影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
悪夢のアトラクションは続いた。
先程の十字路のラッシュに比べれば現れる敵の数は少ないが、散発的かつ唐突に現れる奇怪な怪物たちの姿は、彼らに気の休まる暇を与えなかった。
「ギエーッ!」
グネグネと体を動かしながら突っ込んできた極彩色に体を発光させるリュウグウノツカイの顔部に 5.56x45ミリ弾が突き刺さった。
血肉と脳漿をぶちまけながらリュウグウノツカイの巨体はドスンと音を立てて落下した。
「りゃあ!」
「ぐえっ」
両手を広げた万歳姿勢で飛びかかってきた魚人に黒道は『強攻撃の1段目』を当てて叩き落し、バタバタと悶える魚人の腹に『下段攻撃』を突き刺して止めを刺した。
「へへん!」
どうだ、と言わんばかりの得意顔で背後に振り向いて称賛を貰おうと振り向きかけた黒道だが、それは隣にいたイミテーションに制された。黒道はイミテーションに顔を向け、睨んだ。
「なん」
口を開いて抗議の言葉を張り上げようとして、すんでのところで口に触れるか触れないかのところで指をあてがわれた。
「……」
黒道を黙らせると同時に、イミテーションは一瞬だけ視線を逸らし、後方の久留井と与一の方へと視線を向けた。
「……」
十字路での戦闘の後、与一は久留井と手をつないだまま後方にいた。あの戦い以降、大規模な戦闘は無く、基本的に敵は正面からやって来た。現れる敵の数も多くて4、5体程度。少なければ1体2体が定期的に襲ってくる程度だ。
定期的に敵が現れはするが、所詮はその程度だ。子供たちならば脅威であろうが、イミテーションがいる以上、このくらいならば何ら脅威たりえない。
敵が現れては黒道が猪武者めいて突撃し、そのカバーにイミテーションが入る。しかし時折、通りすがった真横の壁がどんでん返しめいてひっくり返って敵が現れる場合があった。その場合は与一が迅速に対応した。
黒道が切り込み、その支援をイミテーションが。後方では久留井の護衛に与一が。
役割は自然と決まっていた。というかその様にイミテーションが誘導したのだ。当の本人たちはこのような役割分担が割り振られていると、自覚すらしていないだろう。
「……ッ」
「どうしたの?」
視線に気が付いたのか、与一は久留井を抱き寄せ、睨みつけてきた。久留井は何が何だか分からず、ただされるがままだ。
イミテーションは視線を正面の愚か者に戻し、何か面倒な事を言われる前に先手を打って口を開く。
「黒道さん、あなたは素晴らしいです」
「──────」
唐突な称賛の言葉に、黒道は面食らって目をしばたいた。
「まだ子供に身でありながら、この極限状態で敵を倒す事に躊躇せず、非力な女性を自ら率先して守ろうとする姿勢、誉れ高き所業。実際私も思わず目を見張ったものです」
「そ、そう……!?」
物は言いようである。しかしそれを指摘するものはここにはおらず、矢継ぎ早に告げられる称賛に、それまで抱いていた怒りもどこへやら。黒道は照れくさそうにはにかんだ。
「((馬鹿な奴))はい。しかしそれ故、注意力が散漫になっているご様子に見えます」
「そ、そうそう! そうなんだよ!」
イミテーションの言葉に黒道は水を得た魚の如く勢い付いた。
「俺、正義感が強くてさぁ! か弱い女の子の事とか放っておけないじゃん? だからさあ──―」
「分かります分かります。その気持ちは十分に分かりますとも」
捲し立てられる前に、イミテーションは再び手で制した。
「ですが、今は私もいます。あなた一人で戦っている訳ではない。我々は
「
黒道が食いついた。イミテーションの瞳に黒く白い不穏なパルスが走った。
「そうです。私と貴方で彼女たちを守るのです。あ、いやいやいや。誤解しないでください」
口を開きかけた黒道にイミテーションは先んじて言葉を被せた。
「無論、貴方の活躍を奪うつもりはありません。貴方がオフェンス。私はサポートです。想像してみてください。貴方が勇ましく戦う貴方を後方から見守る美少女二人。向ける眼差しは尊敬と憧れ。そしてその感情はやがて……」
「……」
黒道は口を閉じ、イミテーションの言葉の先を想像し、涎を垂らさんばかりにだらしなく顔を綻ばせた。そしてイミテーションに向き直り、頷いた。力強く。
「素晴らしい!」
「おや、御覧なさい。早速あなたの放つ闘気に吊られて、邪悪なる尖兵たちがやって来たようですよ」
イミテーションがガイドめいて手を向けた先に、3体の深き者がべたんべたんとぎこちない足取りで現れた。
「ヒャハハハ―ッ!」
