影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『兵士量産工場破壊』④

 ずんっという重い衝撃に地下工場が一瞬だけ揺れた。

 

 

「あぁ何だ今の揺れは?」

 

 

 シバイヌの圧倒的面制圧射撃から漏れ出た顔面がゴルフボール大の肉腫にびっしりと覆われた試作型レギオンに、ケルベロスを叩き込みながらチワワは仮面の中で訝るように眉を顰めた。

 

 

『おじいちゃんに聞いたらボスが戦っている音とのことです!』

「なるほど納得」

 

 

 言いながら、脇の通路から飛び掛かってきた異様に肥大化した脚を持つ試作型レギオンを真っ二つに叩き割った!

 

 

 次から次へと出来損ないの兵士(レギオン)が現れる。シバイヌの持つイヌガミの面制圧火力は個人が持つにはあまりにも過剰な代物だ。それこそ最新鋭の戦車にすら匹敵すると言ってもいいだろう。

 

 

 しかしこの数は限りが無い。終わりなく延々と狂ったように彼女達へと殺到する。まるで体内に侵入したばい菌を排除しようとする白血球のようだ。

 

 

 その上、この兵隊たちには恐怖が無い。躊躇が無い。感情も無い。それを育む前に産み落とされ、ただ戦う事だけを覚え前に進むしか知らない無敵の(かわいそうな)兵士たち。

 

 

 悪霊は言った。我が名はレギオン。我らは大勢であるがゆえに。

 

 

『どうもこのレギオンは生産プラントからではなくそこに隣接している廃棄エリアからやって来ているようです!』

「廃棄エリアだぁ~?」

 

 

 プードルからの報告に、ポメラニアンはすぐさま合点がいった。

 

 

 つまりそれだけ長い間この狂った研究を続けていたことの証左であり、おそらくは廃棄エリアには山のようなレギオンの失敗作が己の生を呪いながら処分の時を待っているのだろう。

 

 

 そんな中、復讐の機会が、向こうから現れたのだ

 

 

(そりゃ殺到するわけだよな…。分るよ。()だって、きっとそうしただろうから)

 

 

 爪の一撃で惨殺された腕の無い試作型レギオンの上半身を一瞥し、ポメラニアンは思った。

 

 

 復讐の機会が与えられ、それがたとえ誰かからの命令だったとしても、力無き者はしゃにむに飛びつく。復讐というものはそれだけの魅力を持つ毒花であり、己の積み上げてきた人生という名の石の塔を蹴散らしてでも成し遂げねばならない宿命でもあるのだ。

 

 

 綾子は祈るように両腕を重ね合わせて突き出した。恐るべき突きは両腕を振り回して突っ込んで来る試作型レギオンの首根に過たず突き立った。

 

 

(可哀そうによ…)

 

 

 だがそれはそれとして進まねばならない。殺さねばならない。お前たちの生は人の世で生きていけない。交わることは無い。どちらかが生き延びるには、どちらかを滅ぼさねばならない。

 

 

(ふざけやがって…!)

 

 

 これを作った者へ、このような物を作り出そうと考えた者たちへ、尋常ならざる怒りが湧いた。

 

 

 綾子の心はたちまちの内に怒りで真っ赤に染まった。脳裏に閃いた過去の忌まわし記憶が、屈辱が、憎悪が、燃料の様に注がれ際限なく燃え広がってゆく。

 

 

 強い感情は伝播する。ポメラニアンの怒りは殴られながらもケルベロスを振るうチワワにまず伝播し、次いで空薬莢を狂ったように吐き出しながらじわじわと前進するシバイヌに伝わり、最後に通信越しに指示を出すプードルとレトリバーに伝わった。

 

 

 怒りといった負の感情には際限がない。とりわけ、過去に凄惨な記憶も持つ者は特に。

 

 

 猛り狂った猟犬たちは出来損ないの悪霊たちを傷つきながらもバタバタとなぎ倒しながら進攻し、ついに悪霊たちをけしかける元凶が待つ生産プラントへと到達したのだった。

 

