影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『「トウソウ」こそが我が人生』②

「……」

 

 

 壁にもたれかかるように伸びている3人の子供。どいつもこいつもだらしなく手足を投げ出して、ピクリとも動かない。

 

 

「……」

 

 

 静寂の中、荒れ果てた部屋の中を見渡す。

 

 

 訓練を始めてからものの数分で部屋の中はひっちゃかめっちゃかになっていた。今しがたガキ共が叩きつけられた壁。踏みしめられた床は荒れ地の如くひび割れ、天井は今にも落ちて来そうだ。

 

 

 改めて暗夜たちを見る。ピクリとも動かないが、息はしているようだ。生存本能に突き動かされ、胸を浅く上下して無意識の内に逃げ出した酸素を取り込みにかかっていた。

 

 

「……」

 

 

 殺すつもりで打った。威力で言えば教官殿を()った時の打撃と全く同じ程度だ。これで鍛え方が足りなければ、こいつらは間違いなくくたばっていた訳なのだが。

 

 

 生きているという事は、少なくともこいつらの基礎身体能力は並の闇の者を凌駕しているという事だ。

 

 

 しかしだ。これから幹部と一騎打ちを演じる暗夜がこの程度で気絶するんじゃ話にもならない。

 

 

 確かに俺は殺す気でやったが本気ではない。それは暗夜たちもそうであろう。だがそれでもだ。足りない。全くもって足りない。

 

 

((仮に今の暗夜たちをゲームでのレベルに当てはめるとしたら……だいたい60前後といったところか))

 

 

 chapter8まで順調にレベル上げを行っていたとしたら、概ねそのレベルとなる。

 

 

 適正といえば聞こえはいいが、それは予想外の難易度の上昇に対応できない可能性があるという事でもある。この世界はいつだって自分に不利なように動いて行く。きっとそうなる。だからこそつけられるときに力をつけさせなければ。

 

 

((可能性のあるものはすべて排除する……しかし力量といったら一日二日でどうにかなるものじゃない))

 

 

 歯痒い。自分だったらいくらだって無茶が出来るというのに。

 

 

 しかしどれだけ彼らが才に溢れたとんでもない逸材だとしても、俺は名トレーナーでもないし怪しげな(まじない)を覚えた仙人でもない。

 

 

 俺は人に教える才能なんかない。彼らの才能の伸ばし方なんか分かる筈もない。

 

 

 だからこそ、あいつらという個人ではなく、生き物としての生存本能に働きかけて伸ばす事しかできない。それだと肉体の成長は見込めるが、あいつらが本来持つ才能を伸ばす事が出来ない。

 

 

 だが俺はそれしか知らない。死をかすめる程に生物は強くなる。強くならざるを得ない。それ以外は死ね。強くなろうとしない者など、全て死に絶えるがいい。それが敬愛(憎悪)する師の教えだから。

 

 

 これはきっと間違ったことだ。そんな事は分り切っている。でもそれ以外に、方法なんか思いつかない。

 

 

「はぁ……」

 

 

 ため息を吐き、懐から呼び出しスイッチを取り出して押す。

 

 

「おうおう終わったか」

 

 

 呼び出されたそいつ、スーツの上から継ぎ接ぎだらけのよれよれの白衣を羽織ったニンゲンドックがあくびをしながら入ってきた。

 

 

「後は頼みます」

「へいへい、偉大なるイミテーション様の仰せの通りに」

 

 

 ぞんざいに手を振りながら、ニンゲンドックは暗夜たちそれぞれを異能の糸で縛り付け、引きずりながら出て行った。

 

 

「医者が患者を雑に扱うなよ」

 

 

 閉じられるドアに向けて、俺はついぼそりと零してしまった。

 

 

「んんっ」

 

 

 すぐさま咳き込んでかき消す。吐いたつばは飲めないし、呟きは消えずさざ波のように広がって空間に爪痕を残す。それでも個人の中では確かに消せるのだ。

 

