影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『ダイブ・トゥ・ディープ』

「―――えぇ、はい。報告は以上です」

 

 

 明朝、ペットショップ社長室にて、大柄な体躯を窮屈そうにスーツに押し込めた強面の男、ヤマネコが今回の任務の顛末を語り終えた。

 

 

 彼の眼前には黒塗りのデスク、そしてその傍らに立つ白髪の女、あの恐るべき秘密結社『保健所』のエージェントでもある『社長秘書(グランドマスター)』ドーベルマンである。

 

 

 かつては一介の騎士でしかなかった長谷川軌陸の相方(バディ)だった彼女だが、保健所との出会いを機に将来設計の見直しを図った。友人や家族と腹を割って話し合った結果、彼女は自らの意思を持って暗き闇の中へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 エージェントであるチワワや今のヤマネコの上司のポメラニアンに『可愛がられて』実力をつけてゆき、前年の大戦の『巨壁破壊作戦』にて彼女はついにメンバーとして正式に迎え入れられた。そしてその時に『ドーベルマン』の名を授かった。

 

 

 大戦後も『最側近(グランドマスター)』達との訓練は継続して行っており、その果てに『光』に覚醒し、今や彼女も『保健所』のメンバーとしての貫禄を身に着けていた。

 

 

 ヤマネコと対峙する彼女は人形めいた無表情だ。強面で大柄。ともすればヤクザ者と間違えられることもあったヤマネコだが、ドーベルマンは全く動じる気配が無い。

 

 

 子供と大人の境目にある様な年頃の少女とは思えない落ち着きぶりであった。それは、百戦錬磨の戦士にして強靭な精神を有するヤマネコをしてぞっとさせるものであった。

 

 

 報告後は口を閉じ、ヤマネコはじっと待っていた。永劫にも勝る沈黙が流れた。ヤマネコの顔は努めて平静を保っていたが、実際は相当な圧力を感じていた。

 

 

『──────ふむ』

 

 

 沈黙を割いたのは、一つの呟き声であった。声はデスクの方から聞こえた。デスクの上にはモニターがあり、そこにはペットショップのイメージキャラクターであるスーツを着た二足歩行の犬『ワンちゃんくん』が描かれたヘルメットを被った人物が映っていた。

 

 

 彼こそはこの武装警備員派遣会社ペットショップの社長にして、()()イミテーションの弟子を自称する謎めいた存在『ブリーダー』である。

 

 

 本当にあの悪魔の弟子であるかの真偽は不明だが、ブリーダーはイミテーションと何らかの協力関係にあるのは確かなようだった。実際イミテーションに戦力の提供を求められれば、ブリーダーは喜んで従業員(ペット)たちを差し出した。

 

 

 それらの事に異を唱える者は、この組織には存在しない。大半の者がブリーダー自らスカウトした者たちであり、彼らは皆ブリーダーへの恩を返す為ならば死地へ赴くことにいささかの躊躇いも無い。

 

 

 とはいえ全員が全員ではない。広報部のスワールやウサギは自らの意思でペットショップの門を叩き、入社試験も兼ねた訓練場、通称『犬小屋』での訓練をこなして入った者だし、開発部門のアルマジロやタートルは『レトリバー』が拾ってきた者たちだった。

 

 

 それでも命令に背かないのは『犬小屋』で完膚なきまで叩きのめされ、徹底的なまで上下関係を刷り込みされているからである。

 

 

 半年前まではブリーダーもこの社長室に(やや空けがちではあるが)いたのだが、あの大戦のときに生死の境を彷徨う怪我を負い、病室から出る事が出来なくなったのだという。

 

 

 遺憾の極みではあるが、少なくとも会話はできるようで、このようにモニター越しで報告を受けたり、秘密裏の指令を与えるために顔を出すのであった。

 

 

 それで最古参の『ブルドック』と『ハスキー』が半狂乱になったのは今でも語り草だ。

 

 

 今でこそ『保健所』のメンバーが『最側近(グランドマスター)』を名乗っているが、ペットショップでの側近と言ったらこの二名の事を示していた。尤もそれを蒸し返す者は、()()()()()

 

 

『素晴らしい。貴方のおかげで様々な事が分かりました。やはり貴方を送り込んで正解でした』

「そりゃどうも」

 

 

 やや煮え切らない調子でヤマネコは言った。

 

 

「―――何か?」

 

 

 ドーベルマンは眼鏡の奥で目を細めた。ヤマネコは頭を掻いた。

 

 

「いやあ別に。ただ」

『ふむ? 貴方の事です。彼女たちを間近で見て、何か思う事があったのですね?』

「……まあな」

 

 

 ヤマネコは眉間に皺寄せ、苦い顔をした。

 

 

「データで彼女たちの背景は大まかに把握していた。月宮久留井、御奈須与一、高木炎、一ノ瀬歩、黒道穀田。正直何日もかけてデータをそろえるつもりだったんだけど、まさか初日で全部揃うとは思いませんでしたよ」

『それで? 貴方から見た彼女たちはどうでした?』

 

 