 

「「せーのっ!」」

 

 

 三人同時に蹴りを繰り出し、生産プラントを固く封じるドアを吹き飛ばした。

 

 

 途端に恐ろしい悪臭が鼻を突いた。マスクにつけられた浄化機構が無ければえづいていた事だろう。しかしその浄化機構があってなお貫通する悪臭とは…。

 

 

 答えは目の前にあった。広い部屋には夥しい数のガラス製のシリンダーが乱立しており、その中には多種多様な姿の試作型レギオンが薬液に浸され覚める事の無い眠りの中で揺蕩っていた。

 

 

 そしてその後方にはいくつもの〝生産プラント〟がずらりと並んでおり、時折蠕動しては悍ましい黒色の粘液を噴出していた。

 

 

『ァ…ァアァァ……』

 

 

〝生産プラント〟にへその緒のようにつながっているぐずぐずに溶けた真っ白い物体が悲鳴とも嗚咽とも取れない声を発していた。苦痛を絞るために繋がれた、かつて人間だったものたちの成れの果てである。

 

 

 床は悍ましい黒と犠牲者の流した赤に彩られて水浸しとなって床が見えない。尋常ならざる悪臭と悪夢のような光景に、まともな人間ならば発狂しそうな光景だった。

 

 

 ここが地獄の終着点。魔女の窯の底。暗黒の源泉だ。そこへ、3匹の忠実な猟犬は踏み込んでいった。

 

 

 と、そこで彼女たちはプラントの前で佇む黒いローブを纏うスキンヘッド男の後姿に気が付いた。

 

 

「全く、騒がしいと思ったら、野良犬が入り込んだようだ…」

 

 

 スキンヘッドの男は振り返り、黒一色の瞳で侵入者を睨みつける。

 

 

『膨大な…闇のエネルギーを探知!』

『そいつは製造プラントの責任者…確か名前は…シーサーペントよ!気をつけなさい!そいつの『水』の異能はダイヤモンドだって紙屑よ!』

「ムウーン!」

 

 

 プードルとレトリバーからの警告と同時に、シーサーペントの足元の赤と黒の粘液が彼の足元に集まり、たちまちそれは彼の名前の由来である赤黒の長大な海蛇(シーサーペント)の姿を形作った。

 

 

「消えろい!」

「シィイイイイイイイ!」

 

 

 主の号令の下、蛇はすさまじい勢いで突っ込んできた!

 

 

 闇の者、シーサーペントはこれまでの黒い者や試作型レギオンとは比較にならない化け物だった。

 

 

 反応速度、動体視力、パワー、スピード、どれをとっても今まで相手取ってきた者どもの中で最も強い。

 

 

 それでもやらなければならない。勝たなければ、そうでなければ、自分たちが存在している意味がない!

 

 

 しかし、鍛え上げ、超人と呼んで差し支えない3人をもってしても苦戦する理由とは…。

 

 

「ヌゥウン小賢しい!」

「私がッ…押さえるから、二人は、そいつを!」

 

 

 入り口から狂ったように殺到する試作型レギオンを倒しながら、弾丸の嵐にも負けぬように声を張り上げる。

 

 

「クッッッソが!!!」

 

 

 赤黒の蛇に跳ね飛ばされ、今まさにその顎に囚われる直前に跳ね起きて危うく回避したチワワが吐き捨てた。

 

 

 巨体に似合わぬ素早さ。その上方向転換も自由自在ときた。素早さではこちらが勝るが、トリッキーな動きに翻弄されて反撃の機会が探れない。

 

 

「シャアアアアア!!」

「うわっ!?」

 

 

 ヘビがロケットのような勢いで頭と突き出した。チワワは側転して危うく回避!

 

 

「こんにゃろ食らえ!」

 

 

 伸びきった胴体にケルベロスを叩きつけるが、所詮は水の塊だ。ダメージは皆無!

