影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
夏と言えば? と聞かれたら、何と答えるだろうか?
暑さであるという奴がいる。鉄板だろう。最近じゃ異常気象のせいで30度越えが当たり前。酷い所じゃ40度を超える地域もあるという。
休みと答える奴もいる。そいつはきっと学生なのだろう。一ヶ月もの休みだ。ごく普通のガキならば面倒な宿題やらなんやらを後回しにして、とにかく遊び惚けるのだろう。俺がそうであったから、それしか知らないというのもあるが。
祭りなんて言う声も上がるだろう。何かしらの大規模なものから、町内会の細々としたものまで。山車引き。神輿。楽しい思い出ばかり。……思い出だけ。この世界でやった記憶はない。
他にも虫、海、山、上げて行けばきりが無いが、俺が夏といえばと聞かれたら、花火と答えるだろう。
理由はない。ただ、どうしてか花火が一番初めに頭に浮かんだ。
それはきっと、これから起きる
「はぁ……」
一仕事終え、ニンゲンドックの所へ寄って治療してもらい、巣へと帰ってきた俺は風呂に入って溜まりに溜まった汚れを洗い流した。熱いシャワーが心地いい。気が抜けすぎて腰が抜けてしまい、危うくすっ転びそうになった。
タオルで水滴を拭き、ドライヤーで無駄に長い髪を無駄に長い時間をかかけて乾かしてゆく。もう偽る必要も無いから髪を切ろうとしたのだが、犬たちにも、何なら暗夜たち一行にも抗議され、千歳が欠片を入れられる前日の時の様に真っ白な顔だったから、業腹はなはだしいが、髪は長いままにしていた。
その時の騒がしさを思い出し、過去の疲れが今の疲労とともにどっと押し寄せてきた。壁に手をつきながら歩き、椅子に座り、しばらく立ち上がれなかった。
体を起こしているのすら辛く、テーブルに突っ伏して、過去を思う。
丸々一週間、碌な休憩も無いままマガツノオロチの爬虫類部隊の残党を日本中を虱潰しに駆けずり回っていた。
聖光教はあの日の決戦で爬虫類部隊のほとんどを討伐、ないし捕獲する事に成功したが、一部の予備戦力が逃げおおせ、日本のあちこちに潜伏しているという情報が隠密部隊より齎された。
爬虫類部隊は隠密に長けたアサシンの寄り合いで、俺の聖域たる実家に害を及ぼす可能性が極めて高く、殲滅は早急に行わねばならなかった。
幸い数はそこまで多くなく、あのゴスペルの野郎まで討伐には乗り気だったから、殲滅はそれほど長くはかからなかった。
南国の沖縄から、北の北海道まで。よくもまああの短期間でそこまで逃げおおせたと。ほとほと感心する。とはいえ、聖光教の手は長い。というか全国どこにでもいるので、情報が上がればすぐさま俺、ないし近くの戦力が派遣され、巧妙に隠れていた爬虫類共は一網打尽にされた。
「ムォオ! 儂を殺しても無駄だぞ! すでに狐共は動き出しておるわ!」
俺が最後に対処したヤモリの闇の者は最後にそんな捨て台詞を残して絶命した。
狐、と言われたら思い起こされるのは、つい最近ショッピングモールを襲ったグレンキュウビの焔部隊であろう。
つまりグレンキュウビが動き出したという事で、教団がマガツノオロチの穴埋めが済んだという証左でもある。
また忙しくなるな。そう考えると体が鉛にでもなったかのような重さを感じた。視界が暗転する。暗黒が俺の意識を完全に支配した。
だが次の瞬間すぐそばで気配を感じ、跳ね起き、その気配を飛び越して背後に立ち、膝蹴りで膝をつかせ、伸ばしていた腕の肩に手刀を落とし、もう片方の腕で首を締め上げた。
