影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『ディープ・イン・ザ・アビス』②

 裏路地を彷徨っていると、時々妙なものを発見する。

 

 

 チワワ、ポメラニアン、シバイヌを発見した時と同じように、その出会いもまた、偶然だった。

 

 

 犬たちとの訓練を終え、俺は一人裏路地をさすらっていた。特に意味は無い。強いて言うなら一人で考え事をしていたかったからというのがある。

 

 

 昼間であるにも拘らず薄暗い裏路地は、表の通りとはまるで別世界の空間だ。光差さぬ暗闇から覗く瞳は飢えた獣のように血走り、隙を晒せばたちまち猟犬の如く群がってくるだろう。

 

 

 そういった視線にさらされ続けると、まるで深海の中を進む潜水艇のような気分になってくる。潜水艇から放たれる光に入るや、魚共はたちまち散っていった。目視でも、ソナーにも映る反応はどれもこれも似たり寄ったりで、財宝の気配は今のところない。

 

 

 いつもと変わらない風景。いつもと変わらない空気。世はなべて事も無し、か。ここはある意味平穏だ。ずっと昔から負け犬どもが巣くい、ずっと昔から互いを蹴落とし合い、食い合い、罵り合っている。

 

 

 晴れの日も、雨の日も、歴史に残るような事件があった日も。この分じゃ数年後の本編開始後でもきっと変わりないんだろうな。

 

 

 変わらない事、変わってしまう事。

 

 

 変わらなければならない事、変わってはいけない事。

 

 

 俺は千歳の事を思う。彼女はこの数年で随分変わってしまった。

 

 

 初めて会った時の無邪気さは鳴りを潜め、魔王の力の残滓に引っ張られるように性格が暴力的になってきている。

 

 

 加えて日に日に増す父からの圧力。どんどん近づいてくる『約束の日』。まったく関心を持たない使用人たち。彼女のストレスはたまる一方で、ままならない人生に対するやり場のない怒りを抱えている。

 

 

 心が黒く染まってきている。それに伴って、彼女の言動や態度が、俺の知っている彼女にどんどん近づいてる。

 

 

 それでも千歳が爆発していないのは、俺が彼女のストレスを全て受けているからだ。

 

 

 俺には千歳の人生の軌道修正をする義務がある。とはいったものの、俺にできる事といったらストレスを緩和してやる事しかできず、もっぱら彼女に殴られたり蹴られたり破壊波動を受けて人形めいて吹っ飛ばされたりしている。

 

 

 体を張った甲斐があってか、設定資料集にあったような使用人皆殺し事件の様な大事は今のところ起きていない。

 

 

「あーあ……」

 

 

 ため息を吐き、天を仰ぐ。

 

 

 ままならない物である。生き方も、行動も、やりたいことも、やりたくない事も。何から何まで、巡り合わせが悪い。

 

 

 投げ出せたら、どれだけ楽なのだろうか。

 

 

 倒れた自販機に腰を掛けながら、俺はとっくりと考えてみた。

 

 

 考えてみた。父を母を、愚かな弟と馬鹿な妹を、千歳を、死の運命を。平穏という名の砂上の楼閣を。

 

 

 足元を、まるまると肥えた鼠が通り過ぎた。目で追うと、しゃっと黒い影が横切り、キーキーと金切り声を上げる鼠を咥えた黒猫がこちらを一瞥し、やがて去った。

 

 

 俺は首を振った。

 

 

 人生はうんざりする出来事ばかりだが、結局それはそれだけの事だった。

 

 

 なべて事も無し。はじめから自分というものに期待なんかしていないし、人生はいつだって自分の都合の悪いように流れているのだから。

 

 

「嫌になるよな」

 

 

『俺』も『お前』も。

 

 

 ふと横を見ると、薄汚れた世界に似つかわしくない小奇麗な店が目についた。

 

 

 何とはなしに近寄り、掲げられた看板からどういう店か読み取ろうとした。

 

 

『小柳服飾店』

 

 

 知らない名、いやどこか脳の片隅に引っかかるものを覚えた。これはチワワ達を見た時と同じ感覚であった。つまりこの店も俺の知っている誰かしらに通じるものという事だ。

 

 

