影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『インターラプト』②

「何故、貴方がここに?」

「抜かせ小僧」

 

 

 ずかずかと踏み込んでくる鳳凰院社長に、俺は背筋が冷たくなる思いであった。主に千歳の機嫌の急降下を恐れてだが。

 

 

 目を向けると、案の定千歳の顔がここ最近見せなかった人形染みた無表情と化していた。このザマでは思い描いていた父子の和解など夢のまた夢。どころか余計拗れそうな気配を感じた。

 

 

「視察の事を知ってるのはまだいい。だが聞き捨てならん事を抜かしていたな。教団がこの街を破壊するとはどういうことだ?」

 

 

 目の前に立った鳳凰院社長は俺を見下ろしながら睨みつけてきた。その瞳から読み取れる感情は怒り、憎悪それから……執着? 

 

 

 ていうかしまった。先へ先へと考えている内に、社長に襲撃の事を伝えるのを忘れていた。

 

 

 ただでさえ社長の精神状態は良くないというのに、寝耳に水で襲撃の事を不意打ち気味に知ってしまったのなら、どれほどの精神負荷がかかるか分かったもんじゃない。下手すれば爆発して、余計な手間が増える恐れすらある。

 

 

 そして伝えたのが俺というのも良くない。どうも社長は娘である千歳何かよりも俺の方を恐れているようなのだ。

 

 

 おかしな話である。社長は人とのつながりを恐れており、しかし心の内では人とのつながりを強烈に欲している。特に血を分けた千歳に対しての怖れと期待は尋常ではない。

 

 

 千歳の方も繋がりが増えてから父への憎悪も多少は鳴りを潜めたが、それでもふとした拍子に垣間見せる暗い感情は健在だ。しかし、最近では憎悪と同じくらい憐みの感情も出始めているので、今後の動向には注意していいこうと思った。

 

 

 対して俺は特に血のつながりも無ければ腹心というほど重宝されている訳でも無い。愛情も友情も無いし、家族としての情など以ての外だ。ビジネスパートナーですらない。影武者を演じる必要のなくなった俺と社長の繋がりなんて、今や千歳を通した薄く曖昧な繋がりでしかない。

 

 

 一応スポンサーとして金を出してもらってはいるが、別に彼からの出資が無くたって運用には支障はない。そのように自分で出資者(奴隷)を得てきたのだ。彼の気まぐれが終わればそれまで。金の切れ目が縁の切れ目。俺と社長の繋がりなんてそんなものだ。

 

 

 一応千歳と社長が和解できるように工作したりするが、互いが和解を望まぬというのならば、それならそれで構わない。余計な手間が減って寧ろ万々歳である。

 

 

「申し訳ございません閣下。何分多忙の身でして、報告が遅れてしまっやことは深く―――」

 

 

 言い切る前に胸元を掴まれ、捩じり上げられた。前もあったなこんなの。そいつもこの臆病者(メンヘラ)と負けず劣らずの情緒不安定だったが。

 

 

 視界の端で凄惨な表情をしたポメラニアンがすかさず懐に手を突っ込んだが、隣に座るチワワが肩に手を置き、彼女を制していた。ポメラニアンは血走った目でチワワを睨んだが、息を吐き、懐から手を離すと、立ち上がりかけた体を沈め、姿勢を戻した。

 

 

「何故すぐに報告しなかった?」

「ですから多忙によ」

「何故! すぐに! 報告せなんだか!」

 

 

 額が付かんばかりに顔を近づけ、喉が嗄れんばかりの大音声。うるさい。つばが飛ぶ。汚い。てかうざい。

 

 

「影武者の任から解放されて満足かこの悪魔めが!」

「閣下」

「私を祭り上げて裏でこそこそと謀か!? 何を企んでいる!? あぁ良い応えなくてもよ。どうせワシを陥れる算段でも立てているのだろう!? 図星か!? そうなんだろう!?」

「……」

 

 

 うるせー知らねーどうでもいい。ていうか何で俺は出張先で部下の目の前で上司に怒鳴られる様を見られなくちゃいけないんだ? ただでさえ俺にカリスマ性なんて無いんだから弱みを見せられないというのに、お構いなしに好き勝手やりやがってこのメンヘラが! 

 

 

 これでこいつらが調子こいて俺に何かしてこようものなら、その対処に更に無駄な時間を使わせられるだろ! ふざけんじゃねぇ! 時間がないっつってんだろ無駄な時間を使わせるな俺の邪魔をするな俺にかまけている暇があったら娘と怒鳴り合えこのコンちきのぽんちきの玉無し野郎! 

