影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
時は30秒ほどさかのぼる。
暗夜と績は音を頼りに息を切らしてしゃにむに走っていた。
両者ともに超人的な身体能力を持ち、数キロなど、物の数秒でたどり着くほどの健脚である。
だが今追いかけている存在は0.1秒以下の世界を跳ね、時を置き去りにする悪魔だった。それだけの長い時間を空けてしまい、果たして自分たちは戦闘に参加できるのだろうか?
「……ギア上げるぞ!」
「えぇ!」
考えたところで仕方がない。そういう事は、たどり着き、結果を見てから出せばよい。二人は足に籠める力を上げ、疾走の速度を上げた。
やがて目的の地へたどり着き、二人が目にしたのは、今まさに拘束され、大口を開けたマガツノオロチに捕食されんとするイミテーションの姿だった。
「「──────ッ」」
二人は反射的に動いた。績がイミテーションへと光の幕を張り、間髪入れずに暗夜が聖剣から膨大な光を発射してマガツノオロチや纏わりつく蛇たちをイミテーションもろとも焼き払った。
「ガァアアアア!?」
「ッ──────」
全身を光に焼かれながら、マガツノオロチは絶叫して地面をゴロゴロと転がった。拘束していた蛇が消し飛び、解き放たれたイミテーションは不格好に着地し、耐えきれずに尻もちをついた。
「平気ですか!」
「す、すみません……」
すかさず績は駆け寄り、イミテーションを抱き起して支え、もだえ苦しむマガツノオロチから距離を取った。
(何という事でしょう……!)
肩を貸して歩くのを補助しながら、績はイミテーションの怪我の具合を見て取り、顔をこわばらせた。
顔は死人の如く真っ青で、目や耳、鼻からは未だ血は止まらずにどくどくと流れ落ちていた。時折咳き込んでは血を吐いているので、少なくともどこかしらの臓器を痛めている事は分った。この分では骨もいくつか折れているだろう。
まず間違いなく大怪我。一歩間違えば命すら危ういような状態である。
(それなのに、なぜこうも平然としていられるのですか? どうしてそれほどの怪我を負っても意識を保っていられるのですか? 貴方を突き動かすものは、一体、何?)
胡坐を組み、回復の光の中で深呼吸を繰り返し、しかし決してその視線を片時もマガツノオロチから外すことなく睨み続けるイミテーションへ、績は戦慄を隠せなかった。
「間に合った、てことで良いのか?」
距離を取る2人の前に立ち、苦悶するマガツノオロチを見下ろしながら、暗夜もまた績と同様に顔をこわばらせていた。
マガツノオロチ。その名は暗夜とて知っている。江戸時代に現れた八つ首の大蛇の怪を始め、この怪物の逸話は膨大な量となっている。暗夜もまたそのうちの一つを祖父から聞かされており、聴かされた当初はしばらくの間夜にトイレに行けなくなったほどであった。
その怪物が、命を脅かし続けた正真正銘の伝説の化け物が、血を流し、理性すら失われ、下等なけだものの様にもだえ苦しんでいる。
信じられなかった。伝説を目の当たりにし、あまりの力の大きさに体が動かなかったのは、今からたったの30秒ほど前の事だ。
30秒! 暗夜は全力で走った。走るたびに速度は上がり、限界がこじ開けられ、一歩踏み出すごとに生まれ変わったかのように力は膨れ上がった。それは績も同様に。
先の硬直を除くとしても、物の数秒という短い時間だ。短い。そうだ短いはずだ。そうであるはずなのだ。そうでなければいけない。人に流れる時間は、そうあるべきなのだ。
だが、人ならざる者たちにとっての30秒とは、生死を分けるには十分に過ぎる
自分たちが一歩踏み出すごとに、この怪物たちはどれだけの拳を交え得たのか? どれだけの死線が互いをかすめ、どれだけの殺意で語り合ったというのか?
