影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
「では最終ブリーフィングを始めます」
『『……』』
黒塗りの高級車の中、俺はスマホ片手に犬たちへと作戦前の最終ブリーフィングを行っていた。
車の運転手は黒い者に偽装したポメラニアンだ。俺の声が聞こえているはずなのに、むっつりと黙り込んでいる。通話の先、チワワとシバイヌも同様だ。どうやら今回の作戦がよほど気に入らないときている。
とはいえ今更作戦を変更するつもりはない。こいつらには意見をいう権利はあるが、決定を覆す権利はない。あくまでこいつらは俺の犬で、犬に必要な事はいつだって与えられた目標の達成のみなのだから。
「本日1200より○○社○○ビルにて鳳凰院コーポレーションをホストとした秘密談合が行われます」
『『……』』
構わず続ける。
「招かれた企業はカセマ社、ヌイ社、ニエ社、ヒツジ社の4社、鳳凰院コーポレーションを含めて計5社となっております」
犬たちは沈黙し、俺の声だけが空気のようにふわふわと漂った。
「私は鳳凰院コーポレーション社長、鳳凰院敏明閣下にこの談合で護衛兼
『『……ッ』』
静まり返った車内に、ぎりりっ凄まじい憤怒を感じさせる歯軋りがとても大きく聞こえた。
「本作戦の目的は私が彼らに接待している間、○○社の元請、カセマ社本社ビルより不正の情報を抜けるだけ抜いてくる事です。談合の情報でもそれなりのダメージでしょうが、やはり首根を掴まされるくらいのものが欲しい」
『『……』』
静かで、空調が効いた快適な車内は、息がつまるほどの重ぐるしい沈黙に変わりつつあった。
「カセマ社をターゲットにした理由は5社間の間で移民の密航および仕事の斡旋をこの企業が一任されているからです。そして責任者として当然のように人数の虚偽の報告、及び自社に取り込んだ奴隷社員の上納金の着服など、取り決めに違反する事をやっているんですね。カセマ社は」
「……豚の中にも猪を気取ったバカがいるもんなんすね」
ポメラニアンが吐き捨てた。
「その通り。そしてせっかく丸々と肥え太ってくれたのです。有難く頂戴しましょう」
『……そのためにわざわざ豚の餌になるってんですか?』
通信から様々な感情を押し殺したチワワのくぐもった声が聞こえた。
「えぇ、そうです。
俺だって言いたいことはいろいろとあったが、それを言うと日が暮れて朝日が昇り、また暮れるのは目に見えているので、
『他に……無いんですか?』
シバイヌの縋るような声。
「ありますよ。千歳様が私の代わりに出ることです。当然私はそれを許容しません」
「良いじゃないすか。押し付けちまえばいい。あのガキに、全部」
ポメラニアンは憎しみを隠そうともしない。
「言ったでしょう? 私はそのために作られたと」
「ッ! だったら
「さっきからそう言っていますが?」
『『──────』』
絶句する3匹の犬に、俺は努めて平坦な声で再度いう。まだ聞くことはありますか、と。
「──────ウチらの、仕事は」
「私が彼らを褒めそやしている間にカセマ社の不正情報の入手です。手段は問いません」
『……結果さえよければ何しても良いんすね?』
念を押すように、チワワがもう一度聞いてくる。
「えぇ、正体がバレなければ何をしても構いません」
『なら、やります』
チワワが小さい声でそう言った。小さくも、何かを決意した様な、そんな力強い声だった。
丁度その時車が止まり、ドアが開いた。
「着いたっすよ」
「ありがとうございます。では行ってきますね」
外に出て、車窓を開けてこちらを見るポメラニアンに念を押すように一言言っておく。
「よい結果を期待しています」
「──―えぇ、期待しててください。素晴らしい報告を持って帰ってきますから」
さっきまでの不機嫌は何処へ行ったのやら。ポメラニアンはにやりと笑みを浮かべた。まるでいたずらを思いついた子供のような笑みだった。
「……」
端的に言えば、嫌な予感がした。しかしそれを追及している時間も無ければ、その余裕もない。
「行きなさい」
「うーっす」
気の抜けるような返事とともに、ポメラニアンは車を走らせ、やがて見えなくなった。
「……」
俺はしばらくの間、ポメラニアンが走り去っていった方向を見たまま立ち尽くしていた
どいつもこいつもなんだっていうんだ。俺が好き好んでこんな事をやっているとでも思っているのか。
やりたくもない事をやらなければならないのが大人だっていうのなら、やりたくもない事を拒絶して好きな事だけをやるのが子供だとでもいうのか。
そんな事は当然ない。子供は責任が無いなんて思い上がりもいいとこだ。子供には子供なりの責任が降りかかる。誰にも彼にも、責任の問題は発生するのだ。
大人と子供に、ともすれば境界線などというものは無いのかもしれない。
要は自覚の問題だ。自らに責任がある事を自覚した瞬間に、そいつはもう子供ではいられない。
あの日の俺は8歳のガキだ。8歳のガキ
俺には責任がある。千歳にはこういうことはさせない。あいつには、もっと世界を見て欲しい。鳥籠の中ではなく雄大な空の果てを。
当然、俺はこういう事はやりたくはない。断固拒否したい。しかし、別にこういうことをしたところで、俺が薄汚れた負け犬であるという事に変わりは無く、体が泥まみれであることには変わりはない。
だったら今更新しく泥を頭からぶちまけられたところで、だから何だというのか。
ため息を吐いて振り返り、俺に影を投げかける○○ビルを見上げる。何の変哲もない商業ビルにしか見えないが、事情を知る俺からすれば、魔物が潜む暗黒の伏魔殿と変わりはない。
どいつもこいつも自分がこの世を統べていると思い込んでいる豚共が潜む豚舎。そして俺はその豚共の餌。
どっちもどっち。五十歩百歩。どんぐりの背比べ。何の価値も無し。
世の中は意味があるようで、その実意味のないことで溢れている。金、芸術、周囲の風景、他人の感情だってそう。
結局世界が如何様なもので構成されていたところで、その世界のなにがしかの意味を決めるのは己自身でしかない。
誰それがこいつを良いといったからそれは良い物か? 世界の中心で覇を唱える権力者は『そいつ』にとってどれだけの意味を持つ?
