影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『chapter1 仄暗い水の底から』

 昔から良く見る夢があるの。

 

 

 気が付くと無限の色彩が広がる空間の中にいて、私は沸騰する不定形の何かを見下ろしているの。

 

 

 不定形の物体は常に増殖と分裂を繰り返していて、かと思えばまた一つに集合し、収縮し、また分裂と増殖を繰り返す。繰り返し。永遠に。何度も何度も。

 

 

 怖ろしくて悍ましくて、でもどこか神秘的で目が離せないもの。

 

 

 不定形のものの周りにはたくさんの影がいて、その姿かたちは千差万別。鱗を持つモノ。渦巻角を持つモノ。沢山の腕を持つモノ。山のような巨体を持つモノ──―。

 

 

 とにかくたくさんの影たちが、不定形の何かを中心に輪になって、太鼓や笛を吹きならしながら、踊っている。

 

 

 今まで聞いてきたどんな曲とも違う、知らない旋律。見た事も無い踊り。それなのに、どこか懐かしい感じがする。初めて聞いたはずなのに、どこか既視感があるの。

 

 

 影が打ち鳴らす野蛮な太鼓。ガラス窓越しのようにどこかくぐもって聞こえる、金切り声の様なフルートの音色。

 

 

 それはきっと、本来ならば不愉快なもののはずなのだと思う。普通の人が聞いたら、おかしくなってしまうという確信が、私にはあった。

 

 

 そんな、『不愉快な曲』に耳を澄ませて聞き入っていると、決まってそのタイミングで、中心の不定形なモノが何か言葉を発している事に気が付くの。

 

 

 ごにょごにょと、不明瞭で、無限に捲し立てられる言葉の羅列。きっとそこに意味など無いとは分かっている。それなのに、聞き耳を立ててしまう事を止められない。

 

 

 そして、私はどんどん不定形なモノへと近づいて行く。光に吸い寄せられる、蛾のように。ふらふら、ふらふらと。踊り狂う影たちの合間を縫って。誰も私を咎めない。止める者はいない。

 

 

 でも、何時も後一歩という所で、肩に手がかかる。

 

 

 いつも通りならばそこには不明瞭な悪魔が立っているものなのだけれども、今回は違った。

 

 

 そこにはあの日、引っ越しの都合で別れざるを得なかった与一ちゃんがいて、その隣に黒いスーツを着た、青空のような透き通る髪を腰まで伸ばした顔が不明瞭な悪魔が立っていた。

 

 

 二人は何も言わず、ただ黙って私を見つめている。

 

 

 触れたい。そう思って手を伸ばすのだけど、距離は縮まらず、どころかどんどん私から離れて行ってしまう。

 

 

 〝行かないで! 〟

 

 

 届かないと分かっているのにそれでも手を伸ばし、大声で懇願を口にしたところで、決まって私は目を覚ます。

 

 

 そしてその夢を見た後は、酷い喪失感と、何か大きな形容できない感情が渦を巻く。

 

 

 日に日にこの夢を見る頻度が増していた。渦巻く感情の大きさもまた同様に。

 

 

 この夢は一体何を意味するのだろうか? 何でこんなに悲しいのだろうか? 何で私はこんなにも胸を痛めているのだろうか? 

 

 

 分からない。分からないよ。

 

 

(与一ちゃん……)

 

 

 脳裏に浮かぶのは、随分前に別れたっきりの、大好きな友人の顔。

 

 

 こんな時、彼女ならば何ていうだろう? 慰めの言葉をかけてくれるのだろうか? 

 

 

 ……頑張って一人でもやっていこうと。

 

 

 与一ちゃんと別れた時に、誓っていた、はずなのに。

 

 

 それでも誰かにこうやって、無意識の内に寄りかかろうとする自分を。

 

 

 私は、酷く憎んだ。

 

 

 朝は来る。どれだけ酷い現実があろうとも、世界は終わらず。夜に沈まず。

 

 

 陽はまた昇る。誰に対しても。どこにいても。

 

 

 陽は照らす。そして影が出来る。

 

 

 私は、その陰から、出られないでいる。

 

 

 いつになったら私は誰かの影から出られるのだろうか? いつになれば私は誰の手も借りずに一人で堂々と立っていられるようになるのだろうか? 

 

 

 情けなくて、悔しくて。俯いて。

 

 

 縮こまる私を指さし、嘲るように、陽射しは煌々と照りつける。自らの足で立つ、私よりもずっと強い無数の人々に、影を作りながら。

 

 

 私は影の中から、歩き去ってゆく彼らの背中を、ただ漠然と眺めることしかできない。無限の嫉妬と羨望を籠めながら。

 

 

 Are you ready? 

