影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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プロローグ 『リスタート・ニュー・デイズ』⑩

 久留井は、その一部始終を、全てその視界に収めていた。

 

 

 イルカと戦っている時も、イルカを撃破した後に現れたイカクラゲとカニエビとの異次元の攻防も。イカクラゲを葬り去った時も。カニエビの懐に踏み込んで64の打撃を叩き込んだ瞬間も。カニエビとの決着の瞬間も。

 

 

 ……そして、カニエビの体が不自然に膨れ上がり、不穏な光が漏れ出た瞬間のイミテーションの行動も、全て。全て、見ていた。見えてしまっていた。

 

 

 イミテーションはカニエビに不穏な兆候が見て取れた瞬間に、すでに動き出していた。

 

 

 カニエビの体を蹴り飛ばし、少しでも距離を稼ぎ、一瞬だけ立ち眩みのように体をふらつかせたかと思えば、次の瞬間には目の前におり、自分と与一を引っ掴み、気が付けば黒道と一緒に一纏めにされていた。

 

 

(──────)

 

 

 

 久留井は思わず声を掛けようとしたが、今の彼女では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(ダメ!!!)

 

 

 意識だけは彼の行動を見て取れた。物理肉体が彼女に応えることは無かった。久留井は声なき声で悲鳴を上げた。

 

 

 イミテーションは彼女の心の叫びに終ぞ気が付かなかった。非力な存在を全て背後に押し込み、まとめ終えると、両腕をクロスさせ、全身に黒い光と白い光を纏わせ、境界線を無くし、黒でも白でもない光の纏った。

 

 

 この間に時間は一切経過していない。イミテーションは混沌により自分が行った0.01秒以下の経過時間の全てを曖昧化させ、消し去ったのだ。

 

 

 通常ならば、そこから更にもう数手打てたはずだった。しかし、相手もまた混沌である。爆発するまで本来ならばもう数秒はかかる筈だった

 

 

 しかし、彼が行動を終えた瞬間に、カニエビの体は急速に膨れ上がり、極彩色の閃光と共に爆発四散した。それはカニエビの最後の意地か、はたまた散っていった深き者たちの怨念の後押しか。

 

 

 それを考える暇は、彼には残されていなかった。

 

 

 久留井は全ての一部始終を見ていた。見てしまった。目も眩む閃光の中でも、全てを吹き飛ばす衝撃下でも。久留井は目を逸らすことなく、その一部始終の全てを視界に収めた。

 

 

 無限の色彩はたちまちのうちに膨れ上がり、大広間の全てを蹂躙した。まるで空っぽのバケツに津波が流れ込むかのように、莫大な力は一瞬で空間を満たした。

 

 

『『──────』』

 

 

 自分のすぐ横で、悲鳴を上げてただ只管に耐え凌ぐ与一と黒道。いつもならば与一の声が聞こえたらすぐに反応する。悲鳴ならば猶更放っておく事などできないはずだ。しかし、久留井はただ目の前を見続けていた。

 

 

 吹き荒れる色彩の嵐の中、久留井は見た。見てしまった。自分を守る信頼できる大人(イミテーション)()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「──────」

 

 

 久留井は目を見開いた。

 

 

 永劫にも勝る一瞬が過ぎ去った。後に残されたのは、あちこちに燃え燻る極彩色に燃える炎と、凄まじい破壊の後。そして、目の前に倒れ伏して血の海に沈む──────。

 

 

「ひ、ひぃ……ッ!」

 

 

 黒道は尻もちをついた姿勢のまま後退り、それから少しでも距離を取ろうとした。与一も思わず悲鳴を上げそうになったが、口に手を当てて辛うじてそれを堪えた。しかし、足の震えまでは誤魔化せなかった。やがて、堪え切れずに、膝を付き、恥もヘつた暮れも無く嘔吐した。

 

 

「カハッ……カハッ……」

 

 

 驚くことに、イミテーションはその有り様でもかろうじて生きていた。しかし、息絶えるのは時間の問題であろうことは誰の目にも明らかであった。なにせ体の左半分が、文字通り吹き飛んでいるのだ。破壊された組織の断面から、蛇口をひねったが如く血が零れた。

 

 

 久留井は、死にかけたイミテーションを凝視し、呆然と立ち尽くしていた。その頭の中は無限のなぜで埋まっていた。

 

 

 なぜあの人は死にかけている? なぜ私は何の役にも立てない? なぜ自分には与一や黒道の様に戦う力が無い? なぜなぜなぜ──────。

 

 

 黒道が死にゆくイミテーションに向けて指を指して何事か喚いている。与一は見たことが無い程に弱っていて、人目も憚らず嘔吐し続けていた。久留井は、ただ茫然と立ち尽くしていた。立ち尽くすだけ。無力に。変わらず。誰の役にも立てず、ただ荷物になるだけ。

 

 

 次第に心の中から言葉が消え、底の見えぬ空白が、ぽっかりと口を開けていた。

 

 

 イミテーションの体から露出している心臓の鼓動は浅く早く、弱弱しかった。それもじきに止まるであろう。彼女の目の前で、彼は死ぬのだ。父と母と同じように。

 

 

 ……父と母? 

