影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『人形と人形と傀儡と』②

 陽が明けて間もない外の空気は冷たかった。頬を撫でる微風は夜の残滓を孕んでおり、ひんやりとしていた。

 

 

 このゴスロリ服は薄手の生地であり、この肌寒さはなかなかにしんどい。せめてコートを羽織らせてほしいなと思った。尤もそう訴えたところで、聞き入れてはくれまいが。

 

 

 車外へ出た俺は少し歩いて車から離れ、自分が連れられた場所を見上げた。

 

 

 連れてこられた場所は見事な屋敷だった。

 

 

 俺はこの屋敷を知っている。()()()()()()()()()()()()()()()()。そう千歳の家。鳳凰院社長の家じゃない。

 

 

 部屋じゃねぇぞ。家だ。子供部屋ならぬ子ども屋敷だ。馬鹿じゃねーの? 

 

 

 当然鳳凰院社長の家は別にあるが、彼がそこに帰る事は殆ど無い。社長はもっぱら本社ビルにある住居で寝泊まりしているからだ。

 

 

 社長宅の存在理由は外部へのアピールくらいのもので、使用人たちは日夜(あるじ)無き玉座を磨き抜く作業を強いられている。

 

 

 家に帰る事も無く、顔を合わせるどころか声をかける事もほぼない。仮に声を聴くことがあってもあれをやっておけ、これをやっておけと業務連絡に近く、父親として言葉を与えたことは一度として無い。

 

 

 産まれてからずっと屋敷に閉じ込められ、ありとあらゆることを無機質な使用人が片付ける日々は、千歳の心を歪ませるには十分に過ぎた。

 

 

 まだ5歳の彼女の心の破綻がどの程度なのかは知らないが、どの程度であれこれから顔を合わせるこちらとしては不安でしかない。

 

 

 運転手が先行し、俺は野郎の(ケツ)について行く形で屋敷の中へと入っていった。

 

 

 中に入ると、頭を下げた使用人の列に出迎えられた。歓迎のつもりらしい。人形風情にしては気が利いている。嬉しくもなんともないが。

 

 

 同じ様に頭を下げ、運転手は屋敷の外へ出て行った。自分の役割は俺を運ぶことで、ここに留まる事は業務外だとでも言わんばかりだ。大人なんだから気を利かせて安心するまでいてくれてもいいだろうに。

 

 

 背後で扉の閉まる音が嫌に響いて聞こえた。まるで、屋敷の中と外の世界とで隔絶されたかのようだ。……恐らくその認識は間違っちゃいまい。

 

 

 頭を上げた使用人の一人が俺の前まで進み出て、千歳さまの部屋まで案内をすると平坦な声で告げた。当然顔は無表情だ。新天地に足を踏み入れた子供に対する気遣いの気配はない。

 

 

 一定の歩調で、かつ申し訳程度の配慮で俺の歩幅に合わせた歩調できびきびと先行する使用人について行きながら、道中をきょろきょろと見回した。

 

 

 ふかふかのカーペット、あちこちに配置された時代錯誤の鎧一式、等間隔に配置された窓からは陽の光が差し込み、暗闇の住民である俺たちを照らしだして明瞭にした。

 

 

 無駄に豪華な内装は埃一つ、汚れ一つない。しかしその汚れの無さはただ掃除が行き届いているというだけではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 総評して、物を買い与えていれば満足するという考えが透けて見えてうんざりした。そんな訳無いだろうが。

 

 

 そうこうしている内に、それまできびきび歩いていた使用人が不意に足を止めた。あまりにも急に足を止めるものだから、勢い余って背中にぶっついて尻もちをついてしまった。

 

 

 立ち上がりながら恨みがましい目で見つめるも、使用人は気にも留めずにこちらになりますといけしゃあしゃあとのたまった。

 

 

 本当にプログラム通りに動く人形のようだった。一体どんな事をすればここまで人格をそぎ落とすことができるのだろうか? あの社長が()()()()()()()()だとしても、これは行き過ぎている。

 

 

 ただ言われたことを行うだけならロボットにでもさせればいい。それなのにあえて人の人格をそぎ落として使役しているところに、あの男の人への歪な執着が垣間見えた気がした。

 

 

 使用人はこちらに振り返り、両手を重ね合わせて腹部に置き、直立不動で待機していた。

 

 

「こちらです」

 

 

 使用人は言った。

 

 

 俺は無視して使用人を凝視した。たじろぐとか、恥ずかしがるとか、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「こちらです」

 

 

 使用人は繰り返した。俺は首を振った。

 

 

 何を期待していたのだろうか? 自分でもよく分からなかった。もしかしたら止めてくれる事を心のどこかで期待していたのかもしれない。入らなくてもいいよとか、子供なんだから無理しないでとか、そういうの。

