障子くんが雄英に合格できたのは 作:へびのあし
花泥星太郎。
それは村の中で、ひそやかな有名人だった。
個性:「イケメン」
なんじゃそりゃ、と思うが、その文字が表す内容そのままである。顔がイケメンに見える。写真などをよくよく落ち着いて観察してみると、あまり特別整っているようにも見えないのだが。しかしパッと見て、受ける印象はとても綺麗だ。美しい、と言ってもいい。
それだけではない。
気遣いがうまく、声も温和で、その人となりは非常に誠実。
誰もに好かれる、女性はもちろん男性からの人気も高い人物だった。いまだに独身を通しているが、世帯を持とうと思えばいくらでも好きな人を選べるだろうことは想像に難くない。
ある意味で、障子目蔵とは対極にある人間である。
出ていけ、死ね、キモい、化け物。ありとあらゆる罵詈雑言を浴びてきた少年とは、全てが異なる。生まれ持ったものが何であったかで、こうまで違いが出るものなのかと、呆れてしまうほどにその差は深かった。
四十は越しているはずなのだが、やはり彼の顔はいつまでも美しい。
夜の暗がりに薄ぼんやりと浮かび上がった、花泥の姿。
不思議なほど完璧な調和が取れた彼の姿形を、障子はどう解釈していいのかわからなかった。
……雨森のおじいさんの薬草だ。……楽になるから、食べなさい。
……何かあったらそこを通って、私に会いに来なさい。
彼の声が、耳の中を反響している。
今まで縁もゆかりもなかった大人である。
突然に話しかけられてびっくりしたし、何より彼の意図がよくわからなかった。
障子の個性:「複製腕」
この体に生まれついたことを、何度恨んだことだろう。腕が二本、普通に生えていればと、何度思ったことだろう。
しかし、今日。
初めてよかったと思った。
もしも自分の腕が他の人と同じだったなら、間に合わなかった。あの少女の命は、風に吹かれた蝋燭の火のように消えていた。障子の腕が障子の腕だったからこそ、命を救うことができた。
感謝されて、お礼を言われて、自分が泣きたくなるくらいに嬉しかった。
そして、今。
おそらく村で自分と最も繋がりがなかった大人が、障子に薬草を渡しに来た。
じっと、小石で重石をされた三枚の葉っぱを見つめる。
(……これ、食べられるだろうか。)
障子は、少し辛くなって目を伏せた。
顔の下半分が思いきり切り裂かれている。喋るぐらいならまだ気力でなんとかなるが、ものを咀嚼して呑み込むのは大変そうだという実感があった。ただでさえ燃えるように痛みを発する口周辺を動かすのは、あまり気乗りがしない。
でも。
目を瞑って、考える。花泥の声を、思い出す。
……楽になるから、食べなさい。
楽になるなら。
障子は案外すぐに覚悟を決めた。
そして一度覚悟を決めたなら。それを鋼の意志で貫くことができるのが、障子という少年だった。
*
赤襟地蔵の奥の、行き止まり小道。
でも実は、そこは本当の行き止まりではなく。
うまく道を見つけることができれば、先に進むことができる————
散々に悪意に晒されながら生きてきた障子は、ほんの少しの善意に敏感になっていただけだったのかもしれない。けれどとにかく、花泥という大人を奇妙なほど慕い始めていたのも、確かだった。
なんというか、不思議な温度が滲み出ている。
そんな雰囲気を花泥を纏っている。
彼ならば、自分に悪意をぶつけることはないだろうという、妙な確信がある。
だから、会いにいってみようと、そう思えた。
障子は複製腕の先に耳を生やしていた。この方法で複製した耳は、通常の耳の何倍もの精度の感知を誇る。この聴力で足音や服の擦れる音を聞き、彼は常に人目をうまく避けて歩くことができていた。
……万が一にも、後をつけられるわけにはいかない。
それを障子は、よく理解していた。