 

 

(……?)

 

 

 そこに、久留井は何か違和感を覚えた。

 

 

 父と母は事故にあって目の前で死んだ。その精神的ショックで彼女は気を病み、預けられる伯父と伯母の住んでいる家の都合上、彼女は転校を余儀なくされ、与一と離れざるを得なくなった。

 

 

 そうだ、そのはずだ。そうでなければいけない。ならば、この胸に渦巻く違和感は何だ? 

 

 

 久留井の頭の中、記憶の奥底で、封じられていた記憶が、つよいショックを受けて、僅かに漏れた。

 

 

 瞬間、久留井の脳裏に、ノイズ塗れの断片記憶が閃いた。

 

 

 ──────頬を押さえて倒れ伏す母。──────のしかかる父親。──────振り上げられる拳。──────絶対の恐怖。──────そしてすべてを塗りつぶす、()()()()()()()()()

 

 

「──────あ」

 

 

 ぷつんと、久留井の頭の中で、何かが切れる音がした。

 

 

「──────あぁ」

 

 

 呆けた様に開け放たれた口から、無意識の内に声がもれた。掠れた声が。無限の後悔と絶望が込められた声が。

 

 

「うぐぅ……く、久留井……?」

 

 

 久留井の雰囲気の変化に敏感に気が付いた与一は、口元を拭い、ふらつく体に鞭打って立ち上がってその肩を叩こうとした。

 

 

 しかし、次の瞬間、久留井の体から眩いばかりの光が漏れあふれ、与一の干渉を弾いた。まるで拒絶するかのように。

 

 

「なっ!?」

 

 

 与一は目を剥いた。久留井から放たれる黒でも白でも無い光に。いや、違う。そこではない。例え無意識の内であれ、久留井に拒絶されたことに、大きくショックを受けた。

 

 

「あぁああああああああ!!!」

 

 

 久留井は絶叫した。果てしない黒が宿った絶望の悲鳴だった。強烈な感情の発露に呼応して、放たれる光は際限なく高まってゆく。先ほどの極彩色の嵐に勝るとも劣らない力の波動が、再び空間中を満たした。

 

 

「ひえぇえええ!」

 

 

 黒道はもんどりうってひっくり返り、それから赤子めいて縮こまった。

 

 

「知らない! こんなの知らない! こんなの! こんな! ウワーッ!」

 

 

 体を縮め、黒道はただ泣きじゃくった。全てを拒絶するように。何もかもを否定するかのように。

 

 

「久留井……久留井!」

 

 

 心に負った衝撃に、しかし与一は抑ええ込み、手を伸ばした。今度は拒絶されなかった。久留井の両肩に手を置き、必死になって呼びかける。だが今の久留井の目に映るのは心から信頼できる幼馴染ではなく、目の前の死にゆく大人只一人。

 

 

『ア~ララ。こりゃまた凄い有り様だね』

「ッ!?」

 

 

 唐突に声が聞こえ、与一は反射的に声の方向へ顔を向ける。そして目を見開いた。

 

 

 色だけを反転させた久留井が、久留井の真横に立っていた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()。……ふぅん』

 

 

『久留井』は目を細めて倒れ伏すイミテーションを見つめていたかと思えば、唐突に久留井に顔を向け、言った。

 

 

『助けたい?』

「できるの……?」

 

 

 それまで反応の無かった久留井が、『久留井』の言葉に反応した。

 

 

『できるとも』

 

 

『久留井』はさも当然のように頷いた。

 

 

「どうやって?」

『私はそれを教えに来たのさ。さあ混沌と、君の力『拡散』の異能を解放したまえよ』

「…………分かった」

 

 

『久留井』に言われ、久留井は手をかざした。その時脳裏に閃いたのは、視界を塗りつぶす黒でも白でも無い光。

 

 

「……やる」

 

 

 それでも久留井は手を下ろさなかった。震える膝を懸命に支え、今にも倒れそうな体を、大好きな親友に支えられながら、久留井は黒でも白でも無い光を、己の力で拡散させ、解き放った。

 

 

 放たれた光は指向性もへったくれも無く、倒れ伏し、破壊されたイミテーションの体を、それどころか空間中についた破壊の痕跡を、まとめて歪め、消し去った。

 

 

「──────」

 

 

 イミテーションは目をしばたき、()()()()()()()()()

 

 

「なんと」

 

 

 イミテーションは両手を広げ、まじまじと見た。健康体そのもの。傷一つありはしない。

 

 

 顔を上げる。視線の先には息を荒げる久留井と、その体を支える、今にも死にそうな顔の与一。その横に立つ色を反転させた『久留井』。赤子の様に縮こまって泣きじゃくる黒道。

 

 

 イミテーションが見ていると気が付いた『久留井』は、にこりと微笑み、消えた。

 

 

((──────あぁ、チュートリアルね))

 

 

 それですべてを察したイミテーションは、げんなりする己を押さえ切れなかった。

 

 

((何で俺なんだよ……あれか? その方が危機感を煽れるからか? そういう想定外のアクシデントは嫌いだって言ってんじゃん。見ろよ与一の顔。何だありゃ。ゾンビか何か?))

