影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『百聞は一見に……』②

『部屋』から出た男、彼には様々な名があるが、この姿では『処刑人(パニッシャー)』を名乗っている。

 

 

 彼が拠点にしていたのはとある廃ビルの一部屋であった。時刻はまだ朝早いが、ビルの谷間にぽつんと置かれたこの建物の付近は、投げかけられる影に覆われ、陽が出ているにも拘らず、暗く、陰気であった。

 

 

 無限に連なる摩天楼の数々は威圧的に聳え立ち、古び、朽ち果てる時を待つのみの老いぼれ達を見下し、睨めつけているかのようであった。

 

 

 パニッシャーは音を立てないように静かにドアを閉めると、施錠し、しめやかに駆け出した。

 

 

 まるで色付きの風の如く建物の壁から壁へと蹴り渡りながら、驚異的な速度で目標地点まで急行する。

 

 

 凄まじい風が、轟々と唸り狂い、叩きつけられるように体に当たる。

 

 

『ザザザ──────』

 

 

 パニッシャーの頭全体を覆うヘルムに搭載された通信装置が作動し、あちこちに仕掛けた盗聴器を通してのっぴきならない会話が鼓膜を震わせ、彼の脳髄へと情報を送り届けた。

 

 

『―――我が組も随分と力を付けた。そろそろ仕掛け時なのではないか?』

『―――作戦の決行時刻は0900。各員、速やかに武装せよ』

『―――世に混沌を。遍く全てにケオスあれ』

『―――アタシはやらねぇぞ! ウサギ! 表紙のモデルならお前の方が適任だろうが!』

『―――おいブルドック。このウチからの直々の命令だ。聞けや』

 

 

 看板を蹴り、反動で跳躍。そのままビルの壁面に足をつける。

 

 

 クオーンと奇妙な音が鳴り、何とパニッシャーは壁に垂直に立つと、そのまま駆け上がり始めた。

 

 

 十分な高度を稼ぐと彼は再び跳び、決して地に足をつく事無く進んでゆく。

 

 

 建物の森の中を、黒と迷彩色の風が吹き抜けてゆく。無辜の市民は当然気が付く事は無く、一部の力ある者は反射的に見上げるものの、彼らが目に焼き付けるのは、パニッシャーが通り過ぎていった軌跡のみ。

 

 

 誰にも見咎められることなく、処刑人は目的の地へと到達した。

 

 

『―――大体この話はテメ―が持ってきた話だろうが! アタシに押し付けんじゃねーよ!』

『―――ハスキー、ちょっと時間ある? 次の仕事の事で話があるんだ』

『―――先生、そろそろお時間です』

『―――あ゛ぁ゛!? 忘れてたぁ~!』

『ウフフ……捕まえちゃったぁ~……』

「……」

 

 

 彼がやって来た地点。それは鳳凰院コーポレーションの下部組織が用いる予定の建設中のビルであった。今日は工事の日ではないので、周りには雇われの警備員が暇そうにうろついているばかりである。

 

 

 彼らは平凡な警備員だ。感知能力が優れている訳でも無ければ、ましてや特殊な訓練を積んだわけでもない。工事の内容も、工事が完了した後に何ができるのかも一切に興味がない。

 

 

 仕事へのモチベーションは皆無だ。故に、同僚の一人が消えた事にも無頓着であるし、作りかけのビルの奥底で彼が何をしているかなど、想像すらつくまい。

 

 

『あ……コんなことイけない事ナのに……あ……でもタマラナイ……』

『ン゛ン゛~ッ!?』

「……」

 

 

 ターゲットに仕掛けた盗聴器より齎される、今まさに起きるであろう残虐行為の音声に耳を傾ける。まだ未遂であろうが、このまま放置すればどのような事が起きるのかは想像に難くない。

 

 

 パニッシャーは閉じられたシャッターに手をかけた。

 

 

 そのままこじ開けようとしたその時、ふと自分は一体何をやっているのだろうか、という思いが脳裏を過る。

 

 

 こんな事をして何になる? 確かに混沌を持つ相手との経験は積めるだろう。人命救助だってできる。それはきっと良い事だ。起きるはずだった犯罪を事前に阻止。良い市民の、模範的行動。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 このまま放っておいても何人か死ぬだろうが、もう少しすれば久留井と与一が何でも屋の『都立(とりつ)ケイコ』からチュートリアル依頼を受けてここへやって来る。自分が何もせずとも、この問題は解決するのだ。

 

 

『意味なんてない』

 

 

 そもそもの話、自分が介入する必要性など、最早ないのではないか? どうであろうとも久留井と与一の物語への介入は避けて通れない。逆に言えば、自分が何もせずとも彼女らの混沌が現実を歪め、お膳立てを済ませてくれるのだ。

 

 

『意味なんてない』

 

 

 ならばこちらが道に落ちているごみを態々拾い、分別したりする必要性など、一体どこにあるというのか。何もせずとも導いてくれるというのならば、すべて骨折り損のくたびれ儲けではないか。

 

 

