影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『chapter9 妖怪大戦争』③

 決闘の場はしんと静まり返っている。魔王陣営側は無論のこと、思い思いにくっちゃべっていた光の神陣営すらも口を閉じていた。

 

 

「……」

 

 

 青を通り越して白となった顔で、レトリバーは決闘を見つめていた。握りしめられた拳は小刻みに震えており、口は真一文字に閉じられている。

 

 

「心配?」

 

 

 プードルがひょっこりと顔を出し、覗き込むように見上げた。

 

 

「まあ、ね」

「私だってそう。でも、信じるしかないよ。でしょ?」

 

 

 視線の先では、早くも決着が付きそうな勢い。胸に大穴が開き、膝を付くぬらりひょん。イミテーションは振り返って構えを継続し、残心する。

 

 

 あまりにも濃密な戦闘であったが、時間にすれば十秒すら経過していない。極めて凝縮された時間間隔が、まるで何時間にも経過したかのように錯覚させたのだ。

 

 

「おいおいおいヤっちまったよあいつ!」

「ヌウーッ!」

 

 

 身を乗り出して眼を見開く光の神。直立して腕を組むゴスペルは怪訝そうに唸った。あまりにも呆気なさすぎやしないか? 

 

 

 ゴスペルは過去に戦った幹部、あるいはそれに類するものとの戦闘記録を思い起こしていた。

 

 

 山を越す海亀。百の眼を持つ肉塊。燃え盛る車輪。二股の尾の化け猫。宙を舞う木綿etc.

 

 

 どれもこれも一筋縄ではいかない化け物揃い。加えてその生命力の高さときたら。ゴキブリをも凌駕する圧倒的なまでの生き汚さ。

 

 

 当然その中にはヒトガタの怪物もいた。それもやはりどうしようもないほどしぶとく、またやっかいな異能を持っていた。

 

 

(あれもまた幹部の地位にいるというのならば、この程度で終わるはずが無い。絶対にまだ使っていない手札がある)

 

 

 ゴスペルはそれを確信していた。彼の感じる確信は、力持つものすべてが共有するものであった。

 

 

「「……」」

 

 

 静寂が支配したフィールドを、若き勇者と聖女、そして天使は無言で見つめる。彼らの脳裏に浮かぶのは、直前に戦った紅の妖狐の姿。

 

 

 爆炎を発して周囲を炎上させ、何もかもをも粉々にする天災。弱り果ててもなお逃走する力を残した、人として大事なものを振り捨てて得た驚異的な生命力と執念。

 

 

 彼らは確信していた。今までのはほんの小手調べ。ここから真の戦いが始まるのだと。

 

 

 千歳は強張った顔でイミテーションを見つめる暗夜たちを一瞥し、心底くだらないとばかりに鼻を鳴らして水筒のキャップを開け、茶を一口飲んだ。

 

 

 緊張が高まる中、彼女ただ一人だけがイミテーションの勝ちを確信していた。

 

 

「──────凄いですね、貴女は」

「ふんっ」

 

 

 傍らで立つエミリーは動じない千歳へ、素直に称賛した。

 

 

「どの道あいつが死ねば終わりだ。ならば、勝ちを確信する以外に外はあるまい」

「……それもそうですね」

 

 

 合点し、視線を決闘の場へと戻す。

 

 

「……」

 

 

 そのやり取りを耳に挟みながら、鳳凰院社長は無言である。考えた事も無かった。あの悪魔が殺されるなどと。

 

 

 勝てるのか? 殺されるのか? 仮にあの悪魔が死んでしまった場合、一体どうなってしまうのか? 

 

 

 疑念は降り注ぐ灰のように積もってゆく。決して消えない。蟠りばかりが広がってゆく。

 

 

 死んでほしい。だがいなくなって欲しくはない。相反する二つの感情。憎い。だが……。

 

 

 鳳凰院社長はただ見ている事しかできない。

 

 

「おい、そこの! おいガキ! 聞こえてっか!? 奴さん胸に穴ぁ開いちまったけど、どうなんだ!?」

「……」

 

 

 静寂の中、光の神は大声で対面に位置する魔王へと呼びかけた。魔王は視線だけをそちらへ向ける。

 

 

「だから?」

「あ?」

 

 

 魔王は言って、心底馬鹿にするかのように肩をゆすって笑った。

 

 

「知らんのか? まあ無理もない。()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「あぁ、うん。もっとはっきりモノを言ってくれねぇか? 漠然としすぎて分かんね」

「……」

 

 

 魔王は閉口し、侮蔑を宿した目で光の神を睨みつける。光の神はチョコレートバーの包装を開けてむしゃむしゃ食った。

 

 

「で? どうなん?」

 

 

 口元をチョコ塗れにした光の神は再度聞いた。

 

 

「もう間もなくだ。それまで黙って見ておれ」

「ハハハァなるほど」

 

 

 尋常ならざる殺意が放たれたが、光の神はまるで堪えた様子もなくひとしきり笑いこけると、真顔でイミテーションへ顔を向ける。

 

 

((……そろそろ、か?))

