影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
墓場の如く静まり返った先ほどとは一転して、周囲は喧騒と悪意に満ち溢れていた。
カエルとトカゲを組み合わせたような奇怪な怪物。人の体に魚の頭を持つ悍ましき魚人たち。宙を泳ぎ悪意を持って襲い掛かってくる多種多様な魚群。
まるで水族館か、地獄のアトラクション会場だ。
しかし、あまりにも荒唐無稽な出来事に短時間で見舞われ過ぎたためか、彼らの感情はすでに麻痺しており、異常な出来事に対する耐性が出来つつあった。
最初こそ驚きこそすれ、今では何の問題も無く対峙し、戦い、命を奪う事が出来た。
「だあっ」
「ギャア!?」
「ギィッ!?」
黒道が右手の長剣を振り下ろして突進してくるエイを切り裂き、左手の長剣で槍を持って突撃してくる魚人を切り裂いた。
「へへん! 雑魚め!」
「ウギャア!」
床に倒れ伏し、バタバタと悶える魚人の腹に長剣を刺し貫いて止めを刺すと、黒道は勝ち誇った。
「やあ! たあ!」
「ギャッ!」
そんな黒道を一瞥し、与一は嫌悪に顔を顰めた。しかしそれも一瞬の事で、錆びた剣を片手に襲い来た魚人の斬撃を刀で上に弾く事で跳ね上げ、無防備胴体に一太刀。返す刀でもう一太刀を浴びせ、瞬く間に絶命させた。
「「ゲゲーッ!」」
そうこうしている内に彼女へ向け、イワシの魚群が奇声を上げながら突撃してきた。
一匹一匹は小柄で十センチにも満たないサイズではあるが、その数は百は下らない。
膨れ上がった個は群れ集い、密集し、まるで一個の個体めいた巨体を形成し、そのサイズは10メートルに届くかと思われた。
「むんっ」
だが与一は全く狼狽えず、根を張った大木の如くどっしりと構え、刀剣に力を込めた。すると、彼女の周辺に風が吹き、与一を中心に渦を巻き始めた。『風』の異能である。
力は彼女の体から腕へ、そして刀身にいたり、凝縮された。やがて刃にうっすらと薄緑色のオーラが宿った。光は力が籠められるほどに強くなってゆき、光の強さが最大限に達した瞬間、与一は刀を一閃させた。
「「ギョギョッ!?」」
凝縮された風の力は爆発的な衝撃波を伴って刃から放たれた。まるで小さな嵐だ。尋常ならざる暴風はイワシの魚群を飲み込んでなお有り余り、その背後から続いて来た魚人の編隊を、伊勢海老の群れをも巻き込んで、廊下を滅茶苦茶に蹂躙した。
後に残されたのは、元が分からぬほどにバラバラになった肉片と、破壊の痕跡だけである。少なくともこれで正面から来る敵は完全に消滅した。後は左右の廊下から現れる敵であるが、それは黒道とイミテーションの奮闘により、残り僅かとなっていた。
「おースッゲ。『チャージ攻撃』! やっぱ生で見るのは『ゲーム』よりもずっと迫力があるぜ!」
と、何やらよく分からない理由で興奮する黒道であるが、その間にも襲い来るウミサソリの尾を『通常攻撃の一段目』で切断し、その頭に『下段攻撃』を繰り出して撃破していた。
「俺も負けられないぜ! 食らえチャージ攻撃!」
黒道は与一に倣って両手に持つ長剣に力を込めた。その周囲の気温が急激に上がったかと思えば、刀剣が発火し、真っ赤に染め上げられた。『炎』の異能だ。それも、相当な出力であった。熱の余波で、彼の足元の地面までもが赤熱していた。
「ギョギョ……!」
「ギィッ!」
「アギャーッ!?」
あまりの高熱により、魚人たちは近寄る事が出来ず、それどころか空中を泳いでいた面積の小さな魚たちは発火し、バタバタと地面に落下する始末であった。
「おりゃーっ!」
「「ギャバーッ!?」」
燃え上がる炎の勢いが最大にまで高まると、黒道は両手の剣でクロス斬撃を放った。燃える斬撃が宙を飛び、ボーリングのピンめいた隊列を組む魚人たちに激突した。
瞬間、目も眩む閃光と共に、大爆発が巻き起こった。そして黒煙が晴れると、凄まじい破壊の後と共に敵勢力は木っ端みじんに砕け散っていた。
熱風と共に、魚たちの放つ生臭い匂いを押しのけて、焦げた匂いが辺りに立ち込めた。
「むう……」
どうだ、と言わんばかりに得意満面な顔を向けてくる黒道に、与一は複雑な表情で唸った。
本当に気に入らないが、黒道の力は本当に頼りになった。性格は全くと言っていい程に気に入らないが、その力は実際認めざるを得ない。
