影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
「──────なるほど」
子供たちからの話を聞き終えたヤマネコは腕組みし、顎に手を当てて沈思黙考した。
しばし時を巻き戻し、合流直後、炎と与一の間で口論が発生しかけたものの、ヤマネコ(と黒道)が両者を首尾よく宥めすかし、落ち着いたところでヤマネコが情報を整理しようと提案を持ちかけた。
普段ならば知らない人間に、それも大人に仕切られることに我慢ならない炎であるが、状況が状況であるし、何より目の前の男は現在の自分では逆立ちしたって勝てない相手。
彼女の中にあった葛藤はいかばかりか。炎は大型の猫科の獣めいた唸り声を発し、あらん限りにヤマネコたち睨めつけたが、やがて渋々と頷いた。それを見て与一は鼻で嗤い、炎はサファリパークでぶら下げられた餌を目にした獣めいて食い付いた。
すわ口論の再開かと思われたが、ヤマネコが間に黒道を放り込んだため、一人の男の両頬が犠牲になっただけで事なきを得た。
ヤマネコは隙あらば喧嘩に持っていこうとする血気盛んな子供を見つめながら、これでは話どころではないぞと考えた。
そこで彼はすぐ目の前にある2-1教室に目を向けた。その教室には蠢く悪意が満載しており、彼はそこで一旦彼女たちのガス抜き兼情報交換のための場所取りを思いついた。
思い立ったが吉日。早速彼は彼女たちを促し、分かり切っていた悪意にさも面食らったかのように大仰に驚き、炎と与一の戦闘意欲をこれでもかと煽った。
あっさりと引っかかった炎と与一は互いに競い合うように飛び出し、教室内にいた魚人や巨大カニ、サバを各々の得物をでもってバッタバッタと打ち倒した。
鉄パイプが振るわれる度に頭蓋が陥没した死体が増え、刀が閃く度に手が、足が、首が乱れ飛んだ。
「ウオーッ!」
当然このようなアピールチャンスを黒道が逃さぬはずもなく、両手に持った長剣を握りしめ愚かにも突撃しようとしたところを、ヤマネコが首根っこを引っ掴んで止めた。
その甲斐あって、教室内にいた敵性存在を全滅させた頃には、二人の少女も多少の落ち着きを取り戻していた。
ヤマネコは二人に労いの言葉をかけながら後ろに引っ込んでいた久留井を教室へ招き入れ、おずおずと入ってくる久留井を目尻に担いでいた取り巻き二人を床に寝かせた。
そういう事でヤマネコは教室の中にいた深き者の群れを自らは手を穢す事無く首尾よく全滅させて安全を確保し、更には監視対象の戦闘能力の把握までも済ませ、その上でいけしゃあしゃあと情報交換を始めたのだった。
「君たちの話をまとめると、この学校は完全に閉じられていて、クソったれの魚野郎どもが問答無用で襲い掛かって来る上に生臭くて鼻がイカレそう、てことでいいか?」
「あぁ」
「間違いないな」
炎はぶっきらぼうに相槌を返し、与一は頷いた。
「わ、私達、こっからどうなるの……?」
「出口がないなんてモウダメダ―! 私達は魚の餌になっちまうんだ―!」
取り巻き二人は互いに抱き合いながら、早くも諦めムードでめそめそと泣いていた。
「うるせーぞ!」
「悲観するには少し早いぜ、お二人さん」
炎は眉間に皺を寄せてイライラと怒鳴り、取り巻きを黙らせた。ヤマネコは苦笑しながら炎を宥めつつ取り巻き二人に語り掛けた。
「こういうのは大抵、核になる誰かがいるもんさ」
「「核ぅ~……?」」
二人は縋るような目つきでヤマネコを見た。
「そう核。これが自然発生したとは考えられん。明らかに引き起こした誰かがいる。ならば核となるそいつをぶっ飛ばせば」
「ここから出られる?」
「その通り!」
「ぴゃっ!?」
突如として指を指された久留井は動転し、あたふたと慌てふためき、与一の背中へと退避した。
「あんまり久留井を驚かさないでもらえますか?」
「おぉ? す、すまん……」
与一のジト目と、与一の背に縮こまりながら覗き込む久留井の視線にたじたじとなったヤマネコは頬を掻きながら詫びた。
「な、なら早くいこうぜ! 俺的には三階になんか核になりそうな奴がいそうな気がするぞぉ~! むむむ! 歩ちゃんも一緒にいる気もなぜかしちゃうぞ! 急がねば!」
「あ、おい!」
やおら立ち上がり捲し立てた黒道はヤマネコの静止も聴かず、教室の外へと走り出してしまった。当然ヤマネコは先ほどと同じように首根っこを掴んで止めようとしたが、掴んだはずの襟首は
「……」
ヤマネコは眉間を寄せた。久留井はびくりと身を震わせた。
「……ッ」
「どうした久留井?」
急に身を跳ねさせた久留井に与一は声をかけた。
「あ、うん。平気。ちょっと、寒気がしただけだから……」
「そうか。何かあれば言えよ?」
「うん、ありがとう……」
与一と手をつなぎ、力なく笑いかける中でチラチラと視線を送って来る久留井へさりげなく目を向けながら、ヤマネコは思考を続ける。
(あれが混沌か。好きなように歪め、好きなように現実を改変する。恐らくあの坊主は自分が混沌を持ってるだなんて気づいちゃいないだろうが、その片鱗はすでに顔を出し始めている。
飛び出した黒道を追って、ヤマネコたちも三階を目指して移動を開始していた。
三階への階段をえっちらおっちらと上っているのだが、一向に三階にたどり着く気配が無い。
「何だ!? 何で辿り着かない!?」
魚人から錆びた槍を異能で奪い取り、投げ返して突き刺しながら炎は困惑に叫んだ。
「空間が歪んでいる? えぇい訳が分からん!」
「ギャッ!」
床にマットレスめいて伏せていた巨大ヒラメの脳天に刀の切っ先を埋めながら、与一も同様に困惑していた。
「「ひえ~!」」
取り巻きは互いに抱き合いながら悲鳴を上げ、右往左往し特に役に立たない!
