影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『chapter1 仄暗い水の底から』⑥

「ウワーッ!?」

「ギャギャーン!」

 

 

 倒しても倒しても、入れ変わり立ち代わりとひっきりなしに飛びかかって来る深き者どもに、遂に黒道は悲鳴を上げた。

 

 

「数が……数が多い! 一時撤退を進言します!」

「泣き言を言っている暇があったら一体でも多く倒しなさい」

「ぐえっ」

「ひぃ~!」

 

 

 飛び込んできた魚人の脳天に氷の剣を叩き込んでカチ割り捨てた歩は、僅かに空いた隙に黒道の尻を蹴り飛ばしながら叱責した。黒道は泣いた。

 

 

 歩はこの世界で目が覚めるや否や経験と薄っすらと感じるこの世界の構築者の気配を辿り、最短でこの場所へとたどり着いた。

 

 

 全ては両親の敵である『サメ』を殺す為に、彼女はそれに連なるものを全て殺す意気込みであった。歩は瞳に憎悪と憤怒を燃やし、決断的に引き戸を開けて部屋の中へと踏み込んだのであった。

 

 

 一方黒道はというと、最初は久留井や与一、それから彼にとっての最推しである炎たちへのアピールのためのパフォーマンスを演じようと画策していた。

 

 

 しかし、この世界は彼が知る展開から相当に逸脱していた。その筆頭であるヤマネコに物申すだけの丹力は彼にはなかった。その上彼が放つ圧倒的陽オーラ、そして巨山めいて頼りになる背中に、黒道は張り合う道を早々に捨てた。

 

 

 それでも何とかして目立ちたいという浅ましい欲望は抑えきれず、彼はヤマネコの静止も振り切って、()()()()()()()()()()()三階まで駆け上がってこの世界の主のいる部屋の引き戸をこじ開けたのだ。

 

 

 彼自身は気が付いていないが、本来ならば湾曲した空間やひっきりなしに現れる敵によってこんなにも早く辿り着くことは不可能なはずだった。自らの内にある力がすでに目覚めかけ、漏れ出た力がこの空間の捩じれを強引に修正し、最短距離で自分を向かわせたことなど、今の錯乱した彼の頭では考えもつくまい。

 

 

 もう少し落ち着きがあれば知っている知識との相違点にも気が付いただろうが、功を焦り、欲望に目がくらんだこの男の頭に、そんな疑問が湧く訳がなかった。あるいはもっと鋭ければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんなものは猿に新型携帯機器の設計図を書かせるようなものだ。期待したところで仕方がない。

 

 

 そんなこんなで合流した二人はこの世界の主である『混沌の者』(ここでまず黒道は白目を剥いて絶句した)を相手に戦いを挑んだ。

 

 

 だがこの即席コンビは当然息が合う訳もなく、足並みも揃わず、連携もへったくれも無くただ只管に押し寄せる敵に抗う事しかできない。

 

 

『混沌の者』は貝殻を開け、文字通り首を長くして無限めいて押し寄せる深き者たちに悪戦苦闘する彼らを、ただ無感情に見下ろすばかりである。

 

 

(まずいわ。このままじゃあの主に攻撃を届かせるどころか圧し潰される。かといって大規模攻撃をすればあの愚か者が巻き込まれてしまう……)

 

 

 彼女は敵を討つためならばどのような手段でも取るつもりであったが、それでも不用意な犠牲を増やすほど、落ちぶれてはいない。

 

 

「ひえー!?」

「「ギャワーッ!?」」

 

 

 黒道は目の端に涙を溜めながら、悲鳴と共に巨大火球を撃ち放った。攻撃者は無様の極みだが、その威力は実際侮れないものであった。着弾と同時に紅蓮が弾け、天にも衝く様な火柱が立ち昇り、数十体の深き者をまとめて葬り去った。

 

 

(ッ! 今なら!)

