影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
「「ギャァアアアアアアアア!?」」
蛇たちの絶叫が、輪唱さながらに響き渡る。
「はあ……! はあ……! はあ……!」
その只中で、イミテーションはぐらりと体をふらつかせ、すんでの所で踏み止まり、暴れ狂う心臓を宥めすかせながら激しく息を吸い込んだ。
((加速、強弱、探知、破壊、闇、光の完全同時併用はやはり相当な無理があったか……!))
体が軋む。意識が遠のく。人の身で限りなく光に近づいた代償は、分不相応な愚か者へそれ相応の負荷を強いていた。
息を荒げるイミテーションの背後で、蛇たちは主と共に苦痛で絶叫し、滅茶苦茶にのたうち回っていた。
絶叫し、のたうち回る。ばたばた、ばたばたと。
……絶叫が途切れない。大中様々な蛇たちが主を通じて尋常ならざる苦痛を供給され、のたうっていたのだが、それはそれだけであった。
蛇たちのたうつ力は強く、決して弱ることは無い。見るがいい、のたうつ蛇の中心。バラバラになったマガツノオロチの各部位が陸に打ち上げられた魚のようにびちびちと跳ねていた。
じつに生きの良い跳ねっぷりであった。どう見てもバラバラ死体にしか見えないのだが、命が尽きる気配が微塵もない。
((だと思ったよくそったれ……!))
その様を見て、イミテーションは忌々し気に舌打ちした。
分り切っていた事であった。
マガツノオロチがこの世に現れて何年経った? 江戸時代に現れ、短く見積もっても300年以上もの間この怪物は生き残り、人社会を脅かしてきた。
その長い時の中でこの怪物が、果たしてどれだけの勇士と戦ったと思っている? これしきの傷を与えた程度で滅ぼせるのならば、初めて姿を現した時にとっくに討伐されているはずである。
何ゆえ未だ生き残っているのか? その理由は、この怪物が有する人知を超えた生命力ゆえである。
「「アァアアアアアアア!!!」」
切り落とされていた頭の上げていた絶叫が、憤怒の咆哮へ変わる。数多の
「──―ッ」
イミテーションは跳んだ。次の瞬間、イミテーションが一瞬前までいた地点に大量の蛇が殺到した。
「ぐっ、クソ」
「ア、アガガ……アガガガガ……」
軋み、内側から燃えるかのような痛みを押し殺し、殺到する蛇たちをかわしながら、イミテーションは見た。跳ね回る胴体が切断面から蛇と闇を伸ばし、方々に散っていた五肢を絡めとり、繋ぎ直す様を。
((畜生……!))
焦燥と殺意が膨れ上がり、向かい来る蛇の迎撃を止めて脱力、踏み込み、鷲の嘴で胴体貫通を狙う。
イミテーションはありとあらゆるものを置き去りにして立ち上がるマガツノオロチの胸のど真ん中を鷲の嘴で打ち抜いた。
しかし。
「ア゛ー! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーッ!!!」
((これでも死なんか!))
マガツノオロチは狂気の叫びをあげて激しく身悶えた。首を左右に振り、全身から生えた蛇を意味も無くばたつかせた。しかしそれだけだ。死ぬ気配が無い。
「くっ!」
そうこうしている内に蛇たちが追いついてきた。イミテーションは腕を抜こうと試みたものの、いつの間にか胸に空いた穴から現れた数匹の蛇がイミテーションの腕をがっちりとからめとっていた。
咄嗟に切断しにかかるが、背後からの蛇の大群が襲いかかってくる気配を察し、断念し、片手で迎撃を試みる。
「「シャァアアアア!!!」」
「ぐっこの!」
膨大な蛇の奔流に、イミテーションは腕を脱力させ、爆発的に振り抜き、一撃で何十匹もの蛇を殺すが、勢いはまるで衰えない。
刈り取る。刈り取る。刈り取る。イミテーションは何度も腕を振るって迎撃するが、勢いがまるで衰えない。滝から飛んでくる飛沫を払うような物だ。次第に迎撃は追いつかなくなり、遂に鞭のように跳んできた一匹の蛇がイミテーションの胴体をしたたかに打ち据えた。
「はッ──────」
肺の空気が全て抜け去った。イミテーションは撥ね飛ばされ、凄まじい勢いで建物へと叩きつけられた。受け身は辛うじて間に合い、衝撃の殆どを建物の壁へと押し付けた。
倒壊する建物の破片を危うくかわし、イミテーションは吐き出された空気を取り込もうと息を吸おうとした。が、息を吸い込む度に体中が痛みを発し、激しく咳き込み、血を吐いた。
その隙を見逃すほど、彼らは甘くはない。たちまちイミテーションは腕を、足を、蛇にからめとられ、宙ずりにされた。
「くぅ……おのれ……」
今やイミテーションは全身を蛇に巻き付かれ、全く身動きができなくなっていた。
「シィイイイイ……」
服の内側に入り込んだ一匹の蛇が首元から顔を出し、舌を出してイミテーションの白く艶やかな肌をひと舐めした。
蛇たちがうぞうぞと体中を這いまわるぞっとするような不快な生温い感触に、イミテーションは全身を粟立たせ、激しく身をよじって振るい落としにかかるが、蛇たちの締め上げる力はイミテーションの力を遥かに凌駕していた。
いかに彼が超人的な身体能力を持っていたとしても、所詮は小さな一個人に過ぎない。数百年を戦い抜き、生き残ってきた正真正銘の怪物を相手では、やはり荷が重かったか?