「うわわ……!」
久留井はとにかく目立たないように縮こまり、戦闘が終わるのをじっと待っていた。
というのも、魚人や魚たちは久留井を目にするや否やそれまでの戦闘をかなぐり捨ててでも彼女に向かって突撃してゆくからだ。
はじめは戦闘能力が低いものから狙う習性でもあるのかと考えたが、それならば彼女以上に糞の役にも立たない取り巻き二人に向かって行かない事に説明がつかない。
(成程、混沌……)
早々に理由に合点がいったヤマネコは与一と炎にあまり詳細は語らず、とにかく久留井を戦線から遠ざけることを提案した。
与一はそれが前提となっていたので二つ返事で頷き、炎は火花吹くが如き眼光で久留井を睨みつけながら、錆び塗れの機械の様に不承不承と頷いた。
そんなこんなで中途で戦闘を挟みながら牛歩の如き歩みの速度で階段を上り続ける事体感で三十分ほどが経過したところで、ようやく三階へと彼等は至る事が出来た。
「まるで天国への階段だな」
階段を振り返りながら、炎は唾を吐いた。
「随分陰気な天国だな」
与一は鼻を鳴らした。
「……」
炎は与一を睨み据えながら唸ったが、罵りの言葉は口にせず、ただ舌打ちした。取り巻き二人は戦々恐々しながらその様を見守っていたが、炎がそれ以上爆発する事は無かった。
「よし、みんな疲れているだろうが。もう少しの辛抱だぞ。ここについた途端嫌な感じがぐんと増した。どうやら『当たり』みたいだぜ」
「「うれしくない~……」」
にこやかに笑いかけながら語るヤマネコに、取り巻き二人は半泣きで返した。
「……」
久留井も声こそ発さなかったものの、ぶんぶんと首を縦に振って全力で同意していた。
「あぁ、久留井も安心しろ? 私が全部やっつけてやるからな!」
「うん……」
繋いだ手を強く握りしめながら励ましてきた与一に、久留井は曖昧に微笑んだ。
その時だった。ずん、という鈍い音と共に、校舎全体が揺れた。
「わっ!」
「近い……!」
彼らは互いに目を見合わせ、それからヤマネコを先頭に足早に移動した。
階段ではあれだけひっきりなしに襲ってきた深き者たちであったが、三階の道中では一匹どころか影も形すらも無く、それどころかドアすらも無く、ただ外が覗ける窓が等間隔にあるばかりだ。
まるで導いてるかのようだ。ヤマネコは神経がささくれ立つのを感じた。
(どうやらこの世界の構築者は我々の到達が望みのようだな)
廊下の突き当りにたどり着き、そこにあった引き戸に手をかけながら、ヤマネコは胸中で吐き捨てた。
「開けるぜ。準備はいいか?」
後方を振り返りながら、ヤマネコは最終確認めいていった。
「「……」」
ぶっきらぼうに。神妙に。嫌そうに。おずおずと。頷き方は三者三様だが、誰も逃げ出す者はいなかった。
「そうか。強いな。……良し」
ヤマネコは頷き、手にかけた引き戸を、勢いよく開け放った。
「これは!」
飛び込んできた光景に、ヤマネコは目を見開いた。
開け放った引き戸の奥で彼が目にしたのは、大量の深き者どもを相手に死に物狂いで抵抗する二人の男女の姿であった。
「なんかすごいゲロ~」
それを遠巻きに眺める、巨大な貝殻からろくろ首めいて長い首を伸ばした禿頭頭。
「──────」
一も二も無く、ヤマネコは躊躇なく部屋の中へと踏み込んだ。