影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
上の空の績が無意識の内に足を運んだのは、教会であった。
人は無意識化で動くとき、いつだって己の中にいる神に従って動く。彼女にとっての神は信仰であり、それ即ち聖光教の教え、その中でも『奉仕の精神』こそが、全ての行動の支柱であった。
支えてあげたい。恵まれているからこそ、分け与えてあげなければならない。
『光』を持って生まれた。『癒し』の性質を持った『聖女』の素質があって生まれた。あまりにも恵まれてこの世に生れ落ちた。惜しみない愛を受け取った。技術を惜しみなく注ぎ込まれた。
ならばその分だけ還元しなければならない。
幸せのおすそ分け。ずっとそのようにして生きてた。
しかし、最近はそれも難しくなってきた。
それは教えに反した欲求であった。切り捨てなければならない。教えに則るのならば、早々に捨て去らねばならない欲求。
しかし。
光績は我が強い。強い。相当に強い。心のどこかで、それもいいんじゃないかという妥協が、すぐ喉奥まで出かかっていた。しかしそれを止めるのは自己に結び付いた教えという根幹である。
好きになった人に己の全てを捧げたい。あまねく他者に分け与えねばならない。
光績は変革と停滞の狭間のせめぎ合いに苦しんでいた。
そしてその時に起こった、先の敗北が、彼女の心を変革へと大いに傾けていた。悔し涙を流して吠える暗夜に、駆け寄り、抱きしめ、慰めてやりたかった。
だが、そこには軌陸もいた。ただでさえ傷ついていた軌陸はこの一件で大いに弱っていた。あまねく全ての者に分け与える。ならば今最も他者の救いを欲しているのは軌陸である。
結局その時の績は自らの神に従い軌陸へと手を差し伸べたのだが、その目は暗夜へと向けられたままだった。
(私は、どうすればよいのでしょうか……)
夕焼けに暮れなずむ教会のステンドグラスの投げかける焼けたような赤い光に照らされて、績は一人思い悩んでいた。
そんな時である。
「お困りの様っすね。お若いの」
びくりと肩を震わせ、顔を上げる。
「隣、良いっすか?」
いつか、暗夜が告白し、すぐさま撃沈した小柄な女性、『斎藤綾子』がにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ど、どうぞ」
「どうも」
どっかりと腰を下ろした綾子は足を組み、非常にリラックスした様子である。自分とは大違いだ。績はどこかムッとした表情で綾子を見た。
「……何の用でしょうか?」
「べっつにぃ~。ウチの様な下賤な輩が神への祈りを捧げちゃいけない理由もないっすよね?」
「ならば、ちゃんと祈ってください」
「これがウチなりの祈りの姿勢っすよ~」
「~~~~~~……」
績は口を開きかけ、止めた。何を言った所で煙に巻かれるだけだ。績は彼女の事が苦手だった。
表面上はニコニコと笑みを浮かべているが、その瞳の奥では信じがたい程の怒りが渦を巻いていた。
抑えきれているようで、その実全く抑えきれていない全方向性の怒りは、今も彼女を見つめている。
「まあ、もう前置きは良いか。うへへ、で。あんたはどうしたいんすか?」
「どう、とは……?」
返事をしたとき、すでに綾子の顔には笑みは無く、ぞっとする様な真顔であった。相も変わらず注がれる視線には渦を巻く怒りが燃えるようであった。
「とぼけんな。好きなんだろあいつの事?」
「うっ」
言葉に詰まった績に、真顔を崩し、二ッと笑いながら、さも当然とばかりに綾子は言った。
「取っちまえばいいじゃん。どっちも」
「え?」
目をしばたく績に、綾子は続ける。