俺にとって豚に貪られることは大した意味を持たないが、犬どもにとってそれは魂をヤスリ掛けするような苦痛を生むのと同じように。
ここで立ち尽くしていても、時間は無慈悲に過ぎて行く。俺も時間を無駄に使いたくはない。やらなければいけない事はまだまだ無限にある。感傷に浸るのは、全てが終わった後だ。
正面ゲートから逸れ、裏口へと回る。
「「……」」
裏口は屈強な警備員2名が固めており、俺が目に入るや否や片腕を懐に突っ込んだ。
俺の恰好は肩が剥き出しの薄手のワンピースにカーディガンを肩に羽織っていて、紅色のハイヒールを鳴らして歩くさまは、どこからどう見ても小汚い貧民街の娼婦そのものだ。怪しまれるのも当然と言えた。
仕事熱心な警備員の前に立った俺は少し前かがみに体を倒し、べぇ、と舌を出し、そこに刻印された鳳凰院コーポレーションのロゴである鳳凰を見せつけた。ついでに刻印に指を添えて強調してみた。これでさすがに分かるだろうと期待を込めて。
「「……」」
2人は顔を見合わせ、それから片方がどこかに連絡をし、何か納得したように頷くと、左右に退き、その先に進むように促した。
鼻を鳴らし、歩を進める。熱の籠った視線を背中に受けながら。
裏口はそのままエレベーターホールに通じており、俺はエレベーターに乗り込み、ボタンを押す。ドアが閉まり、エレベーターはぐんぐん上昇する。そしてあっという間に俺を目的の地へ、最上階手前の会議室のある9階へと送り込んだ。
ドアが開くと、うす暗い廊下に出た。
道なりに沿って進み、会議室手前にある控室と書かれたドアの前に立ち、入る前に耳を当て、中の様子を窺う。
数は3人。女2人男が一人。何かのっぴきならない会話をしているが、企業の重鎮たちをもてなす役を与えられているだけあって、何処か強かさを会話から感じ取った。武器の程は歩行の仕方から各々持ち込んでいるのは分かったが、精々がナイフやデリンジャー程度のものと当たりをつけた。
これならば入っても問題はなさそうだ。そう思ってノックしようと片手を上げたのだが、それを制するようにスマホが鳴った。
訝しみながら確認すると、鳳凰院社長からの連絡だった。
『着いたようだな。ならば早く会議室へ来るが良い。貴様には万が一の護衛もかねているのだからな』
((あの野郎……))
メールを削除しながら心の中で毒づくと、ドアノブにかけた手を放し、渋々隣の会議室のドアを叩いた。
数瞬の後、内側からドアが開かれ、厳めしい顔つきの黒い者がぬっと顔を出した。それから俺を見るなりぽかんと口を開けて呆け、それを誤魔化すように咳払いすると中に入るように促した。
促されるままに会議室の中へと入り込む。
うす暗い会議室の中はうす暗い部屋に相応しいどんよりとした空気が流れていた。部屋の中心に円卓があり、そこにベールで顔を隠す5人の人物が掛けていた。
壁には教団に洗脳された哀れなる洗脳兵士たちが一列にずらりと並び、俺を中に招いたのとは別に3人の黒い者が各企業社長の背後に立っていた。
入った瞬間、全員の視線が侵入者である俺へと向いた。そして自我が残っている者は残らず息を呑んだ。
大方場違いにも入り込んだ娼婦に驚くほどに呆れているようだ。あの男らしからぬミスだ。てっきり俺の事は事前に説明しているものとばかり思っていたから、内心首をかしげていた。
「──―来たか。よく似ているだろう。これで全く別人なのだから驚かされる」
呆けている4人に鳳凰の意匠が施されたベールの男が口を開いた。
「お待たせいたしました閣下。イミテーション、只今現着いたしました」
「うむ。紹介しよう。これはアレの影武者として運用しているイミテーションという。こう見えて男でな、カセマ社、特にお前は気に入るであろう」
「フーッ! フーッ!」
あいにくカセマ社は聞いてすらいなかった。奴は俺の方を向きながら激しく息を荒げていた。ベール越しだというのに凄まじい欲望を感じた。これが直で至近距離から浴びてしまったらどうなってしまうのだろうかと、俺は身震いするのであった。
他の3社の視線も似たり寄ったりで、どいつもこいつもそんなに溜まっているのか? 金があるのに女遊びすら碌にできていないのか?
せっかく金があるのだから娼婦の一人二人雇えばいいのに。何をやっているというのか。
「気に入ってもらえて何よりだ。では始めるとするか」
鳳凰院社長が音頭を取り、企業間の談合が始まるのであった。