影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『日陰者ブルース』②

 風呂から上がった俺は動かない足に鞭を打って壁に手を付きながらも何とかリビングまでたどり着いたものの、その半ばでダウン。どうにか這い進んでソファーに上がり、腰を沈めて一息ついた。

 

 

 途端に襲いかかってきたのは、圧倒的なまでの虚脱感。抗わずに身を委ね、体から力を抜いて脱力する。

 

 

 体が動かないと、次に動き出すのは思考である。ようやく落ち着いて物事を考えられるようになると、次第に苛立ちがふつふつと沸き立ち、棚上げされていた問題の行列に目がいくようになる。

 

 

 確かに俺は心配かけた。実際相当に危ない橋を渡った訳だからな。それに怒るのは分る。償いをさせようとすることも理解できる。

 

 

 だからって療養中の人間に仕掛けに行くか? それ相応の事をした訳だから俺に何か文句を言う資格など無いことは百も承知だが、肉体的な制裁はもう少し体力が戻ってからにして欲しかった。

 

 

 体力が戻りさえすればメイド仕込みの技の数々を披露できたというのに。

 

 

 あくまで心配をかけたという罪に対する罰なのだから、俺が彼女に奉仕するというのが筋ではないか? 先ほどの行為を思い返してみても、もっぱら彼女にばかり動き、俺など寝たきりの老人のようにされるがままである。

 

 

 これじゃあどっちが奉仕しているのか分かったものじゃない。挙句の果てには自分一人で満足して寝ちまいやがったし。起きたらまた襲われるし。

 

 

 全く、療養中の人間に何という仕打ちだ。ここまでされる謂れは無い。

 

 

 しばらくの間リビングのソファーの上でボーっとしていると、寝室の方から音が聞こえた。

 

 

 どうやら遂に怪物()が目を覚ましたらしい。

 

 

 戦々恐々しながら徐々に近づいてくる足音に震え、ドアが開かれたら反射的に縮こまった。

 

 

「……」

 

 

 怪物は素っ裸であった。表情はどこか上の空に見える。現実と非現実の区別がつかず、困惑しているようにも見えた。

 

 

 ふらふらとした足取りでリビングを横切り、バスルームへと向かっていく。ソーファーの上で、出来る限り身を低くして目に入らないようにする。今の俺はどうか見つかりませんようにと、祈る事しかできない。

 

 

 が、その途中で怪物の動きがぴたりと止まった。怪物は唐突に首を巡らせてこちらへと顔を向けた。

 

 

 びくりと肩を震わせる。表情がこわばっている感じがする。萌は目をしばたいた。まるで今目覚めたとでもいうかのように。

 

 

「……」

 

 

 揺蕩っていた眼は瞬きごとに正気を取り戻し、遂にその目は意識が完全に取り戻されたことを証明するかのように吊り上がった。

 

 

「はぁ~……」

 

 

 怪物は首を振った。懲りない奴だと言わんばかりに。

 

 

「あんたさぁ」

 

 

 ずかずかと怪物が近寄って来る。距離をとろうとするものの、体がこわばって動けない。顔の横に萌の腕が突き刺さる。その反対側の荷も腕が。まるで肉体の檻だ。動きが完全に封じられた。

 

 

「本当よくよく人をイラつかせるのが得意ね。あれだけシたくせにまだ懲りないの? ほんとどうしようもない男ねあんた」

 

 

 俺の顎を持ち上げ、怪物は顔を近づけてそのような事を抜かした。

 

 

「──────」

 

 

 何を言っているんだお前は。いくら性行為が原始的な行為だからと言って脳味噌まで原初に戻ってどうすんだ。いい加減風呂入って頭冷やしてこい。

 

 

 そう言ってやろうとしたのだが、出てきたのはひゅっと息を飲む声だけだ。まるで強姦魔を前にして震えあがる生娘のように。俺はただ震えていた。

 

 

「まあ良いわ。許してあげる」

 

 

 ぺろりと唇を舐め上げて俺を見下ろす怪物の眼は、さながら得物を前に舌なめずりをする飢えた野獣のようだった。

 

 

 こ、このガキ本気か!? あれだけヤッてまだやるか!? 信じられんバイタリティだ。セックスしたての高校生か!? 

