影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『悪魔の契約』

「そうか、負けたか」

「……はっ! 申し訳ございません!」

 

 

 上級騎士のみが足を踏み入れる事が出来る特別な訓練室の中で、ゴスペルは目の前で膝を付き、深々と頭を下げる3人の女を見下ろし、無感情に呟いた。

 

 

 3人の女、千鶴、雉花、鵠は鎧を身に着けておらず、その下の黒いボディースーツのみの出で立ちである。耐衝耐斬に優れた新素材を用いたこのボディスーツは見かけ以上に耐久力があり、裏で表で様々なエージェント御用達の一品であった。

 

 

 ボディラインに沿って張りつく生地は彼女たちの引き締まった体を強調したが、今は艶めかしさよりも痛々しさが勝っていた。

 

 

 首元から覗く包帯。顔のあちこちについた湿布の裏には未だ消えない青痣が刻み込まれていた。

 

 

 常人ならば動く事すらできないような有様であったが、腐っても彼女たちは光の者だ。すでに肉体の傷は修復しつつあった。しかし、心に刻みつけられた深い傷は塞がる気配を見せず、未だじゅくじゅくと痛み、鮮血を滴らせていた。

 

 

 万全とは言い難い体で、それでも千鶴たちはゴスペルの招集に応じた。彼女たちにとって神の代弁者たるゴスペルの(めい)は、己の(いのち)よりもずっと重い。

 

 

 だからこそ、ゴスペルの期待に応えられなかった自らの力の至らなさを深く恥じていた。

 

 

 罰せられるのだろうか? それもまた良し。罰を与えるという事は、未だ期待しているという事の証左でもある。

 

 

(だからどうか私たちに罰を。愚かで至らぬ我ら咎人へ、どうか慈悲深き罰を……!)

 

 

 しかし彼女たちの懇願も空しく、仮面より覗くゴスペルの視線は冷ややかであった。

 

 

 あの悪魔は曲がりなりにも幹部相手に生き延びた猛者だ。この程度の光の浸食度合いの技の至らぬ未熟者ごときで殺せるなどとは、ゴスペルは微塵も思ってはいない。

 

 

 彼女達を悪魔へとあてがったのはその腕前の確認と、あわよくば彼女たちを傷つけた動かぬ証拠を突きつけ、合法的に自らの手で処刑する理由を作るためであった。

 

 

 確かに殺せればいいとは思ってはいたが、そんなものは砂漠の中から宝石を見つけるが如き朧げな希望にすぎず、ゴスペルにとって彼女たちは小回りの利く駒の一つでしかなかった。

 

 

「そうか、下がって良いぞ」

「そ、そんな!?」

 

 

 顔を上げた鵠の顔は絶望に染まっていた。ゴスペルはすでに彼女たちの事を見てすらいなかった。

 

 

「お、お待ちを! どうか! どうかもう一度!」

「鵠ちゃん!? ダメ!」

 

 

 縋りつこうとした鵠を雉花が後ろから抱き留めた。

 

 

「……ッ」

 

 

 千鶴は深々と首を垂れ、奥歯が砕けんばかりに噛みしめる事で倒れ込んでしまいそうな絶望に辛うじて耐えた。

 

 

 やがて千鶴は立ち上がり、腰を45度傾けて頭を下げた。ゴスペルは野良犬を払うように手を振った。

 

 

「~~~~~~……」

 

 

 今にも泣きだしそうなほどに顔をしわくちゃにした千鶴はぐっとこらえ、雉花と鵠に立つように言った。

 

 

「そんな! まだ! まだ私たちはまだ何も!」

「……うん?」

 

 

 未練がましくゴスペルに挽回を願おうとした鵠へ雉花が制しようとした矢先、ゴスペルが訝るように声を発し、3人の方を見て、一つ。

 

 

「何だ。まだいたのか。早く行くが良い。貴殿たちとて暇ではなかろう」

「「──────」」

 

 

 驚くほど平坦な声。圧倒的なまでの無関心。彼女たちの心はそれでぽっきりと折れた。

 

 

 呆然とゴスペルを見つめ、ふらつく互いの体を肩を貸しあって辛うじて支え合うと、今度こそ背を向け、ふらふらとした足取りで出て行こうとした。

 

 

 そんな時だった。

 

 

「良いじゃないですか。挽回の機会くらいあげても」

「「ッ!?」」

 

 

 軽やかに鳴り響く鈴の音の様な声が、無音の訓練室に響き、波紋を広げ、冷たい空気が侵食した。

 

 

 千鶴たちは弾かれたように振り返る。忘れるものか、あの涼やかで無慈悲な、奈落の底から吹く風の如き誘惑の声を。

 

 

 ゴスペルは肩に触れる手を掴もうとしたが、彼が掴むよりも早く手は離され、彼の腕は空しくも空を切った。

 

 

「き! さ! ま! は!」

「どうも」

 

 

 手刀の形で振り抜き、眉間を貫く直前で止めたゴスペルは目を剥いて叫んだ。悪魔は平然と笑いかけた。

 

 

「何故っ! 貴様がここにいる!!!」

「なぜ? はて?」

 

 

 悪魔はわざとらしく小首をかしげた。

 

 