 

 

「シィイイイイイイイ!」

「クソ~!お前ばかりにかまけてる暇なんか無いんだよー!!!」

 

 

 チワワは焦燥に塗れて叫びながら、ただひたすら反撃の糸口を探っていた。

 

 

 

「えぇい鬱陶しい!」

「るっせぇんだよォー!!!とっととくたばりやがれェー!!!」

 

 

 周囲の血と闇を凝固させたガントレットに覆われた不浄の拳をかわし、ポメラニアンは展開した爪で怒涛の連続斬撃を放ち、蛇の制御を妨害し、あわよくばその不愉快な首を刎ねるべく猛進していた。

 

 

 重い左フック!辛うじて反応し、ポメラニアンの顔の側面を恐るべき速度の拳が通過した。衝撃がヘルメットをカタカタと揺らす。

 

 

 反撃の爪展開右正拳突きを弾き、シーサーペントはボディブローを放った!ポメラニアンは辛うじてガード!

 

 

「ッ…!」

 

 

 重い拳に、腕が痺れる。しかしそれにかまけて反撃をおろそかにすればたちまちの内にこの拮抗状態は崩れ、こちらが叩き潰されてしまう。何とかせねば!しかしシーサーペントが強い!蛇も自動操縦の癖に下手な黒い者より強い!レギオンは無限かと思うほどにひっきりなしに殺到する!

 

 

 辛うじて対処は出来ているが、このままいたずらに時間を浪費していれば先に力尽きるのはこちらである事は明白!どこかで拮抗を崩さねばならない。それも早急に。

 

 

(やべぇぞ…)

 

 

 シーサーペントの猛攻をどうにかさばきながら、ポメラニアンは頭を猛回転させて起死回生の一手を探る!

 

 

 そんな時だった。

 

 

「キャアッ!?」

 

 

 ついにイヌガミの弾幕を抜け、試作型レギオンの一体がシバイヌ目がけて突撃してきた。完全に意図せぬタイミングでの奇襲に、シバイヌの対応は遅れた。

 

 

 何とかイヌガミで奇襲は防いだものの、発射しようとしていた小型ミサイルは明後日の方向へ飛んで行ってしまった。

 

 

 飛んでいった小型ミサイルは後方へ狂った蠅のように滅茶苦茶な軌跡を描き、やがて真っ逆さまに墜落するように着弾した。

 

 

「へ?グワーッ!?」

「シィイイイイイ!?」

 

 

 丁度その付近で死闘を演じていたチワワと蛇は間近で爆発した余波をもろに浴びた。蛇は押し倒され、チワワの体は紙屑のように打ち上げられ、空へ。

 

 

「うわああああ!?」

 

 

 チワワは目を白黒させて空中でどうにか体を制御すべく手足をばたつかせた。真下には体勢を立て直した蛇が顎を開いて呑み込まんとする!

 

 

 生と死を司る天秤が、死へと傾く気配をひしひしと感じる。焦りが胸中に満ちる。冷汗がとめどなく出てくる。その時だ。

 

 

『見えました!チワワさん!蛇を制御しているコアは喉の奥です!』

 

 

 福音が打ち鳴らされた。災い転じて福となす。急死への天秤は一転して生へと傾いた。

 

 

「ッ!はは、そいつは良い!」

 

 

 後はチャンスをものにするだけだ。チワワは空中に打ち上げられてもなお離さなかったケルベロスを思い切り握り締めた。

 

 

「いくぜケルベロス!いけすかねぇ蛇を叩っ殺してやれ!」

 

 

 呼応するようにケルベロスは凄まじい勢いで回転刃を回した。魔獣の唸り声の様な駆動音が、咆哮の如く戦場を高らかに切り裂いた!

 

 

「シィイイイイイイイ!」

 

 

 大蛇の顎が迫る!唸りを上げて火花を散らす回転刃が逃げも隠れもせず真正面から突っ込んだ!

 

 

 赤熱する回転刃とチワワの姿を、大蛇の顎はすっぽりと丸呑みにした。しかしその次の瞬間、血飛沫の如き火花をまき散らしながら魔獣の牙を携えたチワワが、まるで迸る臓物の如く飛び出した!