 

 

 頭の中の片隅で、そんな言葉が、聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 東京某所の〇▽区に、私が通う『私立泡沫高等学校』はある。

 

 

 道中に坂道は無く、平坦な道がなだらかに続いて行く。大体半分くらい行った所で横に逸れれば、町の中心へと行く事が出来る。ここの近辺にはあまり娯楽と呼べるものはないので、若者たちは皆町の中心部へと行くか、そもそもこの町から出て行ってしまう。

 

 

 大抵の生徒は授業終わりに、素行不良な学生は朝から、学校でたまった鬱憤を晴らすようにそちらへと引き寄せられるように向かってゆく。誘蛾灯に向かって飛んでゆく、哀れな蛾の様に。

 

 

 私は何か用事が無い限り、そちらへは向かわず、まっすぐに帰宅している。人混みが怖ろしいし、それ以前に誘うような友人もいない。大それた趣味がある訳でもない。

 

 

 歩くほど十分ほどで、泡沫高校の校門が見えてきた。

 

 

 大した距離じゃない。そのはずなのに、足取りは重く。そのせいで視界に映る距離以上に長く果てしないように見える。

 

 

 空は晴れ渡っているというのに、心はどんよりとした曇り空。そのうちに雨が降るだろう。悲しみと喪失の雨が。

 

 

 心の空に蟠る雲が晴れたことは、今のところ一度として無い。あの日。お父さんとお母さんが死んでしまってから。与一ちゃんと別れたその日から、心の空は曇ったままだ。

 

 

 一体いつまで私はこの喪失と悲しみに囚われたままでいるつもりなのか? もう5年も経つというのに。なんて未練がましい。女々しい。情けない。同じような経験をした人は、とうに歩き始めているというのに。

 

 

 自己嫌悪が、グルグルとお腹の中で回りだす。こうなると、もう止まらない。まるで渦潮に飲まれた落ち葉の様に、私の思考は嫌悪と後悔に囚われるのだ。

 

 

 陥ったドツボの螺旋に翻弄されて歩いていたのがいけなかったのか。それとも単にいつもの間の悪さが顔を出し、私の足をこれ幸いとばかりに引っ張ったからなのか。

 

 

 私は誰かの背中に正面衝突し、ひっくり返って尻餅をついた。

 

 

「おぉ?」

 

 

 野太く、力強い困惑の声が聞こえた。

 

 

「ご、ごめんなさ──────ひっ」

 

 

 反射的に謝ろうとして顔を上げたのだけど、私を見下ろす人の顔を見た瞬間に、私の声帯は凍り付いた。

 

 

 青いツナギを着た、とても体格の優れた男の人だった。大人。それも男の。

 

 

「──────」

 

 

 瞬間、私の頭の中に、様々な情景の断片が突風の如く過ぎ去った。あまりにも速すぎて、それが一体どんな記憶だったのか、確かめることはできなかった。

 

 

 それどころかまともに考える事も出来はしなかった。

 

 

「──―? ──―?」

 

 

 男の人が何か言っている。誰かを気遣う事に慣れた、とてもやさしい口調だった。それは分った。でも、私にはガラス窓越しのようにくぐもって聞こえた。

 

 

 視界がぐにゃりと歪む。何も考えられない。

 

 

 男の人が屈みこんで、私の顔色を窺おうとした。距離が縮まる。

 

 

 心臓が縮み上がり、頭の中に電流が走った。

 

 

「ご、ごめんなさい!!!」

 

 

 その時には既に私は立ち上がっていて、男の人に叩きつけるように謝罪の言葉を浴びせかけ、反応も待たずに逃げるように走り出した。

 

 

(情けない……! 情けない……! 情けない……!)

 

 

 無限に続く、自己嫌悪。自分を延々責め苛む、呆れと怒りの声。

 

 

 心を占める曇天から、雨が降り始めた。悲しみと怒りと呆れの雨が。雨は決して、降りやむことはない。己の心が、屈し続けている限り。

 

 

 月宮久留井、16歳。小さく、惨めで、下らない女。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「なるほど。あれが例の……」

 

 

 小さくなってゆく久留井の背を見つめながら、偉丈夫の男は小さな声で呟いた。

 

 

「ニイちゃん。これこっちに運んでくんな」

「おう、任せな!」

 

 

 声を掛けられ、男はそれまで行っていた荷運びの作業を再開した。

 

 

『あ? 何やってんだおめー?』

「例のターゲットに接触した」

 

 

 男が付けたピアス型通信機より、オペレーターからの呆れ声が聞こえた。男は誰にも聞こえぬように小さな声で報告した。

 

 

『なに!? バレてねえだろうな!』

「あぁ、ただ、怖がらせちまったみてぇだ」

『バカッ!!!』

「うるせえな」

 

 

 男は顔を顰めながら積み荷を指定された位置に置いた。

 

 

『ともかく怪しまれんなよ『ヤマネコ』! ただでさえテメ―は目立つんだからな!』

「分かってる分かってる」

『~~~~~~!!!』

 

 

 適当な生返事に、遂にオペレーターはキレた。凄まじい罵詈雑言が濁流めいて耳に流れ込んできた。ヤマネコは躊躇なく通信を切断した。

 

 

「久留井ちゃん、ね。なんだか倖薄そうな娘だな。ちゃんと飯食ってんのか?」

 

 

 ヤマネコは呟き、それから帽子を目深にかぶり直し、偽装のための仕事を再開した。

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