障子くんが雄英に合格できたのは   作:へびのあし

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1、タコと星の出会い

 

 

 

 梅雨だった。

 だから、それは自然なことだった。

 

 雨が降った。

 ざあざあと。それはそれは、景気良く。

 翌日の朝、空は白く晴れたものの川は増水し、唸りをあげて轟々と流れていた。

 そう。それこそ、幼い子が落ちてしまったなら、たちまち呑まれて溺れてしまうだろうというくらい。

 

「あっ……!」

 

 それは小さな少女だった。

 手に持っていたポーチが風に煽られて、川に飛ばされて。思わずそれに手を伸ばした瞬間、つるりと足を滑らせて落っこちた……そんな不運に見舞われた少女がいた。

 

 緑豊かな村。

 田舎特有ののどかな道を歩いていたのは、一人の少年。

 

 異形。

 合計三対の腕が水かきのような膜で繋がった見た目の少年が、たまたまそこを通りかかった。

 

「……っ!」

 

 少年は手を伸ばした。

 ————届かない、と誰もが思うであろう瞬間。

 異形の両腕がありえないスピードで伸びた。

 

 右腕は河岸の岩に二本分ひっかっけ、そのまま自身はざぶんと川に身を躍らせる。

 川の真ん中で助けを求める少女の手と、空いた左腕を思いきり伸ばした少年の手が、はっしと繋がれた。

 

 無我夢中で幼い命を引き上げる少年。

 少女は引っ張られるまま、激流から抜け出すことができた。大岩に引き上げられて、助かった。

 命を失いかけた恐怖と、突然訪れた安堵。号泣する少女を、少年は異形の腕で包み込むように、穏やかに撫でていた。その仕草は不器用だったけれど。少年の優しさは、確かに伝わってきた。

 

 

 ————その光景を、見ていた大人がいた。

 

 木々の間から、一部始終を目撃したのは。

 

 花泥星太郎(はなどろせいたろう)

 

 彼は、ポロリと手に持っていたカゴを落とした。

 唖然として。口を半開きにして。少し遠くで起こったこの出来事を、まじまじと見つめていた。

 

 

 少年にとって不幸だったのは。

 これを見ていた大人が、星太郎の一人だけではなかったことだろうか。

 ただただぽかんと立ち尽くすだけの星太郎なら、彼らにとってなんら害はなかったのだ。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 ここは、排他的で保守的な村。そして。

 

 

 

 

 

 

 ————壮絶な異形差別が行われる地域。

 

 

 

 

「忌み血がミチコに触れた……!」

「穢れた手で触れやがった!!」

「あいつが!」

「ヤツが!!」

「祓え!」

「穢れを一刻も早く祓うんだ……!」

「血祓いをしろ!」

「血祓い!!」

「みんな集まれ!!血祓いだ!血祓いをするぞ!!!」

 

 

 

 一人が二人。

 二人が三人。

 人から人へ、伝言リレーのようにどんどん情報が伝わっていく。

 あっという間に、村人が続々と集まってきた。

 助けられた少女が、村の子の中でも一二を争うほどの人気者……つまり可愛らしく頭もよければ性格も素直だという完璧ないい子だったのが、この異様な興奮に拍車をかけていた。

 

 あの一輪の花のような子に、忌み血が触れた……!

 

 

 手に手に農具や棒を持って集まった村人たち。

 膨れ上がるは、恐ろしい熱気。

 少年は乱雑に少女と引き剥がされ、壮絶な暴力が始まった。

 

 

 手や足で直接殴ったり蹴ったりするのも汚らわしいとばかり、道具を介して攻撃する村人たち。

 

 

 どこかで、やめて、やめてと泣いている、少女の声がする。

 

あのお兄さんはわたしを助けてくれた、なんであんなことするの、お願いだからもうやめて。

 

 手を伸ばして駆け寄ろうとするその少女を、大人がそっと目を塞ぎ、抱き包むようにして阻んでいる。

 

 

