障子くんが雄英に合格できたのは   作:へびのあし

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3、きみは悪くない

 

 

“ヒーローになりたがってる子供がいる。

自分でもあらゆる手段を尽くして彼をサポートするつもりだが、いかんせん教師役が自分では力不足。

ひいては、手助けをお願いしたい。“

 

 ……みたいなことを、花泥はいい感じに手紙に書いて送った。

 

 雨森草太からの返事はまあまあ早かった。

 

“いいよ。“

 

 ……みたいなことが、なんかいい感じにまとめられて書いてあった。

 

 

 できれば村の誰にもバレないようにやり取りしたいという花泥の願いに応えて、彼は都会の友人の個性だという『ポスト』……つまり、手紙を意のままの相手に直接届ける方法で返事を送ってくれた。

 

 『とりあえずToDoリスト』なるものが同封されており、そこには箇条書きで、理想のトレーニング方法などが書いてあった。

 食事、運動、睡眠。

 バランスよくとって、全体的な体力アップを図る。

 

 へえ、と花泥は感心しながらそれを眺めた。鍛えるって、こんな風にするもんなんだな。

 

 格闘の訓練についてはちょっと調べるからまだ待ってね、と書いてあって、花泥はなるほどと頷いた。ここまでしてもらっただけでもだいぶありがたい。体を強くする必要なんて考えたこともなかったから、書いてあること全てが新鮮に映る。ふうん、つまり、健康にいいことをすれば喧嘩も強くなるのかな、へえ、なるほど。そんな感じでふんふんと読む。

 

 「雄英高校の過去問とかもまた送るけど、まあ当分はきみが教える勉強だけで足りると思うよ〜。」とも書いてあった。

 

 それは、まあ。

 勉強に関しては自信がある。

 学ぶのは趣味のようなものだった。読書の片手間に、あらゆる教科の勉学を、毎日少しずつではあるが何十年も続けて過ごしてきたのだ。地頭だけで勝負していた頃だって、村一番の神童だと騒がれていた。狭い村の中のこととはいえ、さすがに高校生レベルはクリアしていると信じたい。

 

 ……そんなに勉強ができるのに、どうしてこんな村なんかに燻っているのか?

 

 それは本当に、どうしてだろう。

 花泥は思う。

 どうして自分はこんなところにいて、日々をダラダラと過ごしているのだろう。

 

 色々なしがらみに絡め取られて、いつの間にか身動きできなくなっていた。

 頑張れば抜け出せるのだろうが、頑張りたいとも思わない。

 そこまで居心地が悪くもないのに、不確定な未来のために気力を振り絞りたくない……そんな感じだろうか。

 

 その点、と思う。

 障子目蔵。

 彼は抜け出せる。この地獄みたいなスタート地点から、目標に向かってダッシュを決められる。

 絶対にできる。彼ならできる。

 

 花泥の昏い目には、静かに宇宙に灯る星のような光が宿っていた。

 

 

 ……彼ならば、きっと。

 

 

 きっと、彼ならば。

 彼ならば。

 

 

 彼ならば、できるはずなんだ。……と。

 

 

 

 

 

 

 個性。

 そう呼ばれる超能力が、この世には存在している。

 近年、個性の発現率はおよそ八割。

 そしてそのうちのほとんどの子が、四歳までに個性を発現するという。

 

 ちなみに個性を検査する場は病院で、個性を保有している場合、『個性届け』に詳細が記載される。

 

 花泥の幼い頃の記憶は大体が曖昧だ。

 

 

 ……けれど。

 あの日の出来事だけは、よく覚えている。

 

 

 白い病院。

 白衣を着た先生。

 ボードを片手に、こちらを見ている看護婦さん。

 

「……きみの個性について、教えてくれるかな?」

 

 優しい声が、幼い花泥の耳を打つ。

 

「何ができるか。どんな風に他の子と違うのか。なんとなくでいいんだ。自分で感じたまま、しゃべってくれればいいんだよ。」

 

 花泥は、ゆっくりと顔をあげる。

 しばらくして、人差し指で自分の顔を指さした。

 

「ん?」

 

 医者がその先を促すように、首を傾げる。

 花泥は、幼い舌を一生懸命に回しながら、説明した。

 

「かおが、きれいなの。みんな、ボクのかおをすきになってくれる。」

 