 意を決し、俺は店へと入ってみる事にした。

 

 

 カランカランと音をたてて、扉は軽快に開いた。

 

 

 狭い店内はやはり裏路地に相応しくない程小奇麗に整頓されていた。ところどころに置いてある見本のマネキンには様々な種類の服が着せられており、つけられている値札を見れば変な笑いが出てくるのであった。

 

 

「あぁ? 誰だ? 残念だが今はやって──―」

 

 

 奥から声が聞こえ、そちらに目をやると気難しそうな爺さんが頭を掻きながら店の奥から現れ、俺の顔を見るなり目を見開いて硬直した。

 

 

「どうも」

「あ、あぁ、うん……ドーモ……」

 

 

 俺が声をかけても、爺さんはどこか上の空で曖昧な返事しか返してこなかった。

 

 

 俺はもう一度声をかけようとしたが、蹴破られた扉の轟音がそれを止めた。

 

 

 俺と爺さんは反射的にそちらに目をやった。みすぼらしい身なりの野良犬が3匹そこに立っていて、手にはバット、鉄パイプ、錆びたハサミを見せつけるように高々と掲げ、そしてお決まりの文句を口にした。

 

 

「死にたくなけりゃあ金を出せ!」

 

 

 決まったとばかりに得意満面の顔から、ドヤっ! という擬音が聞こえて来そうであった。

 

 

 俺は取り合わずに踏み込み、手始めに一番前に出ていた野良犬の腹にボディブローをねじ込んだ。

 

 

「オブッ!?」

 

 

 目を剥いてひっくり返る野良犬を目で追う他の犬に、俺は追撃をかます。

 

 

「びゃっ!?」

 

 

 右に立っていた野良犬に右フックを打ち込み。

 

 

「ひでぶっ!?」

 

 

 左に立っていた野良犬には掌打を打ち込んだ。

 

 

 犬は胸を押さえて一歩下がり、よろめき、そして仰向けに倒れた。

 

 

 どさり。

 

 

 横たわる3つの体。

 

 

 残心。動く気配なし。

 

 

「ふぅ―……」

 

 

 息を吐き、構えを解いた。

 

 

 ぴくぴくと痙攣して失神する野良犬を持ち歩いていたワイヤーで縛り付けると、俺は店の前に蹴り転がした。そして後ろ手でドアを閉め、呆気に取られて口をぽかんと開け放しにしている爺さんに、表情を苦笑いに変えて改めて謝罪の言葉を口にした。

 

 

「どうもすみません。お見苦しいものを見せてしまいましたね」

「──―お前、イヤ、あんたいったい何もんだい?」

「私は」

「おじーちゃん! 今の音なに!?」

 

 

 再び俺の言葉は遮られた。若干苛つきながらそちらを見やると、ずり落ちた瓶底メガネをかけた千歳と同い年くらいの少女が息を切らせて爺さんに詰め寄っていた。

 

 

 彼女を目にするや、今度は俺が目を丸くする番であった。

 

 

『小柳みみ子』。彼女はゲーム本編で登場するサブキャラである。

 

 

 彼女が初めて出てくるのはサブイベントの一つで、例に漏れず黒い者に襲われているところを暗夜たちが助けたところから彼らと関りを持ち始める。

 

 

 彼女は所謂防具の強化要因だ。防具と言っても服だが、彼女の異能『付与』によってただの布の服であっても鎧並みの強度を得る事が可能となっている。

 

 

 その関係上サブキャラながらかなりの頻度で顔を合わせる準レギュラーみたいな扱いを公式からされていた。

 

 

 本編でも大活躍の彼女だが、本格的に役に立つのはゲームクリア後、別ゲーでいうなら『重ね着』で更に酷使しまくるのだが、それはまた別の話。

 

 

 こんな所で彼女と縁を持てるとは何たる僥倖! 俺は早速彼女にすり寄るべく声をかけた。

 

 

「あの」

「だから言ってんだろ! 客が来たから対応してたんだよ!」

「嘘だ! だっておじーちゃん『もう店畳む』って言ってたじゃん!」

「嘘じゃねーって! オラ見ろ! そこに立ってるだろーが!」

「ふーんだ! 絶対嘘だもん! 嘘に決まって……うそ──―」

 

