影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
ざざぁ……ざざぁ……寄せては返し、寄せては返す、心地の良い波の音が耳元で聞こえ、それで目が冷めた。
ぼやけた視界に広がるのは、いっぱいの砂色。……砂色?
パッと意識が冷めた。醒めた視界に広がるのは、延々と広がる砂浜である。鼻を突く臭いは、濃く強い磯の香。
「──────ッ!?」
俺は跳ね起きながら回し蹴りを繰り出して周囲を薙ぎ払いながら立ち上がった。
「な、何だ!? 何処だここは!?」
残心して立ち上がり、周囲を見回す。状況判断をしようとする。
抜けるような青空から一転して、空は禍々しい赤紫色に染まっており、同色の病んだ色の雲が空の果てまで広がっている。背後の海は墨汁めいて真っ黒であり、時折水面を跳ねる魚は、どう見てもこの世のものとは思えない程に歪んでいた。
俺が横たわっていた砂浜は延々続いており、じっと見つめていると遠近感が狂って来る。
「ば、馬鹿な……『カダス』だと……!?」
漠然と呟いた言葉に、遅れて意識が追いついた。
そうだ。俺はこの場所を知っている。
ここは『カダス』と呼ばれる現実とは別の空間に存在する異界の地。人間の無意識領域に隣接しているこの地は、しばしば感受性の高い人の意識にその姿を閃かせ、狂わせたり、あるいは啓示を与えたりするという。
そしてこの地の最奥には『混沌の神』が眠っており、数多の蕃神が野蛮な太鼓と狂気のフルートをかき鳴らして絶対に目覚めない様に封印して
そう『いた』、だ。過去形だ。もういない。『水の神』とかいう破滅主義にとらわれた最上級の糞が計略を巡らし、謀殺するか、あるいは放逐され、盲目にして白痴の王をあやすものは消えた。
眠りを促すものが消えたため『混沌の神』の眠りは、徐々に浅いものとなってきている。それを完全に醒まし、この世の全てを混沌に帰す事。それが『水の神』の目的である。
それを阻止する戦いに巻き込まれるのは、蕃神が人間との間に作った子供の子孫である2人の主人公だ。
「ってそんな下らねぇことはどうでもいいんだよ……!」
頭を振って回想から意識を戻す。そうだ、そんな事はどうでもいい。
ここに俺がいるという事。一番の問題はそれだ。
この『カダス』は『混沌の神』を封じるためだけに作られた空間だ。当然混沌に満ち溢れているし、本来ならば『資格』が無ければ入れない。
感受性の高い奴らはその感受性ゆえにこの混沌空間を見てしまうが、それだけだ。入れはしない。だが見えはする。見てしまう。遥かなる山脈を。海底に潜む都市の真ん中で眠る『海の神』の姿を。『山羊の神』の足を。
そして資格なのだが、混沌持ちか、あるいは蕃神の血統か、もしくは神々その人でなければ普通は入れない。
当然俺の様な感受性も強くなければ、光も闇もカスみたいな出力しか出せない人間では、入る資格どころかカダスを知覚する事すらも本来は出来ないはずなのだ。
ではなぜ入れたのか? 答えられる回答は二つ。一つは招かれたか。あるいは―――。
((これから先の未来でこの運命に深くかかわるため……!))
到底受け入れられるものではない。だがよほど因果が濃くなければここには入れない……。
((──────否! 否否否否否断じて、否!))
何を弱気になっているんだ俺! 俺は『光の神』の干渉を跳ねのけ、教団の幹部とタイマン張り、魔王と戦い、『闇の神』を殴り倒した男だぞ! まだ始まってすらいない因果など、恐るるに足らんわ!
