障子くんが雄英に合格できたのは   作:へびのあし

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4、俺の本当の個性は

 

 

 

 季節は移り変わり、星は巡り。

 何の変哲もない田舎の営みは続いてゆく。

 一年、二年……あっという間に時は流れて過ぎ去るものだ。

 

 早いもので、障子はすでに中学三年生となっていた。

 

 幸運なことに、彼は天才的に優秀で、その上努力家だった。

 “天下の雄英高校“を狙うことができるほどに。

 勉学に励み、体力作りにも取り組み、彼はどんどんその実力を伸ばしていった。

 雨森草太に紹介してもらった格闘技を教える先生を、『花泥の知り合いの学者』と偽って村に呼び込み、こっそり稽古をつけてもらうようにもなっている。

 

 花泥の書物好き、勉強好きは村中の知るところだったので、『まあ学者の友だちの一人ぐらいいるだろう』ということで何とか誤魔化せた。

 中には呼び込んだ彼が体格がよすぎるために首を傾げる村人もおり、そんな人には『こいつは筋トレが趣味』で押し通した。

 

 こっそり稽古をつけてもらうのは中々大変だったが、そこは障子の個性が光った。

 複製腕製の耳は索敵にピッタリで、誰かの足音が近づけば、その体格や履いているものの種類まで完璧に当てることができる。

 来るのがわかればいくらでも対応は可能。

 秘密の特訓は順調に進んだ。

 

 あまりにも順調すぎて、逆に不安になるくらいに順調だった。

 

 

「花泥さん。」

「ん、何だい。」

 

 寒風が吹いている。

 空には白い雲がすじのように浮かび、今にも雪を降らしそうに紫の影を作っている。

 冬だった。

 世にはクリスマスという行事があるらしい。

 きっと障子はケーキもプレゼントももらったことがないのではないか。ふと、花泥はそう思った。

 彼の親には余裕もなければ、友人もいない。村全体がこのような外からの行事を拒絶する風潮に包まれているし、サンタクロースのような華やかなものを受け入れるには、あまりにも障子の家の雰囲気は暗い。

 

 ……そして花泥も、“忌み血”の少年にプレゼントを渡すことができるほど、肝が太くない。

 

 足がつく品物のやり取りは、したくなかった。

 できることは、秘密の路にいる間に食べ物をあげることだけ。

 

 何が好き?と聞けば。

 俺の触手とあいつらの足が似てるから、タコとかイカが好き。などとのたまうので。

 

 ひっそりと買ったたこ焼き器で作ってきたものを、渡して食べさせたり。何かの折りに手に入れたイカスミでパスタを調理して皿ごと持ってきたり。

 そういうことは、していた。

 花泥が一緒に食べることこそなかったが、マスクを外して美味しそうに食べる彼を眺めていると、とても心が穏やかになった。

 

「俺は、合格できるだろうか。」

 

 ふいに、空を眺めながら障子がそんなことを言う。

 物思いに耽っていた花泥は、現実に引き戻された。

 

「……珍しいね。」

 

 きみが、弱気を口にするなんて。

 花泥がそう言えば、障子は少し首を傾げた。

 

「確かに、そうかもしれない。」

 

 入試が迫っている。

 およそ二ヶ月後。倍率300倍という、頭がおかしいほど難関の雄英高校を、彼は受ける。

 まあ、いくら障子が優秀であるからといって。少しくらいナーバスになっても無理はないだろう。

 

 花泥は、そっと手を伸ばす。障子の手と己の手を繋いだ。

 

「……きみには、傷がある。」

 

 紡ぐように、言葉を繋げてゆく。

 

「だからこそ、他者を救えるだろう。自在に増やした耳や目や手で、迷わず救い続けることができるだろう。」

 

 そして、と。

 呟くように。

 

「救うことが、ヒーローの仕事だ。」

 

 薄い水色の冬の空を見上げる。

 白い太陽が、雲の向こう側で輝いていた。

 

「きみは、誰よりかっこいいヒーローになる。」

 

 

 さあ。帰ろうか。

 今日学んだ部分は復習しておくんだぞ。

 

 そう言うと、障子は頷いた。そのまま、彼は帰ろうとして。……そして、ハッと何かに気づいたようにこちらを振り向いた。

 

「……ん?」

 

花泥は、戸惑うように障子を見た。

 

「何か、忘れものでも……」

「花泥さん。」

 

 障子は花泥の声を遮った。

 彼がそんな風に喋るのは珍しかったから、花泥は目を瞬いた。

 

 まっすぐに、障子がこちらを見ている。昔は見上げられていたのに。時が経つのは早いもの。すでに立派な体格になった障子に、花泥は逆に見下ろされていた。

 かつて怖いと思った純粋な目が、まっすぐに自分を射抜くように見つめている。上から、包み込むように。

 花泥は少し、たじたじと下がりそうになった。

 それを気力で堪えながら、花泥は障子の次の言葉を待つ。

 

 障子は言った。

 

「今日、もう少し時間をもらってもいいだろうか。」

 

