影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『chapter8 京都ネオン街炎上』

『現時刻をもって掃討戦は終了する! 繰り返す! 掃討戦は終了する! 総員直ちに帰還せよ! 救護班急げ! お客さんが来るぞ!』

「一先ずは終了か」

 

 

 騎士団共よりしつこく繰り返される通信を聞きながら、俺は一軒の甘味処で茶を飲んでいた。

 

 

 人影まばらな店内はがらんとしており、離れた席の食器が当たる音が聞こえるくらい静かであった。

 

 

 若者向けかつ大衆向けな下品な音楽は遠く、この中だけが本当に京都の静謐さを保っているようにも感じる。……ただ単に目に付きづらい立地故に人が入ってこないだけかもしれないが。

 

 

 鬱陶しい喧騒を気にせず甘みに没頭できる分、むしろこの方が良いのかもしれない。

 

 

『よし、お前らもいったん引き上げろ!』

『終わりだ終わり。俺はお先にひと風呂浴びてくらぁ』

『あー疲れた……あたしも今日は何もやる気がしねーぜ』

『撤退撤退。後はボスからお呼びがかかるまで待機だな』

『私もお風呂入りたーい!』

『コード・クレイン、これにて撤収する』

『コード・フェザント、周囲に負傷者が多いので手を貸しまーす!』

『コード・スワン、拠点に到着。治療を頼む。凄く痛い!』

 

 

 下品な音楽は遠いが、喧しくせわしない声がひっきりなしに聞こえるから、まあとんとんといったところ。

 

 

 作戦は概ね計画通りに終了した。残った26の拠点にカチコミをかけてグレンキュウビの居場所を絞り込み、位置の把握は大体済んだ。配下の焔部隊が仕掛けた爆弾の解除も90%以上終了したらしい。

 

 

 で、グレンキュウビの潜伏場所にと思わしき場所にゴスペルが大勢の光の者を率いてカチコミをかけたのだが、中はもぬけの殻。拠点中枢にはキツネ型の肉塊がちょこんと座っており、ゴスペルを視認するや飛び掛かってきたそうだ。

 

 

 爆破の寸前にゴスペルが抑え込まなければ、今頃ネオン街の数区画が消滅していた事だろう。

 

 

 やられたというべきか、追い詰めたというべきか。少なくとも奴は未だこの街のどこかに潜伏し、機会をうかがっているっていうのが騎士団の見解である。犬と鳥たちもそれで納得している。

 

 

 俺も当然そう考えている、というか知っている。ゲームでの知識が役に立つ数少ない瞬間である。

 

 

 物思いに耽っているそんな時、スマホが一件のメッセージを受信した。

 

 

「──────」

 

 

 俺は周囲に聞き耳を立てている奴がいないか探知の異能と自分の感覚器官で探り、誰の目も無いことを確信するや、スマホを確認する。

 

 

 送り主の名はビーハイブ。件名は大当たり。

 

 

 メッセージを開き、内容を確認する。そこにはネオン街の地図が表示されており、町の郊外にある『焔狐(ほむらきつね)神社』という小さな神社に赤いマーカーが付けられていた。

 

 

「……」

 

 

 確認を終えるとスマホの電源を落とし、そのまま握り潰し、破壊の異能で完全に消滅させた。丁度その時店員がやって来て、頼んでいた甘味をせかせかと配膳してゆく。

 

 

 去り行く店員を目尻に、俺は甘味に手を付けた。

 

 

 口の中にあんこの重厚な味わいが広がる。幸せの味だ。これが数刻後には全て吹き飛ぶと思うと、残念でならない。

 

 

 嚥下しながら、そんな事を思った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 時刻は20時を回ったところ。夏のネオン街はこの時間からが本番である。

 

 

 着飾った若者たちが通りを練り歩き、店前に立つ売り子たちがこぞって観光客たちに詰め寄り、耳障りの良い謳い文句で引き込もうと必死だった。

 

 

 ギラギラと輝くネオンは闇夜を切り裂き、俯瞰して見ればここだけ真昼間の如く輝いている事だろう。

 

 

 それよりやや後方に位置する小山の上。焔狐(ほむらきつね)神社の朽ちかけた鳥居の上で、一人の怪人が不愉快そうにそれを見下ろしていた。

 

 

「あいも変わらず喧しく下品に輝くものですなあ、あの街は。しかしそれこそ花火の火種にするに相応しい」

 

 

 白く、神経質そうな印象を与えるひょろ長い顔は熱に浮かされた様に高揚していた。あまり強い印象を与えない顔立ちだが、それとは想像もできない野獣の如き生命力に満ちていた。

 

 

「いよいよだ! すべて燃やしてやるぞ! 鳳凰院敏明殿! 君が病的なまでに求める金をつぎ込んで作り上げられたドグマの園を! 瓦礫の山へと変えてあげようではないか! 楽しいぞ! すっごく!」

 

 

