影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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プロローグ 『リスタート・ニュー・デイズ』⑨

((何でもう『複合型』が出てくるんだよ))

「キュ―ッ!」

 

 

 脇腹を狙った左ヒレフックを弾き逸らし、間髪入れずに襲い来る右前ヒレ振り下ろし斬撃を僅かに横にずれることで紙一重回避しながら、イミテーションは胸中でごちた。

 

 

『カオス・スペース2』に出てくる敵エネミーの種類は概ね4種類に分けられる。

 

 

 一つは混沌を内に宿してはいるものの、僅かに漏れ出している程度の『狂う者』で、多少の意識の混濁はあれど意思疎通は問題なくでき、戦闘能力は黒い者や白い者に比べれば低い。

 

 

 というよりもカオス・スペース2に出てくる敵はその大半が一般人が変異した物なので、一部の存在を除き、戦闘能力が低くて当然なのだ。これは次回作のカオス・スペース3にも当てはまる事である。

 

 

 その作品に出てくる黒幕やそれに近しい存在の戦闘能力はシリーズものらしくインフレしていくが、それ以外の者たちの実力は、実は初代カオス・スペースの方が高かったりする。

 

 

 これもまた当然の事で、初代カオススペースの敵である黒い者や闇の者は『教団』という組織の構成員であり、イミテーションが受けたほどではないが、それぞれが特殊な訓練を受けた純粋な戦闘要員である。雑に処理されるレギオンだってその戦闘能力は一般人ではとても太刀打ちできるものではない。

 

 

 ただしそれは狂う者までの話だ。次の『混沌の者』。ここから加速度的におかしなことになってくる。

 

 

『混沌の者』はその名の通り、内に宿る混沌が完全覚醒してしまった者全般を示す。

 

 

 戦闘能力、戦闘技能は、なってしまう大半の者が一般人であるゆえにさほど高くない。しかし、問題は兎にも角にも混沌の力である。

 

 

 混沌というものは全てを歪める力。限りなく原初に近いこの力は、ありとあらゆるものに干渉し、歪める事が可能となる。作中に出る混沌の者の大半は力を暴走させるのみで、完全制御できている者は少ない。

 

 

 それでもすさまじい脅威であるが、真に危険なのは力を掌握し、意図的に歪みを生じさせる者である。

 

 

 こうなると、ありとあらゆるものを捻じ曲げ、好き勝手に改変する事が可能となる、正真正銘の化け物と言って差し支えない存在となり果てる。その危険度は闇の者どころか闇の泥すらも凌駕する。

 

 

 第二段階の混沌の者ですらその有り様だ。最終段階の『名状しがたい者』は、最早闇の泥どころか『幹部』にすらも迫る凄まじい脅威と化す。

 

 

『名状しがたい者』となった者は混沌の歪みで周囲を歪めるのみか、自身の姿にすらもが歪みが生じ、その者の精神が反映された、奇怪かつ悍ましい姿に変貌を遂げる。その際変異する姿にはなぜか海洋生物の特徴が現れるのだが、作中でも特に理由は説明されておらず、設定資料集にもその理由は乗ってはいない。

 

 

 この名状しがたい者は混沌の力で空間を歪め、自身の『領域』を持つようにまでなる。その中で彼ら彼女は曖昧と化した自我で内面に抱いていた思いを混沌で捻じ曲げられた、理解不能な言葉を垂れ流しながら、哀れな犠牲者を定期的に引きずり込み、弄び、殺すのだ。

 

 

 そして最後に『深き者』だが、これは今しがた上げた者たちとは異なり、はじめからそのようにして作り上げられた生物たちであった。製作者は海の底の神殿で眠り続ける『海の神』である。

 

 

『海の神』は『水の神』の暗躍によって失われた蕃神の代わりに全ての力を使い『混沌の神』を封じ込める空間を作り出した。それが今イミテーションたちがいる世界『カダス』であった。

 

 

 そしてその際に『混沌の神』の強烈な混沌を受けた『海の神』は強烈な喪失と虚脱感、空虚感に囚われ、全てに絶望して自らの領域である神殿の中に身を隠し、久遠の眠りについたのだ。

 

 

『海の神』は眠りにつく際に、せめてものためか、『カダス』の中に、自らの眷属を解き放った。それが『深き者』の正体だ。

 

 

 しかし、『混沌の神』の力は眠りについてなお強大であり、力の余波を受けてカダスとその領域内にいた全ての者は歪めたられた。

 

 

 空間は捻じ曲がり、時間軸は縦にも横にも伸びるようになり、深き者どもは嘗て抱いていた使命を忘れ、あらゆるものに襲い掛かるだけの肉に成り果てた。

 