 

 

「だっはっは!拾い食いなんかするからだバーカ!」

 

 

 断末魔の悲鳴を上げながら倒れ伏し、血と水へと帰ってゆく大蛇を振り返りながらチワワは言い捨てた。

 

 

「馬鹿な!?」

「今ぁ!!!」

「ヌオオッ!?」

 

 

 自慢の蛇を倒されたことに驚愕も露なシーサーペントへポメラニアンは情け容赦ない爪展開右腕突きを放った!研ぎ澄まされた刃が腹部を抉る!

 

 

「小癪!」

「おかわりもあるぜぇ!」

 

 

 すぐさま刃を引き抜きながら後方へ跳んだシーサーペントへ、ポメラニアンと入れ替わる形でチワワが突貫してきた!

 

 

「おのれ野良犬風情が!この神聖不可侵な聖域に土足で踏み込んだばかりか我が半身すら垢のついた薄汚い爪で犯すなど!言語道断の極み!!!」

「うるせぇ誇大妄想の嘘吐きのこんちき野郎!」

「簒奪者風情が神聖不可侵だのなんだのと!テメェらのかびくせぇ古臭い辻説法なんぞ豚にでも食わせとけ!薄っぺらいイカサマ野郎がよ!」

 

 

 互いに互いを罵りながら、ただひたすらに命を奪うべく拳を異能をぶつけ合った!しかしシーサーペントは2人がかりでも恐るべき強敵だった。

 

 

「おのれー!ここは聖域であるぞ!我が主である『神』の寵愛を受けたる寵児、愛しき聖戦士たちの揺り籠を、貴様らの薄汚い血で汚してなんとするかー!!!」

「だったら全部壊れちゃえ!」

「なぬ!?」

 

 

 シュポンと、気の抜けるような音がした。チワワとポメラニアンは左右に分かれて少しでも遠く距離を取る。シーサーペントも上体を逸らして危うくかわす。

 

 

 その後方で、大地を揺るがす轟音とともに膨大な熱が膨れ上がり、炸裂した!

 

 

 熱が、衝撃が、永遠の微睡みに封じられた哀れな試作品たちを安らかな闇の中へと次々誘ってゆく。

 

 

「あぁ!そんな!」

 

 

 瞬時に火の海となった工房に、シーサーペントは燃え盛るサンプルたちを仰ぎ見、悲鳴を上げて駆け寄ろうとした。

 

 

 その背中を、狼の牙が貫いた。

 

 

「ぐわ…ッ!?」

 

 

 引き抜き、更に両腕を切り飛ばす。

 

 

「グ…ギ……」

 

 

 更に今度は足を。

 

 

「ッ…ッ…」

「おまけもあるぜ」

 

 

 悪鬼の如き笑みを浮かべながら、チワワはケルベロスをシーサーペントの顔面に突き刺した!

 

 

「ガババババババババババババ!?」

 

 

 凄まじい断末魔を上げながら、呪われた工房の主はその下劣な魂に相応しい凄惨な死を遂げた。

 

 

 と、そこで通信が入った。

 

 

『あー勝利の余韻に浸ってるとこ悪いが、この工場はあと30秒くらいで爆発する。浸りたきゃ脱出してからしな』

「「なにぃ~!?」」

 

 

 それだけ言ってトサケンは一方的に通信を切った。

 

 

 3匹の犬たちは顔を見合わせ、それからチワワが全員に加速の異能をかけると、死に物狂いで駆けだした!

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 時は少々巻き戻り、地下工場中枢ジェネレーター前。そこでは人知を超えた戦いが繰り広げられていた。

 

 

 イミテーションはフックを繰り出して闇の泥と化したトールハンマーの顔面を3度叩き引き戻した拳で上中下段突きを放って腹胸顔を2度ずつ打った。

 

 

 トールハンマーは打たれるままに稲妻を纏うボディブローを放つ。電気の力により異常な速度を得たトールハンマーの拳はイミテーションをもってしてもかなりの拳速を誇っていた。その上纏う稲妻は接触を拒絶し、否応なく回避を強いられた。

 

 

 イミテーションは一瞬脱力し、すぐさま力を入れて回避しながらトールハンマーの後方へと回っていた。雷鳴歩!