暗夜はマガツノオロチを見下ろした。初めて目にしたとき、それはまさに天蓋を作る大樹のごとき威容であった。恐ろしく、おぞましく、しかし樹齢数百年を超える大樹を目にした時のような、一種の畏怖すら覚えたものだ。
だが、今目の前でのたうつ哀れな人間の残骸は、その名残すら見せず、ただ傷つけられた卑しい獣にまで落ちぶれていた。
放たれる力は大きく減っており、今や半分以下にまで落ちていた。決して手が届かないと思っていた神話の大蛇は、最早己が死力を尽くせば何とか退治できる程度の現実にまで引きずり降ろされていた。
ごくりと喉を鳴らす。いったいどのような手を使えばこれ程の怪物をこうまで惨たらしく引きずりおろせるというのか?
「アガガ……ガガガガ……ユウ……シャ……」
びくりと一際大きく震えたかと思えば、マガツノオロチは重力を無視して跳ね上がり、暗夜を見た。真黒な瞳は理性というものを一切感じず、それはついに己の意志すら消え失せた正真正銘のけだものに成り下がったことを意味していた。
「ユ、ユユユユユウウウウウシャアアアアア!!!」
「うおっ!?」
マガツノオロチは壊れた機械のようにブルブルと震え、そして唐突に跳び上がり、大顎を開けて暗夜へと喰らい付いてきた! 暗夜は咄嗟に聖剣を掲げて噛みつきを防ぐ!
「ぐっ!? おぉ!?」
「ガガガガガ!」
聖剣にがっちりと噛んだ牙から流れる毒液に触れぬように全身に光を張って、押されぬようにあらん限りの力をもって対抗するが、狂った拍子に肉体の枷が外れたのか。それとも元々これ程の力を有していたのかは分からないが、ともかく尋常ならざる膂力により、暗夜は徐々に後方へと押されてゆく!
「シャアアアア!」
「げえ!?」
必死になって踏ん張っている暗夜の前に、マガツノオロチの頭部の穴から色とりどりの蛇が飛び出し、暗夜に噛みつこうと大顎を開いて迫り来る!
「クソ! 舐めんじゃねぇ!」
暗夜は光を爆発させ、マガツノオロチと蛇もろとも吹き飛ばした!
「「ギャア!?」」
千切れ飛んだ蛇が断末魔を上げて絶命し、零距離で光を喰らったマガツノオロチは血をむせび吐きながら後退った。
「「ジェァアアアアアアアアア!!!」」
その瞬間、宿主の命の危機を感じた蛇たちが一斉に暗夜へと殺到した!
蛇の鉄砲水。いや、それは最早津波にも等しかった。想像を絶する蛇の波が、射線上にある建物を巻き込みながら暗夜ただ一人に向かって突撃を開始した!
「ああああくそがぁ! 来やがれってんだよぉおおおお!!!」
悪夢のような光景を前に暗夜は自暴自棄的に叫び、それを跳ね返すべく内に秘めた光をありったけ聖剣に籠め、思い切り振りかぶった!
太陽と見まがうほどの閃光が走り、次の瞬間蛇の津波が真っ二つに裂けた! 恐るべし勇者の力! これがかつて魔王を屠りし者の底力だというのか!
だがいかに力が半減したとはいえ、この怪物は教団の幹部なのだ。当然この程度では終わらない!
「「ジェァアアアアアアアアア!!!」」
「な、ん、だとぉ!?」
今度は反対方向から、全く同じスケールの蛇の津波が迫ってきた! 息を切らした暗夜は同じように体の内側から光を汲み上げようとしたが、思うように汲み上げられない! 再チャージが必要だ。当然そのような時間は無い。
「やべぇ……!」
暗夜は焦燥に身を焦がしながら、どうにか聖剣に光を集めようと躍起になった。だが、聖剣に溜まる光は泥のように遅い。時間が足りない。暗夜は目を見開く。津波が迫る!