 

「……出ますか」

 

 

 頭を振るって余計な雑念を払い、俺も部屋を出た。

 

 

「お、出てきたな」

「おはようございまーす!」

 

 

 部屋を出れば、待ってましたとばかりに爺さんとみみ子が話しかけてきた。

 

 

「えぇおはようございますプードル。それからトサケンも」

「おう。そら新作だ。受け取れ」

 

 

 手渡されたケースに、俺は思わず息を飲んだ。

 

 

「へ、分かるか?」

「……」

 

 

 にやりと笑った爺さんを目尻に、俺はケースをテーブルへ置き、開いた。

 

 

「これは」

 

 

 思わず目を見張る。そこには普段通りのデザインの黒無地のスーツが威風堂々と入っていた。されど内に秘めた力は俺が今着ているものとは比較にもならない。

 

 

「えっと、結構気合い入れて作りましたけど、どうでしょうか……?」

「──────」

 

 

 おずおずと聞いてきたみみ子に、俺は何も返せなかった。何も言わず、スーツを手に取った。

 

 

「耐久性は今お前が着てるののざっと3倍。耐熱、耐寒、防刀、防弾、防異能、とにかく盛れるだけ盛った。こいつがな」

 

 

 みみ蔵爺さんはみみ子の肩に手を置いた。誇らしくてたまらないとばかりに、その顔は優し気である。

 

 

「そ、そんな事無いよ! おじいちゃんに手伝ってもらったし、私なんてそんな」

「俺の方こそやった事といえば補佐だけさ。お前がこいつを作ったんだ。堂々としてりゃあ良いんだよ。こういう時はよ」

 

 

 荒っぽい手つきで老人は娘の頭を撫でた。娘は髪が乱れると文句を言ったものの、決して拒みはしなかった。

 

 

「その、どうか受け取ってください。絶対にあなたの命を守れるように想いを込めて作りました」

「……ありがとう、ございます」

 

 

 俺はみみ子の手を取り、目線に合うように少し屈みこんだ。

 

 

「これで、本当に傷つかなければいいな」

「そうですね。そうありたいですよ」

「そうだな。そうであってほしいな」

 

 

 俺たちは顔を見合わせ、それからぷっと噴き出した。

 

 

「ふふ、では着替えてきます」

「おう」

「はい!」

 

 

 そう言って、部屋を出た。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 着替えを済ませて外へ出れば、9月特有の暑さの中に僅かながら秋を感じさせる風が吹く快晴であった。

 

 

 穴倉の中にいたからか、陽の光がやけに眩しく感じられた。あるいは俺という異物を消毒でもしようとしているのか。手ひさしを作って天を仰ぐ。

 

 

 天に座す太陽は遍く全てを照らし出していた。遮るものは委縮して何処にもおらず、万物は等しく迸る恵みを全身で浴びていた。

 

 

 どいつもこいつも眩しそうに、あるいは鬱陶しそうに目を細めたり忌々し気に天を睨みつけていたりしていた。

 

 

 全く、地上にいてもこの様なのだ。わざわざ翼を作って頂に近づいたイカロスはそれはもううんざりとしていたに違いない。話では天に近づきすぎて翼を溶かされたというが、俺はそうは思わない。

 

 

 きっとイカロスは鬱陶しすぎて、自分から翼を捥ぎ離したのだ。付き合っていられるか。もうたくさんだ。こんなに光を浴びてしまったら、俺は季節外れの日焼けでみんなから馬鹿にされちまう。

 

 

「あ、どうも」

「何だお前か」

 

 

 声のした方向へ目を向ける。そこにボロボロのエミリーと、相変わらず不機嫌そうな千歳がいた。

 

 

「随分個性的な格好ですね」

「……あまり触れないで欲しいですね」

 

 

 ずり落ちた眼鏡をかけ直しながら、エミリーは恥ずかしそうに頬を染めた。

 

 

