影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『chapter3 鳳凰院千歳?』

 唐突に目が覚めた。

 

 

 視界一杯に広がるのは、人々を圧し潰しにかかるビルの谷間の底の底。細く狭く頭上より投げかけられる光は弱弱しく、光差す方角から、今は明方だという事が何となく理解できた。

 

 

 たった今目が覚めたにしては、やけに意識がはっきりとしていた。だが別にこれが初めての事ではない。仕事始めの日は、いつだってすぐ覚めた。

 

 

 そして目覚めに呼応して、体の感覚が徐々に戻ってくる。

 

 

 はじめに戻ったのは嗅覚だった。とたんに鼻につくのは、むせ返る様な血の匂い。

 

 

 顔を顰めて首を振り、それから体の各所の具合を確かめるために、自分の内側へと意識を潜行させる。

 

 

 関節各所が鈍く痛む。頭痛、耳鳴り、軽い吐き気。肉体のダメージは気絶している間に殆ど完治しているが、しかしその代償で酷く腹が減っている。急速な回復や雷鳴歩は肉体に凄まじい負荷をかけ、エネルギーを根こそぎ持っていく。

 

 

 懐に手を入れ、懐中時計を取り出してみようとしたが、まだ完全に力が戻っていないせいで取り落としてしまった。

 

 

 何度かの試みの下、難儀して時計を顔の正面に持っていき、時刻を確認する。

 

 

 時刻は午前3時36分。あの戦いが終わってから4時間以上も経過していた。

 

 

 息を吐いて身を投げ出し、腕で目を覆いながら脱力する。暗闇の底で、ほんの数時間前の光景がつい今しがたのようにはっきりと思い起こされた。

 

 

『変身』の異能持ちとの連戦。しかもよりにもよって古代種(エンシェントタイプ)の、更に闇の者という、最低に最低を掛け合わせたような組み合わせとの戦いは、心身ともに恐ろしい程の負荷であった。

 

 

 はじめに眼球を破壊したティラノを標的にした。ダメージと仲間を殺されたことに怒り狂って目が眩んだ奴に雷鳴歩で距離を詰め、潰した方の眼に腕を突っ込み、脳を掻き崩して殺した。

 

 

 目の前で仲間を殺されたショック、そして自分もああなるかもしれないという恐怖で、トリケラトプスは瞬く間に闇の泥と化し、凄まじい闇を翼の如く展開し、何もかもを薙ぎ払いながら暴れ回った。

 

 

 そのせいで酷く手こずり、増援の兵士共を大勢引き連れた黒い者の侵入を阻めなかった。

 

 

 増援を殲滅する事に躍起になってたせいで一度轢かれ、その後の戦闘に支障が出る程の傷を負った。

 

 

 ただでさえ分厚く硬い筋肉の鎧は打撃をことごとく防ぎ切り、致命的な臓器への衝撃を殆ど散らしてしまった。

 

 

 凄まじい強敵であった。トサケンが発破用のダイナマイトの存在を示唆してくれなければ、一体どうなっていただろうか? 

 

 

 噛み砕こうと大口を開けたトリケラトプスの口に点火したダイナマイトを投擲。口内爆破により下顎が吹き飛びたたらを踏んだトリケラトプスに向かって跳躍。

 

 

 何度かの急降下ストンプで頭蓋を砕き、脳を踏み砕き、頭を完全破壊する事でようやくトリケラトプスを撃破することができた。

 

 

 ほぼ一日中休みなしで強敵との連戦で満身創痍。かつエネルギー枯渇。朦朧とする意識の中、トサケンのルートに従って早々に離脱。

 

 

 そして気が付けば、俺はビルの谷間で壁にもたれかかって気絶していたのである。

 

 

 四つん這いになり、脱力、そして一気に力を入れながらえいやっと力を籠めて立ち上がる。

 

 

『ザザザ───繋がった! おい! 返事しろ! 生きてるか小僧!』

 

 

 立ち上がり、いつの間にか切れていた通信装置をオンにすると、凄まじい怒鳴り声が脳を貫いた。残響がキンキンと頭蓋を反響する。

 

 

「モーニングコールにしては少々大きいですね」

『生きてる!? こんのくそガキ! 4時間以上連絡寄越さねーで何やってやがった!?』

 

 

 耳鳴りと頭痛に苛立ちが募る。苛立ちが声に乗らないように注意しながら、何とか返事をするが、すぐさま返ってきた怒鳴り声でそれも難しくなってきた。

 

 

 捲し立てられる怒鳴り声に、頭痛は激しさを増し、胃がむかむかし、だんだんと吐き気が強くなってきた。

 

 

 このまま苛立ちが募り続ければ、俺はあの糞爺の首を捩じり切ってしまうだろう。

 

 

『──────たく、ともかく早く帰ってこいよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そんな状態じゃ卒倒されちまうぜ』

「えぇ、そうですね。そうしましょう」

「うぉお!?」

 

 

 とみみ蔵が跳び上がるように立ち上がり、勢いよく振り向いて後ろに立っている俺を見た。

 

 

「だから早えって!? ジジイを心臓発作にさせる気か!」

 

 

 胸を押さえて怒鳴るみみ蔵に、俺は肩を竦めて見せた。

 

 

「ったく! ほら、さっさとシャワー入ってこい! 吸血鬼みてーな匂いだぞ!」

「……助かります」

 

 

 促されるまま、俺はシャワールームへとふらつきながら向かった。

 

 

 スーツを脱ぎ、その下の黒のインナースーツを脱ぎ、パンツ(男物のボクサータイプ)を洗濯籠へと放り込み、壁に手をつきながら浴室へとエントリーした。

 

