障子くんが雄英に合格できたのは 作:へびのあし
二つ目の話のタイトルの意味は、以前書いた小説「保健室のきゅうり」を読めばなんとなくわかるかもしれません。
具体的には、雨森草太とその奥さんが生存し、その子供の修が孤児にならずにすんだ経緯が想像できるような物語が書かれています。
前作品は読まなくても楽しめる内容にしているので、あまり心配しなくても大丈夫です。
なんなら二つ目の話は読み飛ばしてくださって問題ありません。
ーーー
【神童! 花泥星太郎!!】
ーーー
幼い頃、花泥星太郎はよく山に入っていた。
山菜を採りに行くためだ。
「みよさん、これはなんですか?」
「んー、それは蕗。あえものにすると美味しいよー。」
雨森みよ。
山菜採りの名人であるという彼女に、まるで金魚の糞のようにくっついて回る星太郎。ぴょこぴょこと可愛らしく山道を跳ねてゆく彼の姿は微笑ましく、たまに行き合った村人は遠くからでもおーいと手をふってくれた。
ピッピッ、ピピピョ。
澄んだ鳥の声が響く。
おっ、と雨森みよが顔を上げる。
「“テッペンカケタカ“って鳴いてるよ。」
「……テッペンカケタカ?」
「鳴き声の覚えやすい言い方。ありゃ、ホトトギスさんだよ。」
みよは笑って、木々の間を透かし仰いだ。
「“ホトトギス 鳴きつる方を眺むれば ただ有明の月ぞ残れる“……ってね。百人一首でもあるよ。」
一字決まりだから、真っ先に覚えたお気に入りだなー、ああ懐かしー。とみよは頷く。
星太郎は、ふうん、と木の枝を見上げた。
そしてみよが詠んだ和歌を、そのまま真似をするように、小さく呟く。
「……ほととぎす、鳴いてるカタを…眺めれば?……ただ朝焼けの…月ぞ残れ…りました?」
なんか違うような。
自分でも首を傾げながら、朝焼け……夜明け……いややっぱり最初は“あ“だった……とぶつぶつ呟いていると、びっくりしたような顔のみよがこちらを見ていた。
「この歌、知ってたの?」
「ううん。」
「今、初めて聞いた?」
「うん。」
「すごっ!」
もう一回、と言って、みよがさっきの和歌を暗唱してみせる。二度目にもなれば、さっき覚えきれていなかった部分の確認になって、完璧にすらすらそらんじることができるようになっていた。
みよの喜びようは面白かった。
意気揚々と、知っている和歌を並べ立てていく。
片っ端から、その歌に込められた意味まで含めて覚えていく星太郎に、みよは大興奮した。
「天才!神童!きみめっちゃ頭いいじゃん!」
きょとん、とする星太郎に、みよは思いっきり頬擦りをして踊り回った。
「清少納言の歌!」
「夜をこめて 鳥のそら音ははかるとも 世に逢坂の関は許さじ」
「そのライバル、紫式部の歌!」
「巡り逢ひて 見しやそれともわかぬまに 雲がくれにし夜半の月かな」
「ウッヒョー!」
ばんざーい、ばんざーい、と星太郎の腕は勝手に上げ下げさせられた。
なすがままにされながら、星太郎はちょっと頬を赤く染めて楽しそうにしていた。
褒められて嬉しくない人はいない。
そして後日。
山菜の数を数えようとした際に、星太郎の計算能力までが並外れていることを知ったみよは「文理どっちもいけるとかマジですか!!」と雄叫びを上げた。
ちなみに、その日の雨森家では。
「草太! 百人一首を一週間以内に暗記できる?!」
「えっ……百人、イッシュ?ってなに……?」
「みよちゃん、みよちゃん、俺たちの息子が得意なのはそっち方面じゃないでしょう。」
「ならば上等よ! 星太郎くんを我らが草太の親友にしてみせる! 将来的に宿題を見せてもらえる戦力を確保するのんじゃあー!」
「おーいそんなに血迷わないで……って聞こえてないし……あーあ、またみよちゃんが暴走したかぁ。」
「おかあさんの暴れ牛モード?」
「……あ、うん。そうそう。よくわかったな草太。」
しばらくお母さんはそっとしておこうな。うん、わかった。
などという父子のやり取りがあったそうな。
結局のところ。
星太郎と草太はかけがえのない友人となり、また宿題をする時に限って、パーフェクトに先生と生徒の上下関係が出来上がっていた。おかげで草太は学校嫌いで休みがちだったのにも関わらず、普通の子をだいぶ上手回る学力を身につけることができていたとか。星太郎先生の家庭教師さまさまだ。
母親の慧眼もなかなか侮れなかったということだった。
*
ーーー
【もう一つのハッピーエンド。もしくはバタフライエフェクトの話。】
ーーー
「……バーでジャズピアノ?」
「うん、バーでジャズピアノ。」
久しぶりに友人である草太から電話がかかってきたと思ったら。
これは一体、どういうことなのか。
花泥はただただ困惑した。
「一応理由が聞きたいかな。……僕は今、福岡県にいるわけで。」
「あ〜、そうだよね〜。」
「誘ってもらえたのはとても嬉しいよ。でも、さすがに、ちょっとお出かけ感覚で会いにいくことはできないかな。田んぼも畑も大事な時期だから、放っていくわけにもいかないし。」