「大方教えを取るか今の自分の気持ちを取るか悩んでんじゃねーの? 図星か、その顔は。はん!」
綾子は一笑に伏した。
「分るぜ。好いた男に全部捧げたいって気持ち。だがお前の場合はそこに自分の根幹まで混ざっちまうから
「見えてしまう?」
「そう見えてしまう、だ。複雑なようで、ちょっと落ち着いてみればなんて事の無いことだ。要するにこれは
「私が、決める……」
「そ、好きにしたら?」
績は両手を見た。薄っすらと光りを帯びていた。迷いはきれいさっぱり消えていた。
「──────!」
績は立ち上がった。
「私、行きます!」
「ご自由に~」
ぱたぱたと走り去る績の背を見ながら、綾子は消えるまで手を振っていた。
「任務完了。楽な仕事だぜ」
そう言って、綾子は長椅子にふんぞり返り、一つくしゃみをした。
■
(どうしたもんかなぁ~)
生徒会室への道すがら、みみ子は首を捻っていた。
(暗夜君と績さんは他のメンバーが請け負うから生徒会長は頼んだって、無茶言ってくれるなぁ……)
思い起こすのは我らがボスであるイミテーションの顔。
『心は折っておいたんで、後は頼みますね』
『いやちょっと待ちやがれです。何してくれてんですか!?』
『あっはっは』
『あっはっは……じゃねーんですけどおおおおおおお!!!』
(こ、この! いま思い出しただけでも腹立つ! 自分で折っておいて後始末はこっちでやらなきゃいけいないとか! こう、上に立つ人ってずるい!)
みみ子は苦悶の表情を浮かべた。
(私もイケメンとか美女侍らせて顎で使いてぇ~!!!)
何てこと考えていると、いつの間にか生徒会室の前に立っていた。
「~~~~~~……」
何だかもう面倒くなったみみ子は一切のノープランで部屋へと入っていくことにした。
しかし。ノックしようとした矢先に扉が内側からけたたましく開かれ、エミリーが速足で出てきた。
「──────」
エミリーは去り際にみみ子を一瞥し、それから唇を噛み、いつもの無表情にどこかやるせなさを称えたまま、歩き去ってしまった。
「……うへ」
尋常ならざる面倒事を直感したみみ子は回れ右して逃げ去ろうとしたのだが、こちらに声をかけてくる死人のような顔をした軌陸に戦慄を覚え、慌てて彼女の下へと駆け寄った。
「か、会長!? すごい顔色悪いですけど! へ、平気なんですか!?」
「あぁ、君か。私か? ふふ、何とも無いよ。なんにも、無いんだ……」
「──────」
普段のはきはきとした様子は鳴りを潜め、光なき目で虚空を彷徨う姿は、とても正気とは思えなかった。みみ子の中で、苛立ちがまた膨れ上がってゆく。
「え、と、その……暗夜君たちから話は聞きました。結構なぼろ負けで、その」
「あぁ。そうだね。ふふ、負けてしまったね……負けた……どうして、私はああなれない……!?」
項垂れ、一言一言紡ぐ度に、机に叩きつけられる拳の力は強まった。
「何で私は! 姉さんたちの様にいかない!!! どうして!」
「あわあわあわ」
ついに机に罅が入り始めた。それでもなお軌陸の慟哭は止まらない。みみ子はキレる寸前だった。
「私だって頑張ってる! 訓練だって積んでいる! なのに! どうして追いつけない! 何でああも遠い! 私だって姉さんたちと同じところにいる! だったら私だって! 私だって。わたし……」
「ああもう!」
みみ子は、キレた。
「いい加減に、しろ~!」
「っ!?」
軌陸は反射的に立ち上がりロングソードを手に抜刀していた。
「そんななまっちょろい攻撃が届くかぁ~!」
「なっ!?」
みみ子は流れるように軌陸の懐へ入ると腹に肘うちを撃ち込んだ。腹を押さえる軌陸の腕に掌底。剣を叩き落し、顔面に当身。たたらを踏んだ軌陸の裾と襟を掴み、跳躍。空中でもろともに3回転して軌陸を下に、床に叩きつけた。