 

 

「―――その辺にしたらどうですかお父様」

 

 

 怒鳴れば怒鳴る程際限なくヒートアップしていく社長の眼は、今や危険な熱を帯び始めていた。千歳が横合いから話しかけて注意が逸れなければ、恐らく俺の首に手をかけていたに違いない。

 

 

「ッ!?」

 

 

 思ってもみなかった方向から飛んできた思ってもみなかった声に、熱に浮かされていた社長の瞳に理性が戻り、声のした方向へ恐怖におびえ切った視線を向けた。

 

 

「見ていられませんね。そんなに()()が怖ろしいですか?」

「お、お前……お前……」

 

 

 鳳凰院社長を見つめる千歳の表情は相変わらず無表情だが、その瞳は明確に物を語っていた。

 

 

 〝哀れな人〟

 

 

「お、お前は……お前は! 父に何という! ワシに意見するというのか!?」

「普通の親と子の関係性ならばむしろ積極的に意見し合うと言います。光や長谷川などがそう言っていました。であるのならば、私があなたに物を申したとして、それは決して逸脱した事ではないはずです。違いますか?」

「は、え、な、何を言って……」

 

 

 先程までの怒りや憎悪はどこへやら。相応院社長は明確に狼狽え、蒼褪め、怯えていた。

 

 

「言った所で今のあなたに通じない事は分っていました。娘と言われてその慌てよう。分かっていました。私の事を娘とすら思っていなかったという事は」

「はっ……はっ……」

 

 

 表情を一切変えずに淡々と言い放つ千歳は、怯え、冷汗に塗れた鳳凰院社長とはまるで対照的だった。

 

 

「やはり恐ろしいですか? 人を理解する事は?」

「うっ……」

 

 

 千歳は一歩近づく。鳳凰院社長は後退った。

 

 

「認めたくありませんか? 娘の成長を」

 

 

 近づく。後退る。

 

 

「許せませんか? 自分よりも先に繋がりを知った娘を」

「ッ!? ~~~~~~もういい!!!」

 

 

 静かに近寄ってくる千歳に、我慢の限界を迎えたのか、鳳凰院社長は声を張り上げた。まるで怯える自分を少しでも大きく見せようとするかのように。精一杯。必死になって。そうしなければ己の全てが消えてしまうとでもいうかの様に。

 

 

「貴様がワシの事を蔑ろにしているという事はようく分かった! もう知るか! 好きにすればよい!」

 

 

 千歳から目を逸らし、精一杯俺の睨みつけると、背を向け、逃げるような速足で出て行ってしまった。

 

 

「はあ……」

 

 

 鳳凰院社長が出て行った先を見つめながら、千歳は頭を振るい、ゆっくりとその場に腰を下ろした。

 

 

 俺は近寄り、その肩に手を置いた。

 

 

「触るな……」

 

 

 そう言っていつものように拒絶の言葉を吐く千歳だが、いつもより覇気が無く、払いのける力も弱弱しい。

 

 

「なんつうかあれっすね」

 

 

 とポメラニアンが言った。

 

 

「はじめは何だこの野郎って撃ち殺してやろうかと思ったっすけど。こんなの見ちまったら怒る気も湧かねえや」

「だな」

 

 

 ポメラニアンとチワワは互いに見やり、肩を竦めていた。

 

 

「大丈夫?」

「うるさい構うな触るな離せ」

 

 

 シバイヌはゆっくりと千歳へと近寄り、躊躇も躊躇いも無くぎゅっと抱きしめた。千歳はもぞもぞと暴れたが、シバイヌは決してその手を放しはしなかった。

 

 

「他人の家庭の問題に口出しできるほどいい親じゃねえけどよ。ありゃあ流石にどうかと思うぜ。親がガキより子供でどうすんだ」

「俺は医者を自称しちゃいるが、あれを直すのはどんな医者だって無理だぜ」

 

 

 トサケンは苦言を呈し、ニンゲンドックは鼻を鳴らした。

 

 

 三本槍に至ってはあまりにも唐突かつ激しく行われた家庭問題に目をしばたき、俺と千歳を交互に見て絶句していた。

 

 

 俺だってそうしたい。明日からひどく疲れる仕事をしなくちゃいけないというのに、どうして始まる前からこんなにも疲れないといけないのか。

 

 

 教団をグレンキュウビが出張ってこないように細心の注意をもって、その上迅速に殺戮して回らないといけないのに。その上で鳳凰院家両名のご機嫌取りまでしなければいけないとか。

 

 

 俺が何をしたっていうんだ? ちょっと娘けしかけたり父との和解の道を囁いたり唆したり不安を煽ったりしただけじゃないか。何が悪いっていうんだまったく。

 

 

 そのあと軌道修正をするのに多大な時間を有し、俺の睡眠時間が減ったのは言うまでもない。

 

 

 くそったれめ(ファックオフ)世の中はままならない事ばかり(サノバビッチ)だ。

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