影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『chapter1 仄暗い水の底から』④

「──────はっ!」

 

 

 唐突に目が覚めた。

 

 

「え? え? え? あれ?」

 

 

 久留井は上半身を跳ね上げ、落ち着かない鳥めいて周囲に首を巡らせた。

 

 

 真っ暗な空間だった。ただ完全な暗闇では無いようで、薄ぼんやりとだが見通す事が出来た。

 

 

「ここ……どこ……?」

 

 

 困惑を口にしながら身動ぎしていると、こつんと何かが手に触れた。それを手に取って持ち上げ、顔に近づけてみると、それが懐中電灯であることが分かった。

 

 

 蓋を開けてみれば電池が入っており、カチカチとスイッチを入れてみると、チカチカと咳き込むように光が明滅した後、光は放たれた。

 

 

 久留井は立ち上がり、両手で懐中電灯を握りしめながら、周囲の闇を切り裂いて付近を探ってみた。

 

 

 ひっくり返った椅子。バリケードめいて積み上げられた机。教壇には魚の死骸が山のように積み上げられており、酷い腐敗臭を放っていた。黒板には白チョークで何か書かれていたが、彼女にはまるで判別する事は出来なかった。

 

 

「教室……なの?」

 

 

 おっかなびっくりと周囲を照らしながら、久留井は窓の方へと明かりを向けた。

 

 

 窓の奥は名状しがたい闇が広がっており、試しに開けてみたが、窓はびくともしなかった。

 

 

「みんな……。与一ちゃん……。どこ行っちゃったんだろう……」

 

 

 誰もいない、暗闇の教室。墓場めいた静けさであった。鳥獣の声も聞こえず、誰かしらが身動ぎする気配すらもが無い。一人である。

 

 

 考えることは無限にある。唐突に壁から生えてきたおかしな男の頭。この場所の事。そして、思いがけない再会。

 

 

「与一ちゃん……」

 

 

 久留井は譫言の様に呟いた。

 

 

 ずっと会いたかった、大好きな友人。彼女と別れてから重ねた時間は、この教室の床に堆積した埃よりもなお分厚い。たかが数年。されど小さな子供にとっては永劫にも等しい時間経過だ。

 

 

「うぅ……」

 

 

 この場で誰かが見つけ出してくれるまで待機していようかと一瞬だけ考えたが、心細さに耐えきれず、久留井は意を決して教室の外へと出て行くことにした。

 

 

 彼女にだってプライドはある。それは例え、吹けば飛ぶ様なちっぽけなものだったとしても。一番の友人に、自分も少しは成長していると所を見せたいという思いは、決して揺らぐことはない。

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

 腐り切った引き戸を開ける際に引っかかりを覚え、押し開けようと力を籠めれば、軋み音と共にばたんと音を立てて盛大に倒れた。その音に久留井は飛び上がり、尻もちをついてへたり込んだ。

 

 

「ひぃん!」

 

 

 ……揺らぐことは無いのだ! 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 廊下も教室と同様に、死者の国の如く静まり返っていた。生きた者の気配はない。

 

 

 相も変わらず照明が死んでいたので、久留井は懐中電灯を片手におっかなびっくりと進んでいた。

 

 

 彼女がいたのは1-4教室で、廊下の一番突き当りであった。廊下を進む途中途中で教室の中を覗き込もうとしたが、1-3、1-2教室はそもそもドアが開かず、唯一開いた1-1教室も、彼女がいた1-4教室同様にとっ散らかった机や椅子があるばかりで、目ぼしい物は何も無かった。

 

 

 突き当りを曲がると二階への階段があり、その奥には下駄箱とそのまま出口に続いていた。一縷の望みをかけて出口の扉を開けてみたものの、当然の様にびくともしなかった。

 

 

 その時かたんと何かが落ちる音がして、懐中電灯を向ければ、そこにはお祓い棒が落ちていた。

 

 

「……」

 

 

 久留井は落ちていたお祓い棒を何の抵抗も無く拾い上げ、懐中電灯を握る逆の手にさも当然の如く握りしめた。

 

 

「行くしかない……よね……?」

 

 

 久留井はびくびくと体を震わせながら、二階への階段へと足を乗せ、出来るだけ音を立てない様にそっと上がっていった。

 

 

「着い、た──────っ!?」

 

 

 長い時間をかけて二階へと到達した久留井を待ち受けていたのは、ドン、という何かが何かにぶつかった鈍い音であった。久留井は驚いた姿勢のまま凍り付いた。

 

 

 ドン、と再び音がした。何かが廊下を横切り、彼女のすぐ前に落下した。久留井は反射的に飛んできたものに光を当て、そして凍り付いた。

 

 

「ギギ……」

 

 

 それは、人間の体に魚の特徴を兼ね備えた、奇怪な生物であった。暗緑色の鱗。醜い顔に頬まで裂けた悍ましい口からは、鋭い乱杭歯が覗いていた。

 

 

「アギャ……アギャ……」

 