「ぐえっ!?」
情けない悲鳴が気配の主から洩れ、そこで初めてそれが暗夜だという事に気が付き、慌てて開放する。
「あぁ、申し訳ない」
「ごほっ……全くだぜ……げほっ」
咳き込む暗夜に手を貸して立たせ、椅子に座らせる。
「すみません。つい」
「それも訓練の反射ってやつか?」
喉を摩りながら暗夜が聞いてきたので、俺は頷いてやった。
「難儀だな」
と、暗夜は言った。全くもってその通りである。返す言葉も無いとはこのことだ。そんな事を思ったのがいけなかったのか。暗夜がとんでもない事を言いだした。
「それじゃ、今日の組手は止めといた方が良いな」
「そういう訳にもいきません」
暗夜がバカな事を言いだしたので俺は立ち上がったのだが、途端にかくんと膝が力を失い、無様に地面に手をついた。
「オイオイ無茶すんなって。休みに入ったんだから今日やらなくたって明日で良いだろ?」
「休み……」
俺を引っ張ってソファーに寝かせる暗夜が口走った事に目をしばたき、それから合点がいき、頷いた。
神代学園は数日前に夏休みに入っていた。
こっから碌でもない事件バンバン起こる。つまり
物語はこの辺りから後半戦。折り返しは過ぎ、本格的な幹部戦が始まる、はずだった。
何の因果か知らんが。どういう幸運が重なったのか知らないが。主人公パーティたちはすでに覚醒しており、暗夜なんかこの次のchapter8で覚醒するはずの〝闇〟までもを物にしつつある。
言われてみれば、確かに少しくらいならばサボってもいいのではないかと思えてくる。
「いや、ダメでしょう」
良い訳がない。ただでさえ俺というイレギュラーが介入し何が起こるか分からないのだ。力はつけておくに越したことは無い。仮に不測の事態が起きようとも、力があれば対処できる可能性が上がるのだ。
そう訴えても、暗夜の奴は碌に聞く耳を持たず、どうにかして俺をソファーに拘束しようと躍起になった。しまいには他の犬たちが合流し、あろうことか暗夜が俺の事をばらしやがった。
そうなればもう止まらない。ポメラニアンが流れるように抱き着き右腕を拘束し、次いでチワワが左腕にしがみついて拘束し、最後にシバイヌが覆いかぶさり、腕を首に回し、かにばさみで両足をがっちりと挟み込んだ。
そして暗夜が気合で犬たちごと俺を持ち上げ、仮眠室のベットに放り込んだ。
「これで逃げ場はありませんね!」
チワワが力強く腕を抱きながら言った。
「年貢の納め時っすね。大人しく休みましょう」
ポメラニアンが耳に唇を寄せ、囁くような小声で言った。耳がぞわぞわする。止める様に言ったが、ポメラニアンは聞く耳を持たず、息を吹きかけてきては悪戯っぽくくすくすと笑った。
「じ~……」
先程からシバイヌは一言も喋らず、互いの鼻がつくほどに顔を近づけ、飽きもせずに俺の顔を覗き込んでいた。シバイヌの整った顔がすぐ間近にある。これで誤って口が触れたとしても、彼女は嫌がりもせずに受け入れるだろう。よくもまあこんな奴を受け入れるものだと感心する。
何が楽しいのやら。犬どもは実に上機嫌だ。はた迷惑この上ない。こんな事をしている暇は無いのだ。抜け出そうと藻掻いたが、犬たちは絶対に離さないとばかりに全力で抗った。
暑い。むさい。香水臭い。次第に疲れがピークに達し、俺の体は電池の切れた玩具みたいにピクリとも動かなくなった。
これ幸いとばかりに犬は更に密着の度合いを強め、犬たちに見守られる中、俺は意識を失った。
次に目が覚めたのは、血相を変えたトサケンが部屋に飛び込み、焔部隊の一小隊が街で暴れているという報告がされた時であった。