影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『日陰者ブルース』③

「──────」

 

 

 呆けた顔で放心する。何が起こったのか、全くと言っていいほど思い出せない。というか頭がガンガンと痛む。何も考えられない。体が燃えるように熱い。

 

 

 だが倦怠感でなければいかようにも対処できる。

 

 

 まず初めに俺がやったことはアルコール分の除去である。血流の流れを操作してアルコール分を集め、気化させ、体外へと排出する。

 

 

「あー……」

 

 

 口腔内から吐き出されたむせるような酒精に思わず咳き込んだ。

 

 

「げほっ……くそ」

 

 

 体内のアルコールを完全に除去し終えると、次に体に異常が無いか自己診断する。

 

 

 ……特になし。しいていうなら疲れが増したという程度である。良くは無いが、悪化していないだけましとすることにした。

 

 

 それから横で川の字になって眠りこける犬っころ共へ、憎悪の視線を向ける。いやはや実に幸せそうな寝顔である。恐らく自らの思惑が成功してそれはもう最高の気分であろう犬どもは、さながら子犬のように無垢で純粋であった。

 

 

 視界に収めたことを後悔した。嫌に寝ざめの良い頭が鈍い痛みを発しだした。

 

 

 酒は飲んでも飲まれるなとはよく言ったものだ。自分がどの程度飲めるのか知らないでぶっつけ本番で何もかも試すと碌な事が無いのは、今までの経験で嫌って程知っているというのに。

 

 

 酒を飲めない者の事を下戸と言い、逆に浴びるほど飲んでもへっちゃらな奴は上戸という。あるいはがぶがぶと飲む姿を蛇に例えて()()()()とも言う。

 

 

 うわばみ。蛇の怪物。蛇というものには碌な記憶がないが、こういう日常の些細な部分ですら蛇にちなんだ災難が襲い掛かって来るとは。最早呪われているとしか思えない。マガツノオロチもあの世でほくそ笑んでいるに違いない。我呪いの成就を此処に見届けるもの也。

 

 

 頭を振るってくだらない妄想を振り払い、片頭痛でガンガン揺さぶられる脳へ、こめかみを叩きながら黙らせると、シャワーを浴びるためにベッドから立ち上がろうとした。

 

 

 しかし床に足をついた瞬間、まるで今生まれ落ちた四足獣の如くその身は横たわっていた。

 

 

((っっっ!?!?!?!?))

 

 

 目を白黒させてばたつく俺。奥底から嘲り笑いがさざめきのように広がった。

 

 

 お前は自分で言ったじゃないか。俺はお前の望みの通りに実行に移しただけだぜ? 恨むのはお門違いも甚だしい。でもな、俺はお前の事が嫌いなんかじゃないぜ? 愛していく過程で相手を傷つけてしまうというのであれば、これもまた愛さ。違うかね? 

 

 

((ざけんじゃねぇやべえやべえやべえ!))

 

 

 汗が頬を伝って落ちる。今の音は明らかに犬畜生どもの耳にも聞こえていたはずだ。事実ベッドの上で身動ぎする気配があった。

 

 

 難儀して背後を見る。上半身を持ち上げたチワワが夢見心地で音の出所を探り、そして俺の方を見た。夢の中で揺蕩う瞳と、俺の焦りに満ちた視線が交わった。

 

 

((おいお前なら違うはずだお前はストッパーだブレーキ役だアクセルペダルは綾子の役目だろお前はそんなことしない萌じゃねぇんだおねがいします勘弁してつかぁさい二日連続はきついっすホントにマジで))

 

 

 祈りというものは通じない。仮に通じるとするのならば、それは死に物狂いで行動した物だけに与えられる。今の俺には、おそらく必死さというものが足りなかったんだと思う。そうでなければ説明がつかない。チワワはゆっくりと這い寄って来た。蛇のように。内側から蛇特有の威嚇の様なせせら笑いが木霊の様に響き渡った。

 

 

「んふ~」

 

 

 いつの間にか背後へと回っていたリリーが俺の体をぎゅっと抱き止めた。柔らかく熱い肢体が絡みつくのは天上の雲のような心地よさなのだろうが、生憎と今の俺には何一つとして響かない。

 

 

「スウーッ! ハアーッ!」

 

 

 首筋に顔を埋めた綾子が深く深く呼吸した。

 

 

((よせ(ファック)やめろ(ファック)くそったれ(ファーック)!))

 

 

 そうこうしている内にチワワがついに到達した。その顔は蕩けきっており、ぺろりと唇を舐め上げて俺を見下ろす彼女の眼は、さながら得物を前に舌なめずりをする飢えた野獣のようだった。

 

 

(((はじめ)ぇえええええええええ!!!))

