影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
((あ~何が悲しくってこんな陰険ロリと逃避行しなきゃなんねぇんだよ……))
「じー……」
久留井の手を引っ張り、やや前を歩きながら、俺は胸中でぼやいた。
無限の砂浜が永遠と続く砂の上を、足跡を残しながら、俺たちは歩き進み続ける。その間に会話は無く、久留井はずっと俺の顔を見るばかりで、一切のリアクションを起こさない。
前髪で覆い隠されているため、一体どんな目で俺を見ているのかは分からないが、向けられる視線の質から、どうも食い入るように見つめているのは確かであろう。
「ゲーッ!」
突如として砂の中から強襲を仕掛けてきた、人の体にサンマの頭を持つ深き者の喉を掴み、捩じり折った。
痙攣する体を捨て、ちらりと久留井の方を見る。彼女に動揺は一切ない。というより、今の一連の動作など眼中に無いといった感じである。視界に入っていない。こいつの目にいま映っているのは、俺こと『黒くて青い悪魔』のみ。
このガキの口から出てきたことや、これ程までの興味関心から鑑みるに、こいつは相当前から俺に関する夢を見ていたという事が察せられる。
((冗談じゃないぜ……))
つまりこいつとの縁がそれほど深いという事。
ふざけるな、と。いい加減にしろ、と。1000の呪詛を連ねてもまだ足らぬ。自分がやったことに対する結果だというのならばまだ。まだ。100歩譲って受け入れられたさ。
だがよ。自分の何のあずかり知らぬところで、こんな訳の分からない事態が水面下で進行しているとか分かるか! どう対策しろっていうんだこんな理不尽を!
ここに連れてこられ、こいつの護衛役を任されている時点で俺は相当に深い因果に囚われているのは明白。俺の脳裏に『カオス・スペース2』の碌でもないイベントシーンが過る。
((や、ヤダーッ!!!))
やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ―――。
「「ギョ~!」」
虚空を泳ぎながら空から襲い掛かってきたシュモクザメの脳天に拳を下ろして頭蓋骨を粉砕し、ヒラメに向かって手刀を振り抜いて真っ二つの開きにする。
魚介類の無残な死体が背後に落ちる。しかし、そうした些末事程度では、おれの嘆きは打ち消せない。
何が嫌って、2時空での対策なんて欠片もしていないという事だ。1の時は潤沢な時間があったからこそ、あれだけ色々と準備が出来たのだ。
だがこっから先の事なんて想定外も良い所だ。何の対策も準備もしていない。ていうかもう関わらないと高をくくっていたから、記憶も随分と朧気になってきている。
仮に介入をするというのならば、また情報収集から始めなければならない。それも早急に。
((ヤダ~……))
突如としてポップしたやらなければならない事リストの最上位に、それは書き連ねられた。本当ならばバカンスの文字が雄々しく君臨していたというのに。今ではくすんだ色の堆積物として、過去のくだらない記憶と共に転がっている。
何時だってそうだ。俺の平穏を打ち崩すものは。いつだって全く予想もしていない方向から唐突に現れ、俺の横っ面を殴り飛ばしてくるのだ。
このまま久留井がアクションを起こしてくれなかったら、俺は嘆きの内の自分の首を捩じり切っていただろう。
「あ、あの……!」
久留井が俺の手を引っ張って、何事か訴えた。
「どうかしましたか?」
「こ、こえ! 声が聞こえます!」
俺は立ち止り、振り返った。いつの間にか俺たちは松明が等間隔でつけられた洞窟の中にいた。俺と久留井の影が、大きな影法師となって洞窟の壁に映っていた。
「声ですか?」
「はい……!」
何度も頷く久留井から目を離し、俺も耳に手を当て集中してみた。
『~~~~~~?』
『~~~~~~!?』
確かに、何か言い争ってでもいるのだろうか? かなり短い間隔で言葉のやり取りをしている2人組の声が微かに聞こえた。