乗せられた黒道は欲に突き動かされて嬉々として突進。両手に持つ長剣を閃かせ、一人奮闘した。
「あー凄いですヨー。凄い見られていますヨー。凄いですヨー。かっこいいって無言のうちに視線が語っていますヨー。これはもう貰ったも同然ですネー。ホントホント」
孤軍奮闘する黒道の背中に、イミテーションは適当に言葉を投げかけながら、ちらりと背後を仰ぎ見る。
「覚えてるか? ほら、お化け屋敷に入った時さ──────」
「もう、やめてよ──────」
最早こちらの事など目に入っていないとばかりに、二人だけの世界に入り、過去を懐かしみ、語り合う二人の少女が目に入った。
その姿に、イミテーションの脳裏に既視感と共に、生前遊んだゲームのワンシーンがよぎった。
そう、これは与一での戦闘のチュートリアルが終わった後に流れるムービーそのままだった。そしてそれが終われば、今度は久留井の操作パートのチュートリアルとなる。
仮にゲーム通りいくというのならば、広い空間に出るはずである。そこで大型の敵と戦い、与一が負傷。そのショックで久留井の力、混沌が目覚め、ついでにその血に宿る蛮神の意思が姿を見せる。
それでチュートリアル、もといプロローグが終了し、晴れて本編が始まる訳だ。
((そう上手く事が運べばいいのだが……))
「ウキャキャキャキャーッ!」
「ギエーッ!?」
前方から聞こえてきた奇声により物思いから覚め、イミテーションは正面へと顔を戻す。
どうやら最初に現れた3体以外にも増援として2体ほど現れていたようで、黒道は1体は倒して、残り4体と激戦を繰り広げていた。
「ウフフ―ッ! 雑魚が! 死ねぇ!」
「ギョギョ―ッ!?」
黒道は掌を向け、火球を発射。勢いよく迫るそれは、猛スピードで突っ込んできたダツ魚人の腹に過たず命中し、火だるまに変えた。
「ヤーッ!」
「「ギョアーッ!?」」
間髪入れずに黒道は深き者たちのど真ん中に突っ込み、『弱弱弱強』のコンビを浴びせかけ、4体の怪物を瞬く間に屠った。
崩れ落ちた亡骸を前に勝ち誇る黒道。イミテーションは目を細めて、対象を観察しする。
((あの年で大したもんだ。……出力だけならこの時点で俺よりも上だな。技も堂に入ってる……ただ、何だ?))
イミテーションは黒道の動きに、特に攻撃を繰り出す所作に、違和感を覚えていた。そして酷い既視感も同様に。
彼が抱いていた違和感は、再び現れた敵と黒道が格闘するところを見て氷解した。
「ギーッ!」
クラゲとイカの特徴を備えた深き者の触手を両手の長剣を振り下ろして切断。次いで襲い来る触手を、バックステップで避け、再び接近すると黒道は両手の剣を振り下ろした。
その振り下ろしの所作は、触手を切った時と全く同じ軌跡、同じ力が込められていた。
((こ、こいつ……))
イミテーションは目を眇めた。
「ヒャハッ!」
「ギャッ」
胴体を切り裂かれて苦悶する深き者へ、黒道は追撃を放つ。右手で横薙ぎの斬撃。間髪入れずに左手の長剣で縦に振り下ろし、虫の息の深き者へクロス斬撃で止めを刺した。
((やっぱりだ。ありゃ双剣装備だった場合の弱弱弱強コンボそのままじゃねぇか。舐めてんのかあのガキは……))
眇めた眉は一転して、呆れ顔となった。上げた評価は再び地の底を漂う砂埃めいた。
「楽ショー!」
「ソウデスネー……」
思わず頭を振ってため息をつきたくなる衝動を捨て、おべっかをかろうじて口から絞り出す。
((最早何も言わん。面倒を起こさなければ、もうそれでいいや))
小さく息を吐き、ちらりと背後を見る。相も変わらず2人だけの世界に浸っている少女たち。隔てられた空間。くっきりと目に見えるよう。
イミテーションは頷き、再び現れた6体の増援を相手に無策で突っ込んでゆく黒道を援護すべくスリングで吊っていた突撃銃を手に取った。
それからしばらくの間、少年の喚き散らす声と、乾いた炸裂音、敵の断末魔が断続的に響いた。
しかしその響きも、少女たちが張っている不可視の帳を貫く事は出来ず、一時の間、与一と久留井は在りし日の如く穏やかに会話に興じていた。まるでモーセの海割伝説の如く道の傍らに横たわる亡骸に、最後まで気づかぬまま。
やがて、彼らはいつの間にか最初に出会った時と同じような洞窟の中に迷い込んでいた。
「「アギョギョ―ッ!」」
悍ましい怪物たちは変わらずその姿を現したが、その頻度は徐々に減ってゆき、何時しか一体も現れなくなった。
そしてそこで、彼らは広い空間に出た。
学校の体育館程の広さの空間には何も無く、ただ壁に等間隔で松明が括りつけられているのみだ。