 

 

 塞がれた唇。飢えた三匹の野獣のぎらついた瞳。天平を持った神様がこっちを向いて、それもまた人生というかのように首を振った。蛇はせせら笑った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「それでねー」

「へぇえ~」

「……」

 

 

 町並みを眺めながら、背後で繰り広げられるシバイヌと雉花の会話を上の空で聞き流す。

 

 

 チワワとポメラニアンは道中で見つけた千歳に絡みにいってそのままどっかへ行ってしまった。代わりに偶々見つけた雉花がそのまま同行して今に至る。

 

 

 シバイヌと雉花はどうやら波長が合ったようで、たまにこうして会っては雑談をしているらしい。他の犬どもも見習ってほしいが、まあ犬と鳥。馬が合わないのも仕方が無いのかもしれない。

 

 

「あ☆」

「んん~?」

「あら貴女は」

 

 

 壁。もしくは巨大な質量が、ずんずんと迫ってきた。

 

 

「わあ☆奇遇だね!」

「わ、加奈ちゃん! 戻ってきてたんだね!」

 

 

 高橋加奈(たかはしかな)、またの名を『ハスキー』

 

 

 俺の武装警備員派遣会社ペットショップ(兵士養成所)の事務担当星3警備員を努めている長身の女性である。

 

 

 シバイヌどころか暗夜に迫る180の伸長。シバイヌを超えるバストは実に迫力満点だ。車いすという普段より低い視点からだと、色気よりも先に恐怖すら感じた。実際内に秘める恐るべき力と、彼女の朗らかな素顔の裏に封じ込められた鬱屈とした感情を知っている身からすれば、その恐怖は当然と言えるのだが。

 

 

「……って雉花さん! それに保健所のボスさんも! 凄い面子ですね☆」

 

 

 一頻りシバイヌと手を取り合って言葉を交わしていたハスキーだが、ここで俺と雉花の事に気が付いたようで、目を丸くしてこっちに顔を向けた。

 

 

 彼女から注がれる視線は警戒と興味、それと僅かな恐怖といった概ね俺に初めて会った奴がする視線の範疇のものであった。

 

 

 こいつからこんな目を向けられるだなんて、何だか変な感じである。ついこの前マスクをつけた状態でこいつに会ったが、まるで尾を振る廻す大型犬の用にすり寄ってきたというのに、大した警戒具合である。

 

 

「どうも、(かれ)から話は聞いていますよ。なんでも自慢の犬だとか」

「ええ!? い、いやぁ~それ程の事でもぉ~」

 

 

 目を丸くして驚き、それから口元を押さえて恥ずかしそうに頬を染めた。

 

 

「あ、照れてる」

「へええハスキーも隅に置けないねぇ」

「もう、からかわないでよ~」

 

 

 両頬に手を添えてジト目を向けるハスキーへ、二人はくすくすと笑い合った。

 

 

 それから道中のお供にハスキーを加え、年頃の女子らしく姦しくしながらゆっくりと町の中を進んでゆく。

 

 

「それでどうなの? 社長さんとはどこまで進んだの?」

「詳しく聞かせて欲しいなぁ」

「詳しくって言っても前話した時とあまり変わ駆けまわっていた者が、らないよ~」

 

 

 犬と鳥の会話をBGMに、ゆっくりと流れゆく町並みを新鮮な気持ちで眺め続ける。

 

 

 普段ならば雷の速度で駆けまわっていたから、このようにしたからゆっくりと眺める機会など全くと言っていいほどなかった。

 

 

 ゆえに、違った視点から眺める町並みは、どこか初めて見る場所のように思えた。

 

 

 個人経営の花屋前に陳列されたガラス瓶入りの花束。主に子供をターゲットにしたスポーツ用品店のガラスショーケース。築50年はいってそうな定食屋から香る旨そうな香り。こんな時間帯からふらついてる学生共。行き交う人々の様々な顔

 

 

 やはりと言うべきか、ちらほらと視線を感じた。綺麗所が3人も寄り添って歩いているのだ。視線の一つや二つは来るだろう。

 

 

 しかし俺の方にも来るのは何だか違う気がする。確かに車いすにがちがちに拘束された奴だなんて好奇の視線を向けるのは当然だろうが、しかしエチケットとしてじろじろ見るのは失礼ではなかろうか。

 

 

 どうでもいいと言われればどうでもいいが、気になるものは気になるのだ。

 

 

 穏やかな昼下がり、丁度飯時とあって、俺たちはカフェに寄る事にした。

 

 

「どれにしようかな~」

「これなんてどう?」

「来たら写真撮ろ写真!」

 

 

 姦しく騒ぎ立てる女子三人を眺めながら、やはり俺はこういう連中に関わるのではなくふとした拍子に視線を向ける程度の存在で良いなと、しみじみと思った。

 

 

 非日常は、もう沢山である。

 

 

 ()()()()ために動いているのだが、前途は多難すぎて考えるのすらも億劫となる。

 

 

 運ばれてきた料理を前に、俺は一つため息をついた。

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