「ふむ、そこまで遠くなさそうですね。行きますか?」
「えと……その……」
耳から手を離し、久留井へと顔を向けながら確認を取るが、当の久留井と言えばもにょもにょと口元を動かすばかりであった。
俺は頭を振ってため息をつきたい衝動を堪えながら片膝を付き、久留井と目を合わせながら、努めて微笑に表情を作ると、口を開いた。
「大丈夫です。落ち着いて。急いでいませんから。ゆっくりでいいのです。どうしたいですか? 言ってみてください」
「えっと……わたし……わたし……」
久留井はあーとかうーとか言いながら、長々と口元をもご付かせていたが、やがて、俯きながら、蚊の鳴くような声で、ぼそぼそと言った。
「……行ってみたい、です」
「では決まりです」
当人からの要望も聴けたことだし、これ以上の棒立ちは御免だ。適当に久留井の手を取り、声の出所に向けて俺たちは歩き出した。
時折当然のように深き者どもが襲い掛かってきたが、どれもこれも取るに足らない雑魚ばかりだったので、特に苦戦も足を止めることも無く目的地にまで辿り着いていた。
『いい加減しつこいぞ!』
『待ってよォ~与一ちゃぁ~ん!』
近づくにつれ、言い争いの内容が判別できるようになってきた。どうも男女の2人組の痴話喧嘩らしい。
ていうか
「与一ちゃん!?」
俺の予想と、久留井の驚愕は、どうやら同じ確信を得たらしい。俺の手を離し、一人先に行く久留井の背後で、俺は思わず顔を覆った。
「ゲーッ!」
二足歩行のカニが俺を通り越し、久留井を追いかけようとしたのだが、一歩踏み出したところで頭から股下まで真っ二つに裂け、次いで胴の部分で真一文字に裂けて4分割され、地面につく頃には108のパーツに分割され、地に落ちたパーツは点々バラバラに転がっていった。
「はぁ……」
振り抜いた手を戻し、俺はゆっくりと、重い足取りで、転がったパーツを踏まない様にして、曲がり角、3つの影法師に向かっていった。
角を曲がった先に俺が見たのは、再会に抱き合う二人の少女と、その周りではやし立てる無粋なクソガキの姿であった。
「与一ちゃん与一ちゃん!」
「久留井! 久留井!」
「あ^~百合百合! 久留与たまんねぇ~!」
((殺してぇ~……))
俺がこの光景に対して思ったことは、まさにその一言だけだった。
このクソガキさえいなければ、この光景は俺のくすみ、掠れた記憶にある『カオス・スペース2』のプロローグにあるイベントシーンそのままであった。
しかしそこに記憶との合一に対する感動は最早ない。今までの経験で、そんな物に何の意味も無いという事は骨身に染みている。どころか、あるのはこれから起きる苦痛を先んじて味わうという形容しがたい不快感だけ。
これの何処に感謝や感動を覚えればいい? 感慨? くそ食らえだ。
((ていうかこのゴミガキはマジの何だ?))
久留井と与一から視線を外し、その周りで空気を読まずに気がふれたみたいに喚き散らすクズガキに目を向ける。
((こんな奴知らんぞ))
そうだこんな奴知らない。いくら記憶があいまいになったとはいえ、それでも完全に忘れた訳じゃない。流石に大本くらいは覚えている。その中でこのシーンに該当する場面に、やはりこのガキは存在などしていない。
((確かにこの世界は混沌で作られている。ならば、この世界で異物が混入したところで不思議ではないが……))
しかし、俺がおかしいと思う場所はそこではない。このガキが放つ、酷い既視感だ。答えは喉奥までせり出しかかっている。だがどうしても口に出す事が出来ないでいる。
それは思い出す事が出来ないのではなく、おそらくは精神的な箍が、その言葉を喉奥で堰き止めているのだ。
だが、俺が拒む答えは、他ならぬガキ自身から回答された。
「ぬふぇふぇふぇふぇ……え!? 鳳凰院千歳!?」
「……」
気色悪い笑みを浮かべながら興奮していたクソガキが、不意に俺の存在に気づき、俺を指さして、そう言った。
俺の中で、反射的に、異物排除のための殺意が燃えた。