影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『幕間』③

 1『悪魔の契約』

 

 

 

 

 そうだ、死んでしまおう。

 

 

 そう思った時、彼は実に迅速であった。生まれつき太りやすい性質で、脂肪で膨れ上がった体は鈍重で鈍い。何をやっても愚図でのろま。早くしろと怒鳴られたことなど数えきれない。

 

 

 しかし、その時の動きは、そんな彼のなりからは考えられないほど素早かった。天井から紐を括り、脚立の上に乗り、括ったひもを首に巻き、後は脚立を蹴り倒すだけ。それですべてが終わる。

 

 

 彼の目には何も映っていなかった。脳裏には行かなくなり、ついには辞めてしまったかつての学び舎での光景が、さながら無声映画の如く延々と繰り返されていた。

 

 

 〝消えろ〟〝死んでしまえ〟〝何で来たの?〟〝目障りだ〟

 

 

 殴られた。蹴られた。水をかけられた。ただ太っているというだけで。そんな光景が、過去を遡っても延々途切れることなく流れ続けている。

 

 

 碌な人生では無かった。

 

 

 路傍の石。雨粒の一滴。世界を構成する微粒子の一粒。消えたところで、誰も気にしやしない。

 

 

 電気のついていない暗い部屋の中で、ただ彼の瞳だけが闇夜で閃く獣の瞳の如く爛々と輝いていた。

 

 

 全ては淡々と行われた。彼の心には最早何もない。

 

 

 いや。一つだけ確かな事があった。

 

 

 それは〝闇〟。圧倒的なまでの負の感情が、心を喰い潰し、今まさにあらゆる因縁を断ち切り、ぞっとする〝闇〟を解き放とうとしていた。

 

 

 この〝闇〟がいつから己の内にあったのかは分からない。気が付けば己の内にある事に、彼は気が付いた。

 

 

 それが何なのかは彼には分からないし、最早何もかもがどうでも良かった。

 

 

 自分は命を絶ち、何かが解き放たれ、そして怖ろしい事が起きる。

 

 

 どうでもいい。全て、が。

 

 

 ふと、何とはなしに横を向いた。奈落色の瞳と目が合った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 2『神代学園 通学路』

 

 

 

 

「ギャーッハハハ!!!」

 

 

 下品な笑い声とともに、魔獣の吠え声の様な金切り音を轟かせて、黒フード(ヤンキー)が大型のチェンソーブレードを振りかぶった。

 

 

「ッダオラー! ッジャネッゾー!」

 

 

 負けじと暗夜も聖剣を振りかぶる。つい先日覚醒したばかりの勇者の力を。

 

 

 ギャリギャリギャリ。とチェーンソーと聖剣がかち合い、耳障りな音をたてて両者はつばぜり合った。

 

 

「またてめーらか! いい加減にしやがれ! こちとら文化祭の準備で忙しいんだよー!」

「ギャハハ! 邪魔か? あたしらが? だったらどけて見せろやー!」

「上等だ糞がー!」

 

 

 互いに口汚く罵り合いながら、暗夜と黒フード(ヤンキー)は激しく得物をぶつけ合った。肉食獣の様な獰猛な視線が交わり、火花を散らす。

 

 

「全く! いい加減にしてください!」

「わっ!?」

 

 

 怒り心頭な績は出力を調整しつつ、しかし可能な限り上げた光を練り上げ、膨大な光の束を黒フード(のっぽ)へと叩き込んだ。

 

 

 巨大な機械盾でシールドバッシュを仕掛けた黒フード(のっぽ)は慌てて突進を止め、地面に盾を突き立てた。その直後に膨大な熱が機械盾に突き刺さった。

 

 

「うわわ! うわわわわ!」

 

 

 黒フード(のっぽ)は目を白黒させながら両手で機械盾を支え、『強弱』で自身の力を上げ、逆に光の力を弱めて何とか押し付けられる圧力に抗うも、それでもなお光の出力は高く、水流めいて徐々に押し流されてゆく。

 

 

「はあ!」

 

 

 光で構成された翼をはばたかせ、軌陸はロングソードを異能で何度も伸縮させ、黒フード(インテリ)の間合いの外から絶え間ない刺突を繰り返していた。

 

 

「クソがああああ! 空飛ぶのはずるだろ!」

 

 

 大声で泣き言を言いながら、しかし黒フード(インテリ)はその全てを的確に弾き、逸らし、かわしてゆく。

 

 

「くそ、何で当たらん!?」

「隙ありー!」

「うおっ!?」

 

 

 軌陸とのやり取りにかかり切りになっている黒フード(インテリ)に、黒フード(ヤンキー)を弾き飛ばして強引に距離を取った暗夜はすかさず大剣を叩きつけにいった。

 

 

「残念外れだ」

「何ぃ!?」

 

 

 しかし、まるで分っていたとばかりに黒フード(インテリ)は大剣をかわし、その瞬間を狙って急降下斬撃を食らわせに来た軌陸へバックキックを放ち、地面に叩き落とした。

 