 

 

 ブルシット! もはや賽は投げられ、身柄は谷底へと投げ落とされている。待ったなし。オープン・ザ・ドアだ。

 

 

 肉人形から目を離してドアに近づき、ドアノブに手を伸ばした。深く深呼吸し、意を決してノブを捻り、ドアを開けた。

 

 

 中へと入り込み、後ろ手でドアを締めながら部屋の中を観察する。

 

 

 広い部屋だった。数十畳のだだっ広い部屋にはクマ、犬、猫などのぬいぐるみや西洋人形などが所せましと置かれている。

 

 

 その最奥に、まるで花畑で群生する花々めいて置かれたぬいぐるみの、その中でも一際大きな熊のぬいぐるみに背を預けて、この部屋で唯一血肉を備えた小さな熱源が、侵入者してきた俺を凝視していた。

 

 

 幼い鳳凰院千歳がそこにいた。

 

 

 瞬間、心臓がドクンと脈打った。脳内麻薬が分泌され、主観時間が泥のように流れを止めた。

 

 

 いつか表舞台に駆り出されると、覚悟はしていた。相まみえるときの対応も何度となくシュミレートしていた。しかし、いざ画面越しに何度も見た主人公やそれに連なるキャラクターとまみえれば、そんな覚悟など何の意味も無いことだと悟った。

 

 

 目に映る彼女は、本編中よりも顔に険しさが無く、幼く、ただ愛されていないだけの子供だった。だがどうしようもなく()()鳳凰院千歳だった。

 

 

 途端にずっと考えない様にしていた疑問が思考を埋め尽くす。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 

 この呪いの言葉はこの世界に自己を見出した最初期の頃、俺の脳裏にしつこく付きまとっていた。

 

 

 その度に何を馬鹿な、と幾度となく鼻で笑って否定したものだ。

 

 

 俺はここにいる! 血肉を備え、呼吸し、脈打つ心臓は確かな鼓動をもって俺が確固たる存在だと証明し続けていた。

 

 

 しかし、目の前の存在が()()を揺らがせる。

 

 

 二次元と三次元。その境目に、今俺は立っている。これは夢なのか? 現実なのか? 自分の立っている足場が、音をたてて揺らいでいる。

 

 

 目の前の千歳と、記憶の中にある千歳とが重なり合って見えた。

 

 

 危険な兆候だ。分かっている。分かっているが、もう何が正しくて何が誤りなのか判断がつかなくなっていた。

 

 

 だがどうしようもなかった。叩きのめされ、貶され続けて心身ともに弱っていたというのもある。ともかく心が悲鳴を上げていた。

 

 

 肉体の感覚が消え失せ、熱の合間のように思考は茹だり、視界が揺らぐ。あと一歩で狂気の狭間に転落すると、確信があった。

 

 

 最早モザイク画じみた視界は何も映らず、耳からは砂嵐じみたノイズ音が聞こえ、何も考えられない。

 

 

 意識が……消えて…………い……く…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えい!」

 

 

 そして、千歳から唐突に放たれた黒い球体に、意識は強制的に引き戻された。

 

 

「え」

 

 

 思わず呆けた声が口から出た。だってまったく予想だにしない出来事だったから。そうしている内に黒い球体、破壊のエネルギーを球状にして飛ばしたものが真っすぐ腹に向かって突っ込んでくるのを茫然と見つめた。

 

 

((って見てる場合じゃねぇ!!!))

 

 

 我に返った俺は衝突する寸前に身を捻って辛うじて破壊球をかわした! 危な! 

 

 

((え? え? え? なに? 何なの!?))

 

 

 目を白黒させる俺など気にも留めずに幼千歳は再び破壊球を作り出し、撃ちだしてきた! 

 

 

「えい!」

「ンン! ((やっぱこれ現実だわ! 絶対現実だわ!))」

 

 

 脳髄を覆っていた虚構と真実の霧が、現実という突風によって瞬く間に払われてゆく。

 

 

 顔に向かって迫って来る破壊球を側転で避けながら俺は確信した! だってあまりにも糞なんだもん! 

 

 

 この頬をかすめる死への誘いが! こちらの意図など気にも留めずにあまりにも突然にやってくる死線が! 虚構であってたまるか! ふざけるな馬鹿! 

 

 

「やっ!」

「ほ! ((現実はいつだって自分の都合の悪い方向へ転がっていく!))」

 

 

 散弾じみて放たれた破壊の礫を地面につくほどに身を屈めてかいくぐりながら、心の中で絶叫する! 