 見てくれは怪しい恰好をした只人の如き姿のグレンキュウビだが、放たれる力の重さ、〝闇〟の濃さは人間のそれではありえない。彼は正真正銘の化け物なのであった。

 

 

「そうは思わんかね?」

「……御意」

 

 

 グレンキュウビは横を向いて呼び掛けた。同じ様に鳥居の上に立ち、不夜城の如きネオン街を見下ろしながら、闇の者が同意した。

 

 

「そうか」

 

 

 そういうと、グレンキュウビは何の脈絡もなく闇の者の頭を掴み、ぐいと宙ずりにした。信じがたい膂力である。

 

 

「ガッ!? な、なに、を゛っ!?」

 

 

 問おうとした闇の者の肌が波打ち、ボゴボゴと泡立った。グレンキュウビは笑った。

 

 

「うん、景気付けの花火さ。君は黙って私の言う通りにしていなさい」

 

 

 グレンキュウビは和やかに言った。闇の者は最早言葉すら発せられぬほどに膨れ上がっていた。

 

 

「お゛っ゛お゛ぉ゛!?」

「おっ、おっ、くるか!?」

 

 

 肥大化した闇の者の筋肉がめきめきと裂け、血が噴き出した。血は地面に触れるやぱんぱんと焦げ臭い煙を吐きながら炸裂した。

 

 

「お゛っ゛ア゛!!!」

「よし!」

 

 

 グレンキュウビは振りかぶり、思い切り闇の者を上空へと放った。

 

 

 手から離れた瞬間、肉体が膨れ上がる速度は跳ね上がり、臨界点を迎えた瞬間、目も眩むような閃光と共に爆発四散した。

 

 

 ごぉおおおお、とすさまじい衝撃波が放たれ、木々を揺らし、幾本かは耐えきれずに半ばでへし折れた。

 

 

「はーっはっはっは! 良いねぇ! 最高だねぇ!」

 

 

 上空で爆ぜた闇の者へ、グレンキュウビは手を叩いて喝采した。

 

 

 

「よしよし。活力がみなぎってきたぞ! やはり弾け飛ぶ人間を見るとたまらなく素敵な気分になって来る!」

 

 

 グレンキュウビは上機嫌に笑いこけた。

 

 

 忌々しい聖光教の騎士共も、その尖兵たるゴスペルも、恥知らずな裏切り者のイミテーションとそれが率いる〝保健所〟も出し抜いて見せた。

 

 

 この地に来ている勇者は己の存在すら知らない体たらく! そこに付きまとっている裏切り者の千歳も同様だ。

 

 

 〝爆弾〟越しに見た光の者たちの()()()()()()()()()()()()ときたら! 何たる滑稽! 何たる喜劇! 

 

 

「そうとも! 人生とは鮮烈に弾ける花火の様なもの! 一瞬一瞬を生き、そして儚く消える! 後に残るのは焦げ臭い黒煙のみ! そしてそれすらも風に吹かれて消えてゆく! 諸行無常! はーっはっはっは!」

 

 

 笑う、嗤う。怪物はわらう。我を忘れて。完全に己の勝利を疑っていないようだった。

 

 

 彼は思いもしなかっただろう。その瞬間を虎視眈々と狙っていた者がいるなど。本来はあり得ない存在が、不可視の悪魔が今まさに飛び掛ってきているなど! 

 

 

「はっはははは──────ッッ!?」

 

 

 咄嗟だった。反応が間に合ったとか気配が察知できたとか。そういう次元ではない。

 

 

 〝そうしなければ死ぬ〟と、思考が察するよりもなお奥深く。原初より刻み込まれた本能が、強引にグレンキュウビの肉体を動かしたのだ! 

 

 

 〝闇〟に侵された脳髄が、久しく忘れていた根源的な死への恐怖によって膨大な量のアドレナリンを分泌。世界が殆どその動きを止めた。

 

 

()()

 

 

 グレンキュウビは見た。静止した時の中をゆっくりとだが、しかし確実に動く白炎と黒炎の軌跡を。

 

 

 本来はあり得ない存在がそこにはあった。二つの炎は渦を巻いていた。互いに巻き付くように、しかし決して交じり合わぬように、怖ろしく精密な制御の元、二重螺旋染みて巻き付いていた。

 

 

 巻き付いているもの。黒く黒く、そしてぞっとするほど冷たい光を放つ鋼鉄の手甲(ガントレット)

 

 

『グルグルグル……』

 

 

 グレンキュウビは確かに聞いた。それは狼が敵を威嚇する際に発する嘲笑にも似た唸り声だった。

 

 

 ガントレットに包まれた腕の先端。手は手刀の形をしていた。ゆっくりと、重力による落下が強められ、加速によりありえない程に速度が高められ、探知により完璧な軌道を描いて死が迫り来る。

 

 

 グレンキュウビは動こうとする。しかしピクリとも動かない。それはもはや動いた先。静止する前に動いた体は、これ以上の反応を許さなかった。

 

 

 手刀が肩に触れた。本来ならば触れた瞬間彼が構成しているものが一斉に爆発して攻撃者諸共消し飛ばしていたというのに。この襲撃の主はそれすらも振り切ってみせた。怪物は瞠目した。

 

 

 手刀が肩にめり込み、そしてその瞬間手刀に紫色の不穏なエネルギーが灯った。皮膚を、筋肉を、血管を、それらを構成している分子、原子の結合が破壊され、極端にもろくなったグレンキュウビの肩を手刀が、切断した! 