 

「くそ、後ろに目でも持ってるのか?」

「よそ見してんじゃねーぞ!」

「えぇい息くらい付かせろ!」

 

 

 辛うじて翼で防いだ軌陸は服についた埃を払い、すかさず切り掛かってきた黒フード(ヤンキー)の赤熱斬撃を防いだ。

 

 

 個々の実力は暗夜側が勝り、しかし経験では黒フード側が勝っており、両者は拮抗し、戦いは泥仕合の体を成した。

 

 

 結局その拮抗はみみ子とエミリーが加勢に来るまで続き、彼らの遅刻は確定するのであった。

 

 

「畜生がぁアアアアアアアア!!!」

 

 

 暗夜の叫びが、雲一つない青空へと響き渡った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 3『悪魔の契約 ②』

 

 

 

 

 〝別れよう〟

 

 

 そう言ったあの人の気持ちは、終ぞ分からなかった。

 

 

 どうして? 彼女はただそれだけを思った。

 

 

 自分はこんなにも尽くしてあげたというのに、なぜ彼は愛してくれないのか? なぜ自分がこんなにも愛しているというのに、彼は離れていくのか? 

 

 

 ざくり。手首に刃が入り、生温く赤い血が、白い肌を垂れ、滴り落ちた。しかし、もはや誰も気にかけてくれはしない。

 

 

 はじめの頃はてんやわんやの大騒ぎだったというのに、今では誰一人として見向きもしない。

 

 

 私がこんなにも苦しんでいるのに、何て残酷な人たちだろう。

 

 

 大学の屋上へと昇った彼女は虚ろな瞳を虚空へと投げかけ、青い青い空へと吸い込まれるように、顔を上げた。

 

 

 夏の到来を告げるような熱を孕んだ風が吹き、彼女の長い髪を揺らす。

 

 

 疲れてしまった。誰かを愛する事も、自分を愛する事も。

 

 

 一体いつからこんなに愛を渇望するようになったのだろうか? 

 

 

 淡々とフェンスを乗り越えながら、働かない頭で、ぼんやりと考える。

 

 

 はじめは、もっとささやかな愛を求めていた気がする。しかし、自分の内に潜む〝混沌〟を見つけてから、彼女の渇望の日々は始まった。

 

 

 内なる〝混沌〟は月日が経つにつれてその力を強め、いつしか求めていたものは歪み、その果てがこの有様だ。

 

 

 深く考えようとする。もっと違う道があったのではないか? 深く考えようとする。〝混沌が、彼女の思考を蝕み、曖昧にし、やがてすべては霧散した。

 

 

 もういいかな。

 

 

 そう呟くと、彼女は一歩踏み出そうと、足に力を籠めた。

 

 

 これを踏み出し、潰れ、消え去れば、きっと良くない事が起きる。その確信があった。

 

 

 彼女は躊躇わなかった。

 

 

 そうなるのであれば、そうなればいい。こんなにも残酷な世界など、すべて消えてしまえばいい。

 

 

「あぁ、ここにいたんですね」

 

 

 鈴のような声が、耳朶を揺らした。

 

 

 振り返る。デフォルメされた犬の頭を模したヘルメットをかぶった黒いスーツの奇妙な人物が立っていた。

 

 

「だれ……?」

「全く、〝混沌〟が出かかっているじゃないですか。あわてんぼうですね。まあいいです」

 

 

 彼女の言葉など聞いていないとばかりに、奇妙な人物はずかずかと彼女へと近づき、()()()()()()()()()()()()()()()、彼女の腕を掴んで強引に引き寄せた。

 

 

「放し……て」

「ダメです放しません。あなたに何かを言う権利はありません。黙ってこの書類にサインをお願いします」

 

 

 拒絶しようと腕に力を籠めたが、その細腕からは信じられない力で拒絶を拒絶すると、男(なんとなくそう直感した)は契約書とペンを彼女へと押し付けた。

 

 

「いや……」

「嫌ではありません。あなたは自らの生を投げ出しました。つまりあなたはあなた自身の全ての権利を放棄したのです。故に、私があなたの権利を買い取ります拒否権はありません」

「嫌だ!」

 

 

 彼女はそれでも拒絶した。

 

 

「もうやめて! 私に構わないで! 消えたいの! いなくなりたいの!」

「知った事ではありません」

 

 

 しかし、男はにべもなく切って捨てた。

 

 

「ふむ、そんな弱音をいえるなら、まだまだ余裕そうですね。良かった。これから否が応でも死にかけてもらうんです。それくらい力を残していてくれた方がありがたいです」

「──────」

 

 

 彼女は絶句した。この男は今なんといった? まだ余裕そう? 力を残している? 何を見て、そう言ったのだ? 