 お星様みたいに可愛いねって、この前保育園の先生に言われたよ。

 花泥がそう言うと、医者は、ほうと息を吐いた。

 

「顔が綺麗な個性なんだね。」

「……うん。」

「ずっとそのままなのかい?寝ている時も、一日中?」

「うん。」

「なるほど。……では、一応親御さんにも確認を。彼の言葉に、間違いや補足事項などはありませんか?」

「はい。問題ありません。」

「わかりました。」

 

 個性届けには、「イケメン」と記載された。どこか微笑ましく遊び心にあふれた表情を浮かべた医者の手で。常時発動型の個性、イケメン。と。

 

 病院からの帰り道。

 両親は誇らしげに花泥の頭を撫でた。

 いい個性ね。きっと生涯あなたを助けてくれる。うんと大事にするといいよ。

 

 花泥はちょっと笑って頷いた。

 誰もに好かれる顔で。

 両親を見上げて、頷く。うん、わかった。ありがとう、パパ、ママ。

 

 

 

 

 ————嘘つき。

 

 誰かの声がする。

 

 ————よくも騙したな。悪党め。

 

 うるさい。

 頼むから黙ってくれ。

 

 ————いいや黙るもんか。その口縫い合わせてやりたいのは、こっちのほうだ……

 

 黒々とした海のようなものに、絡め取られている。ねっとり粘ついた水に囲まれ息ができない。恐ろしい影のような幻覚が、こちらに迫ってくる。

 わんわんうるさい耳鳴りに、両手で頭を抱える。

 気付けば泣いていた。

 許して、許してと、うわごとのように声が漏れる。

 悪かった。悪かったよ。認める、謝る、だからどうか、許して……

 

「……大丈夫ですか!花泥さん!」

 

 

 う、と呻く。

 花泥はかすかに目を開けた。薄ぼんやりとした光が、視界に入る。

 

 がさがさ。

 耳が音を拾う。やぶを通り抜けてこちらへ駆けてくる人間の音。そして呼び声。……ああ、あれは障子少年の声だ。花泥は確信した。

 と、いうことは。

 ……夢だ。……俺は眠りかけて、夢を見ていたのだ。

 

 ハッと目を開けた。

 

 一番最初に見えたのは、大きな手だった。花泥の肩を持って助け起こそうとしているのか、両腕がこちらに伸びてきていた。

 

 驚いて。

 反射的に花泥は真っ青になった。

 ギョッとその手を避けるように飛び起きる。

 

「………っ!」

 

 しまった。

 そう思ったのは、目の前の少年の表情を見た時だった。

 

 汗びっしょりになってうなされていた大人を助け起こそうとして、そしてそれは未遂に終わった。

 ……この今の出来事が彼にとってどんなに大きなことだったのか。

 花泥はすぐに理解した。

 理解、してしまった。

 

 障子は、罪悪感と失望に塗れた顔でこちらを見ていた。

 ……穢れ。

 そう何度も呼ばれてきたその腕を、伸ばしかけて引っ込めた。

 目の前の大人の反射的な拒絶を目の当たりにし、今のはやってはいけないことだったのだと、悟ったのだ。

 

 

————彼という存在が穢れを持ち込む。

————もしも彼に触れたなら、災いが降りかかる。

 

 ……何度。同じ言葉を聞いただろうか。

 

 花泥は真っ暗な気持ちになった。

 少年が傷ついた顔でこちらを見ている。信頼と安堵を裏切られた、苦しそうな顔でこちらを見ている。

 

 ……いい加減に、もういいじゃないか。

 

 花泥は、いつの間にか地面に落ちている自分の読書用の本、そして草太からの『とりあえずToDoリスト』を見て、絶望的に息を吐いた。もっと明るい雰囲気でこれを渡すつもりだったのに。いつも通りに振る舞うはずだったのに。

 やってしまった。最悪だ。

 けれど、自分が一番知っている。言い訳はできないのだと。眠りかけでぼんやりしていて、本能が反応しただけ。丁寧にくるみこんでひた隠しにされていた自分の本性が顕になっただけ。

 

 花泥の本質は、少年を拒絶していた。

 そしてその事実を、否応なしに目の前につきつけられた。

 

 

 今、花泥は己の情けなさに絶望していた。

 

 

 ……ああ、穢れが、何だというのだ。災いの神の天罰が下ったとして、それの何が怖いんだ。

 

