影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『交差』②

 陽が沈み、しんと静まり返った町並みの一区画にあるコンビニ廃墟にチワワは降り立った。

 

 

「目標地点に到達。これから調査を始めるぜ」

 

 

 営みから遠く離れ、沈黙するコンビニ廃墟を見上げながらチワワは通信に呼び掛けた。

 

 

『うす。付近には敵影無し。いつでもいけます』

 

 

 通信から部下の声が返る。チワワは頷いた。

 

 

「あぁ。このビルで良いんだな? なるほど、こりゃ確かに異様だぜ」

 

 

 今日未明、『騎士団』の諜報部よりある情報が齎された。

 

 

 ○○区××町にある廃コンビニにて微弱な空間異常を検知。調査員が中に入って調べたところによると、中は迷宮めいて入り組んでおり、高濃度の混沌を検知したという。

 

 

 それを報告した後、調査員と連絡が取れなくなり、救助のために入り込んだ騎士もすぐに音信不通となった。

 

 

 これ以上の人員の損失を嫌った騎士団の上層部は頼れる協力者(下請け)たるペットショップへと調査と原因の解決を引き継いだのだった。

 

 

「くそ、あの生臭坊主共め。足元見やがってクソが」

『しょうがありませんよ。こういう面倒を引き受ける代わりに連中がケツ持ちしてくれるっていう契約なんですから』

「だからって面倒を押し付けるなって話だってンだよ。後視線がイヤらしいのも最悪だ!」

 

 

 機能停止した自動ドアをこじ開けながらチワワは吐き捨てる様に言った。部下の苦笑いの声を耳に、チワワは廃コンビニ内へと入り込んだ。

 

 

 途端に鼻を衝く磯臭さ。そして。

 

 

「ゲーッ!」

「あ?」

 

 

 奇襲(アンブッシュ)である。視界一杯に広がる真っ赤な口腔。黄ばんだ鋭く不揃いに生える牙はナイフめいて鋭く、人間などたやすく引き裂くであろう凶器であった。

 

 

「なんなンだ」

「ギャッ!?」

 

 

 ボヤキながら繰り出されるのは、反射的に突き出されたジャブであった。握り固められた拳は病んだ牙が触れるよりも早く奇襲者へと到達し、その醜い頭を吹き飛ばした。

 

 

『なにザザザどうしザザザ』

「おいおいおい」

 

 

 直ちに解析をと思っていた矢先に起こる通信の不調に、チワワは思わず声を上げる。はじめは途切れ途切れに声が聞こえていたが、やがてノイズしか聞こえなくなった。

 

 

「勘弁しろよ全くよぉ……」

 

 

 うんざりしながらたった今倒した生物の死体をつま先でひっくり返し、仰向けにする。黄緑色の鱗に包まれた奇妙な人型であった。その頭の形はチラッとしか見えなかったが、どこか深海魚を彷彿とさせる形だったように思えた。

 

 

「レギオンの亜種? ……じゃねえな。この磯臭さはそうじゃない……ッ」

 

 

 唐突に現れた正体不明の敵をじっくりと観察したかったチワワだが、殺気を感じ、落としていた視線を正面に向けた。

 

 

「考え事くらいさせろッての」

「「ギギギ……」」

 

 

 視線を向けたと同時に、バックヤードに通じるドアから同種と思わしき怪物が三体現れた。

 

 

「ん?」

 

 

 足元に違和感を感じて下を見ると、死体がグズグズと溶け、跡形もなく消えてしまったではないか。

 

 

「あ?」

「「ギギーッ!」」

 

 

 目をしばたくチワワに向けて、三体の魚人は一斉に飛び掛かってきた。それと同時に乾いた音が三度鳴った。

 

 

「「──────」」

 

 

 魚人たちはチワワの横数ミリ先を通り過ぎ、無様に地面に落下した。消失した頭部の断面から夥しい血が溢れ、零れ、床を穢し、たちまち地獄絵図めいた様相を呈し始めた。

 

 

 しかし死体は程なくして溶けだし、先程と同様に消えてしまった。

 

 

「やっぱりか」

 

 

 空の弾倉を抜き取り、拳銃に新たな弾倉を叩き込みながら死体を観察していたチワワは得心したように頷いた。

 

 

