影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
「おりゃ!」
光を纏った聖剣の一撃を側面を叩いて逸らし、腹部に一打。顔面に二打。
「うげっ!?」
「やあっ!」
「だあ!」
後退る暗夜をカバーするように放たれた光弾を叩き落し、背後からの強襲刺突を回し蹴りで弾き逸らす。
「ぬあっ」
蹴りの反動で回転、強烈に踏みしめ、腰のひねりを利かせた右フックが弾かれて体勢を崩した軌陸の左頬を痛烈に撃ち抜いた。
「がああっ!?」
吹っ飛んで壁に叩きつけられる軌陸へ追撃の飛び蹴りを見舞おうとしたイミテーションだが、そうはさせまいと績より光弾が放たれた。
「……」
完全な奇襲のはずだが、さも当然のようにぐるりと首を巡らせて光弾を視認したイミテーションはこれをたやすく破壊。そしてターゲットを軌陸から績へと変えたようで、彼女に握り固めた拳を叩きつけようと迫る。
「させねえっ!」
とダメージから復帰した暗夜より振り下ろされる聖剣を側面を叩いて逸らし、ついで足を払う下段回し蹴りを小跳躍でかわし、浮き上がった体に向けて放たれた本命の切り上げを空中で激しく回転して僅かに『滞空』する事によって落下のタイミングを狂わせた。聖剣はイミテーションの数ミリ先をかすめる程度で空を切った。
「いや意味分かんねーんだが!?」
激しく狼狽える暗夜へ、イミテーションは両足をそろえ、回転の勢いを乗せた両踵落としを繰り出した。当たれば頭蓋が弾けるばかりかその下の胴体までもが腰にめり込む威力。
「──────」
暗夜の脳裏に凄まじい警鐘が鳴り響き、時間間隔は泥のように滞り、世界の全てが鮮明に見渡せた。
それでもなおゆっくりと迫り来る断頭斧染みた破滅的破壊打撃を、暗夜は死に物狂いで回避すべく体を動かした。
無茶な挙動に筋繊維がぶちぶちと嫌な音を立て、血流が異常なほどに加速し、煮えるような脳は焼けるようで、目から、耳から血が溢れ出した。無茶のかいあって、どうにか処刑斧の範囲外に逃れる事が出来た。
その瞬間に時間は再び流水のように流れ始めた。すぐ目の前の地面が、ほんの一時前の自分がいた箇所に鉄槌のように突き刺さった。当然のように地面は陥没し、蜘蛛の巣状の亀裂が入った。
「……」
外れたとみるや、悪魔はすぐさま前蹴りを繰り出した。まともに当たれば胸部が吹き飛ぶ威力。死線に告ぐ死線。息つく間などありはしない。手心というものも無い。これは正真正銘の『殺し合い』であった。
『敵』は呼吸を整えるのを待ってはくれない。情けを掛けてはくれない。
息をつきたければ打倒しろ。情けをかけて欲しくば敵を葬り去れ。そして敵の屍に向けて自分自身で情けをかけるのだ。
(ちくしょう少しは加減しやがれ!)
口に出す力すら惜しく、心の中で毒ずくに留めると、暗夜は再び時間間隔を圧縮し、肉体を強引に動かして辛うじて聖剣を割り込ませ、側面で受け切る。
打撃の衝撃が波紋のように広がって空気を揺らし、次の瞬間停滞した時間と共に大気が弾けた。
「ぐえっ!」
無防備に吹き飛び暗夜への追撃を、しかしイミテーションは諦めた。暗夜が一人であったのならばこれで頭を踏み砕いて終わりなのだが、そうさせないために彼女たちはいる。
「このぉ!」
光を纏ったメイスを後頭部に叩きつけようと迫る績へ、黒炎を纏った裏拳で弾く。相反する属性の接触。ぱんっという音を立てて両者は大きく弾かれた。
「くうぅっ」
体勢を崩さないように堪えた績だが、イミテーションはその反動すらも利用して上段回し蹴りを繰り出した。
「──────」
績の脳裏に、分かたれた首と胴体の幻視が刹那的に閃いた。
「あぁあああ!」
それは最早反射とすら言えた。死という根源的な恐怖によって引き起こされた原始的な本能の爆発だ。
限界を超えた肉体の駆動によって振りかぶられたメイスがイミテーションの蹴り足と噛み合い、押し返した。
「はあっ!」
そこへ軌陸が白塗りのロングソード『白鳩』の刀身を勢いよく伸ばした。切っ先には一点に集中した光が、さながら夜空に煌く一番星の如く光り輝いていた。
