影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
「まあ何というか、ある意味結果オーライって事でいいんすか?」
クッキーをポリポリ食いながら、チワワは口を開いた。
「えぇ、そうなりますね。……実を言うとマガツノオロチと事を構えるのは、もう少し先の話だったんですよ。この段階であの怪物を仕留めきれたのは本当に幸運でした」
「てことは流石にあの糞たれと戦うことになったのは、ボスも想定外だったてことっすね。それを聞いて安心したぜ」
ポメラニアンは息を吐き、どっかりと椅子にふんぞり返った。
巣に戻った俺たちは、シバイヌが用意した茶菓子をつまみながら、だらだらと駄弁っていた。
戦いが終わり、うちの犬たちと主人公パーティーが揃ったところで、さあ話すぞ、といったタイミングで千歳とレトリバーの奴が詰め寄って来て左右から矢継ぎ早に怒鳴り散らてきた。
どうにかなだめすかして改めて話そうとしたら、今度は聖光教の騎士共がわらわらやってきた。
あれやこれやと追及されても面倒だし、あんまうかうかして
で、リビングにガキ共を通し、いつもの長机にかけて話していたらいつの間にか姿を消していたシバイヌが配膳台車に茶と茶菓子を乗せてガラガラ押してきて、説明会は茶会へと様変わりしていた。
いい加減話を進めたい俺は声を張り上げて注意を集めようとしていたのだが、隣に座った千歳があれを取れこれを食わせろと催促が激しく、苛立ちを胸に押し込んで千歳の口に茶菓子を押し込みながら、話す機会をうかがっていた。
「次はあれ、あれ取ってこい」
「はい」
千歳の指さす先にはホイップクリームがたっぷりとかかったチョコレートケーキがあった。こいつは特に人気があるらしく、シバイヌが出した途端にどいつもこいつもが手を伸ばしてかっさらっていった。残るは最後の一切れだ。
俺は言われるがまま手を伸ばした。しかし、すんでの所で俺の右隣に座っていたレトリバーが最後の一つをかすめ取り、千歳に流し目を向け、鼻で笑い、見せつけるようににむしゃむしゃ食った。
「ッ! 貴様!」
千歳はキレた。
「はん! なに? 文句ある? あんたが何を言おうとこういうものは早いもの勝ちでしょ? 人に取らせている分際であんたに何かを言う権利なんてないわ!」
「は! これは私の物だ! だから何をさせたところで何の問題も無い。それより貴様は何だ? さっきから噛みついてきやがって。野良犬風情が人間様に楯突こうなど、烏滸がましいとは思わんか?」
「何よ!?」
「おぉ!?」
途端に始まる罵詈雑言の押し付け合いに、俺は辟易しながらなだめにかかるが。
「なに? 首突っ込んでこないでくれない? それともあれ? 女の子侍らせて気が大きくなっちゃった? やめてほしいんだけど? ほんと最悪……」
「ははっ見てみろイミテーション。野良犬がお前に発情してるぞ! おおいやだいやだ見境が無いったらありゃしない。野良犬と飼い犬同士波長が合うのだろうな。盛り合うのは結構だが、公共の場くらいは弁えて欲しいものだ」
「なによ!」
「やるか!」
「~~~~~~……」
罵り合いに挟まれ、苦悶の表情をする俺を見て、犬たちや暗夜たちがひそひそと声を潜めて言い合っていた。
(成程ぉ~あいつああいう奴かぁ~……)
(何というか、萌さんってもっとサバサバしている物と思っていましたが、ああいう一面もあるんですね……)
(切れてんなぁあいつ)
(と、止めないの?)
(触らぬ神に祟りなしだ!)
(これ美味いぞエミリー)
(シンプルなプリンなのに、何というコクッッッ)
((あぁ、お前たちが羨ましい……俺もそんな風に自由に振舞いたかった……))
好き勝手言いまくるガキ共へ羨望の視線を向け、右に左に罵倒を投げ合うアホ2人の気が済むまでただ只管耐える。ここで切れないのは、偏にかつての自分の積み重ねの結果である。碌でもない過去でも、得たものは確かにあるのだ。
しかし両者の言い合いは止まる気配を見せず、言葉が交わされるごとにますますヒートアップし、遂に両者は机を叩き同時に立ち上がった。
が。
「はいはい。2人とも落ち着こうね~」
「「むんっ」」
配膳台車をえっちらおっちら運んできたシバイヌが千歳とレトリバーの頭に掌を置き、椅子へと押し込んだ。
「はい、これおかわりのケーキ。まだまだあるから、そんな焦らなくても大丈夫だよ」
「子ども扱いするな!」
頭に置いた手を動かして柔らかく撫でるシバイヌへ掴み掛った千歳だが、シバイヌはこれをひょいとかわし、背を向け、爆笑するチワワとポメラニアンの方へと向かって行った。
「~~~~~~!」
ふくれっ面でシバイヌの背を睨みつける千歳に、レトリバーがこれ見よがしに鼻で笑った。
「ッ!」
千歳はレトリバーをあらん限り睨みつけると、俺に向き直り、肩を殴りつけてきた。
ちらりとレトリバーを見る。憮然とした表情で俺を睨みつけていた。
ため息を吐いて首を振り、急かされるままフォークを手に取ってケーキを一口抉り、さも当然とばかりに口を開ける千歳の口の中へフォークを突っ込んだ。
「んっ」
もちゃもちゃと口を動かし、こくりと嚥下すると、再び口を開く。再びケーキを一口抉って口に突っ込む。その繰り返し。