 

 魚人は虚空を引っかくように両手を仰ぎ、身悶えていた。見れば、魚人の胴体は真一文字に裂けており、明らかにもう永くない事が見て取れた。

 

 

「わ……わぁ……」

 

 

 久留井は口元をわななかせ、一歩後退った。魚人はなおも手足をばたつかせた。その体に影ができ、次の瞬間黒い影は降り落ち、長く鋭い物を魚人に突き立てた。

 

 

「ギャッ!」

「おっしゃトドメ!」

「あっ!」

 

 

 魚人に止めを刺したのは、先程唐突に現れた黒髪の男子生徒であった。

 

 

「大丈夫かい久留井ちゃん?」

「君は……黒道くん……?」

 

 

 手慣れた様子で魚人に突き刺したもの、長剣を引き抜いて血を払い、馴れ馴れしく話しかけてきた男子生徒に、久留井は自然とその名前を口に出し、それから訝った。

 

 

(あれ? 私、どうしてこの人の名前、知ってるの?)

 

 

「ここは俺と一緒に──────」

 

 

 彼が最後まで言い切る事は出来なかった。その背中を蹴っ飛ばし、黒くたくましい影が弾丸めいて突進してきたからだ。

 

 

「久留井!」

 

 

 次に飛び込んできたのは風紀員の腕章を誇らしげに嵌めた女学生、与一であった。彼女は目が覚めた時になぜか持っていた一振りの刀と共に、時折現れる怪物や魚を切り倒しながら無人の校舎の探索を続けていた。

 

 

 そして、久留井の姿が目に入るな否や、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を蹴飛ばしながら抱き着いたのだった。

 

 

「久留井! 怪我は無いな!? 元気だな!? 生きてるな!?」

「ムガムガムガ!?」

 

 

 がくがくと肩を揺さぶってくる与一。顔面を踏まれて悶絶する黒道。手足を引くつかせる魚人の死骸。

 

 

 混沌(カオス)であった。

 

 

 それをさらに上塗りするように、与一達がやってきた逆方向からドン、と既視感のある音が鳴り、近くに大きなものが落下してきた。久留井は反射的に落ちてきたものにライトを当て、固まった。

 

 

 落ちてきたものは人間の大人ほどのサイズの巨大ブルーギルであった。

 

 

「パクパク! パクパク!」

 

 

 ブルーギルは激しく身を捩り、口をパクパクと開き、血反吐をぶちまけた。

 

 

「「──────」」

 

 

 目を丸くして驚き固まる三人に対し、事態は容赦なく進行した。

 

 

「オラよ!」

「パクパク―ッ!」

 

 

 強く野太いシャウトが聞こえたかと思えば、黒く大きな影がブルーギルの頭に容赦なくストンプを加え、その頭を踏み砕いたのだ。

 

 

「おぉお嬢ちゃんたち! 無事だったか!」

 

 

 黒い影は、ツナギから黒スーツに着替えたヤマネコが、それまで浮かべていた険しい顔を一転させ、人を安心させる柔らかな表情を向けた。

 

 

「「きゅう……」」

 

 

 呻き声が聞こえ、その方向へ久留井が目をやると、ヤマネコが両脇に抱えていた物から発されていた。

 

 

 久留井は目をしばたいた。彼が米俵めいて抱えていたものは、高木炎の取り巻きの二人であった。

 

 

 なるほど。だから余計大きく見えていたのか、と久留井は一人納得した。

 

 

 そして二人がここにいるという事は。

 

 

「おいおっさん! 一人で勝手に進むんじゃねえよ!」

「おぉ、すまねえな!」

「謝る気ねぇだろ、こら!」

 

 

 ヤマネコの後を遅れてやって来たのは、肩を怒らせた高木炎であった。炎はどかどかと音を立ててヤマネコに向けて近寄ってきたかと思えば、苛立ちを籠めた蹴りを食らわせた。

 

 

「元気だな! 良い事だぜ!」

「このッ……!」

 

 

 しかしヤマネコはまるで堪えた様子もなく、にっこりと笑んだ。

 

 

「チッ……」

 

 

 舌打ちし、炎はすぐさま足を引っ込めた。まるで岩でも蹴ったかのような感触であった。それだけで彼女は目の前の存在と自分との隔絶した実力の隔たりを察した。

 

 

「よし、じゃあこのまま情報交換と行きたいところだが、その前にまずやる事がある」

「何をだ?」

 

 

 久留井の前に立ち、威嚇するように睨みつける与一に対し、ヤマネコは苦笑し、与一の足元を指さした。

 

 

「? ……あ」

 

 

 ヤマネコの示唆に、訝りながらも視線を足元にやると、そこには顔を真っ青にした黒道が、力なく震えていた。

 

 

「……」

 

 

 与一はバツが悪そうに押し黙り、黒道の顔から足を退かした。黒道はびくりと痙攣したかと思えば、こてんと顔を横に向け、力尽きた。ヤマネコは噴出した。

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