影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
「「──────」」
一同は突如として壁を突き破って表れた巨象の出現に、目が点となって硬直した。
「パフォッ!?」
それは巨象の方も同様で、彼らの姿を認識するなり目を丸くして仰天した。
「あ~? 何だこりゃあ?」
目を白黒させる象の後ろから、そんな声が聞こえた。そして姿を現したのは、紅い髪が特徴の小柄な女子生徒であった。
「なンで病院の壁ぶっ壊したら学校に出るんだ? 意味ワっかんねンだけど」
「いや俺に聞かれても困るんだが!?」
彼女の疑問に答えたのは、いつの間にか横にいた男子生徒だった。中肉中背の、あまり特徴の無い少年だった。
「あぁ? 何でお前らがここにいるんだ?」
「あん? お、おっさんじゃん。オハヨ」
「うげっ、ヤマネコさん!?」
訝るヤマネコに声をかけられ、少女は気さくに話しかけ、少年の方はというと虚空に目を彷徨わせて狼狽えていた。
「2-2組、出席番号3番、
「あ? だれだ……て、風紀委員長じゃん。こンな所で何してんだ?」
「え゛!? 風紀委員長もいんの!?」
少女、裕は歩へと目を向けるなり目を眇め、少年、真一は某絵画の如く両頬に手を添えて見悶えた。
「で、これどういう状況なんだ? 後ろの連中は何だ? 訳分かんねーんだが?」
「あぁ、実はな──────」
近づいてきた裕に、ヤマネコは素早く真一の懐へと入り込み、丸太めいた腕を首に回して締め上げながら、彼女にこれまでの経緯を語って聞かせた。
「へえぇ、なるほどなぁ」
一通りの事情を把握した裕は、ヤマネコの背後で未だ警戒を解かずに身構えている歩や与一達へと視線を向けた。視線に気が付いた久留井はびくりと体を震わせ、すぐさま与一の背中へと引っ込んでいった。
「……あまりこの子を怖がらせないでください。先輩」
「はっ!」
刀を構えたまま僅かな怒気を滲ませた与一の言葉に、裕は鼻で笑った。
「止さんか。で、お前らの方は?」
「パクパク! パクパク!」
青い顔でタップを繰り返す真一の抗議を無視し、ヤマネコは殺気立った二人を窘めながら裕へと先程の問いを再び投げかけた。
「あぁ、ワタシらがここに迷い込んだのは全くの偶然さ」
「どうだか」
「アァ……?」
不信感を全く隠す事無く歩はぼそりと呟いた。裕の沸点はたちまち沸く寸前まで跳ね上がった。
「やめろというに! お前さんもだ! 信じられねえのも分かるが、少し落ち着け。な」
「……指図しないでと言ったはずよ」
「けっ」
歩はヤマネコへとジト目を向け、裕は唾を吐いた。
「ンン、ともかく、ワタシは下校しようとしていたんだけど、そん時に妙な気配を感じてさ、興味本位でそこに向かってったわけ。で、その途中でそこで死にそうになってる奴と鉢合ったのさ」
「ふむ……」
ヤマネコは腕の中で痙攣する真一に一瞥をくれ、気色悪そうに眉を顰め、無造作にぽいと捨てた。
「で、妙な気配の出所についた瞬間に一瞬だけ周りがぼやけて、気が付けば病院の中にいた。急に周りの景色が変わるは人の気配もねえし、変な海産物がわらわら襲い掛かって来るしもう散々だったぜ」
「ゲホーッ! ……ホラー映画の登場人物の気分だったよ」
「……」
むせながら口を挟んできた真一の顎を蹴り上げながら、裕は続けた。
「彷徨っても彷徨っても出口が見えない。仕方がないからエレファントの奴に壁をぶち抜いて脱出しようと提案して」
「ぶち抜いた先がここだったんです」
「ふぅん……」
裕の説明を聞き終えたヤマネコは、目を細めて黙考した。
(あの貝野郎の作り出した空間とは別の空間……というより貝野郎の力の余波で出来た空間か。そこにこいつらは入り込んじまった。で、術者が死んだから境界線が緩み、こうしてここに辿り着いた、ってとこか?)