 

 

 呼吸は定まり、後は敵が動き出すまでただ只管待ちの構えである。動いた瞬間に最大火力を叩き込めるように、体は完全なる脱力状態である。

 

 

((ぬらりひょん。そしてその先……ここからは攻撃が当たる事。すなわち死だ……さっきなんて目じゃない程に攻撃は苛烈になる……気を引き締めんとなぁ))

 

 

 視線の先、胸に大穴をあけたぬらりひょんは、両膝を付いたまま、倒れない。

 

 

 当然だ。()()()()()()()()()()を殺すには、この程度ではまるで足りない。

 

 

 長ドスはぬらりひょんの手から落ち、3メートル先に無造作に転がってある。この状態でならば、今のぬらりひょんは無手である。今の状態ならば。

 

 

 やがて、膝を付いて動かなかったぬらりひょんの指先が、ピクリと動いた。

 

 

「──────」

 

 

 時間間隔が引き延ばされ、世界の全てが静止。加速、強弱、破壊、闇、光、を瞬時に纏い、限りなく光に近い速度となったイミテーションは探知により最も効果的な道筋を探り当てると、引き絞られた鷲の嘴を、ぬらりひょんの頭部に向けて放った。

 

 

 だが、当たる直前に、バツンと音を立ててその姿が忽然と消え失せた。

 

 

((バカな! 介入してきただと!?))

 

 

 イミテーションは早合点しかけるが、直前で気付く。

 

 

((動いた時には既に異能を発動していたか!))

 

 

 小賢しい! 憤懣やるかたないイミテーションは、しかし怒りを内に仕舞い込んで横に跳んだ。ほんの0.01秒以下の刹那に、彼の頭があった場所を半透明の何かが怖ろしい勢いで通過していった。

 

 

「ギッ―――」

 

 

 射線上にいた哀れなる虚無僧兵の一人が、それをまともに食らった。半透明のガラス片のような物体は虚無僧兵をあっさりと貫通し、その背後の建物すらも貫通し、その後ろの家屋すらも貫通し、それでようやく消失した。

 

 

 横に跳んだイミテーションは、次いで来る同様の半透明状物体を小刻みなステップでかわし、瞬間的な脱力。力を爆発させ、()()に向けて蹴りを放つ。

 

 

「ははは……」

 

 

 虚無的な笑い声を残し、衝撃の瞬間にバツンと音を立てて消えた。

 

 

「……」

 

 

 背後に気配。悪魔は振り向いた。

 

 

「「はは……ははは……」」

 

 

 変わり果てたぬらりひょんだったものが、そこにいた。

 

 

 着物をはだけ、即身仏めいた枯れ枝の如き上半身が露出していた。胸の大穴は名状しがたい闇に覆われ、その穴を塞いでいた。

 

 

 そして、その顔。いかなる時もうすら笑いを浮かべていた顔が、そこには無かった。溶けた蝋燭の様なケロイド状の顔面には本来あるべき目も、口も、鼻も完全に消失していた。

 

 

 顔も、自己も、帰るべき故郷とその記憶も何もかも失くしてしまった『のっぺらぼう』。それが、妖怪の大将ぬらりひょんの真の姿であった。

 

 

「「ははは……私は誰だ? わたしは、だぁれ? ほほほほほ」」

 

 

 二人の声が重なった、奇妙な声であった。しわがれた声は、しかし男とも女とも取れ、子供のようにも老人のようにも聞こえた。

 

 

「何じゃありゃ?」

 

 

 光の神は胡乱気にのっぺらぼうと化したぬらりひょんを見た。魔王は勝ち誇った。

 

 

「ああなってしまえば、さしもの悪魔も終わりだな。短いが、なかなか良い余興だった」

「……否、まだ始まってすらおらぬ」

 

 

 早合点する魔王へ、ゴスペルは吐き捨てた。

 

 

「「……」」

 

 

 白と黒の視線がぶつかり合い、目に見えぬ火花を散らす。

 

 

「えぇい水を差すでないわ!」

「「っ!」」

 

 

 渦巻く殺意が莫大な力に押し流され、消えた。ゴスペルは光の神を見た。光の神は視線すら寄越さず、ただ目の前に映る光景にわくわくした面持ちでポテチの袋を開け、バリバリと食った。

 

 

「「わたしはだれだ? ここはどこだ? アハーハーハーハー……」」

 

 

 くねくねと身をよじらせるのっぺらぼうへ、イミテーションは動かない。

 

 

 ふざけた言動であるが、放たれる圧力はぬらりひょんの時とは比較にもならない。不用意に動けば、たちまちのうちに致命打が飛んでくるであろう。冷汗が垂れ落ち、顎を伝って雫が落ちた。

 

 

 水滴が、地面に垂れた。

 

 

「ッッッ!!!」

 

 

 その瞬間、それまで身をよじらせていたのっぺらぼうが唐突にイミテーションへと顔を向けた。

 

 

「「あっ!」」

 

 

 のっぺらぼうは指さした。

 

 

「「あっ! あっ!! あっ!!!」」

 

 

 咎めるように。縋るように。のっぺらぼうは何度も何度も指をさす。

 

 

「「嗚呼!!!」」

 

 

 のっぺらぼうは両手を広げた。手の中にはガラス片の様な半透明状の物体がそれぞれ左右の手に握られていた。

 

 

((来るッ!))

 

 

 バツン。空間が途絶される音が響き、妖怪は眼前に。

 

 

「「あぁ~!!!」」

 

 

 失われた顔から嘆きの声を発しながら、のっぺらぼうは握りしめたそれを振り下ろした。

 

 

 悪魔は潜り抜け、飛ぶ。

 

 

 第二ラウンドのゴングが鳴らされた。試合再開だ。

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