この極限状況においては、黒道という男は、こと戦闘能力に限っていえば、信頼に足る存在といえた。
与一に中で、ほんの僅かではあるが、黒道に対する印象は良くなっていた。
(それに引き換え……)
黒道に対する時とは比較にならない程に眉間に皺を寄せて、与一は反対側の通路の方を見た。そこではイミテーションが未だ戦闘を続けていた。
「ゲ」
「ギ」
「ア」
廊下の奥の暗がりから現れた瞬間に、乾いた音とともにマズルフラッシュが閃いた。そして乾いた音が鳴るたびに魚人の頭が、幽鬼の如く空中を漂っていたバチバチと帯電したクラゲが、サメの眼球が、次々と弾け飛んでゆく。
機械の如き正確無比な射撃だった。一度だって外さず、また全くと言っていい程に無駄弾を使わない。敵は全て一撃で仕留められていた。
見れば、時間こそかかっているが、敵を全く近寄らせていなかった。全て一定の距離で仕留められていた。まるでその部分だけ線引きされているかのように、いっそ綺麗ですらあった。
イミテーションの背後では目を閉じ、耳を塞いでしゃがみ込む久留井がいた。彼女に慌てふためく気配はなく、ある種、安心し切ってすらいるようにも見える。
それは、自分や黒道のような未だ発展途上のモノとは違う。極めて練り上げられた、徹底的なまでに磨き抜かれた、『殺しの業』だった。
「ギリッ……」
久留井の姿に、またしても与一の中に形容しがたい感情が去来した。だが考えようとした次の瞬間、イミテーションの付近の地面を突き破って、巨大なウツボが姿を現した。
「「あっ!」」
与一と黒道の声が重なった。両者は反射的に得物を手に切り掛かろうとしたのだが、それは杞憂であった。
「アギャ──―」
大口を開き、イミテーションの頭を食い千切ろうと首を伸ばした瞬間、その口腔内にサプレッサー付きの拳銃が捻じ込まれ、シュッという音と共に頭がはじけ飛び、血肉を周囲へとぶちまけた。
「「──────」」
あまりにも鮮やかな手並みだった。彼らの動体視力でも辛うじて視界の端で追えるような、尋常ならざる速度だった。
イミテーションは正面から一切顔を逸らしていない。ウツボが現れたと同時に突撃銃から空の弾倉を引き抜き、その片手間に懐に手を入れ、新たなる弾倉を引っ張り出したついでに拳銃を取り出し、振り向きもせずにウツボの口の中に銃口を突っ込み、撃ち抜いたのだ。
崩れ落ちるウツボに目もくれずに、弾丸が満タンに籠められた弾倉を叩き込み、何事も無く引き金を引いた。
パン、パン、パン。
乾いた音が断続的に、器械の如き正確なリズムを刻む。その度に敵は血を吹き、バタバタと倒れ伏してゆく。
イミテーションは引き金を絞り、フルオートで撃つのではなく単発で一体一体を丁寧に仕留めていた。しかしそのペースは与一や黒道とは比較にならない程に速く、あれほど通路を満たしていた敵は、いつの間にかすべて倒れ伏していた。
その関係上かなりのペースで弾倉を交換していた。弾が尽きるのではないかと与一は懸念したが、どうやら敵は一定時間が経つと泥の如く解け崩れ、その残骸からゲームめいて弾を落とすようなのだ。
更にイミテーションは如何様な手段か、離れた地点にあるその弾をさも当然の如く回収していた。敵から弾がドロップしたかと思えば、気が付けばイミテーションの足元に弾が回収されているのだ。
まるで魔法だ。荒唐無稽な空間で、それに輪をかけて理解不能な手段を扱う大人。
敵を殲滅し終え、蹲る久留井の頭をコツコツと叩くイミテーション。
耳を塞いでいた手を離し、顔を上げる久留井。伸ばされた前髪により殆どが見えなかったが、僅かに垣間見えたその瞳は、くりくりとした愛嬌のある瞳は、何処までも信頼しきっていた。
「ギリッ……!」
与一の中で、凄まじい感情が身をもたげた。
与一は悟っていた。
その感情はきっと、怖ろしく良くない物なのであろうことは。
だが、それでも、この感情は、抑えきれるものではなかった。
「だいじょうぶ……?」
駆け寄ってきた久留井が、与一の顔を見上げて、不思議そうに首をかしげて、言った。
「何でもないさ……」
そうとも。何でもない。少なくとも久留井には。
湧き上がる気持ちにそっと蓋をして、与一は久留井の手を取った。