よっぽどの理由があるなら、飛行機のチケット買って今からそっちに行ってもいいけど。
そう言うと、草太はうーんと唸った。
「緊急事態とか、そういうんじゃないんだよね。海外ですごく有名になったピアニストが来てくれるっていうから、もしかして興味あったらな〜って思っただけで。」
「なるほどね。」
「ごめんね〜。あんまり人ごみとか都会の感じ好きじゃないんだったよね、星太郎。」
「……そうだね。」
少しの間。
電話の向こう側で、草太がテヘペロ、と舌を出す音が聞こえた。
「っていうか、ちょっと冗談言っちゃった〜。これ、実は今日の予定なんだよね!今からきみが飛行機予約しても、間に合うハズもなし!」
「……って、おいっ。」
「まあまあ、元々きみは興味もたないだろうな〜っていう前提があったからさ。ほら、別に落胆とかしてないでしょ?」
「まあ、それはそうだけど。」
じゃあね〜と電話を切ろうとする草太。
ならばとこちらも電話を耳から離そうとして、すんでのところで花泥はハッと気づいた。
「————待て、草太。」
「……ん?」
一つ、気になることがあったのだ。
「きみは、お酒が飲めないのにバーに行くのかい?」
これは、本来ならば。
確認するまでもない些細なこと。
なぜ気になったのか、自分でもよくわからないほど重要度の低いはずのこと。
……このまま電話を切っていても、全く問題ないはずだったそれに、なぜか固執した。
そして。花泥は、固唾を呑んで友人の返事を待って。
「ん?ああ、うん。まあ、緑茶頼んでればいいかなーって。」
その草太の答えを聞いた時、何かとてつもない悪寒に包まれた。自分でも不必要だと思うほど、花泥は一生懸命に念を押した。
「……くれぐれも飲んじゃダメだぞ。どうしても断れない時のために、頭から使えそうな薬草生やしておくんだ。それで、“自分に何かあったら口につっこんでください”って事前に周りに頼むこと。」
「あー、うん。」
「いいかい?お酒飲む前に薬草食べて、“これでもうちょっといける”とか我慢したら絶対ダメだからね。個性の葉っぱは万能じゃないし、きみはほんっとうにお酒に弱々なゲコだという自覚を徹底すること。」
「わ、わかったってば……」
花泥の勢いにちょっとたじたじとなりながら、草太は頷いてくれた。
しかし、である。
次の瞬間。
彼は言い訳をするように、こんなことをのたまったのだ。
「俺の奥さん、ハイ・ヒール・ガールっていう凄腕の医者だから、酔って倒れても個性で直してくれるんだけどね……」と。
花泥は驚いて、彼を問い詰めた。「君たちの間には赤ちゃん産まれてるんだよね?超絶忙しい貴重なドクターと兼業で一番手のかかる時期の赤ん坊のママをやってる奥さんだよ?一体全体きみは何を期待してるのかい?」
彼の奥さんはなかなか貴重な個性持ちらしく、ヴィランに襲われないように家に護衛がついてるとか言っていた。
そんな人を、倒れた夫の介抱に使わせるつもりなのだろうか。非常識を問う云々の前に、救命現場に間に合うわけないだろう。
急性アルコール中毒でも起こして死んだらどうするつもりだ……と割と本気で心配になって、花泥はこんこんと草太の認識の危うさを説いた。「いいかい?わかったかい?」と何度も繰り返せば、さすがの草太も目が覚めたようだった。
「はい、反省しました……」としみじみとした声が返ってくる。
「最近ストレス溜まることがけっこうあって、ちょっと色々判断力あたりがぼんやりしていたかもです……。」
「えっと……それは、大丈夫かい?」
「あー、うん。なんか、うちの家の護衛人の一人におかしな奴がいて。表面上は普通な感じなんだけど、こう、金銭絡みでトラブル起こしそうになったりして、今現在面倒なことこの上ない状況でして……。」
「……解雇するべきじゃないのか?」
「契約上だとそれができなくなってるんだけど、でも、そうした方がいいかも……あいつお金くれるってなったら不審者もあっさり家に通すかもしれない……」
「それは非常にマズいな。」
「うん。まずい、から、頑張ります……」
「……大変だな。」
何かあったら手伝うよ。
そう言うと、草太は何か大きく安心したようだった。「ありがとう、恩に着るよ星太郎〜。」と涙声でお礼を言ってきた。花泥も、できるだけ優しく彼に言葉を返す。
困ったときはお互い様だよ、と言って。
うん、と返事があって。
そうして今度こそ、電話は切れた。
後日、諸々のトラブルは全て解決し。
草太と花泥でほのぼのムードのビデオ通話をしていたら。なぜか乱入した雨森直美(草太の妻)と雨森修(赤ちゃん)により、背景でバカップルと親バカのまぜこぜ炊き込みご飯みたいなカオスが繰り広げられることとなった。
何事にも好青年ぶりを崩さないのが得意な花泥は、類い稀なる包容力でそれを見守っていたが。
彼以外がそれを見ていたならば、混乱のあまり持っていた携帯を壁に投げつけること間違いなしの光景だったとだけ、言っておこう。
……まあ、家族が幸せそうで、いいことだった。
