影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
「──────ふぅ」
モニターが暗転し、エミリーの顔が消えた事を確信すると、俺は忌々しいヘルメットを脱ぎ捨て、一つ息を吐いた。
明瞭になった視界に、必要最低限の物だけがそろえられた殺風景な部屋が映る。
色褪せ、剥がれかかった壁紙。染みだらけの天井。横たわればぽっきりと折れそうなほどに古びたパイプベッド。そして不自然なほどに磨かれた真新しい黒いデスクと椅子。背後の壁も同様に、そこだけ不自然に真新しい。
磨き抜かれて誇らしげにたたずむ家具の輝きは、しかし古び、誰にも顧みられる事の無い家具たちが放つ死んだ空気を塗りつぶす事は出来なかった。寧ろそのアンバランスさが、かえって冷え切った空気を増長しているようにも思える。
要するにこんな所に長居していたら気が狂いそうだという事だ。
ここが今の俺の城。俺の領地。この世界にあって、唯一俺が俺として振舞える最後の領域。
「~~~~~~……」
俺は椅子に深くもたれ、天を仰いだ。たった今齎された情報の洪水に端を欲するこめかみの痛みに思わず顔を顰める。
ガンガンとこめかみを叩きながら、外界から遮断された部屋の中で、一人黙考する。
((主要人物が集まるのはいい。
カオス・スペース2のchapter1の内容は主に主要人物の顔見せと、本作の敵エネミーである『狂う者』の初登場回である。
このchapterで主人公である久留井のうだつの上がらな日々の中、唐突に現れた『狂う者』により、彼女の日常は終わりを告げる。
この体験を機に、久留井の長い長い悪夢が始まった。
物語の序盤では精々が野良の狂う者や教団の残党の引き起こした事件に巻き込まれる程度であったが、物語の節目であるchapter5で泡沫学園の校長である海原兎雨が風紀委員長の一ノ瀬歩を使った『趣味』を果たす瞬間に巻き込まれる。
海原の本性は子供を絶望させ、呆然としているところを食い殺す残忍かつ狂気的な殺人嗜好者だ。
そうなった原因は嘗て我が子が海で流されて死んだことに端を欲するのだが、今の奴は混沌に心身共々を侵食されたイカレ野郎だ。同情する必要性は皆無である。
で、本性を現した海原と対峙した久留井と与一は酷いショックを受けた。実際こうなる直前まで、海原は久留井の悩みを良く聞いてくれていたし、与一が見ている範囲では不誠実な事をする奴をきちんと注意できる大人であった。
変異した海原の力は今まで対峙してきた存在とは別格の強さであり、久留井と与一は当然ながら歯が立たない。
しかし、追い詰められた末に、二人の中に眠っていた混沌がついに覚醒し、激戦の果てに海原を倒す事に成功する。
海原の死により学園の中で密かに育まれていた狂気は去った。これで悪夢は終わり?
否。海原の死はさらなる苦難の道への入り口であった。
海原を倒した瞬間に放たれた混沌を察知し、二人に対してある存在が興味を持つ。それが本作の真の敵であり黒幕の『教祖』率いる『混沌教』の信者共だ。
教祖、というか真の頭目である『水の神』の目的は世界中に混沌をばら撒き、カダスの最奥で微睡む『混沌の神』を目覚めさせ、全てを滅ぼす事だ。
久留井と与一の内に宿る混沌は未だかつてないほど膨大であり、教祖は嬉々として彼女たちの日常に侵略し、全てを滅茶苦茶にすべく暗躍を始める。
前々から久留井の事が気にくわなかった高木炎は混沌を植え付けられたことによりさらにいじめを悪化させ、ぎくしゃくしていた父親との仲をさらに悪化させたり、とにかく陰湿な手段をもって二人を精神的に孤立させてゆく。
更に混沌教の幹部である三神官の残りである『レヴィアタン』と『ヴォジャノーイ』の手により二人の心身は限界に達し、『ヴォジャノーイ』が滅びたと同時に内包する混沌、即ち『蕃神の力』が完全覚醒する。
全てに絶望し、最早互いの事しか信じられなくなった久留井と与一は教祖との最終決戦に赴き、『水の神』諸共この世界から追放し、激戦の余波で目覚めかけていた『混沌の神』を巫女の力によって封じた二人は、人知れず姿を消し、二度と姿を現す事が無かった。
これがカオス・スペース2の大まかな流れである。言ってしまえば、カオス・スペース2は悲劇の物語だ。
主要人物のほぼ全員が死亡。久留井と与一は人間と社会に絶望して世を去ってゆく。
……別に連中が死ぬことはどうでもいい。久留井も与一も、勝手に絶望しようが何しようが知った事ではない。どうぞお好きになさって。
俺にとっての問題は、どうやってもこのくそったれの悲劇から逃げられないという事。最終盤の規模が大きすぎて我が家族すらもが巻き込まれる可能性があるという事だ。
他の連中が無限に死のうが知ったこっちゃないが、俺に実害が来るのは駄目だろう。
組み込まれるのはもうこの際あきらめるとして、じゃあどうすればいい? 俺は何をするべきだ?
懸念事項もある。黒道を筆頭とした『転生者』共の存在だ。
こいつらは一体どうして今になってこんなに目立つようになった? 少なくとも俺が本格的に活動していた『カオス・スペース』時においては影も形も無かった。黒道の動向から、嬉々として横やりに入らないのはおかしい。
そう思って
そしてその時期は『教祖』が活動を本格的に始めだした時期と一致する。
これで奴らが関わっていると考えない方がどうかしている。だが何故だ? あんなニワカ共の何処に利用価値がある? 奴の目的は何だ?
「くそ、判断材料が少なすぎる……」
俺は頭を抱えた。
なぜ最初期の段階ですでに一足とびで『混沌の者』が現れた? 久留井と与一の混沌の目覚めが速すぎる事の理由は? 『転生者』共の出現理由は?
なんにも分からない。俺は頭を抱えて突っ伏した。
分かる訳がない。なぜかって? これ以降に介入するつもりが無かったからに決まっているだろうが! ふざけるな!
「
俺は顔を上げ、虚空を睨んだ。
お前のやる事なんざ全部無駄さ。かび臭い天井が俺を見下ろして嘲笑った。行くべき道は一つだけさ。朽ちかけた壁がせせら笑う。
「うるせえな……」
立ち上がり、身に着けていたスーツを脱ぐと、秘密裏に用意していた迷彩柄の服に身を包む。それから防弾ジャケットを。それから各種武装を仕込む。
最後に黒色のフルフェイス型のヘルムを被ることで準備は完了である。鏡の前に立ち、最終チェックを行う。……問題なし。
鏡の前から退き、ドアノブに手をかける。
やる事は無限にあるが、今俺がやるべきことは敵を知る事である。
隠れ潜んでいる今は、技も異能も、ましてや闇も光も使えない。故にこその重武装だ。そのうえ、敵に回す相手も雑魚も雑魚の『狂う者』だ。
俺は混沌持ちの相手は暗夜や久留井しか知らない。判断材料が無いのだ。
百聞は一見に如かず。まずは自ら体験をしなければ始まらない。
「さあてと、行くとしますかね」
うんざりとする心を何とか奮い立たせ、ため息を一つはくと、ノブを捻り、部屋の外へと出て行った。