秘密の通路とやらがバレ、彼が花泥に会いにいったことがバレ、そしてあの日花泥が薬草を彼に渡したことがバレたなら。
村中の空気はまた、恐ろしく凍りつくことになるだろう。
花泥は孤立する。表面的にはいつも通りでも、彼と他の村人の間にはどこか冷えたものが残る。
そして障子は、いつも通りに全てを被って制裁を受けることになる。
教わった通りに、やぶへ突っ込む。
なるほど、と思った。
青々と茂る葉っぱで隠されてはいるが、そこさえ無理やり突っ切れば向こう側にぽっかり空間が空いている。
しかしまあ、わかりにくい。
大丈夫、ここは道だと事前に誰かに言われていなければ、迷って出られなくなることが不安ですぐに引き返すことになるだろう。それぐらいに、道らしくない道だった。
ふいに、障子は立ち止まった。
人がいる。
少し向こうの曲がり角の向こう側だ。どうやらその人物は、道の真ん中で読書しているしているらしく、座り込んだまま身じろぎもせずに時折ひらりとページをめくる音を鳴らしている。
……花泥星太郎だ。
障子は直感した。
彼はこの時間、どこかへ姿を消していることで有名だ。山菜を集めにでも行ってるんだろう、というのがもっぱらの噂。彼が幼い頃、山菜採りの達人であるお婆さんに弟子入りして山に入り浸っていたのは、よく知られた話だ。
けれど。
そうではなかったようだ。
彼はきっと、この誰も知らない道で時間を潰していたのだ。
いきなり現れた障子を見ても、花泥は驚いた素振りを全く見せなかった。
ちらりとこちらを見て、「こっちへ来て座りなさい。」と静かに言う。
障子は素直に従った。
沈黙の時が流れる。
「……きみ、」と花泥はふいに言った。
「傷が治っていないなら、隠さずに治療した方がいいのでは。」
首ごと口元全部を包むようなマスクで顔半分を覆っていることを、指摘されたのだ。
障子は「……いえ。」と言って首を振った。
「もう、だいぶ治っています。」
「そうか。」
「ただ、見た目はけっこうひどい跡が残っていて。あの後、ミチコちゃん……あの子に、泣かれました。血祓いの光景を思い出したみたいで、怯えてしまって。俺の顔で怖がらせるくらいなら、傷跡は隠しておいたほうがいい。……そう、思いました。」
「………。」
花泥は、しばらく沈黙していた。
手元の本は、少し前に閉じられたまま、風に表面を撫でられてたまにひらひら音を立てている。
「……きみは、優しいのだな。」
ため息をつくようにそう言って、花泥は空を見上げた。
その横顔は美しく、マスクで隠すことなど生涯で一度も考えたことはないのだろう。
なぜか、障子は思った。
この人になら、言ってもいい。
信頼して、打ち明けてもいい。
気付けば、口を開いていた。
「……俺、ヒーローになりたいんです。」
ぴくり、と花泥の眉が動いた。
ヒーロー。
超常の力を宿す人間が溢れるほど誕生している世の中で、最も人気のある職業だと言われる。
『個性』を悪用する犯罪者、すなわちヴィランを取り締まる、警察に似て非なる仕事。
社会の平和を守る象徴たる彼らは、ショーのように華やかに、力強く豪快に、時には優しく紳士的に、それぞれのやり方で人助けを行なっている。
窃盗犯を捕え、人質を解放し、交通事故を未然に防ぎ、迷子を送り届け、災害時には救助に走る。
そんな彼らの活動はメディアで配信され、今を生きる人々に希望を与えている。
花泥は、障子のほうを見なかった。
ただ、静かに呟くように、彼は言った。
「きみはそれに向いていると思う。少なくとも……私などより、ずっと。」
派手な激励ではなかった。
目さえ合わせてはくれなかった。
しかし障子は、これが自分にとって一番受け取って嬉しい言葉なのだと悟った。
なぜなら。
本心だとわかったから。
花泥は、障子をヒーローに向いていると思ってくれている。
