影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『三本槍襲来』②

「急だぜ急。急に来て「そこになおれ! お前が軌陸に相応しい男か見極めてやる!」だもん。ビックリしたぜ」

 

 

 〝巣〟にて、茶菓子をつまみながら、暗夜はくたびれ切ったように脱力していた。

 

 

「うちの姉達がすまんな……」

 

 

 暗夜の隣に座る軌陸が羞恥によって頬を染めながらしょぼくれていた。

 

 

「まあ狼狽える暗夜が見れたので私は良かったですけどね」

 

 

 績は悪戯っぽい笑みを浮かべながら茶を飲んだ。

 

 

「お前なぁ他人事だと思って好き勝手言いやがって」

「そんなおもしれーこと起きてたのな。あたしも見たかったなー」

 

 

 と、チワワ。

 

 

「いやぁどうだろう。姉さんたちあまり〝保健所〟(お前達)の事を良く思ってなさそうだったからなぁ」

 

 

 軌陸は難しそうな顔をチワワに向けながら口を開く。

 

 

「三本槍っつったらゴスペルのシンパで有名だからな。まず間違いなく睨まれるだろうぜ」

 

 

 おかきをポリポリ食いながら、ポメラニアンが渋面を作る。

 

 

「え? それじゃもしかして私も睨まれちゃう?」

「そうだろうねぇ~。何だか残念だなぁ~」

 

 

 顔を青ざめるプードルに対し、おかわりの甘味を持ってきたシバイヌがのんきに言った。

 

 

「そんな!」

「お前らのボスと会ったら殺し合いが始まるんじゃねーの?」

 

 

 某絵画の如く両頬を押さえて絶望するプードルに対し、暗夜がにやにやといじわるそうな笑みを浮かべながら突っついた。

 

 

「お前よぉ他人事だからって好き勝手言いやがって」

「お返しだぜー!」

「言ったのあたしらじゃねーだろ!」

 

 

 暗夜の茶化しに、チワワが眉を吊り上げて怒鳴りつける。場がしばしのあいだ沈黙に包まれたが、次の瞬間全員がどっと笑いこけた。

 

 

「無い無い! いくら姉さんたちだってそこまでやらんよ!」

 

 

 軌陸は腹を抱えて笑いながら否定した。

 

 

「そりゃそうだ! 何てったってシンパの元(ゴスペル)だって信仰元(光の神)の命令守ってんだ! その下が命令破りなんかするもんか!」

 

 

 チワワは隣のプードルの首を締め上げながら(ぐえっ)ケラケラ笑った。

 

 

「もー変なこと言わないでよ~!」

 

 

 くすくすと口元を押さえて上品に笑いながら、シバイヌは暗夜の肩を軽く小突いた。

 

 

 〝巣〟の中で、笑い声が満ちる。楽しいお茶会は、まだまだ始まったばっかりである。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「はあっ!」

 

 

 まず初めに攻撃を仕掛けたのは鶴からであった。飛び掛かり、翼を羽ばたかせて音速の壁を突破し、ソニックブームをまき散らしながら光の槍で刺突を放つ。

 

 

 決断的な刺突は迷いなく真っすぐに突き出されており、対象が鼓動を一つ打つよりも早くその胸を穿ち抜くであろう。

 

 

 使命を頑なに信じる鶴の冷たい眼光の奥には、燃えるような信念の炎が燃えていた。燃える炎は邪悪を決して許さない。

 

 

(このまま滅ぼしてくれる!)

 

 

 鶴の胸中は信仰によってもたらされる高揚で熱く滾っていた。それに呼応して、体の輪郭が薄っすらと輝きを帯びていた。

 

 

「……」

 

 

 それに対峙する悪魔の表情は、ぞっとするほどの無表情であった。表情筋はいかなる喜怒哀楽が削ぎ落とされており、口元は真一文字に閉ざされていた。瞳はガラス玉の如く何の感情も宿しておらず、胸中は怒りを通り越して最早凪である。

 

 

 イミテーションは向かい来る凄まじい一撃を前に身動ぎ一つしなかった。ただ漠然と天使の刺突を眺めていた。

 

 

(当たる!)

 

 

 確信に満ちた天使の歓喜。彼女の脳裏には敬愛する神聖騎士、ゴスペルの姿があった。それを前に跪く自分と2人の妹。

 

 

(よくやった)

 

 

 不器用だが、確かな優しさを秘めた誉め言葉。

 

 

 歓喜だ。自分たちの如き尖兵が、神の代弁者たる福音(ゴスペル)にお褒めの言葉を賜るなど! 僭越の極み! だが何たる名誉な事であろうか! 