 

 とりわけ深き者どもが受けた影響は大きく、深部に近づけば近づくほどに内に宿す混沌は大きく、また姿の歪みも大きくなった。

 

 

 今イミテーションが対峙する『深き者:複合型』は『混沌の神』が存在する空間に最も近い『最深部』にいる極めて強大な個体であった。

 

 

 複合型という名が示すとおり、ある者は役割が分かれていた『通常型』と貧弱な『異能型』が複合しているものであったり、複数の個体が合体した身体的な複合であったり、あるいは今挙げた全ての特徴を持つものであったりと様々だ。

 

 

((こいつは通常型と異能型の複合だな。格は複合型の中でも高い方だが……))

「キュ―ッ!」

 

 

 イルカの目の前の空気が滲み、爆発的な衝撃波が放たれる光景をほぼ静止した中で視界に収めながら、イミテーションはイルカの懐に入り込み、胴体に掌打を押し当てた。

 

 

((いずれにせよ、舐めてかかっていいような敵じゃない))

 

 

 掌を胴に押し付けたまま、イミテーションは更に一歩踏み込んだ。

 

 

 ずしん、という重く鈍い手ごたえが遅れて生じ、衝撃がゆっくりとイルカの体内に波紋を生み、光沢のある肌が波打った。音はしない。未だ彼の動きに追いつけていないのだ。

 

 

「ギュッ──―」

 

 

 イルカは目を血走らせて苦悶し、血泡を吹いた。イミテーションは鼻を鳴らし、戒めの力の乗った掌打によって身動きの出来ないイルカの無防備胴体へ、情け容赦のないサイドキックを叩き込んだ。

 

 

 凝縮された時間が、解き放たれた。

 

 

「ギュアァアアアアアアア!!!」

 

 

 その瞬間、イルカの上げた凄まじい断末魔と、クワ―ンという奇妙な音と、ズゥウンという鈍い音が同時に轟いた。

 

 

 直後に莫大な量の火薬が爆ぜたかと思うような衝撃と振動が走り、空間を揺らした。

 

 

「ひゃっ!?」

「久留井ッ」

 

 

 衝撃と振動に思わずふらついた久留井の体を与一は抱き留めた。しかし、その間も、彼女は決して目の前の戦いから目を逸らさなかった。凄惨で陰惨で、しかし突き抜けているがゆえに美しいとすら称せる暴力の光景に。

 

 

「……?」

 

 

 与一は違和感を覚えた。異次元の戦いである。未熟な自分では視認不可の超高速戦闘のはずだ。ならば、なぜ、それが分かる? 

 

 

「キュ……キュア……」

 

 

 辛うじて受け身が間に合い即死を免れたイルカは難儀して壁から身を捥ぎ離し、頭を振って平衡感覚を振り戻して眼前を睨んだ。

 

 

「キュ?」

 

 

 そこには誰もいなかった。

 

 

「キュ?」

 

 

 イルカは訝った。その首を、イミテーションの回し蹴りが刎ねた。足に纏われた黒炎が円弧を描き、空中にその軌跡を焼き付けた。

 

 

「キュ?」

 

 

 刎ね上げられたイルカの首が、放物線を描いて宙を飛び、ボトリと音を立てて転がった。残された体は切断面から間欠泉めいて赤黒い血を吹き出し、びくびくと震え、やがて膝を付き、倒れた。

 

 

「キュ?」

 

 

 地に落ちたイルカの首は目をしばたいた。彼は最期のその瞬間まで、自分に何が起きたのか、把握する事は無かった。

 

 

 イミテーションは何のためらいもなくその頭を踏み砕いた。

 

 

 ひっと息をのむ声が、後方から3つ。振り返る。青ざめた顔の子供たちが、息をする事すら忘れてこちらを見つめていた。

 

 

「……」

 

 

 イミテーションは声を掛けようとした。それは久留井の悲鳴のような警告に遮られた。

 

 

「お姉さん後ろ!」

「──────ッ!?」

 

 

 返答を返すよりも先に、体が勝手に反応した。イミテーションは勢いよく前に倒れ込んだ。一瞬後に彼の首があった空間を何かが薙いだ。

 

 

「チィ」

 

 

 急襲の主を検める間もなくイミテーションは地面に手を付き、ブレイクダンス染みて両足を広げて全方位を蹴り薙いだ。その蹴り足に、ランスめいた物体がかち合った。

 

 

 反動で後方に跳び退き、子供たちを守るように立ち上がったイミテーションは、襲撃者と対峙した。

 

 