「う、うわぁああああ!?」
悲鳴を上げ、目をつぶって衝撃に備える! しかし、今まさに暗夜を圧し潰そうとかかった津波が、暗夜の後方より来った膨大な光が貫き、全て焼き滅ぼしてしまった。
「な!? は!? え!?」
目を瞑っていても分かるほどの閃光に目を見開いた暗夜は勢いよく後方を振り返った。視線の先、息を荒げた績が前方へ指さした。
暗夜は意図を察した。
やれと言っているのだ。やってしまえと言っているのだ。
「へっ、分かってんだよ。やってやるってんだよ!」
「シャアアアア!!!」
暗夜は績へ頷きかけ、聖剣を握り締め、そして今まさに頭を食い千切ろうと飛び掛かってきたマガツノオロチへ振り向きながらの回転切りと放った!
マガツノオロチは落下のスピードを上げ、聖剣が振り抜かれるよりも早く地面に落ち、その反動で再び跳躍。食らいつきにかかる!
「チィ!」
暗夜は咄嗟にバック転を打ち、噛みつきをかわす! 間髪入れずに績からの支援砲撃!
「シィイイ!」
これを蛇めいた柔軟性を発揮したマガツノオロチは地を這ってかわすと、とぐろを巻く蛇のように身を屈め、怖ろしい勢いで績へと跳躍した!
「なっ!?」
「績!?」
績が反応したころにはマガツノオロチはすでに眼前! 暗夜は咄嗟に光波を飛ばすが、光波が届くよりも、マガツノオロチが績に食らいつく方がわずかに速い。
「ッ──────」
績は光の幕を張ってガードを試みるが、マガツノオロチの牙は幕をあっさりと割り、績の白い肌に牙をつきたてんと迫る!
マガツノオロチの瞳が喜悦に細まる。績は何とかかわそうとした。暗夜は叫んだ。
そして、マガツノオロチの横っ面に流星めいた螺旋回転ドロップキックが突き刺さり、マガツノオロチは悲鳴を上げてまだ残っていたビルへと叩きつけられた。
「「は?」」
2人して素っ頓狂な声を上げ、今しがたマガツノオロチが叩きつけられて倒壊するビルを茫然と見つめた。
「ふむ」
績の真横で、鈴の音のような声がした。反射的に振り向いた。奈落色の瞳が見つめ返した。
「やはり完全に熱中した輩へのインターラプトはいつやっても得も言えぬ快感を生むというものです」
「あ、あなた、怪我は平気なのですか!?」
詰め寄る績に、イミテーションは肩を竦めた。
「そんなことはどうでも良い事です。まずはアレを仕留める事が最優先です。見てください」
イミテーションは指を指した。その先を追うと、下半身が蛇の尾となり、両手が千切れ落ちて墨汁のような闇と血を吹き出し、頭部が完全に蛇と化したマガツノオロチが怖ろしい勢いで這い迫り来ていた。
「キモッ!?」
「力が……暴走している!?」
「その通り。死に瀕した怪物の最後の悪あがきです」
言いながら、イミテーションは績の前に立ち、拳を構えた。
「その怪我で、正気ですか!?」
「正気も正気。それに、このような怪我など、今まで散々してきました。これといって騒ぐほどの事ではありません」
「そんな……」
「おい、来るぞ!」
暗夜の叫びに我に返った績は頬を叩いて意識を切り替え、再び体の中に光を満たし、構えた。
「シャアアアア!!!」
マガツノオロチは両腕の切断面から夥しい数の蛇を生やし、叩きつけにかかる! 蛇たちは瞬時に音の壁を越え、摩擦熱で赤熱しながら勇者たちへと迫る!
しかし、暗夜と績に到達する前にイミテーションが手刀をひらめかせ、蛇を根元から切断した!
「ジェア!?」
「はあ!」
「ブエッ!?」
怯んだ隙に懐に入ったイミテーションが24の打撃をマガツノオロチの胴体に突き立てた! 血を吐いて後退るマガツノオロチへ弧を描いて光弾が炸裂した! 績からの援護射撃だ!
