影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『深淵』

「──―えぇ、はい。報告は以上です」

「へえぇ~」

 

 

 深夜を過ぎ、人の気配が消えた泡沫学園の校長室で、一人の男が対面のソファーに座る者かへと報告をしていた。

 

 

 妙な部屋だった。壁紙、天井、カーペットに至るまで青一色で、至る所に海洋生物の模型や骨が飾ってあった。おかしな事にそのどれもが異様な艶を帯びているのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして男、この学園の校長である海原の背後に飾ってある大きな鮫の絵は一際不気味であった。

 

 

 描かれてある鮫はこの世のどの鮫にも似ておらず、深い青色の背景の真ん中に書かれたそれは見た者に本能的な恐怖を与え、妖しい色彩と相まって、今にも飛び出してきそうな異様な迫力を放っていた。

 

 

 青黒い部屋の中は照明が抑えられており、置物の存在との相乗効果によって、まるで深海に迷い込んだ錯覚を得る。実際この部屋に訪れようとする者は皆無であり、来たとしても最小限の会話だけで要点を伝え、少しでもこの部屋から出ようとする者が殆どであった。

 

 

 もっとも報告を受けている人物は、そんなこと気にも留めないだろうが。

 

 

「いかがいたしますか?」

「ンン~……そうだねぇ~」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その者は気の抜ける返事を返し、顎に手を当てて悩むそぶりを見せた。

 

 

「……」

 

 

 海原は無言。ただ黙って、相手からのリアクションを待つ。照明を受けてできた海原の影がもごもごと蠢き、歪み、大きな鮫となり、床を泳ぎまわり、同じように泳いでいた魚影の一つに食らい付いた。

 

 

 異常な光景であった。しかし、その様な光景は部屋のあちこちで見る事が出来た。

 

 

 漂う魚の模型、多種多様な種類の魚や踊り狂う海藻の影。様々な海洋生物の性質を持った冒涜的な生き物たちが虚空より染みだし、互い違いの方向へ歩いてゆき、消えていく。

 

 

 常人ならばこの狂気的空間を一目見るなり正気を失う事であろう。だが、海原の目の前にいる人物は全く動じていない。どころか、楽しんですらいた。

 

 

 簡素な白いローブを羽織った、男にも女にも見える中性的な人物だった。この者こそ謎めいた宗教団体『混沌教』の『教祖』その人である。

 

 

「うん、いいんじゃないかな? うん、凄く良いと思うよ。マジで!」

「光栄でございます」

 

 

 教祖はにっこりと微笑み、親指を立てた。海原は畏まってお辞儀した。

 

 

「君は『趣味』を満たせるし、私は『その子たち』が爆発する事によって世が乱されてうれしい。Win-Win! これね!」

「ありがとう存じます」

 

 

 海原は更に頭を下げた。教祖は笑った。

 

 

「で、まだなんかある?」

「報告は以上です。わざわざご足労いただき誠に──―」

「ハァ~!? そんだけ!?」

 

 

 海原の声を、甲高い声が遮った。海原はそちらへと顔を向ける。

 

 

「あんたそんな下らないこと報告するだけで教祖様をこんな陰気臭い場所にお招きしたの!? 信じられない!」

 

 

 そこには白を基調としたアイドル衣装に身を包んだ『少女』が、パイプ椅子に腰かけていた。

 

 

「おや、スーパーアイドルの『キュートちゃん』じゃん! 生で見られるとか感激! 写真撮らなきゃっ」

「は~い! 可愛く撮ってくださいねぇ~!」

「……」

 

 

 パシャパシャとポロライドカメラで撮りまくる教祖と、嬉々としてポーズを決める『キュートちゃん』。海原は眉間に皺寄せた。

 

 

「キュートさん、そろそろ」

「黙れよ『バハムート』。()()()()()()がボクに話しかけるな」

 

 

 キュートちゃんの顔から笑みが消え、奈落の底から湧き出たが如く冷たい声が鼓膜を震わせた。海原の顔から表情が消えた。

 

 

「言うじゃありませんか『レヴィアタン』。たかが小娘……!」

 

 

 海原は凄惨な笑みを浮かべた。途端に頬が裂け、そこから皮や肉を突き破って滅茶苦茶に牙が生えた。見開かれた目は血走り、煌々とした光を放っていた。

 

 

 紛う事なき人外の笑みである。そこには先ほどの歩を気にかけていた柔和さは無い。あるのは凄まじく鬱屈とした陰惨な『欲』だけだ。

 

 

「はっ!」

 

 

 対するキュートちゃんはこれを一笑に付す。しかしキュートちゃんからもまた惨たらしいまでの力が放射された。力の発現によってキュートちゃんの影もめきめきと形を変え、巨大な海洋生物となって海原の影とにらみ合った。

 

 

 睨み合う両者から黒でも白でもない靄が立ち昇り、拮抗した緊張は際限なく高まってゆく。

 

 

「こらっ」

「「──────!」」

 

 

 それを破ったのは教祖の一喝であった。途端に拮抗した圧力は雲散し、空気は真空めいて無となった。

 

 

「ダメじゃないか。喧嘩はいけないぞ。私たちは同じ志の下に集まった同士。仲良くしないとね!」

「……や~ん! 教祖様怒らないで! 悪いのは全部あの糞男なんですから!」

 

 

 真面目腐って説教をする教祖に、キュートちゃんは表情を再び甘ったるい笑みに満たして首に手を回して縋りついた。

 