 

 

「あなたは弱音を吐く力がある。つまり余裕です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……え?」

「書きなさい」

 

 

 最後通告だった。彼女はさっきとは違う意味で真っ白になった頭で言われるがままに震える手で書類に己の名を書きこんだ。

 

 

「よろしい」

 

 

 男は彼女の手から書類をひったくり、改めもせずに懐に入れた。そして言った。

 

 

「あなたは今日から私の犬です。ようこそ、『武装警備員派遣会社ペットショップ』へ。あなたは従業員第2号です。きびきび働きなさい」

「──────はい」

 

 

 そういう訳で、高橋加奈(たかはしかな)、またの名を『ハスキー』は、大学を辞め、『武装警備員派遣会社ペットショップ』という胡乱な会社で地獄のような訓練を受けさせられるのであった。

 

 

 しかし、彼女の顔は、終始晴れやかだったという。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 4『〝巣〟 リビングルーム』

 

 

 

 

「信じらんねー! あのガキ乙女の顔を蹴るとか常識ねーのか!?」

 

 

 軟膏を塗りながら、チワワは忌々しく吐き捨てた。

 

 

「顔隠してるんだから乙女も糞もねーだろ、このボケ」

 

 

 包帯を腕に巻きながら、ポメラニアンは吐き捨てた。

 

 

「痛たた……でも随分強くなってたね」

 

 

 とシバイヌ。

 

 

「強くなりすぎだろ。もうウチらじゃ碌に勝てなくなってきたな」

「この分ならあいつらはもう平気だな? じゃ、そろそろ支部潰しの方に専念してもよさそうだな」

「つっても黒い者だけの支部も少なくなってきたし……そうなると、これからはほぼ毎回闇の者との戦闘する羽目になりそうだな」

「うへ……」

 

 

 ポメラニアンの予想に、チワワは勘弁してくれとばかりに首を振った。

 

 

「とはいっても、直近でやらなくちゃいけないのは神代学園の文化祭の時にどさくさで紛れ込んで来る教団の刺客の討伐だよね」

 

 

 ポメラニアンが冷蔵庫から出したスポーツドリンクを2人へ手渡しながらそう言った。

 

 

「まあな、確かボスと千歳の奴が何かやらされるんだっけ? 大丈夫なのかね?」

「そのためのウチらだろ?」

「そういうこと」

 

 

 3人は目を見合わせ、それから同時にスポーツドリンクを一気に飲み干し、大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 4『小柳服飾店』

 

 

 

 

「ほらよ、新しいスーツだ」

「助かります」

 

 

 みみ蔵からスーツ一式が入ったアタッシュケースを受け取ったイミテーションは中を改め、満足そうに頷いた。

 

 

「また無茶すんのか?」

 

 

 トサケンの言葉に、イミテーションは何も言わず、ただ曖昧に笑みを浮かべた。答えを言っているようなものである。トサケンは額に手を当てて天を仰いだ。

 

 

「邪魔するわ」

 

 

 そう言って入ってきたのはレトリバーである。

 

 

「いいタイミングだな。まさか俺の説明が終わるまで外で待機してたんじゃねーだろうな?」

「うるさいよ爺さん。はいこれ」

 

 

 トサケンを睨みつけ、それからイミテーションをありったけ睨みつけると、レトリバーは持っていたケースをイミテーションにずいと押し付けた。

 

 

 イミテーションはすぐさま中身を確認した。中に入っていたのは黒塗りのヘルメットとフェンリル、特殊グレネード各種が、照明の光を受けて鈍い光を投げかけていた。

 

 

「素晴らしい。さすがの出来栄えです」

「はん! あんた。どうせ私を便利な加工マシーンかなんかだと思ってるんでしょ? そんな浮ついた事を言えば私が喜ぶと思った? 甘いわね。ふん、お生憎様! 私はそんな程度で言うこと聞く安い女じゃないのよ!」

 

 

 そう言い捨て、そっぽを向くレトリバーの耳は真っ赤であった。トサケンはここぞとばかりにそれをつつき、レトリバーの耳はますます赤くなった。

 

 

「まさか。貴方は私の大切な犬です」

 

 

 レトリバーの手を取り、イミテーションは柔らかく微笑んだ。

 

 

「そんなあなたが真剣に道具(かれら)を整備してくれたのです。こんなにも素晴らしい出来の物品を提供してくれる貴女への感謝の言葉に雑念など混ざる筈がありません」

「はあ!? そういうのが浮ついた言葉っていうのよまだ分からないのいい加減にしてほしいのだけどだいたい許可も無く女の子に触れるっていうのがまずありえないのだけれど常識ないのなにそういう風にすれば女の子をいい様にできるっていうの信じられない思い上がりねどこまで私を舐めれば気が済むわけいい加減私とあんたとの立場っていうのを理解してほしいのだけであくまで私たちは提供し合ういわゆるビジネスパートナー的なものな訳そこの所を理解した上で──────」

「お前は元気じゃのー」

「ハハァ……(何だこいつ)」

 

 

 レトリバーは概ね30分はしゃべり通しであった。

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