 

 ギャーギャー喚きながらこっちに振り向き、(推定)みみ子は爺さんと同じように固まり、目を見開いた。

 

 

 血は濃いな。俺は思った。

 

 

「あ、な、ななななー!!??」

 

 

 こっちを指さしながらブルブル震えたかと思えば、みみ子はやおら頭を下げた。

 

 

「わァー申し訳ございません! この小柳みみ子がとんだご無礼をおおおおお!!!」

「だから言ってんじゃねぇかこのボケ!」

「だってー!」

 

 

 またぞろ互いに罵り合い、わーぎゃー言い合って際限なくヒートアップする両者に、俺はとりあえず口を挟まず落ち着くまで待つことにした。

 

 

「すまねえ、見苦しいもん見せたな」

 

 

 数分後、落ち着きを取り戻した爺さんがみみ子の頭を押さえつけながら謝罪してきた。

 

 

「そんな、謝らないでください。店が開いていないにもかかわらず勝手に入った私が悪いのです」

 

 

 俺はそう返したが、爺さんは首を振った。

 

 

「そういう訳にはいかねぇ。あんたにはチンピラから店を守ってくれた恩がある。作ってやりてえと思える奴がいねぇから店を畳もうと思っとったが、あんたなら、作ってやってもいい」

 

 

 爺さんからそれまでの浮ついた雰囲気が消え、キリッと引き締まった空気が放たれた。鋭い眼光は『時の重み』とでも言うべき力が宿っており、俺は無意識の内に生唾を飲んでいた。

 

 

「私は──―」

 

 

 この手の輩に隠し事は無意味。故に、俺は全てをさらけ出すことにした。

 

 

 流石に吉田健太郎個人の事は伏せるが、イミテーションという名、俺の表向きの役割、そしてこれから成そうとする事を彼らに言って聞かせた。

 

 

「なるほどな……くくく、よもや最後の最後にこんなどでかい山が転がり込んで来るとはなァ~! 人生何が起こるか分からんもんだ!」

「え? う、受けるのおじーちゃん!?」

 

 

 爺さんは額に手を当て、仰け反りながら呵々と笑った。みみ子は顔を青ざめ、祖父の決定に正気を疑うような顔を向けた。

 

 

 みみ子の判断は正しい。普通ならこんな仕事を受けるなど狂気の沙汰だ。しかし、彼女の祖父はどうやらあまりまともではないらしい。

 

 

「いいぜ! あんたのために最高の一着を仕立ててやるぜ!」

「そうですか、助かります」

 

 

 爺さんは力強いサムズアップで答え、みみ子の首根っこを掴むや、意気揚々と奥へと引っ込んでいった。

 

 

「これから忙しくなるぞ! まずはテメェの修行だ! 期間はあと数年しかねぇ! その短い期間でお前を使いモンにせにゃ──―」

「わーんホントにやらなきゃいけないのー!?」

「──―!」

「──―!?」

 

 

 言い合う声は遠くなり、やがて完全に聞こえなくなると、俺は踵を返し、店を出た。

 

 

 本当に今日の出会いは僥倖だった。

 

 

 縛られた野良犬から物資を奪っていた野良犬がこちらに顔を向ける。

 

 

 見つめ返す。犬は慌てて暗がりへと逃げ去って行った。

 

 

 家路につき、何事も無かったかのように表通りへと出る。空はすでに陽が沈みかけており、昼と夜が入り混じった茜色と闇色の空は、怖気が走るほどに美しかった。

 

 

 光と闇の入り混じった空模様は、これから自分が歩む人生を暗喩していると思えてならない。

 

 

 闇は徐々にその勢力を増し、やがては空一面を覆いつくすだろう。

 

 

 俺もそうなるのだろうか? 

 

 

 未来の事は分らないが、明日がどうなるのかは分かる。

 

 

 明日は千歳の10歳の誕生日。

 

 

 真の地獄が始まる日。闇がより一層濃さを増す日。

 

 

 俺と千歳の世界が終わってしまう日。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()、歩を進める。

 

 

 夜闇は一層濃さを増した。その中を、一人歩き進む。地獄へ向かって。より暗い深淵へと。

 

 

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