ずかずかと近寄っていき与一とメンチを切り合う裕と、歩に問い詰められて死んだ顔で弁明する真一。それらを遠巻きに眺めて何かしら言い合う久留井や歩たちを横目に、ヤマネコはそのような考えを導き出した。
「何見てんだ、コラ! ケンカウッテイルンデスカ?」
「売っていません。被害妄想も甚だしいですよ。先輩」
「貴方があのヤマネコと親しいという事は、貴方もペットショップ所属の何某だったりするの? 答えなさい。2-3組、出席番号10番、影山真一」
「アイエエエ……」
「チッ」
「「こわぁ~……」」
「な、何この状況……何だこれは……こんな展開知らない……」
「あわあわあわ」
殺気立った者らに恐れ戦いて縮こまる取り巻き二人。それを鬱陶しそうに見る炎。頭を抱えてぶつぶつと譫言めいて呟く黒道。展開についていけず目を回す久留井。
(概ね分かった。何であんなものが急に湧いたのかは調べてみないと分からねぇが、先にあいつらを落ち着かせた方が良いな)
そう考えたヤマネコは思考を打ち切り、彼女たちに向けて歩を進めた。
その時だ。ぴしりと、何か致命的な予感を想起させる音が耳に入った。
ヤマネコのみならず、他の面々も揃って音のした方向へと目を向けた。虚空に罅が入っていた。
ぴしっぴしっ、と虚空に入った罅は広がり、遂にはバリバリと音を立てて空間が剥がれ落ちてゆく。それに呼応して、世界が揺れ始めた。
「こ、これは!」
ヤマネコはと突如始まった天変地異に目を剥いた。
「崩壊……」
「え?」
久留井の呟きに、世界が崩れる混乱の只中であっても、与一は瞬時に反応した。
「世界を成り立たせていた主が消えた今、この空間は、もう維持できない……」
「久留井?」
確信をもって放たれる久留井の言葉に、与一は動揺を隠せなかった。親友の声が耳に入っていないかのように、久留井は頭上を仰ぎ見ながら続けて言った。
「崩壊が、始まる……みんな、衝撃に備えて……!」
「「──────ッ!!!」」
久留井の言葉に、反応できる者はいなかった。崩壊する世界の振動や衝撃に、誰も彼もが立っていられずに地に伏せていた。
「これは……これは……!」
片膝を付き、何とか耐え切ろうと必死になるヤマネコは、その最中に、見た。
崩壊する世界の中心で、全く影響を受けていないかのように立つ二人の少女を。彼女たちの周りを包み込む様に覆っている、黒でも白でもない色の光を。
(なんてこった、
彼は咄嗟に久留井たちへと駆けだそうとしたが、寸前で思いとどまった。そんな事をして、果たして何の意味がある?
