振り、ライの側頭部に叩きつけにいきながら、覚は吠える様に言った。

 

 

「周囲の者を、空間を、世界を汚染してゆく!」

 

 

 ライに握り手を打たれ、鞘を取り落とし、拾う間もなく膝蹴りでみぞを抉られながら覚はなおも猛り吠える。

 

 

「故に儂が殺さねばならんのだ!」

「余計なお世話だ糞野郎!」

 

 

 ライのローキックを瞬間的に跳ねる事でかわし、覚はそのまま勢いよく落下してライのつま先を破壊しにいく。

 

 

 瞬時に足を引いて後方に下がるライへ覚は踏み込み、胴体へと刀剣を一閃。ライは刹那に回転し、瞬間的な加速と共に回し蹴りを放って斬撃を蹴り弾く。

 

 

「アアアアア避けるな! 運命を受け入れろ!」

「おとといきやがれ糞野郎!」

 

 

 刀剣が振るわれる前に鎖骨に手刀を叩きつけてモーションを強制的に中断させ、ひるんだ隙に強烈なボディブローを叩き込む。

 

 

 腹を押さえてよろよろと後退る覚へサイドキック。踏ん張り辛うじて転倒を避けた覚は見えないはずの瞳から血涙をあふれさせ、憤怒に歪んだ顔でライを見た。

 

 

「儂は!」

 

 

 覚は刀を両手で握り、大上段に構えた。見るからに大技の気配。しかし、ライという男は武人ではない。プライドというものはない。競い合うことが嫌いだし、張り合いはもっと嫌いだ。

 

 

 故に、覚からすれば最期の一撃すらも、許さない。

 

 

 ライの眼光が赤熱した。その瞳に、黒でも白でも無い光が一瞬瞬いた。ライは瞬時に覚の懐へと踏み込むと、身を仰け反らせ、わき腹に大振りの右フックを叩き込んだ。

 

 

 クワ―ン、という、奇妙な音が轟いた。

 

 

「ギッ──────!?」

 

 

 覚は目を剥いた。全身に奇妙な波動が駆け巡ったかと思えば、全身がピクリとも動かなくなったのだ。

 

 

 体内の『気』や特殊な呼吸法により体内に波動を生み出し、それを相手にぶつけることで対象の動きを止める悍ましき業。名を、戒めの力という。とある鬼が作り出し、ライは奪った。

 

 

「テメェに相応しい場所に送ってやるぜ」

「──────!? ──────!?」

 

 

 目を瞬かせる覚に、ライは再び仰け反り、間髪入れずに左拳で右わき腹を打った。

 

 

 キュワワーンという奇妙な音が鳴った。

 

 

 ワーン、ワーンと、反響音が鳴り響いた。音の間隔はどんどん短くなり、鳴り響く音はどんどん大きく甲高くなってゆく。

 

 

「──────ッ!?」

 

 

 これから何が起きるのか。覚は察したようで、体を動かそうと躍起になって藻掻いたが、肉体はピクリとも動かない。あるいは過去の亡霊たちが戒めを前にして、ここぞとばかりにしがみ付いているのかもしれない。この罪人の過去などライは知る由もないが、その身に染みついた殺しの影が、この老人が殺してきた者の数を、朧げながらも察していた。

 

 

「──────悪魔っ」

 

 

 それが、覚の最後の言葉となった。次の瞬間、キゴーンという甲高い音と共に、覚の上半身が爆発四散した。バラバラと肉片や骨の破片が辺りに散らばり、たちまち周囲を地獄の如き様相へと変えた。

 

 

 最初に打ち込んだ波動と逆位相の波動を叩き込み、相手の体内で反発、反響させ、内側から爆散させる、戒めの力の応用技。

 

 

「……ふん」

 

 

 ぐらりと倒れ伏した下半身を一瞥し、ライは踵を返した。

 

 

『──────悪魔っ』

 

 

 覚は最期に、確かにそう言った。見えない物が見えると豪語するあの怪物が、それまでライの事を修羅と言っていたあの老人は、死ぬ間際に、一体何を見たのだろうか? 

 

 

 それを探るすべはない。答えられる者は一足先にあの世へと逝ってしまった。しかし、仮に答えられたとしても、それはきっと、こちらに伝わる事はないだろう。

 

 

 見えない物。見える物。

 

 

 何を見て、何を見ないか。

 

 

 彼の見ていた世界と、自分が見ている世界。

 

 

 他者と自分の世界が重なる事は、決して無い。あるいは、それに耐えられなかったからこそ、あの老人は己の眼を閉じたのだろうか? 

 

 

 滔々と思い浮かんだ疑問と戦いの残滓を、冬の名残を孕んだ3月の風が吹き流してゆく。

 

 

 吹き流しにされた下半身が、血の海のど真ん中に倒れ伏していた。使い手の死と共に半ばでぽっきりとがおれた刀剣が、さながら墓標のように突き立っている。

 

 

 兵どもが夢の後。残されたのは、虚無の如き静寂のみ。

 

 

「……」

 

 

 ライは躯を一瞥し、やがてうんざりとため息を吐き、今度こそ立ち去った。

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