「ともかく脱出だ。『現在』に通じている亀裂を探さねば」
この世界は曖昧だ。混沌そのもので出来ているためか、時間軸がめちゃくちゃだ。距離も滅茶苦茶だ。地形だってひっきりなしに変わる。定型が無い。
つまり俺が大っ嫌いな場所だという事だ。ていうかカオス・スペース2の環境は大体これだ。混沌が基準となるから、準備は出来ても対策が立てられない。何せ
だから関わり合いになりたくなど無いのだ。やってられない。とても俺の様な常人が入り込んでいい戦場ではない。
「メンドくさ……」
思考を打ち切り、移動しようとした。
その時。
砂を踏みしめる音がした。
振り向いた。体が凍り付いたかのように動かなくなった。
「あ、え……?」
黒紫色のぱっつん髪を目元まで伸ばした陰気な少女が、そこにいた。
彼女こそ『カオス・スペース2』の主人公、
「あ……あ……」
((あ……あ……))
あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あーいけませんお客様! あ──────。
脳味噌が、ありとあらゆる情報を遮断しにかかる。潤った心が、怖ろしい勢いで乾いて行く。
そして俺は悟る。ようやく半ばまで登っていた坂道を、怖ろしい勢いで転げ落ちている自分に。
「あ……青くて黒い……悪魔……?」
「──────」
俺を指さして、久留井は確かにそう言った。その一言で、あらかじめ予備知識があった俺の脳味噌は様々な可能性を導き出してしまった。
((夢による啓示―――強力な混沌が見せた未来のビジョン―――引き寄せた縁―――))
思い浮かぶ憶測は、そのほとんどが間違っていないという確信が俺にはあった。ていうか
酷く嫌な予感がして、震える手で懐から手鏡を取り出し、自分の顔を映し出す。思わず絶句した。
切り、染めたはずの頭髪は腰まで伸びる青髪へと戻っていた。カラーコンタクトも当然外され、本来の深い青色の眼球が白日の下にさらされている。そして服装。チョーカッコいい帽子もイカした黒いジャケットとジーンズは消え失せ、俺は再びあの忌々しい黒い無地のスーツに身を包んでいた。
((畜生! この俺は一体
心の中の動揺を、しかし
というのも、このクソガキの背後から敵意を持った気配が迫り来ているからだ。
こいつは逃げてきた。そして、ほとんど無意識の内に、ここに来た。恐らくは内なる混沌で道を歪め、運命を捻じ曲げ、俺をこの世界に引きずり込んだ。
((ふぁ、ふぁ、ふぁ……))
どかどかと無粋な足音が、久留井の背後から聞こえる。
「ひっ」
そして現れたそれらに久留井は飛び上がり、尻もちをついて後退った。
タコ足を持つ人型。魚の上半身に人の下半身を持つ異形。カニ。等など、悍ましき怪物たち。『カダス』に生きる敵性存在『深き者ども』である。
((ファアアアアアアアアアアッッック!!!))
今まさに久留井に向かって襲い掛かろうとする深き者どもとの間に割って入りながら、俺は胸中で絶叫を上げた。
「ゲギョ―――」
困惑に首を傾げた魚頭へ向けて、力を爆発させて瞬時に間合いを潰すと、魚頭の首の付け根に右手手刀を突っ込んだ。それから左手で肩を掴み、気合を込めて、右手で内部の首骨や肉を掴みながら、思い切り上にはね上げて首を引きちぎった。
「「ギョギョッ!?」」
噴水のように赤黒い血を噴き上げて絶命する同胞の姿にギョッとなって距離を取る深き者どもを一瞥し、それから俺は背後へと顔を向け、言った。
「ここからは、少々見苦しい光景となります。なので、どうか、目を閉じ、耳を塞いでいてくださいね?」
少女は頷き、目を閉じ、耳をふさぎ、その場にしゃがみこんだ。
俺は前を見た。同胞の死で怒り狂った怪物が、今まさに飛び掛ってくる瞬間であった。
俺は全身から力を抜いた。死人の様に脱力する。死人の様に、心を凍り付かせる。あの時の様に。
「「ギョギョギョ~ッ!!!」」
異形が、飛びかかってきた。俺は力を爆発させた。
俺の地獄は、こうして再び幕を開けた。