 

 

 ……高校生だったわ。不登校の。セックスしたてだったわこいつ。

 

 

 せっかく苦労して着た服は怪物に無残にも剥ぎ取られ、俺の思考は再び白濁と暗闇の狭間へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「ただいま帰りましたよっと」

 

 

 〝巣〟へと戻ってきたチワワは荷物を下ろしながら、ソファーに座るレトリバーへと声をかける。

 

 

「ん、お帰り」

「……」

 

 

 レトリバーは何事も無かったように言葉を返す。彼女の前には車いすがあり、その上には外出した時と変わらない姿のイミテーションが、死んだ顔で沈黙していた。

 

 

「……お前」

「なに? 言っとくけど私は何もしてないわよ」

 

 

 目を眇めるチワワへ、レトリバーはしれっと言った。

 

 

「おいーっす帰った……お前」

「……萌ちゃん」

 

 

 遅れてやってきたポメラニアンとシバイヌがレトリバーの姿を見つけて声をかけたのだが、直後にイミテーションのコンディションを瞬時に把握した2人はチワワ同様咎めるように眉間にしわを寄せた。

 

 

「なんと言われようとも、私は何もしてないわ。あんたもそう思うでしょ?」

「……」

 

 

 イミテーションはかくりと首を傾げた。

 

 

「ほら、こいつもそうだってさ」

「お前さぁ、仮にも自分の所属してるボスに対してそりゃ無いんじゃねーの」

 

 

 チワワは腰に手を当ててため息をつきながら小言を言うが、レトリバーは右から左に受け流した。立ち上がり、そのままチワワの横を通り過ぎ、出口へと一直線に歩を進める。

 

 

「おいどこ行くんだ、こら」

 

 

 ポメラニアンは手を伸ばしたが、レトリバーはするりとかわし、振り向きもせずに外へと出て行った。

 

 

「うわぁ~こんなボスの顔久しぶりに見た」

 

 

 とシバイヌ。

 

 

「千歳と一緒に闇を入れられた前後以来じゃねーの?」

 

 

 チワワがイミテーションの顔を検察官のようにペタペタと触って観察しながらしみじみ言った。

 

 

「くそ、まさかここまで好き勝手にするとはな」

 

 

 ポメラニアンが吐き捨てる様に言った。

 

 

「あの状態を鎮めるにはそれ位しないと収まりがつかない、とか言ってたの誰だっけ?」

 

 

 シバイヌがポメラニアンへジト目を向けた。

 

 

「あ? 何だこら。俺が悪いってんのか? あ?」

「違います~」

 

 

 ポメラニアンは剣呑な視線でシバイヌを睨みつける。シバイヌはむすっと膨れながらイミテーションの頭を抱きしめた。

 

 

「ただ、誰かさんのお話を鵜呑みにするんじゃなかったなぁ~って、思っただけですよ~だ」

「上等だこの野郎!」

 

 

 綾子は瞬時に両腕にスコルとハティを嵌めると、爪を展開してリリーへと切り掛かりに行く。

 

 

「ぶっ殺してやる!」

「つ~ん」

 

 

 振り回される爪を払いのけ、リリーは壊れ物を扱うようにイミテーションの頭を柔らかく撫で、自分たちが出かけている間に受けた仕打ちを思い涙した。

 

 

「よせよせこの馬鹿」

「あ゛ぁ゛!?」

 

 

 静止に入ったチワワがなおも切り掛かろうとするポメラニアンを羽交い絞めにした。ポメラニアンは血走った目でチワワを睨んだ。

 

 

「よせっつってんだろうが糞アホ」

「グワーッ!?」

 

 

 振り向いた顔にチワワはすかさず頭突きを食らわせた。ポメラニアンは額を押さえて後退った。

 

 

「ってぇ~……んにしやがるこのクソガキ!!!」

「黙ってろってんだろうがよ」

 

 

 怒り狂うポメラニアンをあしらいながら、チワワはシバイヌへと指で合図を送った。シバイヌはポメラニアンの注意が逸れている隙に失神したイミテーションを堪能した。

 

 

 それからポメラニアンも発散し終えて落ち着きを取り戻し、交代しては滅多にない役得を時間が許す限り堪能した。

 

 

 彼が意識を取り戻すのは、レトリバーが去ってから実に数時間が経過した後であった。

 

 

「何というか、数時間をスキップされたかのようです」

 

 

 イミテーションは力無く笑いかけた。

 

 

「でしょうね。随分な暴れっぷりだったみたいだしな」

 

 

 チワワはため息を吐いた。

 

 

「ったくあのガキはよ」

 

 

 袋から次々と缶チューハイや缶ビールを取り出してテーブルに並べたてながら、忌々し気に吐き捨てた。

 

 

「確かに許しはしたが、節度を持てっつんだよ節度を。奥ゆかしさが足りんだよ奥ゆかしさ。分る?」

「……お前もう飲んでんのかよ」

 

 

 チワワは呆れ顔を向けるが、ポメラニアンは構わずイミテーションへと詰めかけた。

 

 