 ブリーダーからの言葉で、いよいよヤマネコの顔は明確に顰められた。ドーベルマンは眉根を吊り上げたが、ブリーダーは制し、話の続きを促した。ヤマネコはため息を吐きながら、重い口を動かした。

 

 

「百聞は一見に如かず。まさにその通りです。あの娘達は、ああ一人除くが、みんな傷ついてた。どいつもこいつも酷い顔してさ」

「……」

 

 

 吐き捨てるように、ヤマネコは言った。ドーベルマンは釣り上げていた眉根を戻し、僅かに目を見開いた。

 

 

「あの娘達に必要なのは監視の目じゃ無い。相談できる大人の存在だ」

 

 

 ヤマネコは画面のブリーダーを睨んだ。ドーベルマンは戸惑ったように視線を彷徨わせ、同じように画面の方へと目を向けた。

 

 

「確かに荒れていた。暴力的だった。すごい力だった。やべえとも思った。だが、だがそれで、あの娘達を危険な存在と切って捨てられるほど、俺は薄情じゃねぇぞ……!」

 

 

 憤りも露に言い切ると、ヤマネコは口を閉じた。如何様にもしてみろ。ふてぶてしくも堂々とした態度の部下を前に、ブリーダーは無言。場は再び沈黙に満たされた。

 

 

『……やはり』

 

 

 長い沈黙の果て、ブリーダーが口を開いた。

 

 

『やはり貴方を選んで正解でした』

「あぁ?」

 

 

 ヤマネコは訝しむように声を荒げたが、ブリーダーは肩をゆすって笑った。

 

 

『その通り。彼女たちはその経験から、酷く他者への不信感を持っています。それ故の貴方ですよヤマネコ。貴方のその態度はきっと彼女たちの不信感を揺らがせたことでしょう』

「……どーだかな」

 

 

 納得がいかない事を隠しもしないヤマネコだが、やがて諦めた様に頭を振った。

 

 

『ご苦労様です。これで十分です。次の依頼が入るまでゆっくり体を休ませてください』

「……分かりました。失礼します」

 

 

 何か言いたげに口を開いていたヤマネコだが、結局止め、代わりに大きくため息を吐くと、一礼し、社長室を後にした。

 

 

「よろしかったのですか?」

 

 

 ぱたんと扉が閉じられてからきっかり十秒後、ドーベルマンは抑揚のない声で言った。

 

 

『えぇ。寧ろ大成功とすら言えます』

「例の監視対象の情報は私も頭に入っています。だからこそ分かりません。月宮久留井、高木炎は大人の、特に()()()()()()()()()()()()()()()()()()。悪化させる可能性もあったのでは?」

『故にこそです』

 

 

 モニターの奥、ブリーダーは手を組んでそこに顎を乗せた。

 

 

『彼は実に男性的な男性です。しかし、故にこそ、こういう男性もいる。こんなにも頼れる大人がいる、という印象付けを施すには最適な人材です』

「と言いますと?」

『ヤマネコは優秀な人材です。大らかで力強く、仕事も手堅い。戦闘能力も十分です。その上二児の父であり、子供との接し方も心得ています。一番最初に接触させるのに、彼以上はいないでしょう』

「……」

 

 

 ブリーダーはずいと顔を近づけた。今流れる空気におよそ似つかわしくない間の抜けたイラストが画面いっぱいに広がる。

 

 

『彼が持ち帰った映像でのデータ、彼の所見を見て、私はその判断が誤りでない事を確信しました。実際彼は期待以上の成果を出したと言ってもいいでしょう。貴女もみましたね? あの〝混沌〟を』

「〝混沌〟……」

 

 

『混沌』。映像で見たそれは、あの勇者が振るうものに遠く及ばぬながら、しかしそれでも危機を感じる程のものがあった。ドーベルマンは眉間に皺寄せた。

 

 

「あれが、社長が備えるべき『次の脅威』ですか……」

『あんなものは序の口です。今でこそ細々とした事件を起こす程度ですが、時が来れば、敵はあの映像以上の脅威をもって世界を脅かす事でしょう』

「あの映像以上……!」

 

 

 ドーベルマンはヤマネコが持ち帰った映像データに思いを馳せた。空間を歪め、自らの死すらも歪めなかったことにする異常な力。それを超える力が、世に解き放たれる。

 

 

 ぞっとする予感に、エミリー・コンバットは身を震わせた。

 

 

『我々は備えねばなりません。被害を少しでも抑えるために』

「そのために、我々はより深い闇の奥へと潜っていかなければならないのですね……」

『その通りです』

 

 

 ドーベルマンは唇をきつく結び、拳を握りこんだ。その瞳に、白いパルスが走った。

 

 

『では、私はこれにて。今後の予定は追って出します。それまでは通常業務をよろしくお願いしますね』

「はい、お任せください」

 

 

 モニターの前に立ち、一礼をするドーベルマンを見届けたのち、モニターは暗転。室内は再び静寂に包まれた。

 

 

 会話を終え、下げた頭を上げると、ドーベルマンは懐に手を入れてスマホを取り出すと、ある人物へと電話をかけた。

 

 

「──────もしもし、ドーベルマンです。ポメラニアンさん。一つ伝えたい事がありまして」

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