 

 中に入った俺は栓を捻り、シャワーを頭から浴びた。熱いシャワーが全身を濡らし、ぱりぱりに乾いた血を洗い流した。

 

 

 湯気で朦朧となった視界に反して、俺の意識はしゃっきりと覚醒してゆく。そこでようやく生きてここに帰ってこれたという実感が湧き、体が一瞬脱力しかかった。

 

 

 ため息を吐き、石鹸で体を丁寧に洗ってゆく。ただしあまり匂いが付かないように細心の注意を払う。

 

 

 さっきみみ蔵が言った通り、今日は原作でもあった千歳が幹部としての大々的な任務『聖光教日本××区支部襲撃』の実行日なのだ。

 

 

 ここでは暗夜ではなく軌陸の操作パートとなり、××区支部に来ていた軌陸が突如襲撃してきた千歳と戦うことになる。ちなみに負けイベントだ。

 

 

 どれだけ軌陸が攻撃しても千歳の防御膜は貫くことができず、逆に千歳の破壊の力は軌陸では相殺しきれず、軌陸は生き残ったものの、その他の人員は支部ごと消し飛ばされてしまうのである。

 

 

 この時千歳は黒いドレスに黒いベールで顔を隠しており、軌陸は一体何者なんだ? と疑問の言葉を口にして気絶するのであった。

 

 

 そして同時刻、いつもの如く千歳が暗夜へと難癖をつけ、これもいつもの如く撃退するパートが差し込まれる。

 

 

 ゲームをプレイしていた諸氏はあまりにもあからさまな故に襲撃者が千歳であると気が付かず、最終決戦で満を持して同じ顔、同じ容姿、同じ背丈のイミテーションと千歳の存在に度肝を抜かれるのである。

 

 

 この任務は魔王直々の任務であり、こればっかりは肩代わりしてやることができず、俺にできる事はどうにか人死のデメリットを説く以外にはなかった。

 

 

 俺の話を聞いている間、千歳はずっと眉間に皺が寄っており、果たしてちゃんと聞いてくれたのかどうかは疑問である。

 

 

 シャワーで体を洗い流し、水気を払って浴室を出る。洗濯籠からはスーツが消えており、代わりに千歳の服装一式とタオルが入っていた。

 

 

 タオルを手に取って水滴を拭きとると、籠の中の服を手早く身に着けた。

 

 

 着替えを終え、リビングルームへ戻るとみみ蔵の姿はなく、テーブルの上には湯気の立つ朝食一式と置手紙があった。

 

 

『先に帰る。そいつ食って、休んでおけ』

 

 

「……流石だぜ」

 

 

 置手紙を懐にしまうと、俺はありがたく朝食を頂戴する事にした。口に含んだ味噌汁の味は天にも昇る味わいで、くたびれ、乾ききった肉体に、荒野に降り注ぐ雨の如く染み渡った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 朝食を食べ終え、休憩室で軽くストレッチをしてから、俺は鳳凰院邸へと赴いた。

 

 

 千歳の部屋へ向かい、入ろうとした丁度その時、黒いドレスを着た千歳とばったり出くわした。

 

 

 千歳は俺の顔を見るなり露骨に顔を顰め、俺が何か言う前に舌打ちをかまし、肩を怒らせて去って行った。

 

 

 その背中に声をかけようとしたのだが、千歳と変わるようにわらわらやって来た使用人(にんぎょう)共に手を引かれ、千歳の部屋の中へと引きずり込まれてしまった。

 

 

 そしてあれよあれよと鏡の前に置いてある椅子へと座らされ、奴らの 〝おめかし〟が始まった。

 

 

 着ている服を剝かれ、オイルやら美容液やらが全身に塗りたくられ、髪をとかされ、そして最後に制服が着せられた。

 

 

 まさにそれは人形のおめかしに外ならず、俺の前から退き、鏡に映らないように横一列に並ぶさまは、まさしく人形を整備する人形そのものであった。

 

 

「……」

 

 

 閉口しながら使用人(にんぎょう)共を一瞥し、それから正面の鏡に映る物を見る。

 

 

 そこには制服に身を包んだ、鳳凰院千歳によく似た間抜け面が映っていた。

 

 

 俺は首を捻った。同じ背丈、同じ体格、同じ顔、同じ服装。表情だって千歳が普段浮かべている通りの仏頂面なはずなのに、一体どうしてここまで()()()()()()()()()()()()()? 

 

 

「おい」

 

 

 何とはなしに人形共へと呼びかける。

 

 

「「はい、千歳様」」

「……」

 

 

 一糸乱れぬ返事が返ってきた。どいつもこいつも見てくれだけは良い女ばかりで、それが全くの無表情で声をそろえて無機質な声で返事をするのは、気味が悪いったらありゃしない。

 

 

 俺は閉口し、結局何も言わず首を振った。

 

 

 それから俺は人形共に促されるまま部屋の外へと出てゆき、屋敷の前で止まる黒塗りの車へと押し込まれた。

 

 

「「……」」

 

 

 門の前で一列に並んで頭を下げ続ける人形共がどんどん遠ざかってゆく。

 

 

 全く、あいつらもとことん救われないな。

 

 

 そう思い、ため息を吐きながら、俺は背もたれに身を深く沈めるのであった。




物凄くどうでもいい情報
イミテーションくんは千歳と入れ替わっている時に万が一があってはいけないと精通したその時から、鳳凰院社長が使用人(にんぎょう)さんたちに月に1度枯れ果てるまで絞るように命令してるらしいっすよ。どうでもいいですね。
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