「何故も何も、ここは上級騎士用のトレーニング施設ですよね? なら私が使用したところで、何の問題も無いでしょう?」

「ッッッ!!! 貴様など騎士ではない!!!」

 

 

 絶叫するゴスペルから尋常ならざる殺意と〝光〟が放射された。殺意は〝光〟と交じり合い、超自然の風となって周囲に吹き荒れた。

 

 

「うぅ……ッ!」

「きゃあ!?」

「くっ!」

 

 

 三本槍たちは互いに支え合ってこれにどうにか耐え凌ぐ。耐え凌ぎながら、彼女たちの脳裏に満ちるのは、何故の嵐。

 

 

「そんなに(カッカ)らないでください。小鳥たちが怯えてますよ」

「~~~~~~ッッッ!」

 

 

 ぎりぎりと歯をきしらせながら、ゴスペルはゆっくりと手を下ろした。同時に放射されていた超自然の風が収まり、千鶴たちは滝のような汗を垂らしながらへたり込んだ。

 

 

「何しに来た?」

 

 

 ゴスペルの声はエコーがかっていた。全方位に放射されていた殺意は、今や目の前の悪魔だけに注がれていた。凄まじい密度の殺意に周囲の地面に亀裂が入り始めた。

 

 

「いえいえ。大した用ではございません。ただ、貴方に頼みごとをしに来たのです」

 

 

 それでもなお悪魔は平然としていた。ゴスペルは訝った。

 

 

「頼み? 貴様の頼みを私が聞くとでも?」

「ふふっ」

 

 

 額が付かんばかりに顔を近づけたゴスペルが、そのまま視線だけで殺さんばかりに睨みつけるが、悪魔は曖昧に微笑むだけだ。怯えなど微塵もない。

 

 

 ゴスペルは苛立ちを隠しもせず、獣の如く唸り、先を促した。凄まじい緊張が空間に満ちる。3本槍たちは固唾を飲んで成り行きを見守る事しかできない。

 

 

「申しあげたとおり、大したようでは無いのです」

「ならばさっさと話したらどうだ? 聞き入れはせんがな」

「手駒を探しているのです」

「……」

 

 

 悪魔は続けた。

 

 

「知っての通り我々〝保健所〟は小規模な組織です。それ故に小回りは効きますが手数が足りません。そんな折、大規模な組織とコネクションを築く事が出来た。良い機会です。使える手駒をこの際増やそうかな、と」

「貴様……まさか」

 

 

 察しのついたゴスペルは反射的に殴り掛ろうとして、止めた。悪魔は微笑んだ。

 

 

「そこの小鳥たち、貸してくれません?」

「「ッ!?」」

 

 

 三本槍たちは予想外の事に目を見開いて悪魔を見た。

 

 

「……何故、あれらを望む」

「言ったでしょう? 手駒が足りていないのです」

「下らん。あれらは曲がりなりにも光の者だ。あんな未熟者とて戦力の足しにはなる。当然却下だ。聞く価値も無い」

「本当にそうでしょうか?」

 

 

 悪魔は目を細めた。

 

 

「何だと?」

 

 

 苛立つゴスペルの目と鼻の先に指を突きつけた。

 

 

「〝奴は悪魔だ。あんなものが最愛の妹の近くにいるのを、お前たちは許せるのか〟」

「「──────」」

 

 

 使徒たちは凍り付いた。

 

 

「〝あの者はあろうことか我らが神に付け込み、死を免れた大罪人である。我らは誑かされた神に変わり、あれを滅ぼさねばならない。真の忠義を持つ者は、時として神の意向に沿わない事もやらなければならない〟でしたっけ? なるほど、なかなか良い言葉です」

「「……」」

 

 

 絶句である。最早空間は完全に掌握された。悪魔は続ける。歌うように。

 

 

「別に私は構いません。怒ってもいません。貴方ならばそうするという確信がありましたからね。えぇ」

 

 

 ですがと、言葉をいったん切り、悪魔は神の従僕の顔を覗き込んだ。

 

 

「この知らせを聞いたら、光の神は、何と言うでしょうね?」

「~~~~~~こ、このっ!」

 

 

 ゴスペルの体が怒りと屈辱に震えた。悪魔は口の端をわずかに上げた。それはこの場に来て、はじめて見せた心からの笑みであった。

 

 

「それでは、契約書にサインを」

「──────」

 

 

 懐から差し出された一枚の書類と、ペン。ゴスペルから力の放射が消えた。怒りを通り越し、最早心は凪いでいた。ゴスペルは淡々と書類にサインした。

 

 

「契約は成立です。お疲れさまでした」

「……そうか」

 

 

 それだけ言うと、ゴスペルは踵を返し、部屋を出た。

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

 全く状況を把握できていない三本槍へ、悪魔は顔を向けた。

 

 

「「ひっ……」」

 

 

 びくりと体を震わせる。あの時味わった恐怖が思い起こされ、彼女たちは動く事が出来ない。

 

 

「それでは、これからよろしく頼みますね」

「「──────」」

 

 

 いつの間にか目の前に居た悪魔がしゃがみ込み、両手で頬を挟み込み、顔を近づけ、奈落色の瞳で千鶴を凝視しした。

 

 

 悪魔は微笑んだ。彼女たちは気を失った。

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