影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『chapter9 妖怪大戦争』②

 ぬらりひょんは目を剥いた。唐突に出現したイミテーションに? 否、その身に走るほぼ同時に叩き込まれた64の打撃の衝撃によってだ。

 

 

 ぬらりひょんの体が浮き上がった。一瞬遅れて莫大な衝撃波が放たれ、周囲数キロのガラス窓が砕け散った。

 

 

「やったか!?」

「否、まだ始まってすらおらぬ」

 

 

 早合点するゴスペルに、魔王が冷たく否定した。

 

 

「え? あの攻撃を喰らって無事な訳が」

「まあ見とけよ」

 

 

 険しい顔の暗夜へ、光の神はポップコーンを頬張ばりながら顎をしゃくった。

 

 

 イミテーションは稲妻の速度で飛び掛かる。高々と掲げられた手は手刀の形をとり、そのまま首を刈り取る構え。

 

 

 尋常ならざる速度で放たれた手刀の先端が摩擦熱で赤熱し、燃える軌跡を描いてぬらりひょんを叩き割りに迫る。

 

 

 しかしその直前。到達する寸前に、バツンと言う音を立ててぬらりひょんの姿が忽然と消えた。

 

 

「消えた!?」

「あそこだ!」

 

 

 姿を消したぬらりひょんに目を剥く績へ、軌陸が指さした。その方向に、膝立ちのぬらりひょんはいた。

 

 

 ぬらりひょんの持つ異能は『瞬間移動』だ。その異能を駆使し、彼はありとあらゆる場所へと侵入し、さも当然とばかりに居座り、誰かが自らを発見するまで悠々と茶をすすって待つ。そして誰かが自らを見つければ、たちまちのうちに殺戮は開始される。

 

 

 小さなものでは荒ばら家から、大きなものでは一つの城まで。一人一人を丁寧に丁寧に、老人から子供まで一切の区別なく、侵入した建物の中から命が消え去るまで刃は振るわれる。

 

 

 そして血の海と化した家屋の中で、ひとしきり笑いこけてから、またぞろ新たなる犠牲者を求めてどこぞへと消え去ってゆく。標的にされる家屋は彼独自の判断基準で選出される。そこに例外は無い。

 

 

 江戸時代に書かれた妖怪絵巻にも、彼の殺戮を想起させるような絵がいくつも残されている。

 

 

 〝まだ宵の口の燈影にぬらりひよんと訪問する怪物の親玉〟

 

 

 最も活発に活動した江戸時代中期ごろにぬらりひょんはそのように評され、以来彼は人というカテゴリーから永久に追放された。

 

 

 ここにいるものは人にあらず。まさしく物の怪。悪辣にして剽軽。妖怪の総大将、ぬらりひょんである。

 

 

 ぬらりひょんは立ち上がり、さあ面食らっているであろう小さな者たちをからかってやろうと首を巡らせる。その眼前に、白く黒い光が弾けた。

 

 

「な゛っに゛ぃ゛い゛──―」

 

 

 尋常ならざる衝撃に、たたらを踏んで顔を押さえる妖怪に、悪魔は間髪入れずに破滅的な威力のボディブローを叩き込んだ。

 

 

「ヌウっ!?」

 

 

 腹に衝撃が走った瞬間に再度空間を跳躍。イミテーションの背後より5メートルほど離れた地点に出現したぬらりひょんは目を見開く。イミテーションはすでに眼前。拳を振りかぶっていた。

 

 

「これは!」

 

 

 ぬらりひょんはここでついに長ドスを引き抜いた。引き抜かされたというべきか。黒炎を纏ったショートレンジのフックを、長ドスでかろうじて防ぐ。

 

 

「グヌッ!?」

 

 

 刀越しに炸裂した衝撃に、ぬらりひょんは再度の驚愕。

 

 

(何という衝撃! とても人間のものとは思えぬ!)

 

 

 かかる圧力に押されぬよう、ぬらりひょんはドスを握る手に力を込めた。力は拮抗し、ミシミシと音を立てて危険な均衡がみるみると高まってゆく。

 

 

 発せられる殺意と悪意の奔流は竜巻の如く渦を巻き、それに当てられたやじ馬たちは失神したり、泡を吹いて倒れ伏した。

 

 

「っ──────」

「目を逸らすな? 俺たちはこれを見届ける義務がある」

 

 

 ぬらりひょんの悪意に当てられて顔を青ざめたシバイヌの背中を、ポメラニアンは叩きながら唇をかみしめて耐える。

 

 

「分かってる。分かってるよ……」

 

 

 シバイヌは自らに言い聞かせるかのように呟いた。

 

 

「おや、先ほどの余裕は何処へ行きましたかな? 鼻血が出ていますよ?」

 

 

 額がつかんばかりに顔を寄せて睨み合い、イミテーションはせせら笑った。

 

 

「いやはや素晴らしいお手並み。なるほど、確かにこれは手を抜いてはいられませんなぁ。オロチやキュウビが殺られたのも、無理は無いというもの」

 

 

 ぬらりひょんは黄色い歯を剥き出しにして笑った。

 