「そうだぞ。こいつか雑魚なだけだ」

「貴女はもう少し言い方というものを覚えてください」

 

 

 ジト目を向けるエミリーに、千歳は鼻を鳴らす。

 

 

「事実だ。現状を飲み込めん者に成長は無いぞ」

「だとしてもです。親しき者にも礼儀ありです」

「親しい……?」

 

 

 エミリーに言われ、千歳は小首をかしげた。

 

 

「親しいのか、私は?」

「……」

 

 

 エミリーは閉口して黙り込み、それから額に手を当てた。すかさず俺は助け舟を出した。

 

 

「エミリーさん。千歳様は今まで友人がいなかった()()です。ですので、初めて出来たご友人に戸惑っているのです。あまり触れないであげてください」

「おいお前」

 

 

 たちまち千歳の眼はつり上がり、不機嫌モードへと突入した。

 

 

「こいつはともかく私が雑魚とはどういうことだ? 雑魚はこいつとお前で、私は雑魚じゃないぞ!」

「おや、現状を飲み込めない者に成長は無いんではありませんでしたか?」

「──────」

 

 

 両手に破壊を纏わせた千歳の動きがぴたりと止まった。形の良い顎に手を当ててとっくりと考え、それから頷いた。

 

 

「それもそうだな」

(良いんですかあれは?)

(良いんですよ。千歳様は素直ですからね)

 

 

 こっそりと耳打ちしてきたエミリーに、俺は耳に口を近づけて言ってやった。エミリーは耳に吹きかかる息にくすぐったそうに身をよじった。

 

 

「それで、どうしてそこまでボロボロに?」

 

 

 立ち話もなんなんで近くのカフェで一杯ひっかけながら、分かり切った質問を再度ぶつけてやった。エミリーは相変わらず表情に乏しい真顔でつらつらと語りだした。

 

 

「はい、イミテーションさんにいつものように稽古をつけに行こうとしたところで千歳にばったり会ってしまい」

「代わりに鍛えてやったんだ。有難いと思え」

 

 

 頼まれていたサンドイッチを頬張りながら、千歳はふてぶてしく言ってのけた。

 

 

「あれが訓練と呼べるものでしたがら、熊から逃げることもまた訓練と呼べるでしょうね」

 

 

 アイスコーヒーにつけたストローから口を放し、エミリーが毒づいた。

 

 

((あぁ、あれね。だよな。俺もそう思う))

 

 

 脳裏に閃いたのは、ずっと昔の千歳との訓練風景。確かにあんなものは訓練とはいえない。いいとこ鳩撃ちの真似事である。

 

 

「はん」

 

 

 千歳は取り合わず、鼻で笑った。

 

 

「ほらほら、千歳様、口元がソースだらけですよ」

「っん」

 

 

 俺に言われるや、千歳はずいと顔を突き出した。自分で拭くつもりはさらさらない。俺も一々指摘するつもりはない。黙って口元を拭いてやる。

 

 

「……なんというか」

 

 

 一連の動作を黙って見ていたエミリーが、俺と千歳を交互に見ながら、おずおずと言った。

 

 

「親子みたいですね」

「──────」

 

 

 その一言で千歳は硬直し、たちまち眉間にしわが寄った。むっつりと黙り込んだ千歳は、その後一言も口をきく事が無かった。

 

 

 エミリーはまずいことを言ってしまったと思ったのか、しきりにこっちに目配せをしてきた。

 

 

「大丈夫です。確かに不機嫌になりましたが、それで傷ついたという訳ではありません。ですがそれでも悪いと思ったのでしたら、後日謝ってくださればそれでよいでしょう」

 

 

 店から出て行った千歳を追いかける前に、俺はエミリーにそう言ってやった。

 

 

「そう、ですか」

 

 

 能面のような表情をわずかに強張らせていたエミリーだが、それで少しはマシになったようだ。目に見えて緊張が抜けていくのが分かった。

 

 

 エミリーと別れた俺は、千歳を追って駆け出した。

 

