影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
部屋を出ると、そこは洞窟ではなく、コンクリートで作られた廊下の中にいた。広さは大人が三人並んで通れるほどで、天井までの高さは3メートル程度。広いが、窓はなく、無機質な灰色の壁が視界の彼方まで延々と続いている。
息がつまりそうな、閉塞的な場所だった。
頭上には電灯が等間隔で並んでおり、弱弱しい光は今にも消えてしまいそうなほどに頼りない。
背後を振り返ると、物置小屋の入り口は無くなっていた。
「……」
イミテーションは眉根を寄せ、しばし無言であった。
荒唐無稽。理解不能。全く予想できない世界とは、彼にとって恐るべき脅威である。
彼は自分の力を完全に把握している。だからこそ、事態を己の目の届く中で管理しようとするし、盤面を常に把握していなければ気が済まない。外れた瞬間に自分では手綱を握り切れないと知っているからだ。
だから最初から自分の手の中に無い事態を、彼は酷く嫌う。
事態をコントロールできないという事は、自分が被る事になる被害、あるいは後願の憂いを増やしかねない。
そして何よりも厄介なのが、後天的に生まれた自分の性質が鎌首をもたげるのだ。誰かの手に平の中にいると思った瞬間、彼はその全てをぶち壊しにしたいという衝動を止められない。
舐められたならば、その舐めた存在を、状況を、破壊しつくさねばならないという強烈な欲求、衝動がたちまち彼の心中を支配しようと暴れのたくるのだ。
しかし、彼の尋常ならざる精神力はその全てを抑え込み、あるいは先送りする事によって受け流している。
ただし、この状態になると、彼は些細な事で苛立つようになる。それが幾度も続くと、キレる。そしてキレている事にキレ、そしてキレている事にキレていることでまたキレる。沸点が異常に低くなるのだ。
そういうことを知っているからこそ、イミテーションは何が何でも事態を把握しようとし、事態の主導権を握ろうとする。
そうしなければ、自分でも何をしでかすか、分かったものではないからだ。
くいくいと袖を引かれ、イミテーションは前に向き直り、袖を引っ張ってきた久留井へと顔を向ける。
「──────」
久留井は無言であった。無言であったが、チラチラとある一点にしきりに顔を向けていた。
「……」
イミテーションは頭を振るって息を吐くと、未だ言い争いをしている黒道と与一の方へと歩み寄った。
「だ・か・ら! 近づくなと! 言っているだろ!」
「そんなこと言わないでさぁ~。俺たち仲間だろぉ~?」
「~~~~~~!!! お前なんぞと私たちを一緒にするな!」
遂に刀を抜き、ビュンと振って接近を拒絶した与一と黒道との間にイミテーションは割って入り、刃に手を添え、流れるような動作で刃の軌跡を誘導し、鞘の中に収めた。
「落ち着きましょう」
「──────ッ!?」
目を剥く与一へ微笑みかけ、それから黒道へと歩み寄るイミテーション。
「あ? 何だよ。俺は今大事な仲間とのコミュニケーション中なの! 邪魔すん」
「確かにそれは重要ですが、今は」
イミテーションはいったん言葉を切り、ある一点へとその細く長い指を向ける。一同は指の先を目で追い、それからはっと息を飲んだ。
彼が指し示す先に、奇妙な生き物が立っていた。さっきまで誰もいなかったはずなのに、それはあまりにも当たり前にそこにいた。
一言でそれの容姿を言い表すならば、イカ、あるいはタコの様な軟体動物を無理やりに二足歩行に変えたかのような姿。とでも言うだろうか。
滑らかで青白い肌は粘液でぬめぬめとしており、垂れ下がる6本の触手はうねうねと独自に蠢いていた。軟体動物特有の眼球は何の感情も宿しておらず、視線の先に映る4人の得物を視界に収め、一人一人をぎょろりと凝視した。最後に久留井を一際時間をかけて凝視すると、奇怪な金切り声を上げて突進してきた。
「キキ―ッ!」
「わあっ」
無茶苦茶に触手を振り回しながら突撃してくる深き者の迫力に、久留井は後ずさった。しかしすぐに何かに突き当たって後退は止まった。
驚いて背後を見ると、そこには先ほどまで与一と黒道との間に割って入っていったイミテーションがいた。イミテーションは怯える久留井へと、ただ微笑を送った。
「あ……」
それだけで、心を覆っていた恐怖の霧が、急速に晴れていく。
『信頼できる大人』という要素が、彼女の心に驚くほど簡単に浸透し、染みこみ、深く深く食い込んだ。もう二度と外れることはない。
呆ける彼女の前で、2つの影が驚くほどの早さで駆けだしていた。
「キッ!?」
深き者は驚きに目を見張った。対象との距離はまだ10メートルほど開いていた。にも拘らず、ほんの一息の間に2つの影が目の前に来り、互いの得物を抜刀し、振りかぶっていた。
ひとりは一振りの刀を、もう一人は二振りの長剣を、それぞれ握りしめ、疾駆の勢いのまま振り抜いた。
「おりゃあ!」
黒道は長剣をクロス状に振り抜き。
「はあっ!」
与一がエックス状の傷の上から抜刀の勢いのまま真一文字に刀を一閃。
「ギャッ!」