気分は小鳥に餌をやる親鳥のよう。随分じゃじゃ馬な小鳥だが、昔に比べればかわいいものだ。
それにしてもと、俺の皿からカップケーキを奪ってもちゃもちゃ食う千歳を見て、思う。
こうまで気を抜いた千歳を見たのは初めてである。今の千歳は明らかに肩の力が抜けていた。表面上は誰彼構わず噛みついて普段のそれと変わりないように見えるが、俺には分かる。
これは異常事態である。
悪意に晒され、無関心に浸り続けたあの千歳が、悪意も憎悪も無く純粋に楽しみ、もてなしに舌鼓を討ち、良くも悪くも同年代と言い争う姿は、俺に少なくない衝撃を与えた。
「──────」
感無量。とでもいうのだろうか。地獄の様な道を邁進し、目的のために血を流し続け、その果てに、いくつかある目標の内の一つを達成できた。
正直信じられなかった。今までの人生で、喜べるような事など、何一つなかった。悪意と痛みと、苦しみと絶望の果て。虚無の如き空虚感に苛まされながら、ただひたすら解放されることを願っていた。
目の前にぶら下がっていた解放は遠ざけられ、再び下り坂を転がり落とされ、死という名の奈落へと後一歩で叩き落される瀬戸際であった。
目の前で希望が失われる事など、別に珍しい事じゃない。人生はいつだって自分の都合の悪い方向へと転がってゆく。報われる事などありはしない。それが分かっていたからこそ、俺は膝を折らずに未だ藻掻き苦しむ
だからこそ、俺は信じられなかった。自分の行いが実を結び、こうして目の前で繰り広げられているという現実に。
所望されたプリンアラモードを千歳の口の中へ押し込みながら、ふと視線を感じ、その方向へと顔を向ける。
今や会話を行っている者は誰もおらず、全員が何というか、暖かい目、とでも言うような、形容しがたい目で俺たちを見つめていた。
訝る俺に、みみ蔵が口元を指で叩くジェスチャーをした。目を眇め、千歳の餌やりを継続しながら片手を懐に入れ、手鏡を出して顔を写す。
目をしばたいて鏡を見る。
鏡に映る俺の顔は、口の端を上げ、目は細まり、どこからどう見ても微笑んでいるように見えた。見間違いかと思い視線をそらし、再び鏡を見る。今しがた見た表情がそっくりそのままそこにあった。
驚きに目を丸くするとはこのことだ。まさか俺が無意識の内にこんな顔をするなどとは。
肉体を制御し、心を制御し、他人を制御し、展開を制御する事を尊しとする俺の信条として、この無意識の表情の変化はあってはならない事だった。
苦い味が口内に広がる。首を振って表情を戻し、千歳への奉仕を続ける。止めがかかるまで視線はずっと突き刺さり続け、俺は実に居心地が悪い思いをさせられた。
「それにしても、鳳凰院の奴に
と茶を啜りながら暗夜が口を開く。
犬たちはきょとんと互いを見やり、それからぷっと噴き出した。
「あ? なんだよ。何だってんだよ」
ゲラゲラ笑う犬たちに狼狽する暗夜に、俺は助け舟を出してやる事にした。
「残念ながら私は千歳様と血は繋がっていませんよ」
「え?」
「ついでに言えば女でもありません」
「「はあ!?」」
付け加えた一言に、暗夜だけでなく績も軌陸も、何ならエミリーだって驚いて目を丸くした。
「え!? 男!? そのなりで!?」
「はい、そうです」
「どう見ても女性ではありませんか!」
「はい、はいそうです」
「何てことだ! ……はっ!? 何度か異様な雰囲気を纏っていたことがあったが、まさか入れ替わっていたのか!?」
「はい、そうですね」
「つまりは影武者だったと……クールね」
「はい、そうですね」
前のめりで食いついてきた暗夜たちを適当に流し、それからやっと俺は話を進めることができた。
「──────と、以上が我々〝保健所〟の活動方針でございます」
「ふーん……」
語り終え、考え込むように暗夜は視線を虚空に彷徨わせた。
「なんというか、それだけ長い期間教団に身を置いてよく無事でしたね」
「〝無事〟……」
績の言葉に、思わず鼻で笑ってしまった。無事な訳があるか。
「だが、鳳凰院社長はなぜお前を教団に入れたんだ? 言っては悪いが、あの人は金以外眼中に無いだろう? それは私でも知っているぞ」
「それならば理由はございますよ」
「理由、ですか?」
軌陸の当然の疑問に俺は頷き、エミリーが俺の言葉をオウム返しする。
「はい、鳳凰院社長閣下はこの世に蔓延する教団の悪行に心の内で憂いておりました。その時に現れた娘そっくりな赤の他人。その子供は年の割にはずいぶんと物事を考えることができ、閣下は
茶を飲んで喉を潤し、またぞろ口八丁を続ける。
「当然許される事ではございません。
言葉を区切り、おもむろに舌を出して刻まれた鳳凰の印を見せつけた。俺以外の全員が目を見張り、顔をこわばらせた。
「──────というような設定でいきたいのですが、構いませんか?」
俺は茶を啜りながら、しれっと言ってやった。
「あぁ、いいんじゃね?」
声は背後から聞こえた。ぎょっとする全員に、そいつは馴れ馴れしく俺の肩を組みながら、ぬっと顔を出した。
「メディア共も自己犠牲のお涙頂戴話は大好物だ。こりゃあ大盛り上がり間違いなしだぜ。えぇ?」
真っ白なジャージを着た長い白髪の美しい少女が、光の神がにやにやと底意地の悪い笑みを浮かべながらアップルパイを一齧りした。