 

 

 ため息をつきたい衝動を抑え込み、イミテーションはやや困ったような笑みを浮かべると、久留井たちの方へと向かっていった。

 

 

「ありがとうございました。おかげで、私はこうして、貴女に感謝を告げられる」

 

 

 息を荒げる久留井の前に立ち、膝を付き、その手を取って、イミテーションは胸に手を当て、さも心から感謝しているとでもいうかのように深く頭を下げた。

 

 

「……っいえ。そんな……私は……」

 

 

 久留井は目を彷徨わせ、俯き、それからへったくそな笑みを浮かべた。

 

 

「与一さん、あなたもこのような状況下で良く頑張ってくださいました。ありがとうございます」

「うる、さい……! わたしは……!」

 

 

 唇を噛み、押し殺した声で精一杯の怒りを吐く与一だが、直後にびしりと音がした。目を向けると、虚空には大きな罅が入っていた。罅はどんどん広がり、やがては亀裂となり、遂には大きな穴となった。

 

 

「どうやら先ほどの爆発と久留井さんの力の行使でこの空間は耐久限界を迎えてしまったようですね」

「「え?」」

 

 

 少女二人は呆けた声を発した。

 

 

((起きてそうそうこれか。考える時間も無し……しょうがねぇな))

 

 

 瞬時に状況を判断したイミテーションはやおら久留井を抱え上げた。

 

 

「ほえっ!?」

「なっ!? 何やってんだお前!?」

 

 

 目を白黒させる久留井に頓着することなく、飛びかかってきた与一を片手で制圧したかと思えば、彼女はイミテーションに背負われていた。

 

 

「な!? は!?」

「あとは……」

 

 

 背中で暴れる与一を無視し、離れた位置にいる黒道に空いている右手を向け、ガントレットの手首よりワイヤーを射出して拘束した。

 

 

「走ります。しっかりしがみ付いてくださいね」

「「──────」」

 

 

 少女たちは抗議の言葉を放とうとした。声は置き去りにされた。彼らは風になった。

 

 

「「きゃぁああああああああ!?」」

「ウワーッ!?」

 

 

 尋常ならざる加速と共に、イミテーションは走り出した。台風染みた風が前方から叩きつけるように吹き付け、堪らず彼女たちは悲鳴を上げた。

 

 

 いつの間にか行き止まりだった空間には大穴が開いており、イミテーションは躊躇なくその中へと入っていった。

 

 

 道中は洞窟であったり、コンクリートの廊下であったり、鬱蒼と茂る森の中であったりと様々にその様相を変えた。やがて、前方には真っ白な光が見えた。あの先がこの地獄の出口だ。彼らは直感でそれを理解した。

 

 

 だが、空間の崩壊ももうすぐそこまで迫っていた。森も、コンクリートも、洞窟も、何もかもが崩壊し、雲散してゆく。

 

 

((や、やべえ……こ、これ以上の加速はこいつらが持たん! 今のコンディションじゃ混沌の使用どころか闇も光も……!))

 

 

 崩壊は混沌を帯びており、どれだけイミテーションが速く走ろうとも、その帳尻を合わせるかの如く徐々に徐々に距離を潰していた。

 

 

((ふ、ふざけるな! こんなくだらない所で!))

 

 

 焦りと憤怒がない交ぜとなり、血流にのって全身に波及し、彼の心臓がひときわ強く高鳴った。

 

 

『やれやれ、仕方ないな』

((──────ッ!?))

 

 

 すぐ近くで声が聞こえたかと思えば、イミテーションの体に黒でも白でも無い光が灯った。

 

 

『これはツケだ。いつか返してもらうよ』

((蕃神の残滓如きがどの口で……!))

 

 

 その声に反応する間も惜しいとばかりに、イミテーションは脱力し、力を爆発させて踏み込んだ! 

 

 

 崩壊が遠く離れてゆく。光が近づく。地獄がもう目前に! 

 

 

((畜生! せっかく逃れたと思ったのに!))

 

 

 彼の嘆きと怒りは、白い光りにたどり着いたと同時に全て吹きとんだ。何もかもが白く消えてゆく。そして遅れて崩壊が全てを飲み込んだ。

 

 

 意識が、弾けた。

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