 もちろん、いいけれど。

 

 花泥はただただ、目を瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 ————隠していることがあるのでは。

 

 そう言われた時、花泥は特に驚かなかった。

 やっぱりか。

 その気持ちが大きかった。

 

 障子ならきっと、見抜いていただろう。勘のいい子だ。危機察知が得意だとも言うが。

 

 

「あるよ。」

 

 あっさりと、花泥は認めた。

 隠していたこと、あるよ。

 

「いつから知ってたのかな。障子くん。」

「秋頃から、なんとなく疑問に思い始めた。……けれど、具体的に何を隠しているのかは、わからない。」

「そうか。」

 

 そんなもんか。

 意外と最近だったんだな。

 花泥は思った。それに、具体的な内容がバレていないとは。まあ、何十年も自分の胸に隠し続けてきたことだから。そう簡単にバレても困るのだけれど。

 

 ふう、と息を吐いて、花泥は言った。

 

「私はね、他人に嫌われたくないんだよ。」

 

 それは誰だってそうだろう。

 そんな、戸惑うような障子の心の声が、聞こえた気がした。

 

 俺だって、そうだ。心ない悪意をぶつけられてばかりの人生は辛かった。嫌われるより、好かれる人物に生まれたった、と。

 

 

 静かに。

 とても静かに。

 花泥の顔に、影が降りた。彼が俯いたのだ。

 

「……俺の本当の個性を教えよう。」

 

 低く呟くような声が、そう言った。

 

「“好感度操作“。それが俺の、本来の個性だよ。」

 

 思わぬ展開に、障子が目を見開いた。

 ……ありえないことだ。

 村は噂社会。どんな些細なこともあっという間に広まる。医者の口にすら戸は立てられず、家族ぐるみで押し隠そうとしても無駄である。ポロリとぼろが出て、そのまま村中が知るところとなる。

 

 困惑する障子に、花泥は語る。

 

「俺は、三歳頃にはすでに、自分を好かれる人間にするための感覚を完璧に掴んでいたよ。……あまり特徴のない顔や体格も、なんとなく魅力的なオーラで纏うことができる。振る舞い方に気をつければ、誰もが俺と一緒にいて心地よいと感じたし。言葉を選べば、誰もが俺を穏やかな人格者だと思ってくれた。」

 

 だからこそ。

 直感したのだ。

 医者に、個性を尋ねられた時。

 ここで自分の感じている感覚を正直に喋ればどうなるか……。

 

「好感度操作、なんて。みんな気味が悪いと感じるだろう。誰もが俺と会うたびに思うんだ。“この人は好人物に見えるけど、それは個性で印象を操作しているからなんだ”、“本当の彼は大したことない自分を飾ろうと必死な陰湿な野郎だ”……と。」

 

 恐ろしいことに。

 未だ幼児だった花泥は、その結果をなんとなく予想していたのだ。

 理屈まではわからずとも、正直に個性を喋った自分に訪れる未来が暗いものとなることを直感した。

 

 ————他ならぬ、“好感度操作”の個性によって。

 

 自分の好感度を下げる発言を本能で理解していた。

 

 つまり。

 いくらでもできるのだ。花泥は。

 村中から嫌われ憎まれる嫌な人物を演じることもできるし、反対に、とても信頼され一緒にいると安心だと思わせる好人物を演じることもできる。

 

 もちろん限度というものはあるし、操作できるのは自分の印象だけ。

 

 それでも。

 対人関係がほとんど全てを支配する村での生活において、これは無敵の個性だった。

 実際、花泥を嫌う人物はほとんどいないだろう。

 個性『イケメン』などと公言しておいて嫉妬や嫌がらせの一つもないのはすごい。

 

 ……まあ、あの人なら。

 ……あんなにいい人になら、神様から「イケメンになる」くらいの贈り物があっても。

 ……彼なら納得だというか、嫉妬したらこっちが恥ずかしいくらい人格者だし。

 

 障子に罵倒を浴びせたのと、これが同じ人間かと思うほど村人たちの声は優しかった。

 

「……今も、計算ずくだよ。」

 

 花泥は苦しげに言った。

 

「きみなら、同情するだろう。好かれたいばかりに嘘を吐き続け、他人から向けられる善意が偽物のように思えてひどく怖くなり、毎晩のように悪夢にうなされる。……そんな私に、今さら『今の話を聞いてあんたを嫌いになった』なんて言わないだろう。」

 

 自分のほうがずっと辛い思いをしていながら、障子は人の心に寄り添える。

 そういう人間だ。

 それに、彼は紳士だ。口は固く、この花泥の秘密を誰かに言いふらしたりはしない。

 一番に花泥のためを思って行動できる、優しい人間なのだ。

 

 ……だから。

 

「そうだな。」

 

 障子は頷いた。

 

「今さら花泥さんを嫌いにはならないな。」

 

 障子は、そう言う。当たり前のように。

 

 やはり。

 花泥は思う。

 

「でも、まあ、いいんじゃないか。」

 