「これじゃ死体の解剖も出来ないな。面倒臭ぇな。通信も効かないし、何なんだ」

「「ギギャギャーッ!」」

 

 

 間髪入れずに魚人の群れが現れた。

 

 

「あーはいはい、そういう事ね」

 

 

 ため息を吐きながら、チワワは拳銃を向けた。

 

 

 このような不安定かつ先の読めない敵地において体力の残存の有無は死活問題である。拳を一回振るうのに消費する体力は微々たるものだ。だがこれが何十何百と振るわれればどうだ。

 

 

 今この瞬間ではこの場には雑魚しか存在しないが、この後に超強力な敵が出てくるとも限らない。その際にその僅かな体力の消費が後れを取らせ、ともすれば隙を晒すような愚を犯すなど。

 

 

『保健所』の最側近(グランドマスター)がそのような無様を晒せと? 冗談ではない。

 

 

 辟易しながらもチワワは拳銃を撃った。精密な射撃は的確に敵の急所を抉り、一撃で殺してゆく。

 

 

 チワワは淡々と引き金を引き敵を仕留めてゆく。

 

 

 初見の敵を相手にしても、チワワには何の動揺も無い。

 

 

 今まで散々に異形の大群と戦ってきたのだ。今更魚人の群れが現れたところで、心動かされることは無い。とはいえ、湾曲し拡張された空間を泳ぐ魚たちには流石に面喰ったが。

 

 

「これが混沌とやらの影響ってやつ? 無茶苦茶だな」

「ギャッ」

 

 

 鼻面に弾丸を撃ち込まれて叩き落された鮫の頭を踏み砕いて止めを刺したチワワは、何をするまでも無く真横を泳いでいたブルーギルをむんずとつかみ、しげしげと眺めた。

 

 

「ボスや暗夜の混沌でこんなもんは出てこなかった。性質の違いか?」

「パクパクッ!? パクパクッ!?」

「うん、ぬるぬるしててキモイな」

「アバーッ!?」

 

 

 無慈悲に握り砕いたブルーギルの残骸を振り捨て、走り寄って来る海洋生物の性質を有する魚人たちに銃口を向け、引き金を引いた。

 

 

 始めのうちは観察、分析のために敵の攻撃をあえて至近距離でかわしていたチワワだが、押し寄せてくる量があまりにも多く、さらに近くで醸し出される匂いにとうとう堪らず弾丸を撃ち込んだ。

 

 

 正確無比な射撃により魚人や魚たちは瞬く間に殲滅されてゆくが、現れる数は殲滅速度に勝るとも劣らず、それを物語るようにチワワの足元には夥しい空薬莢が転がっていた。

 

 

 とはいえ、保健所の構成員にとってこの程度ではピンチの内にも入らない。

 

 

 チワワはじりじりとだが前進を開始した。空間拡張が為されているとはいえ、所詮は一本道。すぐに発生源と思わしき店長室へとたどり着いた。

 

 

 途中、音信不通となっていた調査員の死体が発見されたこと以外には、めぼしいものは特に見当たらなかった。

 

 

「アバーッ!?」

 

 

 最後の一匹の魚人の脳天に弾丸を撃ち込んで止めを刺すと、チワワは店長室のドアノブに手をかけた。

 

 

 その瞬間に轟くは一発の銃声である。

 

 

「……」

 

 チワワは眉間に皺を寄せた。当然それは彼女のではない。音は扉の中から聞こえてきた。

 

 

「騎士の奴、生きてたのか?」

 

 

 そう考えたチワワだが、すぐにそれを否定した。

 

 

 今回突入した調査員は下級騎士。道中で力尽きていた者と同じ階級の者だった。であるのならば、もう一人の方の生存可能性は考えられない。

 

 

 ならば、この先にいるのは何者か。

 

 

「……」

 

 

 チワワは拳銃を懐にしまい、背中に背負うケルベロスの柄に手をかけ、呼吸を整えた後、一息に押し入った。

 

 

 瞬間、彼女の目に映るのは体育館並みの広さに拡張された店長室。そしてその中心部で大の字で倒れている頭部を失った身元不詳の男の死体。そしてその前に立つ、黒く暗い影。

 

 

「──────」

 

 