 

 

 図らずも空いた突破口。歩はすぐさま虚空に大量の氷塊を生成し、敵の頭上に落とした。

 

 

「「ギギギ―ッ!?」」

 

 

 たちまちあちこちで悲鳴が聞こえ、ある者は氷塊で脳天を潰され、ある者は氷塊の放つ冷気につかまり、瞬く間に体を凍結させ砕け散った。

 

 

 氷塊の豪雨が収まると、深き者の大群はずいぶんと減った。生き残りはまだいるが、それでも先程に比べればずいぶんと動きやすくなった。

 

 

「待たせたわね。殺してやるわ」

 

 

 歩は頭上から見下ろす禿頭頭を憎悪の瞳で見上げた。

 

 

「そうでもないヨ」

 

 

 混沌の者は抑揚のない声でそう返した。

 

 

「減らず口を──────ッ!?」

 

 

 早速手の中に生成した氷の槍を投げつけてやろうとした歩だが、その瞬間に脳裏に凄まじい警鐘が鳴り響き、咄嗟に横へと飛んだ。

 

 

「オゴーッ!」

 

 

 直後、混沌の者は大口を開けて膨大な水を吐いた。

 

 

「くっ!」

 

 

 そのあまりの範囲に、ただ横に跳んだだけでは間に合わぬと判断した歩は氷塊を作り出し、水流に叩きつけた。

 

 

 水流にぶつかった氷塊は接触と同時に砕け散ったが、その僅かな隙でどうにか歩は範囲外へと逃れることに成功した。

 

 

「ウギャーッ!?」

 

 

 黒道も尻をまくって逃げ惑い、危ういところでどうにか命を拾うことには成功した。

 

 

 しかし攻撃が途絶えたところで虚空から染み出すように深き者どもが現れ、歩たちに向けてわらわらと群がってきたのだ。

 

 

 事態は再び振出しへと戻った。否、今度は混沌の者まで戦闘に加わり始め、まさに絶体絶命の状況にまで追い詰められていた。

 

 

 すわジリ貧か? そう思われたその時、不意に外界から光が差し込み、黒い影が弾丸めいた勢いで飛び込み、悠々と見下ろす禿げ頭に跳び蹴りを叩き込んだのだ。

 

 

「グエ―ッ!?」

 

 

 凄まじい破砕音と共に、混沌の者の側頭部が陥没し、反対側から血と脳漿と骨の破片をぶちまけた。

 

 

「ッ! 貴方は……!」

「おう、来たぜ」

 

 

 飛び蹴りの反動で跳躍した黒い影は、クルクルと身を丸めながら歩の隣に猫めいて軽やかに着地した

 

 

「『ペットショップ』星3警備員、〝氷虎〟ヤマネコ」

「お、流石に知ってるか」

「……一介の警備員風情がこんな所に何の用?」

 

 

 歩は目を細めた。刺すような視線を前に、ヤマネコは僅かに答えに窮した。不用意な返答は余計な誤解を生むだろう。ならば、多少懐を開くことも必要か? 

 

 

「ここには社長の命令で来た」

 

 

 ヤマネコはあっさりと白状した。歩の眉がピクリと動いた。

 

 

「社長? 『悪魔』の従僕が、一体どんな理由で貴方ほどの手練れを送るというの?」

「理由、か」

 

 

 ヤマネコはわざとらしく肩を竦め、それから指を指した。

 

 

「しいて言うなら、あれかな」

「え?」

 

 

 ヤマネコが示した先を目で追い、それが指し示すものを視界に入れた途端、歩は目を見開いた。

 

 

「うん」

 

 

 そこには何事もなく見下ろす禿げ頭があった。吹き飛んだ血も脳も、床に散っているというのに、当の混沌の者の頭には傷一つ無い。

 

 

「う、嘘……今、確かにあれは死んだはず……」

「あぁ、だろうな」

 

 

 動揺を隠せない歩の前に立ちながら、ヤマネコは相槌を返す。

 

 

(……調べた限りじゃこういう案件に複数携わっているっていうが、このレベルは流石にはじめてみたいだな)

 

 

 頭を振るって動揺を振り払う歩を見ながら、ヤマネコは黙考する。

 

 

(成程、だから俺か)

 

 