「お、ここは『ボス部屋』じゃーん! となると出てくるのはー!?」
((出てくるのは大型の深き者。このチュートリアルで出てくる最後の敵だ))
黒道が飛び出してわざとらしくキョロキョロと大仰な仕草で周囲を窺っている傍ら、イミテーションは静かに警戒しながら、埃に塗れた過去の記憶を引きずりだす。
「何か……いやな感じがする、ね」
「離れるなよ……」
「うん」
背後から聞こえる会話は、これまた知っている記憶そのままである。
((……たく、どいつもこいつも人の神経を苛立たせるのが上手い奴らだ))
イミテーションは胸中で毒づいた。
((しかしどうやってこっから与一にケガさせっかな……いっそ黒道を半殺しにして役割の交代でもさせてみるか? しかしそうなった後に俺の知っている展開にどんな影響が出るか分からないし……う~ん……))
わざとらしく声を張り上げる黒道。凄まじく既視感のある事しか言わない与一と久留井に、だんだんと苛立ちが募ってゆく。
そして、募り募った苛立ちがついに限界を迎えようとする寸前で、それは現れた。
ペタペタと音がした。その場の全員が音のした方向へと顔を向けた。
「キュー……」
「え?」
それが現れたのは、黒道の真横であった。いつの間にかそこにいた。黒道は全く気が付かなかった。
それは、イルカを無理やりに人型に変えた、悍ましい生き物であった。尾びれを真ん中で裂き、ヒレの部分を捻じ曲げて強引に足として立ち、前ヒレは異様に長く垂れ下がっていて、頭は二足歩行に合わせて直角に曲げられていた。
だが、そんな事は重要では無かった。重要なのは、それが放つ、圧倒的なまでの、気。凄まじい力。今まで現れた敵とは別格の存在感を、そのイルカは放っていた。
黒道はもとより、離れている久留井も、与一ですら動けなかった。明らかな格の違う存在に、彼らはその呼吸すらもが押さえつけられた。
「キュー」
イルカは無感情な瞳で黒道を見下ろした。その眼前が陽炎めいて滲んだ。
「え?」
黒道は呆けた顔で、呆けた声を出した。理解が及ばなかった。なにせ、それが現れるのは、物語の最終盤。とてもこんな所で現れるような存在ではなかったからだ。ここに出るのは大型の深き者だ。これじゃない。これではない。これが現れるのはあり得ない。
(こんな展開『原作』に無──────)
黒道の思考は、凄まじい衝撃によって白く消えた。
黒道の体が吹っ飛んだ。
「キュ―――」
イルカが訝る声を発したのと、その体に破滅的な衝撃が走ったのは、ほぼ同時であった。
「キュバーッ!?」
イルカは咄嗟に前ヒレで防いだものの、踏ん張りがきかずに後方に凄まじい勢いで吹き飛び、背中から壁に叩きつけられた。
「全く」
振り上げた足を戻し、ぴくぴくと痙攣する黒道の体を抱え上げたイミテーションが、呟いた。
「ままならない物ですね」
「え!?」
「な!?」
いつの間にか横にいたイミテーションに驚愕の視線を向ける久留井と与一。イミテーションは構わず黒道を下ろすと、与一と久留井に顔を向け、微笑した。
「何があっても、貴女方の事は守ります」
「ッ!? おい!?」
「お姉さん! 後ろ!?」
少女二人の悲鳴の如き警告を前にしても、イミテーションは僅かたりとも振り返らなかった。
「キュ―ッ!」
体勢復帰したイルカが、前ヒレを勢いよく突き出した。凄惨な光景を予感して、久留井と与一の主観時間は鈍化し、その動きはほぼ停止した。しかし、イミテーションは悠々と静止した時の中を進み、はじめに与一の頭を、次いで久留井の頭を、順に撫でた。
「「──────」」
イミテーションは最後にもう一度微笑むと、つい今しがた気が付いたとでもいうかのように無造作に後方へ振り向きながら、裏拳を放った。
そしてその瞬間に、彼女たちは見た。イミテーションの拳とヒレがぶつかり合うその刹那に、黒い炎が閃いて彼の腕を包んだかと思えば、その右腕が武骨な鋼鉄ガントレットに覆われた光景を。
時間間隔が、戻る。
ガン、と鈍い音と共に、イルカのヒレが弾かれた。
「キュ―ッ!」
イルカは大きく後方へと跳び、距離を取った。
「さて」
イミテーションはイルカの前に立ち、構えた。と同時に、左腕に白炎が閃き、右腕と同様のガントレットが腕を覆っていた。
「では、始めましょうか」
イミテーションは手招きをした。
「キュ―ッ!」
イルカは無感情に目の前の敵を睨み据え、ただ淡々と力を行使した。イルカの眼前が陽炎染みて滲み、次の瞬間爆発的な衝撃波が生じた。
イミテーションは腕を振り抜いて衝撃波を軽々と払った。弾かれた衝撃波が地面を抉り、爆ぜた。
それを合図に、両者は動き出した。