胴体を深く切られた深き者は短い断末魔を上げ、鮮血と共に地に沈んだ。ぐしゃりと糸が切れた人形のように頽れ、がさがさと最後に藻掻く様に触手を動かし、やがて動かなくなった。
「ぐぬぬ……」
与一は動かなくなった深き者から視線を外し、黒道の方へ顔を向け、睨み、唸った。
「ふへへっ、どうよ!」
黒道は真っ向から視線を受け止め、満面の笑みを浮かべて答えた。
「ぐぬっ」
与一はより一層眉間の皺を深めた。認めたくないが、この状況ではこの男の戦闘能力は非常に頼りになる。というか頼らざるを得ない。それが非常に腹立たしかった。
自分がもっと強ければ、こんな男の手を借りずに、久留井の事を守れるというのに……。
「そうだ、久留井!」
与一ははっとなり、久留井の名を呼びながら背後を振り返った。咄嗟だった。敵の姿が見えた瞬間に本能的に切りかかっていた。
そんな事はどうでも良いのだ。自分の事などどうでもいい。久留井は? 残された久留井はどうなった?
戦いの高揚感も、黒道への敵意も、全ては些末事である。与一の胸を焦燥が満たした。
しかし、彼女の心配は杞憂であった。久留井がいたであろう場所には。黒道など遥か足元にも及ばぬほどの不愉快の根源が、まるで何の問題も無く立っていた。
ずっと幼い自分たちは真っ先に飛び出していったというのに。大人である
「お前―――」
問いただしてやろうと大股で近づいていった与一だが、言葉は続かなかった。というのも、与一が近づいてきた段階で、久留井がイミテーションの背後からひょっこりと顔を出したのだ。
「──────」
与一は束の間思考停止して固まっていた。
久留井が自分以外の人間を頼っていた。あの人見知りの激しい久留井が。他者と壁を作って関わらない様にしていた久留井が。
他人を、頼っていた。自分以外の誰かを、頼っていたのだ。
(──────)
瞬間、与一の中に、何か形容しがたい感情が去来した。それの正体を掴もうとして意識を向けようとしたのだが、当の久留井が駆け寄ってきたことによって、機会は失われた。
「──────ッ」
与一はすぐさま刀を収め、久留井の体をひったくるように掻き抱き、それまでの説明のつけられない感情を塗りつぶすように、頭の中を目の前の大人への敵意で満たした。
しかし、それでも違和感は喉奥に刺さった小骨めいて引っ掛かり続け、与一の中に決して取り除けぬ不快感として居座り続けた。
「おま」
それを考えない様に、あるいは目の前の存在への八つ当たりめいて声を張り上げようとした与一だが、言葉は口元に指を添えられたことによって押さえつけられた。
「ッ!?」
与一は目を剥いて驚愕を露にした。目の前の大人とはまだ距離が開いていた。決して目を逸らす事無く凝視していたというのに。
気が付けば大人は彼女の目の前に到り、その細く長い、白い手袋に包まれた指を、彼女の口元に触れるかどうかの距離にまで近づけ、蓋をしていた。
「しぃー……」
まるでぐずつく幼子をあやすかのように、イミテーションは微笑みと共に与一へとささやきかけた。
さながら青空の中で吹き抜ける微風のような、そんな微睡みを誘うかのような心地の良い声だった。浮かべられる微笑みは、草原の中に奥ゆかしく咲くタンポポめいてどこまでも素朴で、こちらを絆すような柔らかなものであった。
「~~~~~~ッ!!!」
与一の中に、再び形容しがたい感情が去来した。しかし今度のは全く性質が違う
「どうやら敵は、今の者だけではないようです」
「は、はァ!?」
それを気取られぬように、与一は必要以上の声量で答えたのだが。出された声は上ずり、余計に彼女は羞恥に苛まされた。
「キッ!」
与一は八つ当たりめいてイミテーションを睨んだが、イミテーションはさして取り合わず話を続けた。
「どうやら今の戦闘で敵は我々の存在に気が付いてしまったようですね」
「なにっ!?」
イミテーションの言葉で与一は振り返った。黒道は呆けた顔で首をかしげていた。
この大人の言う通り、先程までは墓場の如く静まり返っていた廊下だが、今ではそこかしこからざわめきや足音が聞こえていた。
「ここからは戦闘は避けられないでしょう」
「……!」
一旦口を閉じたイミテーションは与一を見た。与一はギリギリと歯軋りし、その後に続くであろう言葉を、凄まじく睨みつけながら、待った。
「私は見ての通りですので」
イミテーションは両手で持つ物々しい突撃銃を掲げて見せた。与一の歯軋りはさらに激しくなった。久留井は不安げに与一を見上げたが、口をもごつかせるばかりで、結局何も言わなかった。
「御二方には前衛を任せます。代わりに、久留井さんの護衛はお任せください」
「~~~~~~ッッッ!!!」
さも当然とばかりに言われた言葉に、与一は反射的に否定を叩きつけようとして、すんでのところで押さえつけた。
この大人の言う事は、業腹極まりないが、正しい。
この非常時に、自分のワガママでいたずらに騒ぎ立てるのは愚の骨頂である。役割を決め、互いに協力し合わなければ、この不条理で不可思議な世界からは決して生還できないであろう。
(そんな事は分っている!!!)