 息がかかる距離にポメラニアンの顔が寄る。やや紅潮した頬。若干の酒精を孕んだ吐息が燃えるようであった。

 

 

「お待たせ~……もう飲んでる? もしかして?」

「見ての通りだよ」

 

 

 酒のつまみをトレーに乗せて持ってきたシバイヌがチワワへと顔を向ける。チワワはうんざりと頭を振るった。イミテーションも内心で同様に頭を振った。

 

 

「良いですか~? 最近の学生には年上に対するリスペクトってもんが感じられんのですよ? リスペクト? リスぺクチ?」

 

 

 イミテーションの肩を抱き、すでに呂律が回らなくなりかけているポメラニアンが捲し立てた。

 

 

「ダメそうだな」

「そうだね」

 

 

 2人は顔を見合わせ、同時にため息を吐いた。

 

 

「良いじゃね~かよ~俺ら超がんばったんだし~ご褒美くらいくれてもさ~いーんじゃないでーすーか~」

「…………そうですね。お酌くらいはしましょうか」

 

 

 

 耳元で炸裂する思いやりの欠片も無い焼け付いた言葉に内心うんざりしながら、決して顔に出さずにシバイヌより差し出された瓶ビールをコップに注いで渡してやった。

 

 

「あぁ~そうそうこれで良いんですよこれで!」

 

 

 ポメラニアンは得意満面に顔をほころばせてコップをとり、口の端から泡を垂らしながらぐっと飲みほした。

 

 

「いやあ無礼講ってのは堪らねぇな!」

「部下が何やってんだよ……」

 

 

 救いがたい愚か者を見る様な眼でポメラニアンを見やり、チワワも缶チューハイを一つ開けてちびちびやっていた。

 

 

「ボスもどうぞ」

「えぇ、ありがとうございます……」

 

 

 シバイヌより渡されたコップを手に取り、自分も口をつけようとしてはたと止まった。

 

 

((そういや俺この世界で酒飲んだことねーや))

 

 

 まだ未成年なのだから酒を含んでいないなど当たり前の事なのだが、育ってきた環境から一度くらいは酒を含む機会があると思っていた健太郎は、そこでようやく思い出した。

 

 

 手の内にある黄金色に輝く命の水をまじまじと見つめる。なんて事の無いスーパーで買える瓶ビールだ。取り立てて何かを言うような物ではない。

 

 

 生前で酒を飲む機会は祝い事がある時くらいで、それ以外は気まぐれに買った安物の酒をたしなむ程度だった。

 

 

 だが、この体で生を受けてから、アルコール分を摂取するのはこれが初である。それが、イミテーションには何だか新鮮に思えた。

 

 

「どうしました?」

「いえ、何でもありません。いただきます」

「じゃ、カンパイっすね」

 

 

 チワワの缶チューハイとコップを合わせ、同時に口に含んだ。

 

 

 久々に口に含んだビールは、なんだか不思議な味わいだった。記憶の中の安酒と、今この瞬間の酒。何の違いも無いはずなのに、不思議と別の味に思えた。

 

 

 だが、過去と現在の乖離への感慨は、体に起きた変化がたちまちのうちに吹き飛ばした。

 

 

((あっっっつ!!!))

 

 

 顔がかっと熱くなり、突如として全身が燃えるような熱を持った。

 

 

((っ!?!?!?!?))

 

 

 目を白黒させて状況を把握しようとした刹那、視界がぐにゃりと歪んだ。

 

 

「っ──────」

 

 

 立ち眩みを起こしたかのように額に手を当て、車いすへと身を沈めた。

 

 

  (「わっ真っ赤っか!」)

  (「ボスってもしかして結構な下戸」)

 

 

 シバイヌとチワワの声が、ガラス窓越しのようにくぐもって聞こえる。

 

 

((た、代謝が良いから、アルコールの巡りが……速い……))

 

 

 健太郎は原因をすぐさま導き出すと、しかし何もせず、そのまま呼吸を整えた。

 

 

「はあっ……ふうっ……」

「「……」」

 

 

 頬を上気させ、襟元をぱたぱたとさせて熱を逃がす。犬たちは目を見交わした。

 

 

 イミテーションは顔を上げ、熱の籠った息を吐いた。視界が万華鏡のように渦を巻く。思考も煮泡立ち、考えが纏まらない。

 

 

 ぐるぐるぐるぐる。

 

 

 次第に意識が遠のき始めた。疲れとアルコールが手を招き、睡魔と共に現れた。健太郎は抗わずに彼らの手を取り、ともに飛び立っていった。

 

 

 そして目が覚めれば、一糸まとわぬ姿でベッドの上にいたのであった。

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