 一人得心し、ヤマネコは背後へと呼びかける。

 

 

「どうする? いったん引くかい?」

「──────っ。冗談言わないで」

 

 

 身に走る怖気を噛み殺した歩は、手の中に氷槍を作り出し、一歩前に出る。その瞳に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……おう、なら」

 

 

 言いかけたその時、後方で凄まじい破裂音が轟いた。

 

 

「やあ! たあ!」

「どけっクソが!」

「「わあ~ん!」」

「ひえ~!」

 

 

 遅れて中へと入り込んだ久留井たち一行が、群れ集った深き者たちを相手に大立ち回りを開始した。たちまち乱戦の体を成した室内は夥しい屍を晒し、千切れた四肢が乱れ飛んだ。

 

 

「これで後ろを気にする必要はなくなった。さあ、やっちまおうぜ」

「……これを貸しだと思わない事ね」

「もういい?」

 

 

 いつの間にか目の前にあった禿げ頭が無感情に聞いた。

 

 

「あぁ、良いぜ」

 

 

 ヤマネコは落ち着き払って頷いた。

 

 

「そう」

 

 

 言うや否や、混沌の者は口を開き、莫大な水流を放った。

 

 

「ははっ!」

 

 

 しかしその時すでにヤマネコは地面すれすれにまで身を屈めて踏み込み、水流をかわしながら顎下へと入り込んでいた。歩は何かに引っ張られ、無理やりに範囲外へと逃がされていた。

 

 

「ハッハーッ!」

「ぐへっ!?」

 

 

 ヤマネコはばね仕掛けめいて跳ね上がり、強烈なアッパーカットを叩き込んだ。顎の骨が破砕し、混沌の者の頭が跳ね上がった。

 

 

「なっに、がっ!?」

 

 

 一方歩は服を引っ張る何かを振り払い、睨みつけた。それは霜を放つ氷の虎であった。

 

 

「余計な事を……!」

「グルル……」

 

 

 氷の虎は歩に頓着せず、包囲網を抜けてきた人の足が生えたサンマに躊躇なく飛びかかり、その頭を噛み砕いて殺した。

 

 

「ちっ」

「ぐえっ」

 

 

 足元から這い出してきたカッパの脳天に氷の槍を突き刺して殺しながら、頭の注意をヤマネコが引いている内に、歩は氷塊を作り出し、伸ばされた首の根元、開かれた貝の中身に向けて撃ち放った。

 

 

「あ、それだめゲロ」

 

 

 それまでヤマネコに向けて執拗に水流を放っていた禿頭頭は、唐突に頭を180度回転させて歩を見た。

 

 

「あぁ? よそ見してんじゃねぇぞ!」

「うん」

 

 

 ヤマネコは苛立ち交じりの断頭手刀で混沌の者の首と頭を切り離したのだが、次の瞬間には飛び来る氷塊の目の前に何事もなく頭はあり、頭突きで氷塊を叩き割った。当然頭はひしゃげ潰れて血肉を四散させたが、一瞬靄がかったかと思えばやはり何事もなく健在であった。

 

 

「そんな……敵は不死身なの……!?」

「否」

 

 

 慄く歩の肩に手を乗せて落ち付かせながら、ヤマネコは否定した。

 

 

「どんなものにも限界はある。確かに見た限りじゃ無敵に思えるかもな」

「だったら」

「ならなぜ防いだ?」

「──────」

 

 

 言葉に詰まった歩に、ヤマネコは畳みかける。

 

 

「あいつも無敵じゃないって事は、他ならないあいつ自身が証明した。ならそこを突き続けるだけさ。違うかい?」

「……ちっ」

 

 

 歩はギリギリと歯を噛み鳴らしやがて舌打ちし、そっぽを向いた。

 

 

「俺の事は信じなくてもいいさ。でもよ」

 

 

 ヤマネコは歩から視線を外し、後ろを見た。歩も習って視線を向けた。

 

 

「オラァ!」

「ハアッ!」

「ウワーッ! ウワーッ! ウワーッ!」

 

 