頭では理解している。しかし、感情は別である。
ずっと一緒だった。二人でいることが当たり前だった。閉ざされた世界に、他者はおらず、ただ自分と久留井の二人だけがただあった。離れ離れになるその時まで、それは当然の事であった。
公園で遊ぶ時も。学校の休み時間の時も。行きも。帰りも。晴れの日も雨の日も。春も、夏も、秋も、冬も。過去から未来まで。ずっと、永遠に。
地球が自転する事が当然のように。風が吹けば波が起こるのと同じように。久留井と与一はずっと一緒で、ずっと二人だけの閉じた世界は続くのだと。ずっとそのように思い込んでいた。
それが! こんなぽっと出のどこの誰とも知らぬ胡散臭い胡乱な大人如きに、長年培ってきた二人だけの世界が、脅かされようとしている!
許せるものか!
今すぐにでもこの大人を寸刻みにしてやりたい。そしてしつこく付きまとってくる気色悪い黒道も同様に切り殺し、久留井の手を取って進むのだ。二人っきりで。
それが出来ないのは。偏に久留井に汚いものを見せたくないこと。そして今まさに敵が近づいてきているためだ。
「キャーッ!」
「キキ―ッ!」
空中を泳ぎ、凄まじい勢いで突っ込んで来るカジキマグロと、人の足が生えたハマグリがパカパカと開閉し、2本の入水菅の先端についた人間の眼球でこちらを凝視しながら突撃してきた。
「うわっ!?」
そのカジキマグロの泳ぐスピードは、呆け切っていた黒道ではとても反応できるものは無かった。気が付いた時にはもう遅く、カジキマグロはすでに目前へと迫っていた。
「あっ」
与一が切り掛かろうとしたが、距離が開き過ぎている。それ以前にいまの彼女の技量では、たとえ近かったとしても、間に合わなかったであろう。
「ひっ」
カジキマグロの角が、今まさに黒道の額を穿たんとした。
その時である。
パン、と乾いた音が轟いたのは。
「ギャッ」
それと同時にカジキマグロから断末魔が上がり、カジキマグロの頭部が吹き飛んだ。血肉と共に角も明後日の方へと吹き飛び、額を穿つはずだった角は黒道の額を薄く切り裂きながら見当違いの方向へと飛んでいった。
「「え?」」
彼らが目を白黒させている間にも、乾いた音が再び鳴り響き、今度はハマグリの入水菅の先端についた人間の眼球が湿った音と共に弾けとんだ。
「ギギッ!?」
凄まじい激痛と視界が突如として利かなくなり、ハマグリはもんどりうって転倒した。
そしてパカパカと開いて中身を晒しているハマグリに向け、再び乾いた音が鳴り、中身に穴が穿たれた。
「ギャッ!」
断末魔を上げ、血を吹き出して、ハマグリは人の足をばたつかせ、びくりと一際強く痙攣したかと思えば、それっきり動かなくなった。
「「──────」」
目を白黒させて呆然と立ち尽くす彼らをよそに、つかつかと後方から前に出てきたイミテーションはカジキマグロを革靴の先でつつき、それからハマグリも同様につついた。
「よし」
そう言うと、イミテーションは突撃銃から空の弾倉を外し、流れるように弾倉を装填すると、後方へと振り返った。
「では、そろそろ行きましょうか」
彼らはそろって首を縦に振った。イミテーションは微笑んだ。