轟音が鳴り響き、世界が崩れていく。下は暗黒の闇が。頭上には目も眩むような白い光が。
天地の狭間。世界が、砕け散る。意識が白でも黒でも無い光に蝕まれ、彼らの視界からすべてが吹き飛んだ。
■
「いったい今の音は何ですか!?」
「「──────」」
声をかけられて、そこで彼らの意識は覚めた。
彼らは一様に目をしばたいた。そこはかび臭い陰気な古校舎では無かった。元居た校舎裏だった。
「こら、そこの、貴方は一体誰ですか?」
「あ、あぁ、うん……」
頭を振るって意識を覚まし、ヤマネコは声のした方向へと向き直った。そこにはスーツ姿の老紳士が立っていた。
「先生……!」
口を開こうとしたヤマネコよりも先に、歩は老紳士に向けて声をかけながら小走りで駆けよっていった。その声は抑揚が少ないながらもどこか弾んだ調子であり、足取りは浮ついているようにも見える。
「おぉ、歩さん! 君もいましたか! ならばそう悪い事は起こっていないのでしょうね」
「はい!」
歩の存在を認識するや、老紳士は顔を喜びで顔を綻ばせ、歩の頭を撫でた。歩はくすぐったそうに目を細め、当然のように受け入れていた。
「マジかよ、氷の風紀委員長のあんな顔初めて見たぜ。なあ?」
「い、委員長……?」
「写メとっとこうぜ!」
「SNSに拡散しちゃうんダゼ!」
「や、やめろやめろ!」
「炎ちゃんはどう思う?」
「知るか。ていうか気安く話しかけてくるんじゃねぇよ!」
「……」
彼等のやり取りを見て好き勝手に言い合う子供たちの傍ら、ヤマネコは言い表せぬ不快感を感じている事に僅かに戸惑った。
傍から見れば祖父に褒められて嬉しがる孫娘といった感じであるが、ヤマネコにはどうにも違和感を感じた。うまく口には出せないが、何故だか酷く癪に障った。
歩と老人のやり取りを見て、ヤマネコはまるで
仕草、表情、声の一つを取っても、一つたりとも
そういう男を彼は一人知っている。その男は単身で一つの歴史を終わらせた。
「その様子では、
「あ、えっと」
歩の顔に陰りが生じた。老人はにこやかな顔を張り付けたまま、小首をかしげ、問うた。ほんの少しの空気の変化。ヤマネコの眉がピクリと動いた。
「どうしたかね?」
老人はあくまでにこやかに尋ねたが、何かを確信し、期待している様に弾んだ声音だった。
「その、私一人では力及ばず、そこの」
と、歩はヤマネコを、炎や与一、渋々黒道を順に指差し、そして最後に久留井を示し、言った。
「彼女たちに手を借りてしまいました。何も関係ない彼女たちをです。私の迂闊です」
「それは仕方のない事だよ歩さん」
老人は頭を振るって否定した。
「君はまだ若く、そして未熟だ。発展途上なのだよ。今はまだできなくとも、それは仕方のない事だ。雛に空の飛び方を教えたところで、飛翔は出来ない。違うかね?」
「違うのです、先生」
しかし、歩は頑として認めなかった。
「私が許せないのは、非戦闘員であるはずの月宮さんの力を借りなければ状況を打開できなかったことです?」
「何ですって?」
老人は前のめり気味に聞き返した。老人の纏う空気がにわかに変わった。ヤマネコは目を細めた。
「どうやって? 彼女は何をしたんだい? 是非とも、教えていただきたい!」
「あ、え、はい……?」
食い気味に説明を求める老人に戸惑いを隠せない歩だが、自分の話に興味を持ってくれていると考え、むしろ先ほどよりもはきはきとした語調で話し始めた。
「はい、彼女が異能を用い、凄まじいエネルギー弾を放って敵を殲滅したのです」
「何とな!」
老人は破顔し、与一とその後ろに庇われる久留井へと目を向けた。与一は無意識の内に刀へと手をかけ、久留井は得体のしれない悪寒に身を震わせた。
「あな──────」
「あぁ、申し訳ないが、話ならまたの機会にしてやってくれないか。こいつらも刺激的な体験でまいってるだろうからな」
「……」
放たれかけた言葉を、横からインターラプトしたのはヤマネコであった。老人はヤマネコを見た。