「……」
殺す気で放たれた、実際死ぬ可能性すらある刺突を前に、時間の感覚が引き延ばされ、世界は完全に静止した。
((ガキ共もやるようになったな))
静止した時の中を悠々と進み、険しい表情で彼がいた地点を睨む軌陸に、イミテーションは感慨深く思う。
((負けてべそかいてた小鳥が大した成長具合だ))
イミテーションに負け、吹っ切れた軌陸の成長は実際目を見張るものであった。それまでは内に力を秘めた暗夜と績との力の差は広がる一方であったが、覚醒した軌陸はついていた差を埋めるかのようにどんどん力をつけていった。
そして、先の戦いで折られたロングソードを萌が打ち直し、みみ子が付与をかけた一振りの長剣『白鳩』を得れば、闇の者と単独で戦闘できるほどにまでなっていた。
今の彼女を前に、勇者と聖女の腰巾着と揶揄する者はいない。彼女は十分に強者としての貫禄を身に纏っていた。それは、彼女が敬愛する姉にすらも勝る偉業であった。
軌陸が握る『白鳩』そして績が持つ白いメイス『サイクロプス』
どちらもゲームの最終盤で製作できるそれぞれの専用武器であった。みみ子と萌の共同制作のそれは、呼びかけるだけで現れ、一度握れば使用者の戦闘力を飛躍的に高める、まさに最終盤に相応しい性能を誇る。
((……制作時期が1chapter速いんだがな))
まだ始まってすらいないchapter9の後に製作可能になる筈のそれは、何の因果か既に績たちの手の中にあった。
ゲームでのこれらの武器の制作過程は、chapter8でのグレンキュウビとの戦闘を見た萌とみみ子の危機感が頂点に達し、どんな敵でも打ち破れるような武器を、というのをコンセプトに制作ははじめられた。
しかし、過剰ともいえる攻撃性能を追求したがために製作には時間がかかり、結局出来上がったのはchapter9の後となる訳だ。
しかしこの世界での2人が抱く危機感はゲームでの比ではなく、chapter6の終了と同時に2人して暇を見つけては秘密裏に製作に着手していたのだった。
((で、グレンキュウビ戦の後に渡されたと……))
忌々し気に刀身を見る。白い刀身はうっすらと輝く光によってある種の神秘性すらもおびていた。
鼻をならし、イミテーションは両腕で手刀突きを放った。
「なっ──────」
突如として眼前に出現したイミテーションが放つ顔面と胸に向けた両腕手刀突き。軌陸は自分の顔面と胸が吹き飛ぶ痛みを、先んじて味わった。
流れる水のようであった。後日暗夜と績はそのように言った。それほどまでに、此度の受け流しは自然体で行われた。
顔と胸。一つずつ対処していたのでは間に合わない。故に、受け流しは同時に行われた。霞に構え、到達するよりも早くに刀身で指先に触れ、僅かに傾けた。やった事といえばそれだけだ。
されど出がかりを逸らされれば、到達する頃には大きな逸れとなって表れる。黒炎を孕んだ指先は軌陸の頬と脇をほんの少し掠めるだけで逸れてゆく。
「ちっ」
イミテーションの舌打ちを、3人は確かに聴いた。それは、初めてこの悪魔の思惑を正面から撃ち砕いた事の証左であった。
「でやっ!」
軌陸の真一文字の斬撃をイミテーションは後方へ大きく飛ぶことで回避。
「おりゃ!」
「えい!」
間髪入れずに放たれた暗夜と軌陸の一撃を踊るように身を捻って回避すると、連続バック転を打って距離をとる。
「……」
イミテーションは能面の如き無表情で、若き勇者たちを見る。その白い頬に、鮮烈なまでに映える赤が、一筋垂れていた。
「「……」」
一撃を入れた事による歓喜は無い。寧ろ後悔すらしていた。暗夜たちは身にかかる重圧が一段と増したことを感じた。
それを直感したのは、その身に8の打撃がほぼ同時に叩き込まれた事によって慄いた後であった。
ずん、という音が一つ。叩きつけられたのは3人同時であった。
脳髄が白く黒く白濁する。空気が弾ける音が、一瞬後に聞こえた。
辛うじて意識を保った暗夜が最後に見たのは、悪魔の握りしめた拳がはめる、手袋の白一色であった。
がつん。
衝撃。暗転。浮遊感。
そこで記憶は途切れた。