影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
「なあこいつなんてどうだ?」
「ちと派手すぎね? ボスに合うのはもっとこう」
「素材が良い分何でも似合うから迷っちゃうね」
「うぬぬ、さすがブランドもの。デザインいいなぁ……私も作ってみるかぁ~」
「……」
今の気分を一言で表すのならば、嵐。あるいはミキサーの中の具材。
無言で服を押し付けてくるレトリバーをいなしながら、どうしてこうなったのだろうかと、半ば現実逃避気味に考える。
その日、一仕事を終えた俺はニンゲンドックの小言を流し、トサケンの説教を右から左にして耐え凌ぎ、くたびれ切った体を引きずって巣に戻った。
シャワーを浴び、適当にジャージを引っ張り出したところまでは覚えているが、それ以降の記憶はなく、気が付けば休憩室のベットにもたれかかっていた。
変な体勢で寝たためか節々が痛み、難儀しながら立ち上がり、顔を洗い、誰もいない巣の中を朦朧としながら彷徨い、もたもたと朝食を作ってもそもそ食った。
食いながら、さて今日はどうしたものかと頭を悩ませていた。
というのも、いろいろと計画を練り直した結果、タイミング的に明日から動き出すのがいいという結論に至った。で、その都合上、今日一日ぽっかりと空白が出来てしまったのだ。
この意図せぬ空白に何かしら捻じ込めないか検討したのだが、今日で何かやろうとして、その後の計画にゆがみが生じるのも困るので、渋々何もしない事にした。
そうなると、今度は何をしようか考えるのだが、これが全く何の案も浮かびやしない。
吉田健太郎としてならばいくらでも思い浮かぶのだが、イミテーションという存在としてだと、暇を持て余した際に何をすればいいのかちっとも思い付かないのだ。
俺にとってイミテーションという存在は使い捨ての
楽しみも喜びも必要ない。ただ目標に向かって進む事だけがイミテーションの存在意義だ。そこに暇が入り込む余地は無く、事が済めば弾の切れた拳銃の様にたやすく捨て去るつもりでいた。
だが、続いてしまった。あってはならない先が開けてしまった。この想定外の事態に、俺はイミテーションという存在の再定義を余儀なくされた。
別に娯楽を享受しなくても折れることは無いだろうが、精神的なしんどさというものはどうしたって肉体的なパフォーマンスに影響を及ぼす。
この生活がどれだけ続くのかは分からない。早ければ
そう考えると、どっかしらでガス抜きをしなければ、俺は道の半ばで足を踏み外してしまう事だろう。死神が姿を現すのは、まさにそんな時だ。死神はいつだって、こちらが油断する瞬間を虎視眈々と狙っているのだから。
飯を食い終え、使ったものを洗い、やる事も無いので椅子に座って天井を眺めていると、いつもの如く喧しく言い争いながらチワワ、ポメラニアン、シバイヌ、レトリバー、プードルの奴らが帰ってきた。
俺に気が付いた犬たちがこちらに声をかけてきたので適当に返事を返すと、俺が暇そうにしているのを察したチワワが詰め寄ってきた。勢い付いたら止まらないのが犬というもので、チワワを発端にその他の犬までもが詰め寄り、遂にはポメラニアンが決定的な一言を発した。
「出かけましょう!」
そう言うやレトリバーにあれよあれよとジャージをむしり取られ、シバイヌの私服を着させられ、プードルに髪型を整えられ、チワワに背中を押され、ポメラニアンに手を引かれるままに外へと引っ張り出されるのだった。
俺に誰のものを着せるかの議論はかなりの白熱を見せたが、背丈的に合うのがシバイヌのものしかなく、じゃあ何を着せるのかでまた白熱し、結局シバイヌが選んだ白のオフショルダータイプのワンピースを着せられた。
背丈的には確かにぴったりだが、
俺はそう言ったのだが。
「ダメです!」
とシバイヌに一蹴されてしまった。
確かに外に出てから視線が鬱陶しい。通行人共は事あるごとに俺をチラ見してくる。視線は体のあちこちに突き刺さるが、特に胸元に集中している。
全く、こんな妙なやつを見るとは、連中は見る目が無い。俺なんぞ見てる暇があったら、シバイヌやチワワでも見ていればいいのに。こいつらはうちの犬の中でも特に女性的な魅力に溢れているように思う。あくまで個人の感想だが、他の奴に聞いても同じ感想が出てくると俺は確信する。暗夜も似たようなこと言ってたし。
俺の儚い抵抗も空しく、犬たちに引きずられるまま女性用の服飾店へと放り込まれ、犬たちにされるがままにされた。スカートを渡されれば履き、カーディガンを渡されれば羽織った。
こうなった女は強い。言った所で無駄なのであれば、抵抗なんてはなからしない方が良い。どうせ自分の意見が通ることは無いのなら、無抵抗でされるがままでいるのが生き残るコツだ。
それにしてもレトリバーの圧が強い。普段も強いが今日はいつにも増して強い。さっきから無言でデニムと腹が出るタイプのシャツを押し付けては試着を強要してくるのだ。
この押しの強さは尋常ではない。あまりの迫力に他の犬たちが気圧されるくらいだった。
結局彼女たちはレトリバーの押しに負け、俺は丸眼鏡タイプのサングラスを頭にかけ、紺色のデニムに無地の白いシャツの端を結わって腹をむき出しにした格好で通りを歩かされるという、信じがたい魂の凌辱を受けていた。隣で腕を抱くレトリバーはこの恰好にご満悦だ。心なしか腕を抱く強さが普段よりも強い気がする。
「畜生あの野郎、見せつけやがって」
「だったらあの圧に物申してこい。ウチは嫌だぞめんどくせぇ」
「楽しそうだねぇ~」
「うわっ」
「ふふ……」
今の浮かれポンチなレトリバーには、背後から聞こえる恨み言やドン引きの声も負け犬の遠吠え以下の戯言にしか聞こえないのだろう。そこまで大きくもない胸を押し付けて、これ見よがしにしがみつく度合いを強めてきた。
今のレトリバーを傍から見れば、俺に寄りかかっているようにしか見えないだろう。実際物凄く歩きずらい。さっさと離れて欲しいのが正直な感想だった。
こんなみょうちきりんな団体を、見るなという方が無理な話だ。商店街というだけあって、人通りも激しいこの場で、俺たちは視線を独占していた。
じろじろと、前後左右全方向から視線を感じた。敵意を感じない視線に囲まれるのは初めてだったから、中々新鮮な経験だった。嬉しくもなんともないが。
それにしても、さっきよりもずっと視線の強さが増した気がする。人が多いというものもあるが、それにしたって圧が強い。いや、熱が強い、と言うべきなのだろうか?