「挨拶が遅れたな。俺はペットショップ、警備部門のヤマネコだ」
「──────ほう」
老人の眼が細まった。ヤマネコは眉間に皺寄せた。不穏な空気が瞬間的に放たれた。空間にひりついた緊張感が徐々に満たされてゆく。
子供たちは大人たちが放つ剣呑な空気に訳も分からず体をびくつかせた。あの黒道までもがだ。
「……それはそれは」
しかし破裂する寸前で、老人は不意に圧力を消し去った。ヤマネコはやや拍子抜けしたように僅かに目を開く。
「こちらこそ、紹介が遅れて申し訳ない。私は
「……そりゃ、どうもご丁寧に」
ヤマネコは少々呆けた様に間を開け、それから取り繕うように懐に手を入れて海原へと名刺を差し出した。海原も同様に名刺を渡し、互いの名刺交換は完了した。すなわち手打ちである。
「じゃあこれで解散だな」
ややくたびれた調子でヤマネコは言い放った。
「そうですね、これで解散といたしましょう」
海原も特に異論は無さそうだった。しかし依然として彼の視線は久留井と与一に注がれたままである。
「……ッ」
与一は刀に手をかけて警戒したが、海原は謎めいた笑みを浮かべ、そのまま背を向けて去っていった。
「あ、そうそう」
去り際に海原は歩へと首を巡らせ、言った。
「歩さん、時間は平気ですか? 『家』の門限は何時でしたかな?」
「え? ……嘘!?」
歩は腕時計を見やり、それから目を剥いて飛び上がった。
「いけない! 院長に叱られちゃう!」
そのまま歩は弾かれたように走り去っていってしまった。
「ふっふっふ……では、改めて。サヨナラ」
「……あぁ、サヨナラ」
海原は肩をゆすって陰気に笑うと、今度こそ背を向けて去っていった。
「つー訳で俺も帰る。後はよろしく」
「え? ちょ!?」
真一の静止も空しく、ヤマネコはすたすたと去っていってしまった。
「ま、いンじゃねぇの?」
「そ、そんな!」
「……」
真一と裕のやり取りを目尻に、炎も同様にその場を去ろうとした。
「おう待てや」
「……なんすか。センパイ」
肩を掴んできた裕へ、炎はあらん限りに睨みつけた。
「カリカリすんな。別に。ただロード交換しないかって提案だよ。て、い、あ、ん。ワカル?」
「間に合ってるんで結構っす」
裕の手を振り払いながら言い捨てると、炎は足早に去っていった。
「あ、ま、待ってよォ~!」
「南無阿弥陀仏! くわばら! наш отец на небесах!」
取り巻き二人も後を追うように走り去っていった。
後に残されたのは真一、裕、そして久留井と与一、展開についていけずに呆然とした様子で立ち尽くす黒道だけである。
「面白味のねぇ奴。まあいいや。そういう訳で、お前らスマホだせや」
「な、なぜ……?」
「あ? 話聞いてなかったのか? ロードでお友達登録だよお友達登録。お前のスカスカなお友達一覧にワタシらを追加してやろうってんだよ」
「なあ!?」
目を剥く与一に頓着せず、与一からひったくったスマホを開き、裕は勝手にお友達登録を済ませてしまった。
「ほら、お前もだよお前も」
「えぇっと……はい……?」
詰め寄られてしどろもどろになりながらも、久留井は思いのほかすんなりと彼女へとスマホの画面に登録用のコードを表示した。その事に、与一は仰天し、何より当の本人が一番驚いていた。
「そうそういい子いい子。そこの頑固者と大違いだぜ」
「誰が頑固者ですか誰が! 大体──────」
言い合いを始めた二人を呆けた顔で眺めながら、久留井はスマホへと視線を落とす。叔母と伯父の二つの項目しかなかったそこに新たに追加された二つの名前。宇沢裕と影山真一。
「えへへ……」
それが無性に嬉しくて、長い前髪の奥で、久留井は小さな笑みを浮かべた。
「……」
それらを負け犬めいて遠巻きに眺める黒道に向けて近づく影があった。それが傍らにいたってようやく気が付いた黒道はぎょっとして慄いた。
「えぇっと、取り合えずお前もやっとく……?」
「アッハイ」
黒道の数少ないお友達一覧に、項目が一つ増えた。
chapter1『仄暗い水の底から』終わり