 障子は、花泥が浮かべる表情をいっこうに気にすることなく、こう言った。

 

「花とか泥とか、必死になって使い分けようとするのは人の性だ。それは自然なことだし、みんなやってる。……俺は、いいと思う。それに、アレだ。」

 

 障子は一度言葉を切って、そして言った。

 

「あなたは星だろう。花でも泥でもなく、宇宙にきらめくたった一つの星だ。」

 

 たぶん、北極星あたりだな。

 ヒーローになりたい俺を導いてくれているところとか、航海士の道しるべになるあの星とよく似てる気がする。

 そんなことを、淡々と障子は言う。

 

 

 

 ……今、この瞬間。愕然とした顔で、花泥が固まったことに、未だ気づかずに。

 

 

 

 

 ————お星様みたいに可愛いねって、この前保育園の先生に言われたよ……。

 

 

 お星様みたいに。

 星、みたいに。

 

 花泥の顔が、ぐしゃりと歪む。

 

 

 ……なんで今、思い出すんだ……

 

 

 そう思った。それが花泥の、正直な気持ちだった。

 

 あれは、いつも悪夢に出てくるセリフだった。

 自分が他人を欺いて得た評価を。また別の他人を欺くために、使った。そういう記憶。

 

 ずっと苦しかった。

 思い出すたび、胃の腑が煮えながらねじれるようだった。

 

 だのに。

 ああ、なんということだろう。

 

 ————あなたは星だろう。

 

 なぜ、こんなにも違うんだ。

 安堵と幸福が重すぎて涙が出てくるくらい。本当に、幸せすぎて辛い。

 どうしようもないほど凝り固まった何かが、溶けて崩れて、ぐずぐずに決壊していた。

 

 

「……なんで、きみは、」

「救うのがヒーローの仕事だと、あなたが言ったばかりだろう。」

 

 彼の言葉の意味に気がついて、花泥が歯を食いしばる。

 ああ、いつの間に。

 彼はこんなにも、成長してしまった。

 

「……あなたは辛そうにしていた。何かをたった一人で抱え込んで雁字搦めになっているなら、話ぐらいは聞いて寄り添うべきだと、そう思った。……それだけだ。」

 

 手が差し伸べられる。異形の腕は、とても大きかった。全てを包み込むほどに、大きかった。

 

「……きみは、温かい。」と。

 掠れたようにそう呟く花泥を、障子は静かに見下ろしていた。

 

 花泥は、泣いていた。

 泣きながら、うわごとを言うように呟いた。

 

 

「……きみのような人が、いたならば。」

 私がまだ、幼い子供だった頃に。きみのような人がいたならば。

 

「異形を見た目で判断することの愚かさに……もっと早く気づいていたに、違いなかったのに。」

 

 障子はそっと、歯を食いしばって嗚咽する大人の背をさすった。

 

 その体は、障子が触れても、もう強張ることはない。

 少なくとも、手を通して伝わるほどの拒絶はない。

 

 

 人は変わる。

 それがどんなに困難な道であったとしても。

 確かに、人間は変化することができる生き物なのだ。

 

 障子の心は固く決まる。

 

 

 花泥星太郎。

 彼のような善良な人間が、ヒーローに憧れ、異形への偏見をなくしていったなら。そしてそのさらに向こう側、“異形に憧れるほどの眩しさを輝かせる”ことを、障子が達成できたなら。

 

 次世代の世の中は、ほんの少しでも。

 異形の子に優しくなるのではないだろうか。

 

 

 ————絶対に雄英に合格する。そしていつの日か、誰よりかっこいいヒーローになってやる。

 

 冬空を見上げる。

 障子の目は、すでに深く成熟した大人の目をしていた。

 

 





 伏線いろいろ

・オリキャラの名前……“花泥“→花にも泥にもなれる。
・イケメンなだけじゃない…… “気遣いがうまく、声も温和で、その人となりは非常に誠実“→それも個性だった。
・障子くんを傷つけた後の独白…… “彼に嫌われるような言動を繰り返さないように“→可能な範囲で完璧に振る舞う手段を持っていた。
・障子くんを抱き寄せた時の描写…… “震えそうになる全身を無理やりに押さえ込んでいる“→本来なら抑えようとしても勝手に震えてしまうのが当たり前だが、個性で頑張った。

 などなど。





オリキャラ:格闘技の先生
名前は未定。つまり今は名無しの権兵衛さん。
無個性だが、クセの強い個性の弟子を大量にとって全員完璧に指導していくスタイルの天才肌型格闘家。
高校中退していちごやバナナを食べて食レポする系のアイドルを目指していたが、当時六十二歳だった師に出会い、格闘家に転向。師のおかげで危ういところで人生を破滅させずに済んだ。
本人は自分を努力型、自分に格闘を教えた師匠をこそ天才肌型だと思っているが、たぶん真逆。
出会った時の師の年齢(とそれによる経験値)をもう少し考慮にいれたほうがいい。
眼鏡をかけると賢く見える、三十二歳のやんちゃボーイ。


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