どしん、という音と共に部屋が揺れた。
「──────カッハ」
肺の空気が全て抜け去り、軌陸は咳き込んだ。
「あなたは! 弱い!」
「──────ッ!?」
みみ子は指を突きつけ、断言した。軌陸は言い返そうとしたものの、何も出てこない事に愕然とした。
「姉が高名? いろんな方から期待を背負ったスーパールーキー? ぷぷぷ! 片腹痛いんですけど!」
「だったら何だ! 私は───」
「うるさい! 話の腰を折るな!」
「うっ」
あまりの剣幕に、軌陸は思わず口を閉ざした。今宵のみみ子は猛り狂っていた。
「あなたは
「新、人……?」
「あ、やっとわかってきましたか? そうですあなたは新人です! たかが
「……」
胸元を掴み上げ、睨みつけるみみ子は真摯だった。真正面から軌陸に向き合い、真正面から彼女を打ちのめしていた。
「失敗しました。なら次です。新人だからこそ、まだ失敗しても許されるんです。だから、もう少し肩の力を抜いたらどうですか? 貴方には、まだそれが許される」
「いいのか? そんな事をして?」
「今までそうやって、あなたを攻めた人がいるならやらなくてもいいんじゃないですか?」
「……」
軌陸は思い返す。姉の顔を。戦い方を教えてくれた教官の顔を。
『ちと力み過ぎだ。もっと肩の力を抜け』
『軌陸ちゃん頑張りすぎー。もっと遊ぼうよ~!』
『私たちに追い行きたいのも分かるが、休むことは重要だぞ?』
『基礎戦闘能力は十分です。後はじっくりやっていきましょう』
「──────なんだ、そういう事だったのか」
みみ子の手の中の軌陸の体がふっ、と重くなった。
「分かりました?」
「あぁ、可愛い後輩が身を挺して教えてくれたんだ。分らなきゃ、先輩としての立つ瀬がない」
「え? あ、あはは、こ、これは咄嗟というかなんというか……」
軌陸の顔色はまだずいぶんと酷いが、それでも随分とマシな顔つきになった。何より目に光が戻ったのだ。自分の肉体言語の説得も、悪くなかったようだ。
丁度その時軌陸のスマホが鳴り、確認するとグループトークに一件のメッセージが届いた。
「──────行って来る。彼が待ってる」
「あ、はい」
軌陸は立ち上がり、ドアへと駆け出し、出て行く前に思い出したかのように反転し、みみ子へ深々と頭を下げた。そして、外へと軽やかな足取りで手ていくのだった。
「つ、疲れた……」
しばし呆けていたみみ子は、やがてへなへなと腰砕けになり、へたり込んで、口の中から魂が抜け出そうなほどに、長々と息を吐いた。
■
軌陸は駆ける。駆ける。足取りも軽く。軽やかな鳥のように。そのうち、後方からか足音が増え、彼女の横に並んだのはエミリーであった。その手には一目でガラクタから作られたと思わしき奇妙な拳銃が握られていた。
「なんだそりゃ?」
「
「は! ずいぶんマシな顔になったじゃないか」
「人の事が言える立場ですか?」
それから両者はぷっと噴き出し、笑いながら目的の地へと急いだ。
彼女達の健脚は瞬く間に目的の地へと、辺鄙な公園へと導いた。そしてその中心でお目当てであった暗夜が績を抱きしめたままぐるぐると回っているのを見つけ、軌陸はムッとした表情で暗夜を睨んだ。
「嫉妬ですか?」
「うるさいぞ」
脇腹を小突いてきたエミリーを無視し、暗夜へと肩を怒らせながら軌陸は近づいていった。
「全く、あの様子じゃ、まだまだ先が思いやられそうだな」
口論する幼馴染とその想い人を遠巻きに見つめながら、エミリーは肩を竦めた。
かくして挫折を乗り越えた暗夜たちは日常へと帰り、着々と力を身に着けてゆくのであった。
そして時は運命の日に近づいてゆく。
6月21日。神代学園第××回文化祭へと。