 少年は何本もある腕で、必死になって頭を庇おうとしていた。

 すでにその顔からは鮮血が流れ、顔半分は真っ赤に染まっている。

 

あのお兄さんはやさしい人、誰よりやさしい、いい人よ。

なんでたたくの、なんでケガさせるの。

わたしが助かったのは、あの人のおかげなのよ。

 

 

 少年の耳に、少女の声は届いていたのだろうか。

 わからない。

 彼は目を瞑っていた。凄まじい痛みと苦しみに歯を食いしばりながら、彼はただただ暴力を振るわれるがままになっていた。

 身を守ることに徹する彼の中には、他者への反撃、反抗の素振りは一つもなかった。

 

 抵抗すれば、もっとひどい制裁が待っていると知っていたからかもしれない。

 すでに逆らうことの無意味さを知り尽くし、全てを諦めてしまっていたのかもしれない。

 

 ……でも。それだけではなく。

 彼自身の心の奥深くに眠っていた、“正義”を見失わない精神性のようなもの。

 それを、少女の声が呼び覚ましていたのかもしれなかった。

 

 

 少年の表情に恨みはなかった。

 

 固く目を瞑りながら。

 少年は何かを決意していた。

 

 それはまさに————彼自身の人生を変えてしまうほどの、重く深い決意。

 

 

 そして。

 

 花泥星太郎。

 集まった村人の後方でじっとこの光景を眺め続けていた彼も、また。

 

 今日この日が己の人生の転機となることを、直感していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 暖簾をくぐる。

 木と草のいい匂いが、鼻をついた。

 

「————雨森さん、いますか。」

「はいはい。ここにおりますよ。」

 

 雨森薬斗。

 頭から薬草を生やす個性を持っており、ちょっとした漢方医のような立ち位置にいる老人だ。

 花泥星太郎は、そろりと彼の診療所兼自宅へとお邪魔した。

 

「ちょっと川で溺れかけた子供がいまして。今はいつも通り元気になっているものの親御さんが心配していてですね……『1』と『3』……それから『4』あたりの葉っぱをもらいたいのですが。」

「はいはい。お安い御用です。」

 

 さわさわと、雨森老人の白髪から葉っぱが生えてくる。

 のんびり屋でちょっとボケ気味の彼だが、個性や診療に関する間違いは犯さない。

 花泥はお金を払うと、お礼を言ってすぐにその場を後にした。

 

 いけないことをしている時のような罪悪感が、胸の中に忍び寄る。

 いやいや、と花泥はその思いを振り払った。

 

 何を後ろめたいことがある。

 今俺がしようとしているのは、悪いことではないはずなのだ。

 

 花泥が、雨森老人の個性による薬草のうちで、受け取ったのは三種類。

 一つ、心を落ち着かせる薬草。

 一つ、痛みを抑える薬草。

 一つ、体力を増進させる薬草。

 

 ……川で溺れた少女に渡す、と言ったなら。ギリギリで言い訳がきく範囲内のものを選んだつもりだった。

 

 

 ————きっと少年は、たった一人、目立たないところで手当てをしようとするだろう。

 

 花泥は……というより、村中が知っていた。

 彼の母親は、一度息子を庇おうと前に出たことで思い切り殴り飛ばされ、以来このような騒動が起こると家にこもって一歩も外に出ることができなくなった。父親に関しても、あまりにも怯えて恐慌状態に陥る母親を放っておくこともできず、また外へ出ていったところで己に息子を助ける力がないことを十分すぎるほどに理解していたため、同じように家にこもって出てこない。

 

 少年を助けようと手を差し伸べにくる人間は、誰もいなかった。

 

 

 果たして。

 

 花泥がサラサラと流れる小川に辿り着いた時。

 そこには、血塗れの体をその綺麗な水で洗おうとする少年の姿があった。

 夕方だった。

 もうすっかり暮れてしまった薄暗い空には、ぼんやりと白い一番星が瞬き出していた。

 

 花泥は、静かに近づいていって、後ろから声をかけた。

 