 ドクン。チワワは己の鼓動の音を確かに聞いた。極度集中により溢れ出た脳内麻薬の作用で主観時間が鈍化し、その人物以外の全てが黒く消し飛んだ。

 

 

 背丈は170センチ前後。軍用の迷彩服の上から防弾チョッキを着ており、背中のバックパックには溢れんばかりの銃火器が詰め込まれていた。頭は完全にフルフェイスヘルムにより覆い隠されており、その表情を窺い知る事は出来なかった。

 

 

 しかしそれでも。こちらに気が付き振り返ったその黒塗りの無表情の奥に、面食らった顔をチワワは確かに見た。

 

 

「……何故貴殿のような存在がここにいるのか、当職は問わぬ」

「……そうかよ」

 

 

 ボイスチェンジャーにより欺瞞された声は奇妙にエコーがかっていた。気に入らない。ケルベロスを握りしめる握力が強まった。

 

 

「見ての通り、ここの空間異常の元凶は死んだ。程なくして全ては元に戻るだろう。貴殿がここにいる理由も、もうない」

「……そうかよ」

 

 

 男は(チワワはすでに確信していた)拳銃をホルスターへ納めながら無感情に言った。気に入らない。チワワは歯を噛みしめた。

 

 

「当職に保健所やペットショップに対する敵意は無い。この行為は当職自らの意思により行っている。誰かに雇われた訳ではない」

「そうかよ……!」

 

 

 気に入らない。男の一挙手一投足。発言の一つ一つ。どれをとっても気に入らない。男の身振り手振りで神経がささくれ立つ。言の葉が鼓膜に響く度に心に押し込んでいた感情が反応し、今にも爆発しそうなほどにせり上がってくる。

 

 

 

「では、サラバ」

「待てや、こら」

 

 

 話は終わりとばかりに横を通り過ぎようとする男の肩を、チワワは掴んで止めた。

 

 

「何か」

「何か、じゃ、ねぇンだよ。舐めてんのか、あ?」

 

 

 なおもとぼけた様に言う男に、チワワは剥き出しの殺気も露に凄んだ。

 

 

 チワワ個人、自分でも驚き、困惑していた。なぜこれほどまでに苛立っているのだろうか。怒る感情を俯瞰して冷徹に観察する自分が、一時彼女を我に返らせた。

 

 

 しかしそれも。

 

 

「舐めてなどいるものか。貴殿を、貴殿らを舐めた事など、一度として無い。誓って」

 

 

『誓って』

 

 

 そう言って、記憶の中のあの人は微笑んだ。アタシも釣られて笑った。束の間の平穏の中に生じた、美しい記憶だった。

 

 

 チワワはケルベロスを引き抜いた。地獄の番犬は滴る涎めいて火花を散らしながら、男の首に向けて真っすぐに突き進んでゆく。

 

 

「──────ッ!」

 

 

 男は瞬時にチワワの手を振り払い、流麗とすらいえる動作で襲い来る狂刃をかわした。そのまま連続バック転をうち、きっかり5メートルの距離を取った。

 

 

「なにを」

「なにを、じゃねえんだよ! 舐めてんのかって!! 言ってんだよ!!!」

 

 

 男を睨むチワワの眼は黒と白の光に眩いばかりに輝いていた。完全にキレていた。その理由を彼女自身も説明できぬまま。ただ怒りだけが膨れ上がってゆく。

 

 

「当職に戦闘の理由は」

「アタシにはあるぜ。てめえはアタシを完全に舐めてる。保健所は舐めた奴を許さない……!」

 

 

 男はなおも説得を試みたが、チワワにはすでに言葉は届いていなかった。

 

 

「ぐ、ぐるぐるぐる……が、ガガガ」

「……ッ」

 

 

 チワワの体が音を立ててめきめきと軋んだ。黒と白の光は最早直視できぬほどに高まり、やがて首根の左右に収束し、凝縮し、黒と白の犬頭を作り出した。

 

 

『てめえの首を切り落として!』

 

 

 白い頭が吠えた。

 

 

『SNSに晒してやるぜ!』

 

 

 黒い頭が猛り狂った。

 

 

「「ゴウォオオオオオオオオオン!!!」」

 

 

 狂ったように火花を散らしながら、地獄の番犬は処刑人へ向けて踏み込んだ。

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