「シャアアア!!!」
怒り狂ったマガツノオロチは績へと溶解液を放とうと大口を開けたが、イミテーションの放った蹴りが強引に口を閉ざし、口内で溶解液が爆発! マガツノオロチは悶絶した!
「おりゃあああああ!!!」
「ギャアッ!?」
間髪入れずに暗夜は煌々と輝く聖剣でマガツノオロチを袈裟懸けに切り裂いた! 黒い病んだ血が飛び散ったが、暗夜にかかる前に光の熱ですべて蒸発した! 強烈な刺激臭が辺りに満ちる!
イミテーションはここを好機と見て身を捻り、瞬間的に脱力、力を爆発させて跳躍! 空中で激しくきりもみ回転し、十分に勢いの乗った瞬間を見計らって信じがたい滞空時間を誇る連続回し蹴りを叩きこんだ!
「ゴババババッ!?」
蹴る蹴る蹴る! 嵐の如き連続蹴りは無限とも思わる程に長く続き、イミテーションが着地する頃にはマガツノオロチの肉体はミキサーでかき混ぜられたかのようにズタズタに切り裂かれていた!
「おらあ!」
「はあ!」
イミテーションを飛び越えた暗夜が高々と掲げた聖剣で何度も切りつけ、績は暗夜を避けつつ光の砲弾を間断なく叩きつけた!
しかしそれだけやってもなおマガツノオロチは倒れなかった。
「これだけやってもまだ倒せねーの!?」
「いい加減倒れて!」
泣き言を言う2人を後方に置き去りにして、イミテーションは駆けた! 人の形を失い、肉体の損傷を補うために膨れ上がり、もはや蛇とすら言えないような物へと変化しつつあるマガツノオロチの胸のど真ん中へ大渦の如きひねりを利かせた両手掌打を叩き込んだ!
どうん、と空気が揺れる音がして、次の瞬間マガツノオロチは口から、傷口から滝の様に血と闇を吐き出した!
悪魔の眼光が赤熱した! その両目に黒炎と白炎が宿る! マガツノオロチは憤怒と憎悪に燃える瞳から石化光線を放った!
光線は過たずイミテーションに当たったかと思われたが、その姿は揺れ、かすみ、消えた。マガツノオロチは訝った。
イミテーションはマガツノオロチのすぐ目の前で残心していた。その姿に気づいた時、マガツノオロチは震えた。48の打撃が一瞬にしてほぼ時間差なく叩きこまれた衝撃によって。
一瞬遅れて衝撃波! ずんっという腹に響く音と共に、マガツノオロチの巨体が空中に浮きあがった!
「今です!」
イミテーションが後方へ振り返って叫んだ! 暗夜と績の準備はすでに整っていた。横に並んだ2人は練り上げられた光を束ね合わせ、裂帛の気合と共に解き放った!
「「うぉおおおおおおおおお!!!」」
光の嵐が吹き荒れた! 嵐は射線上にあった蛇を、瓦礫を悉く消し飛ばしながら、浮き上がったマガツノオロチへと迫る!
「ジャアアアアアアアアア!!!」
覆しようのない死の気配に、マガツノオロチは決死の抵抗を試みる! 頭を仰け反らせて大口を開き、喉を引くつかせた。喉の部分が膨らみ、膨大な毒液をため込んだ!
そしてついに解き放とうと思い切り首を捻って毒液を発射しようとした!
次の瞬間!
「はあっ!!!」
「ガムッ!?」
上空へと跳んでいたイミテーションの放った踵落としがマガツノオロチの脳天をしたたかに打った! 毒液の発射と共に閉じられた口は、その衝撃と毒性の強さに耐え切れずに爆発四散した!
「──────ッ──────ッ」
びくびくと震える体を、光の嵐が飲み込んだ。
マガツノオロチの体は抵抗すら許されずに光に焼かれ、徐々に体を崩壊させ、やがて細胞一片すら残さずに消滅した!
数百年もの間人々を脅かし続けた伝説の魔獣、マガツノオロチはこうして滅びたのだった。