 

 

 時間間隔が元に戻った! 

 

 

「ガァアアアアアアアア!?」

 

 

 グレンキュウビは絶叫した。それすら塗りつぶす轟音が、一瞬遅れて空気を割いた! どうん、と全てを吹き飛ばすかのような強烈な衝撃波が吹き荒れた! 周囲の木々がバキバキと音をたてて圧し折れてゆく! 

 

 

 グレンキュウビは苦痛の悲鳴を上げながらバランスを崩して鳥居から落下! それに続いて黒ずんだ血を零しながら切断された左腕が後を追う! 

 

 

「グッ……ガァ……カアッ!!!」

 

 

 苦痛を噛み殺し、どうにか空中でバランスを整えたグレンキュウビは膝を付いて着地した。その横に、左腕がべしゃりと音をたてて落ちた。

 

 

「しまッ──────」

 

 

 グレンキュウビが反応した矢先、左腕が盛大に爆発した! 

 

 

「グワーッ!?」

 

 

 鳥居が砕け散り、グレンキュウビは吹き飛んだ! 

 

 

 まさか自分の肉体にこうも痛めつけられようとは。グレンキュウビとて思ってもみなかっただろう。

 

 

 爆破によるダメージは大してないものの、衝撃波によって吹き飛ばされた彼は頭から神社へと突っ込んでいった。

 

 

 バキバキと音をたてて、グレンキュウビはかび臭い本堂にめり込んだ。

 

 

 沈黙が、辺りを包み込んだ。

 

 

 今の音に反応するものは()()()()()。全て片付けた。残っているのはあの怪物のみ。しかし。

 

 

((あれだけやってなお殺せんか!))

 

 

 グレンキュウビへと不意打ちを仕掛けた者、イミテーションは顔を顰めて歯がゆんだ。

 

 

 徹底的なまでに己の存在を殺し、徹底的なまでに脱力し、踏み込み、限りなく光に近い速度で仕掛けた究極の奇襲は、しかし寸前で察せられ、本来は頭から股下まで切断する腹積もりが、たかだか左腕を切断する程度にしかならなかった。

 

 

((あんなもの、グレンキュウビからすれば怪我の内にも入らん!))

 

 

 イミテーションは息を荒げ、限りなく光に近づいた反動からの回復に専念していた。

 

 

 だが。

 

 

「ッ!」

 

 

 残骸と化した本堂から眩い閃光が走り、次の瞬間紅が爆ぜた。破片は飛んでこない。すべて蒸発したからだ。

 

 

 もうもうとあげる煙と、蜃気楼すらできる程の熱量に、周囲の気温は一気に上昇した。しかし、イミテーションの肌を流れる汗は、決して気温から流れるものではなかった。

 

 

()()()()()()! 

 

 

 体が小刻みに震えていた。

 

 

「……ッ」

 

 

 腕を握り潰さんばかりに強くつかむ。気を確かにもて。戦いは始まってすらいないのだ! 

 

 

 やがて、黒煙と陽炎に揺らめく空気の向こう側から、それは現れた。

 

 

「あ、あぁ……アァアアアアアア……」

 

 

 〝闇〟と〝爆破エネルギー〟が混ざり合った九本の〝尾〟を揺らめかせ、白い肌は今や冷え固まったマグマの如く黒く、しかし流れるマグマのようにボコボコと泡立っていた。

 

 

「あ、あがっ……」

 

 

 ぶしゅ、ぶしゅと黒ずんだ血が噴き出る左肩を押さえ、グレンキュウビは呻いた。

 

 

「流石にダメージを負った体では〝完全態〟に一足飛びに変身は出来ませんか」

 

 

 イミテーションは冷や汗をぬぐい取りながら、独り言ちる。

 

 

 とはいえ、それが状況的に良いかどうかと問われれば、そもそも奇襲が失敗した時点で敗北の様なものだ。状況は最悪といえる。

 

 

 どこまで食らいつけるか。そんなものはやってみなければ分からない。ただ、まるで勝てる気がしない事だけは理解していた。

 

 

「い、イミテーション……イミテェエエエエエエエエエショォオオオオオオオオオンンンンンンンンンン!!!」

「ッ!」

 

 

 怒り狂った妖狐は宿敵を完全抹殺するために周囲を焼き爆ぜ飛ばしながら、爆発的に踏み込んだ。イミテーションも同様に踏み込む! 

 

 

 人知を超えた怪物同士の戦いの火ぶたが切って落とされた!

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