 最初に首を薙いできたのは、エイのヒレをマントめいてたなびかす、イカとクラゲの融合体染みた深き者であった。エイのヒレは常にたなびいており、ところどころが半透明となっていた。腰部より伸びた細く長い尾を、イカクラゲは挑発的に揺らしてみせた。

 

 

 もう一体はフジツボやカニやエビのといった甲殻類の複合型の深き者である。右腕が太古の昔に生息していたオルソセラスの殻であり、左腕は大楯めいハサミであった。カニかエビのような頭の両側面には棘だらけの巻貝がくっついていて、まるで悪魔の角だ。そしてその体躯は小山のように大きく、威圧的である。

 

 

「──────」

 

 

 イカクラゲは奇妙な電子音のような鳴き声を発した。その姿はたちまちのうちに消え失せた。『透明化』の異能である。

 

 

「シューッ!」

 

 

 次いでカニエビが右手のランス腕を弓やめいて引き絞りながら突進してきた。巨体に反して驚くべき敏捷性であった。瞬きする間もなくイミテーションの眼前に至ったカニエビは、勢いのまま腕を突き出す。

 

 

 イミテーションは左腕に白炎を閃かせ、瞬間的に拳を振り抜く事で弾き逸らした。それを合図に、二者の姿はブレた。

 

 

「シューッ!」

 

 

 弾かれた腕を瞬時に戻したカニエビは返す刀の要領で首を刎ねに行く。イミテーションはランス腕を潜り抜け、瞬間的に脱力し、力を爆発させ、カニエビの胴体に24の打撃をほぼ同時に叩き込んだ。

 

 

「シューッ!」

 

 

 バキリ、と音を立ててカニエビの堅牢な装甲に罅が入った。されどカニエビは意に介さず、反対の盾ハサミを振り上げ、引き裂きにかかる。

 

 

 イミテーションはなおも踏み込んで密着回避をせんとするが、ぞっとする危機感と共に跳躍。更にカニエビの肩を蹴って跳び離れた。

 

 

 直後、ドスっと音を立てて、イミテーションが立っていた地面に何かが突き立った。

 

 

「──────」

 

 

 奇怪な電子音のような鳴き声が、嘲笑めいてさざめいた。

 

 

 着地したイミテーションは前を見据える。その目が見開かれた。

 

 

「シューッ!」

 

 

 イミテーションを追って、カニエビも跳躍していた。重さを感じさせぬ実に軽やかな跳躍であった。

 

 

「シューッ!」

 

 

 そのまま、カニエビは二連続回し蹴りを繰り出した。その横の景色が薄っすらと滲んでいた。

 

 

「──────」

 

 

 電子音鳴き声。

 

 

「小癪!」

 

 

 イミテーションは吐き捨て、虚空に向けて裏拳を繰り出す。ギャリンという音と共に火花が散った。

 

 

「──────」

 

 

 驚愕めいた電子音。深追いせずに、イミテーションは目の前の大質量に対処した。

 

 

「シューッ!」

 

 

 一段目。首を刎ねる回し蹴りを潜り抜ける事でかわす。

 

 

「シューッ!」

 

 

 二段目。胴を狙った反対側の足での回し蹴りは、先んじて手を添え、そのまま円を描くように腕を振って蹴りを外側へと逸らす。そしてイミテーションは間髪入れずに対空ハイキックを繰り出し、カニエビを地面に叩き落とした。

 

 

「シューッ!?」

 

 

 叩き落されたカニエビは驚愕に叫びつつも、受け身を取ってダメージを地面に逃がす。

 

 

「──────」

 

 

 その隙を補うのはイカクラゲの視認不可能の尻尾刺突だ。

 

 

 イミテーションの背後で殺意が滲み、空気を切り裂き、音を置き去りにして、透明の毒液が滴る尾が迫る。

 

 

「これを待っていました」

 

 

 悪魔の眼光が赤熱した。音速を超えた尾の先端が、彼の白く滑らかな肌に触れるか否かというタイミングで、不意にその姿が消失。不意打ちは空を切った。

 

 

「──────ッ!?」

 

 

 イカクラゲは驚愕めいた電子音鳴き声を発した。姿が消えた事に対してではない。ターゲットの姿が消えたと同時に、半ばで切断された尾に対してである。

 

 

 乱れた精神に呼応してか、完全なる透明化にほころびが生じた。イミテーションが立っていた地点のほんの数センチ後ろに、朧な影が揺らめいた。

 

 

 同時に、クワ―ンという奇妙な音がふたたび鳴った。

 

 

「ギッ──────」

 

 