 

 

「やあ!」

「フッ! ((ファック、ファック、ファーック!))」

 

 

 聖なるチャントを唱える! 唱える! 唱え続ける! 聖なるチャントで己を勇気づけ続け、かわす、かわす、かわす! そこに雑念が入り込む余地は皆無! すべての思考回路が生き残るために費やされる! 曇り切った心の目が! 視界が! 瞬く間にクリアとなった! 

 

 

 生存(サヴァイブ)! 

 

 

 リング状の破壊エネルギーの間を潜り抜け、機関銃じみて連射される破壊球を横へのランダム移動でかわし、足元から噴き出る破壊の柱をバックフリップで跳び離れる事でかわす! 

 

 

 恐るべきはこれだけ滅茶苦茶に乱射しても息切れを見せない千歳の無尽蔵の破壊の力! さすがは残り滓とはいえ魔王の力と言うべきか! ザッケンナコラー! いい迷惑じゃオラ―! 

 

 

「えーい!」

「ッ! ((ふーざーけーるーなー!!!))」

 

 

 着地点目がけて発射された一際大きな破壊球を着地した瞬間に再度宙に跳ぶ事で回避! そのまま回転ジャンプでついに俺は千歳の懐にまで潜り込むことができた。

 

 

「わ!」

 

 

 避けられると思っていなかったのだろう。千歳は目を丸くして、目の前でスカートの汚れを払う俺を見つめていた。

 

 

「どうも千歳様、はじめまして、イミテーションです」

 

 

 俺は彼女に何かアクションを起こされる前にすかさず自己紹介した。

 

 

「もう社長閣下からご説明を受けているとは思いますが、改めて、私は千歳様の影武者として動くように仰せつかっております。これからよろしくお願いします」

「……」

 

 

 捲し立てるように話している間、千歳はずっと目をぱちくりさせ、無言であった。終わった後もじっと見つめるばかりで返事も無く、先程の喧騒とは打って変わって互いの呼吸音が聞こえる程場は静まっていた。

 

 

 酷く居心地が悪かった。ゲーム本編みたいに癇癪を爆発させてくれた方がまだマシだと思えた。

 

 

 酷く長い沈黙は、実際の時間で見ればほんの1,2分程度の時間でしかなかった。

 

 

 千歳はやおら腕を上げ、白く、ほっそりとした指を俺の顔に突き出し、言った。

 

 

「あっちいって!」

 

 

 子供の考える事は、分からない。目の前の存在は、なおの事よく分からない。ただなんというか、自分の中で張りつめていたものが、穴の開いた風船のように一気に萎びていく感覚があった。

 

 

「はい、かしこまりました」

 

 

 目の前の存在が命を脅かす魔物から、年相応の小さくて会話に飢えている幼子へと認識が切り替わった。だからそれ相応の対応をすることに決めた。

 

 

「ですが良いのですか?」

「なにが?」

 

 

 首をこてんとかしげる千歳に、俺は笑みを浮かべた。

 

 

「このまま私が去れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「えぇ~!?」

 

 

 途端に眉を吊り上げて大声を出す千歳に、俺は畳みかけた。勝負なんかした覚えは無いが、子供相手なら、これくらい唐突でも雰囲気でゴリ押せる。

 

 

「イヤ!」

「では千歳様も自己紹介してください」

「それもイヤ!」

「じゃあ私の勝ちです」

「ダメ!」

「じゃあ自己紹介を」

「イ~ヤ!」

「では私の」

「イヤったらイヤ~!」

「ぐふっ!?」

 

 

 立ち上がった千歳は勢いに任せて俺の腹に突撃してきた! 意外と速度の乗った頭突きは重く、俺たちはもつれあうようにして地面に倒れ込んだ。

 

 

「イヤ、イヤ、イヤ! ぜったいぜ~ったいイヤ!」

 

 

 馬乗りになった千歳は俺の胸をポカポカと殴りつけながら、いやいやと首を振った。千歳の拳は細腕からは考えられないほど強く、軽い感じで落とされた胸からはドスドスと重い音が鳴った。

 

 

 教官殿の拳に比べれば全然軽い一撃だが、それでも無防備に受け続けて良いような重さじゃない。鍛えていたってこれなのだ。もし何の訓練も無しに彼女と対面したらと思うとぞっとする。

 

 

 確かに、これならある程度訓練してから会わないと悲惨な事にしかならないだろうな。心底不本意だが、あの教官殿には感謝しなければならない。

 

 

「ムフー! わたしのかち!」

「……えぇ、私の負けです」

 

 

 完全に体の力を抜いて脱力した俺に、千歳はご満悦だ。腰に手を当ててにこにこと笑った。

 

 

「改めて、これからよろしくお願いします」

「イヤ!」

 

 

 途端に笑みを引っ込めてそっぽを向いた千歳に、俺はつい笑ってしまった。

 

 

 ともかく、俺と千歳との関係はこのようにして始まった。

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