 無尽蔵に現れる深き者たちを相手に奮闘する炎、与一、黒道の姿。そしてその後方にへたり込む、守るべき非戦闘員の三人の姿が、歩の目に焼き付いた。

 

 

「あんなに格好よく戦っているあいつらの事は信じてやってくれよ」

「……」

 

 

 歩はしばし俯き、やがて顔を上げれば、いつもの無表情が戻っていた。

 

 

「よし、やるぞ」

「……指図しないで」

 

 

 突っぱねる歩に凶暴に笑いかけたヤマネコは、氷の虎を複数生み出しながら混沌の者へ突貫した。

 

 

「オラオラ!」

「「ゴアアアアアン!」」

「ゲロゲロ!」

 

 

 ヤマネコたちは縦横に走り回りながら撹乱し、混沌の者はひっきりなしに水を放って吹き飛ばそうとするが、彼らは嘲笑うように水流をかわし続けた。

 

 

「エイ!」

 

 

 その隙に歩は本体があるであろう貝に向けて氷塊や氷の槍を打ち込みまくるが、貝殻はすさまじく強固で氷塊が当たっても傷一つつかず、貝の隙間に向けて放った氷の槍は済んでのところで飛び込んできた深き者がその身を挺して防いでしまった。

 

 

「くっ」

「もっと出しちゃう」

 

 

 もう一度氷塊を放とうとした歩だが、混沌の者が奇怪な咆哮を上げたかと思えば、深き者どもが一斉に虚空よりしみだしてきた。その数実に五十を超える。

 

 

「くそっ!」

「グエ~ッ」

 

 

 ヤマネコはジャンプパンチで頭を叩き落し、落ちた頭を氷の虎が噛み砕いたが、一瞬後には既に元通りとなった頭が、無機質な瞳で彼らを見下ろしていた。

 

 

 一気に敵の数が増えた事により、後方の処理限界はあっという間に超えた。そして、ついに彼らの包囲網をすり抜け、深き者の一体が久留井に向かって突撃していった。

 

 

「ギョベボバボーッ!」

「ひっ──────」

 

 

 奇声を発しながら大口を開き、その小さな頭を齧り取ろうと迫った、その時。

 

 

「来ないで!!!」

「ギョ──────」

 

 

 久留井は反射的に両手を突き出した。瞬間、両手から黒でも白でもない光が放射状に拡散し、目前まで迫った深き者を一瞬で消滅させた。

 

 

「なっ久留井!?」

 

 

 驚愕に目を剥く与一だが、間髪入れずに久留井の手から放たれた何色でもない球体が四方八方に放たれたことで、最早構っていられる場合ではなくなった。

 

 

「ギギーッ!?」

「グギャーッ!?」

「アゲ―ッ!?」

 

 

 無茶苦茶に放たれた球体は放物線を描いて落下し、敵味方の区別なく降り注いだ。

 

 

「な、何だぁ!?」

「う、ウワー覚醒!? ひーっ!?」

「「ぎゃーっ!?」」

 

 

 たちまち阿鼻叫喚の地獄絵図めいた事態となり、与一たちは必死になって降り注ぐ混沌色の豪雨を凌ぎ続けた。

 

 

「痛いゲロ―ッ!?」

 

 

 当然豪雨は混沌の者にも降り注ぎ、あれだけ強固を誇っていた貝殻は久留井の放った球体により、たちまちのうちに侵食され、木っ端みじんに破砕した。そして露となったのは、貝の身と人体が融合した奇怪かつ悍ましい胴体であった。

 

 

 が、それも豪雨に晒され、たちまち浸食破砕したのだったが。

 

 

「「えぇ……」」

 

 

 雨あられと降り注ぐ混沌の礫を頭上に氷塊を作り続けて防いでいた二人は、あまりにも呆気なく滅びた強敵の姿に、脱力しかかった。

 

 

 更に間髪入れずに教室の壁が膨れ上がったかと思えば、壁材を吹き飛ばしながら、一対の牙を生やした巨象が飛び込んできたのだった。

 

 

「「え゛っ!?」」

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