 朧な影が雷に打たれたように痙攣した。その胸を突き破って、鋼鉄手甲に包まれた腕が生えた。

 

 

「──────ッ!?」

「始めから、私の狙いは、あなただけです」

 

 

 息がかかる距離から、死にゆく者に、声がかかった。鈴の音の様な軽やかな声が。

 

 

 イカクラゲの中に、何か形容しがたい感情のような物が去来したが、それについて考える時間も、ましてや認識する暇すらも、与えられる事は無かった。

 

 

 イミテーションは腕を引き抜いた。伽藍洞の胸の穴から、青黒い血が吹き上がった。イカクラゲは頽れ、痙攣し、絶命した。命が消えたイカクラゲの躯は急速にしぼみ、萎び、カラカラに乾き、やがてボロボロと崩れ去った。

 

 

「シューッ!」

 

 

 残心する間も与えずに突っ込んで来るは、仲間を斃された怒りに燃えるカニエビであった。

 

 

「海産物風情が一丁前に仲間意識ですか。結構。どの道長くない命です。それくらいは許しましょう」

「シューッ!」

 

 

 嘲りを含んだ微笑みに、カニエビは右ランス腕の横薙ぎで答えた。

 

 

 イミテーションは大きく仰け反る事で回避。次いで振り下ろされる鉄槌左腕ハサミを横に転がる事でかわす。

 

 

「シューッ!」

 

 

 と、ここでカニエビはやおら明後日の方向を剥くと、口から何かを吐き出した。それは、超高圧で圧縮、発射された、泡であった。向かう先は──―。

 

 

「ほえ?」

「え?」

「ッ!?」

 

 

 久留井は目をしばたいた。黒道は訳が分からずただ呆けた。与一は一連の動きに、唯々驚愕していた。

 

 

「猪口才の極みですね。実に下らん」

 

 

 イミテーションは濡れた手を振り水気を払うと、背後に振り向き、微笑みを一つ。

 

 

「「──────」」

 

 

 子供たちは、先程までの恐怖を一時忘れ、その微笑みに見入った。心を蕩けさせる、悪魔の如き笑み。魑魅魍魎の如き権力者ですらも心を奪われてしまうその笑みに、幼い彼女たちが心奪われてしまうのも、無理はないと言えた。

 

 

 というかイミテーションは意図的にその笑みを浮かべた。もともとこれは対権力者にハニートラップを仕掛ける際の所作の内の一つであった。これから関わり合いになる可能性を考慮し、付け入る隙の下準備だ。この世界の記憶は残らないが、無意識領域ではおぼえている。それで変な警戒をされてはたまらない

 

 

「シューッ!」

 

 

 当然その隙を逃すわけもなく、カニエビは右腕を構え、背後の子供たち諸共轢殺せんと一歩踏み出そうとした。

 

 

「おや? 隙と思いましたか?」

「シュッ!?」

 

 

 後方から、声が聞こえた。慌ててカニエビは振り向こうとした。その体が震えた。64の打撃がほぼ同時に叩き込まれた衝撃によって。

 

 

「シューッ!?」

 

 

 一瞬遅れて衝撃波が吹きすさんだ。

 

 

「くぅッ……!」

 

 

 反射だった。与一は咄嗟に風の幕を張った。直後に凄まじい衝撃波が走った。しかし、風の幕を張ってなお力は流し切れず、余った力の余波が彼女の体を揺るがせた。

 

 

 幼い彼女にはあまりにも強烈に過ぎる衝撃。フィードバックを受け、体からギシギシという鈍く軋む音が鼓膜に響いた。

 

 

「……ッ」

 

 

 それでも彼女は耐えきった。親友の前で無様を見せない、ふざけた存在に弱みを見せないというプライドが、彼女に倒れることを許さなかった。

 

 

 その甲斐あって、久留井と黒道は何も知ることなく、目のまえで繰り広げられる人知を超えた死闘の行く末を見守っていた。

 

 

「シューッ!?」

 

 

 バキバキバキ、という音が響き、カニエビについていた亀裂はさらに大きなものとなった。亀裂の隙間から、僅かに白い身が覗く。

 

 

((ここで殺し切る!))