 

 

(あぁ! 神聖偉大なるゴスペル様! 我ら三本槍、一番槍の鶴! 悪魔を打ち倒しました! どうか慈悲深く巌の如き荘厳なお声で我らに祝福を!)

 

 

 鶴は熱に浮かされた様に瞳を潤ませた。

 

 

 潤んだ瞳。対象の姿が歪む。天使は打ち抜かれた。

 

 

「え?」

 

 

 呆けた声を出したのは雉か。それとも隣の白鳥か。鶴の姿が不意に消失した。その一瞬遅れて空気が爆ぜる音がした。悪魔は右腕を突き出していた。

 

 

「──────」

 

 

 次に鶴が気が付いたのは、どこか知らぬ無人のビルの一部屋である。

 

 

(え? あれ? 私は……どうしてここに?)

 

 

 鶴は目をしばたいた。脳裏の茶番はすでに失せていた。

 

 

(おのれ悪魔め! 何か妖しい術でも使ったに違いない!)

 

 

 彼女は己に起きた出来事を正しく理解できなかった。それ故に、あの悪魔が何か卑怯な手を使ったと決めつけ、激しく憤った。

 

 

 鶴は立とうとした。

 

 

(何だ!? 体が動かない!?)

 

 

 ピクリとも動かない体に、ここで初めて鶴は狼狽えた。しかし、どれだけ念じようとも指一本動かせはしなかった。

 

 

(くそ、何だ!? 私は何をされた!?)

 

 

 次第に胸中に焦りが湧き始めた。激しくなる鼓動に、全身がかっと熱くなる。汗が額を垂れ、顎を伝って落ちた。

 

 

(思い出せ! まだそれほど時間は経っていないはずだ! 私は一体、どのような術を掛けられたというのか!)

 

 

 鶴は目を閉じ、こうなる前の出来事を懸命に思い出そうとした。

 

 

 極限の緊張下、脳内に尋常ならざるアドレナリンが湧きだし、彼女の思考速度を極限までブーストさせた。そうすると、朧げながらも過去の情景がリフレインされた。

 

 

 光の槍が悪魔の胴体に、その心臓のど真ん中に突き立てられるほんの0.00000000001秒以下の刹那に、完全に脱力しきった悪魔の拳は爆発的な加速で天使の意識を振り切り、その顔面に強烈なストレートパンチを叩き込んだ。

 

 

 避ける間などありはしない。相手に向かうという事は、相手にとって引き寄せられる事と同義である。そこに合わせて打撃を撃ち込めば、相手と自分の力をそっくりそのまま相手に叩きつけられるのである。

 

 

 そして叩きつけられる瞬間、悪魔の拳に黒炎が宿った。〝光〟と〝闇〟、相反する属性の反発、そして雷鳴の拳の威力。それが合わさった時の威力は、果たしていか程になろうか? 

 

 

(──────馬鹿な……そんな馬鹿な事が!?)

 

 

 鶴は目を見開いた。そこではじめて、彼女は自分が頭部鎧(ヘルム)をしていない事に気が付いた。左頬が焼け付くように熱いことにも同様に。

 

 

(打たれた!? 私が!?)

 

 

 軌陸に似た整った顔立ちは、今は困惑と驚愕、そして湧きあがる畏れに激しく動揺していた。

 

 

(そんな馬鹿な! あれしきの出力しか持たない黒い者にすら劣る低級な存在が光の者である私を―――痛っ!?)

 

 

 思考は熱を帯びた頬が発した凄まじい痛みに塗り替えられた。

 

 

(~~~~~~ッ!?)

 

 

 未だかつてない痛みだった。彼女を撃ち抜いたのは怪し気な術でも、ましてや超常的な〝闇〟による邪法でもなく、清々しいほどシンプルな暴力であった。

 

 

 拳を叩き込んだ瞬間、刹那すら追いつけないような一瞬、天使と悪魔の瞳は交差した。

 

 

 そこには憧れへの思いも、信仰への真摯さも、邪悪を許せない正義感も何一つなく、徹底的なまでに無駄が削ぎ落とされた暴力の気配だけがあった。

 

 

 無感情で、無表情で、冷たく、温度の無い、大量生産された拳銃から撃ち出された9㎜(ホローポイント)弾の如く無慈悲な鉄槌であった。

 

 

(──────)

 

 

 鶴の頭の中は真っ白になった。あまりにも理解できない不条理を前に、ただ震えた。だが恐るべき鉄槌のダメージは己の体を掻き抱く事すら許しはしない。まるで手を出してはいけない物に手を出してしまった愚か者に対する罰の如く。

 

 

「ふむ、まだ意識がありますか。無駄に頑丈なのは白も黒も変わりませんね」

「ッ!?」

 

 

 いつの間にか目の前に居た悪魔が、しゃがみ込んで鶴の顔を覗き込みながら無感情に呟いた。

 