 

 底の見えない穴の如き黒一色の瞳と、深海を想起させる深い青色の瞳が交差し、どろりとした殺意がぶつかり合って火花を散らす。

 

 

「ぬぇい!」

「ッ!」

 

 

 ぬらりひょんのドスを握る腕が2倍めいて膨れ上がり、強引に均衡を破った。凄まじい風が放射状に放たれた。

 

 

 バツン、と音を立ててぬらりひょんの姿が消えた。

 

 

「ちっ」

 

 

 イミテーションは背後へと回し蹴りを放つ。蹴り足は振り下ろされたドスの側面を蹴り、弾いた。

 

 

 しかし弾かれたと同時にぬらりひょんは空間跳躍。イミテーションの真横に出現したぬらりひょんは弾かれた勢いで回転切りを繰り出して胴体切断を図る。

 

 

 イミテーションは蹴りでドスを弾いたと同時に屈みこむように姿勢を低くしていた。頭の上を死の刃が通過し、髪の毛を数本ばかり刈り取って空を切った。

 

 

 そのまま倒れ込むように手を付き、回転し、蹴りを繰り出す。

 

 

「おぉ!?」

 

 

 側頭部に叩きつけられた蹴りに怯む老体に間髪入れずに踏み込み、腰のひねりを利かせ、引き絞られた拳より繰り出された心臓破壊直突きを、ぬらりひょんは瞬間移動で強引にかわす。

 

 

 ほんの一瞬の視界のブレと共に離れた地点へと跳んだぬらりひょんはイミテーションの姿を探すが。

 

 

(おらぬっ!?)

 

 

 まるで意趣返しの如く忽然と消えたイミテーションに、ぬらりひょんはしきりに周囲を見回してその姿を探す。

 

 

「上だッ!」

「っ!?」

 

 

 魔王より飛んできた警告に、考える間もなく後方へとバックジャンプ。その一瞬後に鉄槌の如く頭上より降ってきたイミテーションの固く握りしめられた拳が石畳を砕いた。

 

 

 地面が爆発した。

 

 

「惜しい……!」

「惜しいもんかよ」

 

 

 苦々し気に顔を歪めるトサケンへ、光の神がけらけらと笑いながら返す。

 

 

「「……」」

 

 

 距離を取った両者は、構えたまま動かない。仕切り直しである。

 

 

「おい、何秒経った?」

 

 

 光の神が振り返ってゴスペルへと聞いた。

 

 

「……1秒経っていません」

「だろうな」

 

 

 唸る様に言ったゴスペルへ、光の神は鼻を鳴らした。

 

 

「あいつ本当に人間か?」

「……」

 

 

 蓋を開け、コーラをごくごくと飲みながら光の神は言った。ゴスペルは返さず、ただ忌々し気にイミテーションを睨みつけていた。

 

 

「ケーッ!」

 

 

 ぬらりひょんは裂帛の気合と共にドスを空振りさせた。次の瞬間、鋭い斬撃が宙を飛び、音の何十倍の速度でイミテーションへと迫る。

 

 

()った!)

 

 

 斬撃は棒立ちのイミテーションの正中線をまっすぐに断った。ぬらりひょんは勝ち誇ったが、その姿が霞み、揺らぎ、雲散した。

 

 

「なっ!?」

 

 

 幾度か目の驚愕。その横っ面に痛烈なストレートパンチが突き刺さった。

 

 

「ぐわっ!」

 

 

 吹っ飛ぶ体に追いついたイミテーションは強烈なジャンプパンチで追撃の打撃。空を飛ぶぬらりひょんを地面へと叩き落とす。

 

 

「ぐぬっ」

 

 

 ドスを薙ぐように振りながら接近を拒絶し、ぬらりひょんは立ち上がった。その眼前にはイミテーションが拳を叩きつけに迫る。

 

 

「だりゃ!」

 

 

 逆袈裟で放たれた長ドスをダッキングでかわし、素早いワンツーパンチで顔面を二度ずつ打つ。

 

 

「ぬんりゃ!」

 

 

 構わず返す刀でもう一太刀。イミテーションは小刻みなステップで横にかわし、拳を突き出す。

 

 

「ちぇい!」

 

 

 ドスを握る反対側の腕でそれを弾き、ぬらりひょんは連続で切り付けにかかる。イミテーションは避けず、真っ向から迎撃する構え。

 

 

 たちまち両者の間に火花と金属音が閃いた。

 

 

 突き、払い、横一線。縦横無尽に振るわれるドスを、イミテーションの拳が真っ向から弾き飛ばす。

 

 

「グヌッ!」

 

 

 ぬらりひょんは顔面に突き刺さる打撃を無視し、ひたすら刀を、時折逆の手で殴りかかったりして反撃したものの、イミテーションの手数はさながら押し寄せる津波の如く際限がなく、次第に迎撃が追いつかなくなってきた。

 

 

「ぬおおっ」

 

 

 ドスを握る腕の肩に先んじて拳を叩きつけ、出がかりを止め、一瞬の隙に叩き込まれた24の同時炸裂打撃に、ぬらりひょんはついにキレた。

 