 

 

 イミテーションは瞳に殺意をぎらつかせ、踏み込む。

 

 

「シューッ!」

 

 

 瞬時に懐に現れたイミテーションに、カニエビは応戦。前蹴りを繰り出す。が、これはブラフで、本命はそれを戻した後の左盾腕によるシールドバッシュだ。イミテーションに向けて、凄まじい大質量が迫る。

 

 

「はっ!」

 

 

 盾が上半身を薙ぐというかという寸前で、イミテーションは殆ど地面と一体化したかに思える程に身を沈めた。頭上を、強烈な風圧が撫ぜた。

 

 

「シッ!」

「シューッ!」

 

 

 瞬時に立ち上がったイミテーションはカニエビの胴体に向けて12の打撃をほぼ同時に当て亀裂を押し広げ、薙ぎ払う右ランス腕に、左手に瞬間的に黒炎と白炎を二重螺旋めいて巻き付かせ、裏拳を放って弾き飛ばした。

 

 

「シューッ!?」

 

 

 弾かれ、大きく身を仰け反らせたカニエビに、イミテーションは強烈に踏み込み、ボディブローを放った。カニエビは死の予感に反射的に飛び退こうとした。しかし、悪魔の繰り出す拳は、その速度を超えて尚余りあった。

 

 

 悪魔の拳が深き者の胴体に突き刺さった。そして、カニエビは見た。自らの体に悪魔の拳が接触する瞬間に、その拳の周りに、黒炎と白炎が二重螺旋めいて巻き付く様を。

 

 

「シューッ!?」

 

 

 巨大質量同士の衝突めいた破砕音と、クワ―ンという奇妙な音が同時に轟いた。

 

 

「シュ──────ッ!?」

 

 

 胴体甲殻完全破損。そして、剥き出しとなった身から入り込んだ戒めの波動は、瞬く間に全身に波及し、体中の自由を全て奪い去った。

 

 

「余興の提供、まことにありがとうございました。もう十分です」

「──────ッ」

 

 

 イミテーションは無感情に言い放ち、剥き出しとなった身に向けて腕を突っ込んだ。皮を割き、肉を割りながら奥へ奥へと拳を捻じ込んでゆく。

 

 

「ガボガボガボ──────ッ!?」

 

 

 カニエビは口から青黒い血を吹き出した。かかる血飛沫に意に介さず、イミテーションは中のはらわたを掴み、渾身の力と共に引きずり出した。

 

 

「グワギャッ──────」

 

 

 ずるずるとはらわたを引きずり出されたカニエビは凄まじく血を吹き出し、体をびくつかせ、やがてゆっくりと後ろへと倒れていった。

 

 

 ずしんと音を立てて、カニエビの小山のような体が地に沈んだ。

 

 

「全く、苦労を掛けさせます」

 

 

 ぺっぺと、手を振って血を払いながら、イミテーションは言い捨てた。

 

 

((……ていうか俺が倒しちゃったけど、これど―すんだ?))

 

 

 びくびくと体を痙攣させる、死に体のカニエビの体を踏みつけながら、イミテーションは黙考した。

 

 

 

((これじゃ久留井のチュートリアルにならないぞ? この後どうなるんだ? そもそも──―))

「おねーさん!」

 

 

 背後から久留井の声がして、イミテーションは黙考から意識を浮上させ、背後を見た。

 

 

 トテトテと駆け寄ってくる久留井と、それを慌てて追う与一。こっちに指を向け、何事か喚き立てている腰を抜かしている黒道。

 

 

「あぁ、久留井さん」

 

 

 怪我はありませんか。そう続けようとした。

 

 

 ドクン、と足元で、イミテーションの耳に届くほどの鼓動が一度。

 

 

「──────」

 

 

 反射的に足元にある瀕死の深き者を見下ろす。その体が不自然に発光していた。同時に、体が内側から膨らんだ。

 

 

((こ、こいつまさか循環する混沌を──────))

 

 

 それから先の動きは、まさしく無我夢中で導き出された反射そのものであった。

 

 

 カニエビの体を蹴り飛ばし、少しでも距離を稼ぎ、瞬間的な脱力、力を爆発させて久留井と与一の体を引っ掴み、一拍子遅れて黒道がいる反対側へと2人をまとめて押し込んだ。そして向き直り、両腕をクロスさせ、全身に闇と光を纏わせ、境界線を無くし、混沌の幕を纏った。

 

 

 その処置が完了するのと同時に、風船の如く膨らんだカニエビの体が極彩色の光と共に爆発四散した。

 

 

 尋常ならざる光の奔流が、瞬く間に広間に行き渡った。

 

 

 無限の色彩が、イミテーションの視界の全てを覆い尽くす。轟音が轟き、やがてブツンと音を立てて何も聞こえなくなった。

 

 

 程なくして、視界一杯の万色が黒一色になり、意識までもが闇に侵食された。

 

 

「──────」

 

 

 そして、意識が消えるその時に、どことも知らぬ誰かの哄笑が、聞こえたような気がした。

 

 

 考える暇もなく、イミテーションの意識はブラックアウトした。

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