 

 

 しかし、掌打を叩き込み、追撃の右ストレートを5発撃ったところでトールハンマーは裏拳を放った。反応が速い!しかも拳からは稲妻が迸り攻撃の範囲は恐ろしく広い!

 

 

 舌打ちしながらイミテーションは後方へと跳んだ!トールハンマーは間髪入れずに雷球を放ってイミテーションを焼きにかかるがイミテーションは脱力!力を入れて瞬時にトールハンマーの眼前へ!

 

 

「ッ!?」

 

 

 驚愕も露なトールハンマーへ3連続のコンビネーションパンチを叩き込む!歯が砕け、血と闇が()()()()と虚空を舞い踊り飛ぶ!すでに両者の時間間隔は人間のそれとは遥かに引き延ばされており、0.01秒以下の隙とすら言えないような隙を目指してただひたすら拳を突き出し合った!

 

 

 トールハンマーの上段回し蹴り!イミテーションはダッキングで回避しながら掌打を放つ!トールハンマーは腕を打って掌打を逸らし素早くストレートパンチを打つ!

 

 

 重い拳をイミテーションは腕を掲げてガード!瞬間稲妻がイミテーションの体を捉えた!ババッという爆ぜた音と共に焦げた匂いが立ち込める!

 

 

「…ッ」

 

 

 イミテーションは湧き上がる苦悶の声を尋常ならざる精神力で抑え込み、自らが焼かれるのも構わずに腕を絡め、一息にへし折った!

 

 

 しかし、何とトールハンマーはこれに構わず折れた腕を伸ばしながら薙ぎ払った!何かしらのリアクションに備えていたイミテーションは予想外の一撃に攻撃のモーションを中断してガードせざるを得なかった。

 

 

「ハハハ…」

 

 

 虚無的な笑みがトールハンマーの顔に浮かんだ。イミテーションの背筋が粟立った。反射的に身を引いたが、稲妻の速度は苦し紛れの回避を容易にとらえた。

 

 

 トールハンマーを中心に膨大な電撃が迸った!イミテーションは両腕を合わせて懸命にガードを固めるが、全身を駆け巡る雷は彼の防御も空しく五臓六腑を蹂躙した。

 

 

「―――ア゛ァ……」

『小僧!?』

 

 

 イミテーションはぶすぶすと焦げ臭い煙を全身から上げながら、がっくりと膝をついた。トサケンはバイタル情報の急激な乱れに悲鳴に近い叫びをあげる。

 

 

「アハハ…ウフフ……」

 

 

 ふらふらふらふらと、千鳥足の様に覚束ない足取りで、トールハンマーはあっちへ行ったりこちっちへ行ったりしながら、イミテーションのその様を見て、黒一色の瞳を細め、黒く笑った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「くそ…俺はどうすりゃあいい!?どうすりゃあのガキの役に立てる!?」

 

 

 何が何でも勝たせるために必死になって情報を伝える頼もしい若者たちに背を向けながら、みみ蔵は頭を抱えた。その鼻からは一筋の鼻血が零れ落ちていた。

 

 

 アドレナリンが異常分泌され、主観時間が鈍化し辛うじてイミテーションとトールハンマーの人知を超えた戦い追いつけてはいた。しかし、彼は元来戦いとは無縁の者。戦いというカテゴリーに置いてアドバイスを送るだけの情報は持っていない。

 

 

(畜生、若いもんが命張って事を成そうって時に俺は何を口噤んで黙ってんだ!?何のために無駄に年を重ねた!?こういう時のためだろうが!考えろ、考えるんだ!)