淡々としたその言葉に、嘘はなかった。
花泥が静かに息を吐いた。
どこか遠くを見るような、そんな目をする。
「ヒーロー科に入ること自体は難しくない。……が、本気でヒーローになるというのなら、その道は非常な難関だと聞いたことがある。……そして勉学はともかく、格闘技なんかは、私はからきしだ。すまないが、そちら方面では私から教えられることが一つもない。」
「……独力で行けるところまで行ってみます。」
「絶対に他人を頼りなさい。きみはできるだけ早くこの村を出るべきだ。そのために頼れる全てを頼るんだ。」
「………。」
頼れる大人など、誰もいない。
“独力で”というのは、それを知っているからこその、障子の言葉だった。
しかし花泥はそれを全て承知した上で、頼れと言った。いっそのことむきになっているのでは、と思うくらいに強く花泥は「頼れ」と強調した。
ヒーローになる一番の近道は、名門のヒーロー科を有する高校へ入学すること。名門高校以外だと、ヒーロー免許を取ることが著しく難しくなる。しかし当然名門校は超人気。入試の倍率は毎回数百倍を記録し、就職氷河期時代の企業面接よりも可哀想なくらいに狭き門である。
田舎の学校、しかも障子を異形だと排斥していじめの標的にするような場所では、ハイレベルな入試についていける実力が身につくはずもない。
自分一人でなんとかすると言っても、それを有言実行することが簡単に許されるほど、ヒーロー科の入試は甘くない。
欲を言うなら、家族ごと障子に都会へ引っ越してほしい。
そしていい先生について、ヒーローになるためのイロハを学んでほしい。
そう、花泥は考えていた。
……まあ、それができるならとっくにしているだろうから、意味のない仮定ではあるのだが。
「とりあえず。」
と、花泥は言った。
「勉強は私が教えよう。……それと、私の昔の友人で、雄英高校勤務の治癒ヒーローの御息女と結婚したやつがいる。」
そのツテで、なんとか色々頑張ってみる。
そう、花泥は言った。
……頑張るって、具体的に何を?
そんな疑問を頑張って呑み込んで、障子は頷いた。
花泥の、昔の友人。
少し考えてみて、そういえば、一人思い当たる節があるような。と障子は思い出した。
雨森薬斗と雨森みよの夫婦、その息子。彼の名は、雨森草太。
昔この村をさっさと出て、都会ボーイになってしまったともっぱらの噂の男の人。気が優しすぎて、この窮屈な村に徹底的に合わなかったのだと聞いたことがある気がする。
……頼るというのは、その人に?
思わぬ急展開だった。
本当に、本気でヒーローを目指せるかもしれない。
ぼんやりとした夢ではなく、具体的な目標として。
障子は目を丸くして花泥を見つめていた。
<以前書いた別作品からの出張:雨森ファミリー>
3滴のビールで呂律が回らなくなる伝説のゲコゲコ家族。
薬斗(父)と草太(息子)は頭から薬草を生やしてくれるので、一家に一台あると超便利なハーブガーデンになれる。
みよ(母)はハッチャケ母ちゃんだったが、歳を取るにつれてどんどん優しく丸く苔玉のようになってゆくこととなった。山菜採り大好き。
田舎の村で親子3人で仲よく暮らしていたが、草太くんはシティボーイ派だったので、都会に羽ばたいてお嫁さんを見つけ、見事赤ちゃんを一人もうけることができた。
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詳しい個性遺伝の経緯などについては「保健室のきゅうり」第七話「✳︎物語のあいまに後日譚:寝袋とダイナマイト」の後書きにも記載。
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この作品では草太くん一家がもっと幸せな末路を辿れるように祈祷を頑張るショゾン(所存)!