*
ーーー
【弟子大好き師匠たち】
ーーー
『1年ステージ!生徒の入場だ!!』
ジジ、と時折ブレる映像。
音源だけはクリアに、響いている。
『雄英体育祭!! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!! どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!!? 敵の襲撃を受けたにも関わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!』
お茶を飲みながら、床の間でテレビを見ている人影が二つあった。
『ヒーロー科!! 1年A組だろぉぉ!!?』
轟く歓声。
沸き立つ会場。
画面の向こう側の光景は、今、世界のどこかで確かに存在しているものだ。
「……目蔵くん。」
ぐすん。
涙声で鼻を啜る。
そんな一人の肩に、ポンと手を置くもう一人。
「よっ。花泥。よかったな。」
「……ぐすん。」
「おいおい、まだ始まってもいねーんだぞ? そんなんで大丈夫かよテメー。」
白い胴着と袴を身につけ、どっかりとあぐらをかいた男。そしてその隣には、さっぱりした水色シャツとスラックスが爽やかな印象を与える、美形(?)の男。
障子目蔵の格闘技の師匠と、勉学の師匠。
その二人が、雄英高校の体育祭のテレビ放映を視聴していたのだった。
「ぐすん……大丈夫じゃない……」
「っとによぉ。テメー、あいつのこと好きすぎだろ。」
「見たいのに怖くて画面見れない……というかそれ以前に涙でぼやけて画面見れない……」
「厄介ファンかよ。」
呆れたようなその男は、ぐすぐすと泣き続ける相方を見て「……涙に濡れてる顔も綺麗なのな、テメーは。」と呟いた。
その瞬間泣き声がさらに音量を増し、男がギョッと耳を塞ぐまでがこの成り行きのセットである。
テメーそれ飲んでんのホントに茶だよな?……うん。茶で酔っ払えんのか?……もしかしたら。……いやいらない芸すぎないか?などというやり取りもあった。
体育祭は進行する。
お茶は順調に減ってゆき、空になるたび二人は何度かお代わりをした。
そして思い思いに、画面の向こう側での出来事に対する感想を述べ合う。
「おっ! 障害物競走、目蔵が十四位だぜ! つーかなんだあの魔境?あいつより早いやつが十三人もいるとかマジか?」
「……うん……魔境だね……」
「氷の神みたいなイケメンすごくね? あと爆弾男。んでもってそいつら全員抜きしてった一位の子もやばいっつうか、なんだよアレ。個性使わねーで一位とかさ、うーっむむ……目蔵! ありゃ負けちゃダメなやつだろが!」
「……目蔵くん頑張った……でも確かに負けちゃだめなやつ……後続妨害してった氷男許すまじ……燃やしてやる……」
「おいコラ花泥。さっきから情緒不安定がひどくなってっぞ。」
雄英クオリティの障害物競争が終わり。
上位通過者による騎馬戦が始まる。
バンバンガンガン大変なバトルの騎馬戦だったが、なかなか面白いものだった。特に障子の騎馬は誰も思いつかないような工夫を凝らして堅実にハチマキのポイントを貯めていた。
まあ、最後は隙をつかれ、障子の騎馬はいつの間にかハチマキを全部失ってしまっていたが。
「……騎馬戦めっちゃかっこよかった……0ポイントで敗退しちゃったけど……あの蔓の女の子ひどい、障子くんにハチマキ返せ……返さないなら火ぃつけてやる……」
「ほんっと厄介ファンだな。」
「内心あなたも悔しいくせに……」
「むむ………。」
あーだこーだ語りながら、二人は、画面を眺め続ける。
華やかな世界で活躍する青年の勇姿を、ひそやかに応援するように。
障子が入学した年。
その初夏の、ささやかな出来事だった。
ネタバレ(主に花泥の個性について)の関係で後回しにしていましたが、正式なプロフィールです。
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花泥星太郎の人物紹介
誕生日:11月8日
身長:171cm
個性:好感度操作。
あらゆる点で自分を『好人物』に表現することができる。
個性がバレると好感度が下がるため、生まれてから四十年以上もの間、個性を『イケメン』と偽って本当の個性を隠してきた。
彼が本気を出せば、巨大な宗教の教祖になることも、自分を頂点にした社会秩序を築き上げることも可能だと推測される。
しかし本人は『子供たちを導く北極星』になりたかったため、教育者の道を選んだ。
好きな食べ物:タコとかイカとか、山菜とか
嫌いな食べ物:ゴーヤ。(本当はケーキのクリームやチョコが苦手。)
血液型:AB型
性格:人格者。(常に余裕な王子のようにも見えるが、本性は泣き虫な苦労人気質。)
……クリスマスなどで障子くんのことを気にしながらもケーキ贈らなかったのは、自分自身が苦手だったからかも……
本人に指摘すれば、うっと詰まると思われる小ネタ。