時々与えられた美人局の指令の時の野郎ども、または変態趣味の女どもが向けてきた視線に近いものを感じた。あれほど露骨ではないが、近い視線がちらほらあった。辿ってみれば、見た目も雰囲気もまるで同じ奴がいたから、人の欲望がたどり着く境地というものの収斂を感じずにはいられない。
結局どの指令も犬たちの妨害にあい碌に成功できなかったのだが、よくそこで切られなかった物だと、今更にながら思った。
「そろそろ腹減ってきたな。なんか食おーぜ!」
とチワワがこれ幸いとばかりに反対側の腕をとって俺を引っ張り、プードルとの無言の牽制の視線に挟まれて居心地が悪い中、ショッピングモールのフードコートへとやって来た。
その瞬間、物凄い既視感に襲われた。次に脳裏に閃いたのは、ゲームのとあるイベントであった。
所謂キャラエピソードというものの中に、績と軌陸とのデートイベントというものがあった。
このエピソードは選択式で、どっちかを選べば選ばれなかった方が尾行側に回り、嫉妬やら何やらのリアクションが面白かった記憶があった。
見回してみれば、績と暗夜が二人掛けのテーブルに対面で座り、何やら楽しそうに雑談しながら飯を食っていた。で、それから少し離れた場所に、変装した軌陸と、何故かエミリーと千歳が一緒になって嫉妬に狂う軌陸を見て肩を竦めたり、鼻で笑ったりしていた。
こういうのは気付かないでやるのが優しさというものだ。俺の視線を追って察した犬たちも同じことを思ったようで、特に言及も無く席についた。
「ボスとこうして出かけるのも久々だから、良かったですよ!」
牛丼をかっ込みながらチワワが言う。
「ほ~んと、いつ見ても仕事ばかりだから、これで懲りたんじゃないっすかぁ~?」
左隣に座ったポメラニアンが頬を突っついてくる。
「んくっ、そうそう。たまにはこうしてリフレッシュしないとダメですよ?」
対面のシバイヌが通常の3倍サイズのネオバーガー齧った際についたソースをナプキンで拭いながらびしっと指を突きつけた。
「う~ん……」
シバイヌの隣に座るプードルは俺と手元のスケッチを見比べながら唸り声をあげた。
「うふ、うふふ……」
右隣に座ったレトリバーは気持ち悪い笑みを浮かべながら夢見心地だ。さっきからずっとこの調子である。この分じゃ
確かにシバイヌの言う様に、時には心の洗濯をする必要がある。だが、どうせなら同性と過ごしたい。
気の置けない同性の友人は、この世界にはいない。ならば一人の時間が欲しい。一人で、静かに、撮り溜めてあったドラマや映画を鑑賞していたい。切実に、そう願う。
だがまあ。仕事仲間としては確かな信頼がある仲間と過ごす時間は、中々どうして、悪くない。この時間が長く続けばいいのにと、そう思うくらいには。
だがいつだって、人生はうまい具合に回らない。どこかで必ず瑕疵が生まれる。
フードコート付近の入り口が爆発した。驚きに目を白黒させていると、一人の男が回転ジャンプと共に現れた。
「者ども! 早急に爆発四散する名誉を与え遣わす!」
キツネのお面を被った重装備の男が言い放ち、手に持った爆弾を次々放り投げた。
途端にフードコート内が悲鳴と爆音に塗りつぶされた。人々は我先にとキツネお面のキチガイから距離を取ろうと躍起になった。
「グレンキュウビの〝焔部隊〟っすか。空気読めよ、屑が」
ポメラニアンが吐き捨て、立ち上がりながら手首の腕輪に付与された召喚の機能を発動させ、両腕にスコルとハティを嵌めた。それに続き、各々が得物を召喚し、ため息を吐いたり、恨み言を吐いたりしながら立ち上がった。
見れば、わらわら現れた自我破壊兵士や試作型レギオンに飛び掛ってゆく暗夜たちが見えた。
俺もため息を吐き、両腕に闇と光を集中させる。黒炎と白炎が閃き、両腕にフェンリルが装着された。
「では、〝保健所〟も行きましょうか」
「「了解」」
犬たちを引き連れて、闇の者へと向かってゆくのだった。
勿論それで休暇はつぶれ、どつもこいつも不平不満をぶちまけながら今日という日は終了した。