「障子さんのところの……目蔵くんだったか。」

 

 少年はひどく驚いたようで、勢いよくこちらを振り向いた。

 おおかた、大切な川の水をお前の血で穢すな等と罵られるかと思って身構えたのだろう。

 ……無理もない。

 見れば見るほど、凄まじい怪我だった。

 大勢の悪意に晒された少年の体は、動けているのが不思議なほどボロボロだった。

 

 花泥は、少年の警戒に気付かぬふりをしながら、懐から三枚の葉っぱを取り出した。

 そしてそれらを、地面に置く。

 風で飛ばないように、綺麗な小石を重しにする。

 少年を刺激しないよう、これ以上は自分は近づかないという意思表示をしたつもりだった。

 

「雨森のおじいさんの薬草だ。……楽になるから、食べなさい。」

 

 花泥は、静かに言った。

 そして、もう一つ。一番言いたかったことを、口にした。

 

「赤襟地蔵の奥の、行き止まり小道。そこに突き当たる十歩ほど手前にある藪は、実は枝分かれした道を隠してる。私しか知らない秘密の通路だから、何かあったらそこを通って、私に会いに来なさい。」

 

 誰にも見られることなく、花泥に会える道。

 それを伝える。

 花泥自身と少年のどちらの身も脅やかすことなく打てる精一杯の手が、これだった。

 

「………。」

 

 少年が、じっとこちらを見上げている。

 純粋な目だ。

 怖いくらいに、透き通っている。

 

 ふと、花泥は自分の顔が歪みそうになるのを感じた。俯いて、その突然の衝動をやり過ごす。

 

「……あなたは、」

 

 ふいに少年の静かな声が、花泥の耳を打った。

 

「花泥さん、ですよね。」

「ああ。そうだ。」

 

 怖い。花泥はそう思っていた。

 この少年のあまりの善性が怖い、と。少年を尊く思う気持ちと、それをどうしてもよしとしない己の価値観が意味もわからないほど絡まり合って、吐き気がしそうだった。

 

 自分だったら、と、花泥はふと想像した。

 

 自分だったら。

 あの子を救うため、迷わず激流に飛び込むことができるだろうか。

 自分も子供である身でありながら、危険に向かって。

 それに何より、彼は異形だ。

 その手で人に触れればあとでどうなるか、頭で考えればいくらでも躊躇する理由を思いつくことができただろうに。

 

 ……もう、限界だった。

 

 そして時間も、限界だ。

 花泥はくるりと踵を返して、小川のそばを歩き去った。

 

 打ち身、切り傷、おそらく骨にもヒビくらいは。そんな満身創痍のひどい怪我を負った少年を、花泥はそれ以上顧みることができない。

 

 なぜかと言えば、簡単な話だ。

 あまり長居をすれば、花泥が彼にあって話をしていたことがバレるかもしれない。

 そうなれば、まずい。何がまずいって、もうありとあらゆることがまずい。想像だにしたくない。

 

 

 逃げの言い訳だということは、承知している。

 それでもなお、花泥はこの場にとどまることはできなかった。

 彼はただただ、足早に歩を進める。

 

 

 涼しげな夜空に、月が白く輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……自分は一体、何をしているのだろう。

 

 至極平凡な疑問が、花泥の胸に浮いている。

 

 ……こんなところで、一体、何を。

 ……自分は、何をして、ここに。

 

 ずっと考えている。

 めまいをするほど考えている。

 川から幼い命を引っ張り上げたこの少年を見た時から、ずっと。ずっと。

 

 

 

 







オリキャラ:花泥星太郎(はなどろせいたろう)
たぶん色々と抱え込んで拗らせてる生まれつきの苦労人気質。
AFOに見つかったら「あいつの個性便利だな!よし、奪ろう!」と追いかけ回される運命にあるため、ひっそりと生きるべきだと思われる。
小さなヒーローの姿に目を灼かれた。将来障子グッズが販売されたら泣きながら買う。
独身。

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