 

「ふん……」

 

 

 海原は渋々といった表情で引っ込んだ。その顔はすでに人の形を取り戻していた。

 

 

「教祖様聞いてください! ボク、今日もファンをちゃんと殺してきました!」

「まあ!」

 

 

 嬉々として殺戮の報告をするキュートちゃんの潤んだ瞳は狂気に満ちていた。その奥底には強烈な感情が渦巻いており、さながらいつ爆発するとも知れぬ火薬庫を連想させた。教祖は破顔した。

 

 

「スゴイ! 立派にやっているんだねぇ~。私は嬉しい!」

「へっへ~!」

 

 

 

 教祖はキュートちゃんをほめちぎりながら撫でまわした。キュートちゃんはうっとりとした表情で堪能した。海原はどうしようもない物を見る目で見つめ、頭を振った。

 

 

「男はキモイからすぐ殺す。女の子はカワイイだからたっぷり愛してから殺すんだ! でもボクは許される。だってそれ以上にカワイイからね!」

「そうだねぇ~! カワイイだねぇ~!」

 

 

 適当な生返事をしながら、教祖は撫でる手を止めない。キュートちゃんは潤んだ瞳で教祖を見上げた。視線を受け止め教祖はにっこりと笑った。

 

 

「~~~~~~!!!」

 

 

 感極まったキュートちゃんは思い切り抱き着き、その胸に顔を埋めた。

 

 

「もういいか?」

 

 

 声は海原の真横から聞こえた。海原は視線だけをそちら側へと向けた。

 

 

「もう行ってもいいですか?」

 

 

 ビジネススーツに身を包んだ冷たい無表情の女が、無感情に教祖へと再度問うた。

 

 

「うん? あぁ、いいんじゃない?」

 

 

 と教祖は振り返りながら言った。

 

 

「そうですか。では」

「おい!」

 

 

 去ろうとする女の背に声をかけたのはキュートちゃんである。

 

 

「なにか? 教祖殿は行っていいと言った。ならばもうよかろう」

「ふざけんな! 今日は近況報告の日だろ! ボクとバハムートは報告したけどお前からは何も聞いていないぞ『ヴォジャノーイ』!」

「特に変化は無し。()()()()()()()()()()()()()()()()。これでいいか?」

「……」

 

 

 押し黙るキュートちゃんからヴォジャノーイは視線を外し、教祖へと口を開く。

 

 

「我が社は、『ウェストノブリス・インダストリ』は暇ではない。次からはオンラインでの報告でよろしいか?」

「時と場合によるかなぁ~」

「それが分かれば十分です。それでは」

 

 

 ヴォジャノーイは背を向け、いつの間にか彼女の後ろにあったドアを潜り抜けていった。ばたんと閉じられたドアは、次の瞬間には消えていた。

 

 

「相変わらず忙しないね」

「あいつ~! なんて罰当たりな!」

 

 

 教祖は他人事のように呟き、キュートちゃんは地団駄を踏んだ。そんなキュートちゃんへ、海原は頃合いを見て声をかけた。

 

 

「何だよ?」

「そろそろお時間はよろしいので?」

「は? 時間? ──────あぁ!」

 

 

 思い至ったキュートちゃんは飛び上がり、真後ろにアーチ門を生成すると飛び込むように駆け抜けていった。

 

 

 キュートちゃんの姿が消え、その後アーチも消えた。

 

 

「では、私もこれにて」

「うむ!」

 

 

 そう声をかけると、海原も水盆を生成し、その中へと入り込み、そして消えていった。

 

 

「──────どう思います、神様?」

 

 

 しばし虚空へと視線を彷徨わせていたかと思えば、教祖は目の間へのデスクへと唐突に語りかけた。

 

 

「さあ?」

 

 

 デスクの上から返答が返ってきた。視線をそちらへと移すと、黒いタコが触腕をフリフリと振りながら言った。

 

 

「地に混沌が満ちてくれれば、僕は正直どうでもいいね。好きにさせればいいよ」

「ですよね!」

 

 

 思った通りの返答に、教祖は手を叩いて笑った。

 

 

「うん。地道な努力のおかげで随分と『あの方』の目覚めも早まった。極めつけは去年の大戦だね」

「うんうん。勇者様様だ」

 

 

 黒いタコが腕を組む様に触手を組み、それに倣って教祖も腕を組んで頷いた。

 

 

「それもそうだけど。あの『悪魔』がね」

「死んだと思いますか?」

 

 

 分かり切った答えを、しかし教祖はあえて問うた。

 

 

「まさか。彼は絶対に出てくるよ。間違いない」

「ですよね!」

 

 

 教祖は笑った。明らかに人として何か重要なものが壊れた、破綻した笑みだった。

 

 

「この世の全ては泡沫の夢。何をしたところで全部無意味なのに、どうしてそんなに抗うのでしょうか? 理解できませんね」

「仕方ないよ。皆頑張って生きているんだからね」

「「……ぷっ!」」

 

 

 両者は顔を見合わせ、そろって噴き出し、ゲラゲラと笑いこけた。

 

 

 笑いは輪唱めいて反響し、空間を満たした。尋常ならざる混沌が吹き荒れた。魚群が、魚人が、影が、力の余波を受けて次々と爆発四散してゆく。

 

 

 最後の命が消え失せても、二人の怪物は長々と笑い続けていた。

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