『意味なんてない』

 

 

「はっ……」

 

 

 パニッシャーは一笑に付した。蟠る感情が、脳裏から消え失せた。

 

 

 何が良くて、何が悪いかなど、考えたところで詮無きことである。

 

 

 畢竟、人は現状で起きている事を対処するだけで手一杯な生き物なのだ。あれこれ考えたところで、それこそ無意味である。

 

 

 重要なのは、自分が何を正しいと思い、何を正しくないと思えるかの、強固にして揺らぐ事の無い判断基準を作る事だ。

 

 

 それに則って、人は己の行為の意味無意味を判断をする。彼にはそれが、疾うの昔に済んでいる。

 

 

 余計な思考を消し去ると、パニッシャーは極自然な動作でシャッターをこじ開けた。

 

 

 シャッターはミシリと僅かな抵抗をするかのように軋んだが、二度三度軽くゆすると、鍵はあっさりとひしゃげて捻じ曲がり、健闘も空しく通行を許してしまった。

 

 

 音を立てない様にゆっくりとシャッターを閉めると、パニッシャーはホルスターから拳銃を取り出し、振り向きながら無造作に引き金を引いた。

 

 

 ズガンッ、という特殊火薬が奏でる重く腹に響く音と共に放たれた50口径AE弾が、弾丸めいた勢いで迫り来るダツを真正面から衝突。その体を爆散させた。

 

 

「ギャッ!」

 

 

 断末魔と共に四散した血肉が、作られたばかりの真新しい白い床に、紅い色彩を加えた。

 

 

「ご挨拶だな」

 

 

 パニッシャーは床に生じた染みを一瞥し、無感情に呟いた。それを踏み越えて、彼は進み始めた。

 

 

 建設中の建物の特有のにおいが充満する無人のビル内を、パニッシャーは悠々と進んでゆく。事前にビルの構造は把握済みであり、彼が迷う事は無い。

 

 

 が、当然の様にそうすんなりとターゲットの元へとたどり着かせないようだ。

 

 

 先のダツは様子見であったとでも言うかのように、深淵に魅入られ、使命を忘れた哀れな傀儡たちが姿を現した。

 

 

「ゲーッ!」

「ふむ、もう混沌を嗅ぎつけてきたのか。はやいな」

「ギャッ」

 

 

 言いながら、錆びた槍を掲げて近寄って来る魚人の顔面に弾丸を打ち込んだ。弾丸を受けた頭部が爆散し、魚人は断末魔と共に地に沈んだ。

 

 

 それを皮切りに、深き者どもがパニッシャーに向けて押し寄せてきた。

 

 

「ギギーッ!」

「パクパク!」

「シャーッ!」

 

 

 タコ頭の魚人。足の生えた魚。中空を泳ぐ鮫。まるで悪夢の中からそのまま表れた存在達に、しかしパニッシャーは何ら動揺をすることなく、淡々と銃弾を撃ち込んでゆく。

 

 

 悪夢など、ずっと昔から見てきた。この世に己を見出したその瞬間から、彼の悪夢は始まったのだ。

 

 

 それを思えば、たかだか海の底で縮こまっているだけの痴呆共に、何を恐れる必要がある? 

 

 

 うす暗い廊下を、断続的に閃くマズルフラッシュが切り裂き、死が放たれた。

 

 

 血肉が爆ぜ、屍が頽れる。頽れた屍を踏み越えて新たなる敵が迫り来たが、その度に致命部位に弾丸が叩き込まれ、爆ぜながら死んでゆく。

 

 

 敵はひっきりなしに現れるが、現れた途端にはじけ飛んで死ぬ。その繰り返しであった。深き者どもが彼の前に到達する事は、一度としてできなかった。

 

 

 パニッシャーが侵入してからまだ十分も経っていないというのに、早くも屍の山が形成され始めていた。

 

 

 彼が通り過ぎた後には、屍と血のまだら道が残された。むせ返る様な死臭と、魚特有の生臭さと、作り立てのコンクリート臭とが混ざり合い、凄まじい悪臭が立ち込めていた。

 

 

「ゲームでも思ってたが、本当にうんざりするくらいに多いな。どちらかと言えば無双ゲーの傾向にあったから、それで良かったんだろうが」

「アギャ―――」

「現実だとうざいだけだな」

 

 

 曲がり角を曲がった途端に突進してきた蛙とサンショウウオを混ぜて人型にしたような深き者の腹を蹴飛ばし、倒れて悶絶しているところに腹を打ち抜いて絶命させながら、パニッシャーはうんざりと首を振った。

 

 

 その呟きに呼応するかのように、通路の奥の闇から様々な海洋生物の特徴を有した深き者どもが現れた。

 

 

「しばらく魚はやめとくか」

「「ゲーッ!」」

 

 

 空のマガジンを外し、新しい弾倉をマガジンへと叩き込み、引き金を引きながら、パニッシャーは言った。

 

 

 新しい壁や床に、夥しい血痕をまき散らしながら、処刑人は先へと進むのであった。

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