 

 千歳はすぐに見つかった。喫茶店からそう遠くない公園のベンチで、一人佇んでいた。

 

 

「おい」

 

 

 唐突に真横に出現した俺に驚きもせず、千歳はさっきと変わらず不機嫌そうなしかめっ面で呼びかけてきた。

 

 

「海へ連れていけ」

「はい、千歳様」

 

 

 両腕を伸ばす千歳を抱き起し、しっかりとしがみ付かせ、一歩二歩歩きだし、駆けだす。

 

 

 目的地である彼女の望む海へ向けて、俺は陽が傾き出した空の下を駆ける。

 

 

 時間にすればほんの1、2秒程度の時間だ。千歳からすればあっという間だろうが、俺からすればひどく鈍い。

 

 

 時間はかかったが、彼女の望む、地平線の彼方までも見通せる岩礁の上に、俺たちは立っていた。

 

 

 陽が傾いて紅に染まる空と、その光を反射してキラキラと輝くどこまでも広がる海原を、千歳はじっと見つめていた。

 

 

 俺はその後ろで、彼女の背中を見つめていた。無言の空間の中、寄せては返す波が立てる音と、海鳥たちの鳴き声だけが聞こえている。

 

 

「なあ」

「はい千歳様」

 

 

 千歳は振り向きもせずに言った。

 

 

「私は、友達とやらが出来た、らしい」

「そうですね」

 

 

 さざ波の立てる心地よい音を通して、鈴の音の様な軽やかな声が耳朶を打つ。

 

 

「あいつらは、私の事を友達だと思っている、らしい」

「そうですね」

 

 

 太陽は耳をそばだてるように、徐々に傾いて行く。

 

 

「……と、友達が、出来た……らしい」

「そうですね」

 

 

 一際大きな波が打ち寄せ、飛沫を散らす。陽光を反射して、さながら宝石の礫のように。千歳を祝福するかのように。

 

 

 千歳は振り向いた。

 

 

「友達が、出来たんだ、こんな私に……」

 

 

 大きく見開かれた瞳は潤み、大粒の涙が一筋零れ落ちた。

 

 

「──────」

 

 

 潮風を孕んだ強い風が、千歳の青空の様な髪をたなびかせた。深い海の底のような青い瞳は涙で潤み、天の川のような光を帯びていた。

 

 

 千歳はぎこちない足取りで、一歩一歩近寄ってきた。まるで自らの存在を知らしめるかのように強く強く踏みしめながら。

 

 

 やがて、千歳は俺のすぐ目の前に立った。生き写しのような少女が、俺の目の前に立つ。

 

 

 風にたなびく髪は雄大な空そのもので、深い青の瞳は未知なる深海の如く妖しく、白く艶やかな肌は磨き抜かれた大理石であり、その顔は職人が丹精込めて作り上げた最高品質の人形(ラグドール)のよう。

 

 

 逆光で輝く千歳は、混じり気なしに美しかった。

 

 

「これがお前の望みだったのか?」

「さあ、どうでしょうか?」

 

 

 ボロボロと泣きながら、震える声で尋ねる千歳に、俺はとぼけたように首をかしげる。

 

 

「……やっぱり、お前なんか嫌いだ」

 

 

 千歳は手を伸ばし、ゆっくりと俺を掻き抱いた。まるで混ざり合わせようとするかのように、その力は強い。

 

 

「お前なんか、大っ嫌いだ」

 

 

 首筋に顔を埋めて、千歳はくぐもった声で言った。俺はただ、彼女の気が済むまで、その背中を撫で続けた。

 

 

 猥雑な都市の中から逃げ出し、ただ二人だけの空間の中で、俺たちは陽が沈むまで抱き合っていた。

 

 

 太陽は恥ずかしがるように雲に隠れた。海鳥がはやし立てるようにぎゃあぎゃあ鳴いた。さざ波の音が、やけに大きく聞こえた。

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