 

「──────」

 

 

 鶴は何か発しようとした。しかし、声帯は凍り付いたかのように動かない。ただ陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクと無意味に開閉するだけである。

 

 

「……その様ならば、しばらくは動けないでしょう。面倒臭い事この上ないので、しばらく動かないでくださいね」

「~~~~~~!!!」

 

 

 屈辱であった。敵を前に動けない事も。何も言い返せない事にも。三本槍の中で一番の使い手である己に何の関心も持たれなかったことにも。

 

 

 だが、彼女にはもうその権利は無い。勝敗はすでに決していた。それが何よりも屈辱であった。技を見せる間もなく全てが終わってしまうなんて! 

 

 

「見つけたぞ! 姉さんに何をした!」

 

 

 と、ここで周囲を飛び回っていた白鳥が悪魔の姿を捕捉し、躊躇なく廃ビルに空いた穴から飛び込んできた。

 

 

「あぁ!? ダメ! 戻って!」

 

 

 遅れて飛び込んできた雉の制止を振り切り、白鳥が光の槍を手にして悪魔の無防備な背中に槍を突き立てんと迫った。

 

 

「死ね! 悪──────」

「あぁ!?」

 

 

 鶴の時と同様に、白鳥の姿が不意に消失した。悪魔は裏拳を放っていた。その拳に、ほんの一瞬だけ黒炎が閃いたのを、鶴は今度こそはっきりとその視界に収めた。

 

 

「偶然じゃ……無い……」

「こ、このっ!」

 

 

 呆然と呟く鶴を前に、雉が果敢に槍で悪魔を斬り裂きに突貫する。しかし、閉所で自慢の機動力を生かす事が出来ず、その上動揺で本来の技量を発揮できぬ雉の攻撃を、悪魔はたやすくさばいた。

 

 

 頭を狙う斬撃を弾き、胴を狙った素早い連続斬撃を手を添えて払い、破れかぶれの刺突を円を描くように腕を回して外へと逸らす。

 

 

 体勢を崩す雉の腹に掌打。

 

 

「かふっ―――」

 

 

 腹を抑えて後退る雉の足を踏みつけて固定すると、悪魔は情け容赦ないボディブローを叩き込んだ。

 

 

「あぐっ!」

 

 

 両肩にモンゴリアンチョップ。

 

 

「うっ!?」

 

 

 強烈な衝撃に肩の力が抜け、腹部を守る事すらできなくなった雉になおもボディブローを叩き込み続ける。

 

 

「や、やめろー!」

 

 

 鶴の懇願もどこ吹く風。悪魔は徹底的に無慈悲に胴を殴りつけ続けた。

 

 

「ゴホッ!」

 

 

 熟練の鍛冶師が彼女に合わせて作り出した『天の鎧』が、悪魔の一打ごとにべっこりと歪んでゆく。

 

 

「こ、このっ」

 

 

 苦し紛れの雉の拳を手を添えて最小限の動作で逸らすと、悪魔は肘打ちを叩き込んだ。

 

 

「あ、あぁ……」

 

 

 サンドバックの様に連続フックを顔面に受ける雉を茫然と見つめながら、鶴は掠れた声を発した。

 

 

(何だこれは……何かの間違いだ……こんな事が……あっていいはずが無い……)

 

 

 雉の頭部鎧(ヘルム)が吹き飛び、父譲りの亜栗色の髪を血でべっとりと濡らした雉の苦痛に歪んだ顔が露となった。

 

 

雉花(ちか)っ!」

 

 

 鶴の悲痛な叫びは、悪魔の情け容赦ないハンマーパンチが雉の顔面を撃ち抜き、地面に叩きつけた音にかき消された。

 

 

 悪魔は残心した。

 

 

 音は最早ない。動く者は悪魔と、震えるだけの鶴だけである。倒れ伏した雉はピクリとも動かない。

 

 

 やがて、悪魔は両腕に黒炎と白炎をひらめかせてガントレットを消し去り、彼女たちに一瞥をくれることなく壁に空いた穴へと向かってゆく。

 

 

「ま、待て! ふざけるな! こ、殺せ! 殺せぇー!」

 

 

 最後の意地か。それとも羞恥のためか。鶴は悪魔の背に向かって叫んだが、悪魔は何の反応も見せず、躊躇なく身を投げた。

 

 

「ちくしょう……ちくしょぉ……」

 

 

 残された鶴はむせび泣き、縮こまった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()使()()すらこなす事が出来ず、そのうえ一切関心を持たれずに捨て置かれたことに、彼女の心は耐えきれなかった。

 

 

 彼女はすすり泣いた。泣いて、泣き果て、やがて、全てを投げ出すように気を失った。

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