 

 

 異常興奮により脳内麻薬は更に濃度を増し、活性化した脳は主観時間がほぼ停止するまでにフル回転した。当然これには恐ろしい程の負荷がかかる。鼻血だけでなく目からも出血し、血涙がとめどなく溢れ出てくる。

 

 

 と、そこでみみ蔵は気が付く。モニターに映るトールハンマーのエネルギーがずいぶん減っている。当然だろう。あれだけ膨大なエネルギーを発し続けていたのだ。いくら無尽蔵の闇の力があるとはいえ、一気に消費してしまえば必ず息継ぎが必要だ。

 

 

 その時彼の脳味噌に電流の如く過去の映像が閃いた。

 

 

『ア…あぁ…良い…とてもイイ……』

 

 

 埋め尽くす稲妻に身を浸し、トールハンマーは恍惚に顔をとろけさせた。口の端からよだれを垂らして快感に震えながら、()()()()()()()()()()()()()()。ゆっくりと!

 

 

 みみ蔵は目を剥いた。鈍化し、静止した世界の中で思考だけが加速した。

 

 

 エネルギーが減った生き者は、その後どうする?長い時間潜行していた鯨が求めるものは?腹が減った獅子は何を求める?学校が終わった後のガキが求めるものは?

 

 

「イミテーション!パイプだ!パイプを壊すんだ!1つじゃねえぞ!4つだ!右に2つと左に2つで4だ!2つと2つで4つだ!」

 

 

 興奮して自分でも何を喋っているのか曖昧だった。伝えたいことは伝わっているのか?音よりもなお速く動き続ける者にとって、自分の声など欠伸が出る程に()()に違いない。

 

 

 だが。

 

 

「はっ…」

 

 

 モニターに、一瞬でエネルギー反応が満ちた。そしてそれを遥かに超えるエネルギーが一瞬後に膨れ上がった。

 

 

「はは…」

 

 

 世界の流れが元に戻った。酷い脱力感が体を襲う。凄まじいまでの集中は老骨に応えた。トサケンは後ろの子供たちにばれないように、椅子に身を深く沈めて、束の間、気絶した。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 全身に稲妻を駆け巡る痛みを表現するのは難しい。例えるなら、そう、全身に稲妻が駆け巡るように痛い、だ。

 

 

 こめかみが軋む。白濁しかける視界を頭を振って元に戻す。笑い続ける膝を殴りつけて黙らせ、力を入れて立ち上がる。

 

 

 稲妻の化身(トールハンマー)はありったけ殴りつけてやったにもかかわらず、今なお健在。思わずヘルメットの中で笑ってしまうくらいにはふざけた状況だ。笑えない。なのに笑ってしまう。この世は矛盾ばかりだ。

 

 

「アハハ…ウフフ……」

 

 

 

 トールハンマーは5メートルほど離れた地点で、踏み込んでくる様子もなく、ただあっちこっちステップを踏みながら、じっとこちらを観察していた。

 

 

 イミテーションにはそれが何を意味しているのかが分かった。

 

 

 あれには最早トールハンマーの意志はない。あるのは闇の悪意。苦痛を、絶望を、悲しみをすすり上げて枝場を伸ばす邪悪な寄生樹のような欲求だけ。後は闇に帰るだけの泥人形。

 

 

((舐めやがって…!!!))

 

 

 ()()()()()()()()。苦痛にのたうつ自分の姿を見て。死の気配の濃密に感じ恍惚としているのだ。

 

 

 イミテーションの眼光が煮えた!

 

 

 体に憤怒という名の活力が血流にのって全身に行き渡った。稲妻に焼かれたダメージなど思考の彼方に吹き飛んでいった。

 

 

 殺す!何が何でもあの舐め腐った泥人形を殺す!舐めた奴は手段を問わず惨殺せよ!師の教えが脳裏に響く!

 

 

『イミテーション!パイプだ!パイプを壊すんだ!1つじゃねえぞ!4つだ!右に2つと左に2つで4だ!2つと2つで4つだ!』

 

 

 その時だ。トサケンの通信が耳元で炸裂した!瞬間、イミテーションの脳裏に閃くは過去の記憶!パイプ!エネルギー!吸収!

 

 

 イミテーションの眼光が赤熱した!