「ぐ、う、あぁ……」
イミテーションは呻いた。もはや脱出をするどころでは無い。蛇たちの締め付けに抗うので精一杯だ。気を抜けば、たちまちの内に臓器は弾け、ぐずぐずに圧し潰されてしまう。
全身が軋みを上げる。イミテーションは抗う。蛇たちは舌をチロチロと出して肌を舐めたり、いつでも殺せるとばかりに顔の前で牙を剥いた。
((何だ……殺さんのか? 何故だ? あれだけの怒りだ。すぐに殺そうとしても不思議じゃない。こいつらにそんな忍耐力があるとは思えんが……))
頬にべろべろと舌を這わせるコブラを睨みつけながら、イミテーションは訝った。
このコブラだけではない。体に巻き付く蛇も、周囲でとぐろを巻く蛇たちもそう。どいつもこいつもなぶるばかりで、まるで攻撃しようという意思を感じなかった。
その疑問は、ゆっくりと歩み寄ってきたマガツノオロチを見た事によって氷解した。
「アガガ、アガガガガ……」
身を引きづりながら、マガツノオロチは緩慢な動作でイミテーションへとにじり寄ってきた。虚ろな瞳は意識を感じさせず、まだ完全に再生が済んでいないのか、時折首や腕が傾き、その度に立ち止っては闇や蛇でつなぎ直していた。
全身からねばついた黒ずんだ血を流し、焦点の合わぬ視線でイミテーションを見つめながら、ゾンビめいたぎこちない足取りでひょっこひょっこと近寄ってきた。
((成程、流石に首を切り落とされるのは、奴にとっても重傷だったわけだ……だがこの状況は……まずいっ))
焦りで体温が上昇し、全身を汗で濡らしているというのに、頭の中は不自然なほど冷静に敵の状態を分析していた。
本能では命の危機に敏感に反応し、体の機能をフル稼働させているのだが、彼の精神はどのような状況であろうとも決してブレる事が無く、この相反する矛盾が幾度となく彼を窮地から救ってきた。
しかし、この状況を覆す手段を、今の彼の肉体が果たして持ち合わせているのだろうか?
遂にマガツノオロチが彼の前に到達した。
「ア……ア゛ァ……」
マガツノオロチは震える腕を持ち上げ、イミテーションの顔を挟み込むように頬に手を添えた。
イミテーションは身をよじった。拘束は解けなかった。
やがてマガツノオロチは身を仰け反らし、大口を開けた。
裂けた口は頬を裂くだけに止まらず、裂け目は喉の根元まで広がり、ぱっくりと開き、びっしりと牙の生えた大口となった。まさにそれは大顎を開いた蛇そのものだ。
それに呼応して、蛇たちはイミテーションの体を持ち上げ、丁度マガツノオロチが真下になるまで釣り上げた。
((こ、こいつ、俺を喰う気か!?))
答えに至り、イミテーションは目を剥いた。マガツノオロチからは意識を感じない。意識を感じないのならば、果たして何が彼を突き動かしているというのか?
本能である。失われた血肉を補うための手段は食事である。獲物を喰らい、血潮でのどを潤し、与えられた肉をもって傷を癒すのだ。
((ざっけんじゃねぇ! こんなウナギ野郎に食われてたまるか! 放しやがれェ!!!))
イミテーションは激しく暴れた。しかしただでさえ非力な力はダメージによりさらに低下し、最早ここから脱する力はイミテーションには無かった。
((かくなる上はいっそ食われて内側から──────))
イミテーションの瞳が白と黒の鈍い光を発した。徐々に大口が迫る。もうすぐ与えられる新鮮な血肉に思いを馳せ、蛇たちが歓喜にのたうつ。
そして、イミテーションとマガツノオロチはともろともに光に飲まれるのであった。