 そもそも、と花泥は思った。

 今更、罪と言えるようなことはいくつもおかしてきている。それなのに、この優しい少年よりも遥かに恵まれた生を送っている。

 そんな自分が少しばかり穢れたからといって、何が変わるというのだ。

 むしろ、罰があるなら受けるべきじゃないだろうか。この少年より立派な心を持っていると胸を張って言えない自分が、彼が持っているかもしれない得体のしれない何かを、彼以上に恐ろしがるのは道理が伴っていない。

 ……そう。

 障子が穢れているいない云々を問う以前に、“自分たちは何を怖がっていたのか“という大きな問題がある。

 

 

 ……そんな風に考えて、花泥は大切な何かから目を逸らす。

 

 

 

 

 それはもしかしたら、自分を守るための行為だったかもしれない。

 花泥は、自らに言い聞かせる。

 

 

おまえならできるはず。

これ以上、彼を落胆させないように。

彼に嫌われるような言動を繰り返さないように。

 

 

「障子くん。」

「………。」

 

 傷ついた表情の少年が、こちらを見ている。

 顔の下半分をマスクで覆った彼が、静かに見つめている。

 

「きみは、何も悪くない。」

 

 花泥は立ち上がり、ゆっくりと彼のもとに歩み寄る。

 ひざまづいて、その手を取った。

 

 

だいじょうぶ。

自分のこの手を震わせてはだめだ。

しっかりと彼の手を掴んで、離してはいけない。

 

 

「悪いのは……私たちの方だ。」

 

 温かな、彼の体温が伝わってくる。花泥はゆっくりと、彼を包み込むように抱きしめる。

 

「正すべきは、こちら側。」

 

 きみは何も、悪くない。

 きみだけは、何一つ間違っていない。

 悪いのは、間違っているのは、私たちだ。

 

 

 花泥の肌はほんのわずかにこわばっている。おもいきり震えそうになる全身を無理やりに押さえ込んでいる。こうした反動も出ないように頑張っているけれど、どうしても限界がある。

 それを障子は、感じているだろうか。

 体が、少年に触ることを拒否している。それを精神力で屈服させて、花泥は今、彼を抱きしめている。

 

 花泥は、幼い頃から刷り込まれてきた。

 清純でないものに触れてはならないと。

 あれはよし、これはなし。あれは積極的に取り入れなさい。これは絶対に触ってはならない。あれには毎晩手を合わせてお祈りして。これには目も向けてはなりません。それから、あれは、これは、それは————

 

 

 一度刷り込まれたものは、二度と取り消すことができない。

 

 

 あの日。

 川で少女を救った少年の姿に、目を灼かれた。

 夜空に輝く一番星のように尊い少年に目を奪われ、他に何も考えられなくなった。

 

 村人に暴力を振るわれる彼の姿を見て、世の理不尽を悟った。

 

 ……けれど。

 

 ……そんな、花泥でさえ。

 

 

 

 涙が溢れた。

 障子のことを、人間として見ることができない。

 同じ種族の同じ生き物として、どうしても花泥の目には映らない。

 

 

 

 穢れの塊としてしか、障子を見ることができない。

 

 

 

「きみは、悪くない。」

 

 

 震えながら嗚咽して、涙でぐしゃぐしゃになるほど泣きながら花泥は言い続けた。

 きみは、悪くない。

 正すべきは、こちら側なんだ。

 

 

 

 






Q、複製腕の先っぽに作れる人体部位のうち、一番戦闘時に便利なと思うのはなんですか?
障子くん「戦闘時は、手が便利だな。桁違いの威力を放つ手札が増えるから、単純に言ってパンチがパワーアップする。」

Q、そういえば、入学時の握力検査で540kgでしたね。規格外すぎてスゴイです!では、日常生活で便利だと思うのは?
障子くん「そりゃあ耳だな。村では誰にも鉢合わせないように足音聞いてたし、つねに耳を澄ましていたおかげで、溺れた少女が助けを求める声に気づくことができた。 まァ あの子に直接触れたせいで後から村総出のリンチを受けたわけだが。」

A組のみんな((((過去が重い……っ!))))




……以上、入試でロボの位置把握、戦闘訓練で建物内のクラスメイトの位置と人物特定を耳だけで成し遂げた障子目蔵のインタビュー結果(架空)。



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