 

 

 脱力、力の爆発!トールハンマーの眼前へ時間を置き去りにしたが如く出現したイミテーションは()()()()()足を戻し、反動に耐える!

 

 

 今まさに飛び掛ろうとしていたトールハンマーは唐突に眼前に出現したイミテーションに驚いたように首をかしげた。

 

 

 直後、12発のローキックがほぼ同時に当たった衝撃が脛を駆け巡り、そこから下を粉々に吹き飛ばした!

 

 

「えぇーっ!?」

 

 

 心底驚いたトールハンマーは片足できりきりと回ると、バランスを崩して仰向けにばったりと倒れ伏した。

 

 

 攻撃はまだ終わっていなかった。トールハンマーが目を離した隙にイミテーションは折れた鉄パイプを片手に跳躍していた。

 

 

「あ」

 

 

 トールハンマーが気付いた時にはイミテーションは胸に空いた穴を塞ぐ闇のど真ん中に鉄パイプを突き立てていた!あまりの速さに先端が赤熱した鉄パイプはあっさりと仮初の処置を突き破り、床へと突き立った!

 

 

「え?」

 

 

 理解などさせない。死んだことにすら悟らせない。イミテーションは突き立てると同時に全身を脱力させ、再びすべてを置き去りにしながら駆けた!

 

 

 壁に沿ってぐるりと部屋を一周した。そして、部屋のど真ん中で磔となっているトールハンマーの5メートル前で残心。

 

 

 残心?

 

 

 最早欠片となったトールハンマーの思考がかろうじてそう考えた瞬間、ほぼ同時に切断された大樹の根の如く太いエネルギーパイプから膨大な電気が間欠泉の如く迸り出た!

 

 

 迸ったエネルギーはその場で最も高い物へ、トールハンマーの胸のど真ん中に突き立つ鉄パイプへと殺到した!

 

 

「あ――――――」

 

 

 悲鳴など無用とばかりに闇の泥はかすれたような声を一つ発し、エネルギーの許容限界をあっという間に踏み越え、命乞いの言葉一つ上げる間もなく爆発四散した!

 

 

 そして、暗黒の城の主が消えるとともに、その城も後を追うかのように自壊を開始した!

 

 

『行き場を失ったエネルギーが暴走している…やべぇぞ!ジェネレーターが爆発する!速く脱出しろ!』

「…もうしましたよ」

『え…あ!ほんとだ速ぇなおい!?』

 

 

 と、そんなやり取りをしながら、眼前の工場を見つめる。悪夢の源泉。魔女の窯の一つ。その中から、息を切らしてひたすら走る3匹の犬たちが飛び出した。その背後で工場が爆発した。

 

 

「「ギャーッ(きゃーっ)!?」」

 

 

 熱波と衝撃に押され、ゴロゴロと転がり、忠犬たちはちょうどイミテーションの足元で止まった。

 

 

「なかなか愉快な脱出の仕方ですね」

「え?あ、ボス!?」

「早ッ!?もう脱出してたんすか!?」

「やりましたぁ~…」

 

 

 くたびれていたものの、何処かやり切った感を出しながら、犬たちは笑った。イミテーションは一人ひとり抱き起した。

 

 

「では帰りましょうか」

「うす」

「は~い」

「はい!」

 

 

 チワワ、ポメラニアン、シバイヌとともに、イミテーションたちは風のように走り去っていった。

 

 

「締まらないわねぇ…」

「ま、まあでも、これでミッション完了です!」

「いい布告にはなったんじゃねぇの?」

 

 

 モニターに映る世界樹の如ききのこ雲を見ながら、後方支援組は口々に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 20xx年4月10日、○○区校外にあるエクスプロシブ社が保有する第1工場が突如として爆発し、跡形もなくなった事件が起きた。

 

 

 幸い周囲に建造物は無く、被害は爆発の規模にしては少なかった。

 

 

 これを機に、世界の裏側でまことしやかにある名が囁かれる事となる。

 

 

 秘密結社〝保健所〟

 

 

 これはその名が歴史上に現れる、最初の事件となった。

 

 

 

 

 

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