 

 

「キエ―ッ!」

 

 

 ぬらりひょんは奇声を発しながら切り掛かる。

 

 

 イミテーションは袈裟懸けの斬撃を掌を添えて逸らし、胸を狙った掌底を上腕に肘打ちを当てて逸らし、繰り出された膝蹴りを同様に膝蹴りで応じて相殺。

 

 

 弾かれた足を強烈に踏みしめ、それをバネに跳ねるように顎を蹴り上げる。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 ぬらりひょんはギリギリの所で反応が間に合い、バック転を打って蹴りをかわし、着地際を目がけた前蹴りを瞬間移動で強引に間合いの外へと逃れる。

 

 

 だが。

 

 

(これもついて来るか!)

 

 

 当然のように眼前にいるイミテーションへ、ぬらりひょんは驚愕を隠せない。

 

 

 速い。速すぎる。あまりにもその速度は常軌を逸していた。

 

 

 人を遥かに超越した闇の者。それよりも更に闇に侵食された闇の泥として生き、早数百年。人間という種ではどのような手段を使っても追いつけぬ境地に、この怪物はいる。

 

 

 にも拘らず、その怪物をもってしても目の前にいる『人間』に、全く追いつけないでいた。

 

 

 そうだ人間だ。この男は人間であった。小さく、雑多な、取るに足らない魂。実際ただ見ただけでは、どうやってもこの男を強者だとは思えない。

 

 

 しかし、発せられる暴力が、戦慄すら感じる殺意が、震える様な憎しみが、この男を人のまま人を超えさせていた。

 

 

(人はこうまで狂えるのか!)

 

 

 妖怪は瞠目した。悪魔の鉤手が唸りをあげて迫る。当たれば顔面を引き剥がす威力。

 

 

「面白い!」

 

 

 ぬらりひょんは凄惨に笑った。その顔面に鉤手が触れた。

 

 

 バツン。素通りする掌。感触を確かめる間もなく悪魔は間髪入れずに脱力。踏み込み、空間に揺らぎがあった地点へと迷いなき飛び蹴りを放つ。

 

 

 瞬間移動。一瞬で消え、一瞬で別の地点へと出現する異能。しかし、完全に同時ではない。消えてから出現するまで、僅かばかりのタイムラグが存在する。

 

 

 そして、この悪魔はそれを視認する。刹那とは悪魔の箱庭。彼は一瞬という名の途方もなく引き伸ばされた時間を知覚し、自由に泳ぎ、恣とする。

 

 

((瞬間移動? 笑わせるな!))

 

 

 悪魔の瞳が煮えるような熱を持った。彼の視線の先、攻撃が来ると読んでいたぬらりひょんの黒い光を放つ斬撃が、蹴り足とかち合った。

 

 

 そして接触の瞬間、ほんの0.00000000001秒の刹那に、接触部位に黒炎と白炎が同時に宿った。

 

 

 天地が震えるほどの衝撃が吹きすさんだ。

 

 

「うぉおおおお!?」

「きゃあ!?」

「グワーッ!?」

「おわーっ!?」

 

 

 凄まじい衝撃に、あちこちで悲鳴が上がる。

 

 

「アーララ」

 

 

 光の神はたなびく髪を鬱陶し気に抑えながら、ぶつかり合う両雄を食い入るように見つめている。

 

 

「ふん」

 

 

 魔王はつまらなそうに鼻を鳴らし、まるで微風を前にするかのように微動だにしない。反対で光の神の傍らに立つゴスペルも同様だ。

 

 

 それらのやり取りは、二人の魔人には届いていない。今の彼らの目に映るものは、目の前の宿敵のみ。完全に絶命させるために、全神経を攻撃へと注ぎ込んでいた。

 

 

「んんんんんんんんんん!!!」

「オ゛ォ゛ッ゛!!!」

 

 

 一進一退の攻防。両者譲らず。だが次第にぬらりひょんが押し始めた。持続力の問題である。練り上げ、瞬間的に爆発させるがゆえに、イミテーションの攻撃は刹那的である。

 

 

 そのためこのようなつばぜり合いになると途端に不利となる。このままではじり貧だ。

 

 

((ん! な! こ! たぁ!))

 

 

 悪魔の眼光が赤熱した! その両目に、白と黒の炎が宿った! 

 

 

((分かってんだよォオオオオオオオオオ!!!))

「なにっ!?」

 

 

 瞬間的な力の爆発。瞬間的な光と闇。ならばそこに、更に瞬間的に加速と強弱を籠める。

 

 

 上乗せに次ぐ上乗せ。それが瞬間的にだ。一瞬で何十倍にも跳ね上がった圧力に、ぬらりひょんの反応が間に合うはずも無かった。

 

 

「──────」

 

 

 ぬらりひょんは自らの胸に空いた大穴を、呆然と見つめた。

 

 

 周囲にどよめきが走る。

 

 

((まだだ……!))

 

 

 息を荒げたイミテーションは立ち上がり、振り返った。そこには──────。

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