障子くんが雄英に合格できたのは 作:へびのあし
一つ目の話は、番外とifの中間くらいの物語です。
あったかもしれない。でも、なかったかもしれない。……あったらいいなぁとは、思っています。
ただ、ちょっと曖昧な世界線な気がするので、読み飛ばしてくださっても大丈夫です。
二つ目は、花泥の未来の物語。こちらはifではなく、確実に実際にあったことだと思われます。
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避難所で星太郎たちがガンバルおはなし
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「こんにちは、
「はい。こちらこそ、今日はよろしくお願いします。」
美しい白髪と、ちらちら見え隠れする朝顔の葉っぱのような形の緑の植物。不思議な雰囲気の青年が、花泥に頭を下げた。
雨森修は、雨森草太と直美の息子である。
そして医者を志す優秀な青年でもある。
今日。花泥は、教育者として。そして、修は医者見習いとして。一緒に避難所で仕事をしてみようということになっていた。
ちなみに、修の個性は治癒である。
さすがは雄英高校の保健室担当リカバリーガールの孫。
どこからでも引っぱりだこ待ったなしの強個性だ。
しかし厳密に言うと、リカバリーガールの個性とは微妙に異なっている点が多く、個性使用には膨大な医療知識が必要である。とはいえ、それでもとてつもなく便利な治癒系の個性。
なんとまだ学生の身で、簡単な怪我に限っての治療行為許可が下されている。
重症の患者は手に負えないらしいが、まあその辺は仕方がない。
傷口が乾いているならば、ほぼノーリスクで治せる……しかも使いようによっては新しい臓器を作ったり髪の毛を伸ばしたり筋肉を増強させることまで可能……なんて、それだけで奇跡みたいなことなのに、子供にそれ以上を求めるのは酷だ。求められる知識が膨大すぎて、それを身につけさせるためにメチャクチャな詰め込み教育をしなければならなくなってしまう。不可能を求めても意味はないだろう。
……とまあ、そんなすごい子なのではあるが。
彼の性格は不思議にふわふわしていて、何を考えているのかイマイチわかりにくく。
けれど基本的にはとても礼儀正しくていい子だった。
修が花泥を見上げて問いかける。
「……あんまり怪我人が多いようなら、今日は“きゅうり葉“は使わないで治しましょうか?」
「そうだね。触れただけでいけるなら、それでお願いしたいかな。」
「わかりました。」
花泥の返答に、修が頷いて、ニコリ、と微笑む。
爽やかな春の海のような純真な光が、修の淡い表情には宿っていた。
怖いくらいに深く、綺麗な目だ。
……見ているだけで、吸い込まれそうになる。
花泥は眩しそうに目を細めて、そして、静かに頷いた。
「いいね。」
優しく修と目を合わせる。
「修くんの目、患者をよく見てるお医者さんの目だ。」
きみになら、私の命を預けられるよ、と。さらりとそう言って、笑う。
その瞬間、なんだかぼうっとした表情になった修の手を引いて、花泥は歩き出した。
「こっちだ。これから忙しいよ。」
……避難所の混沌具合は地獄だった、と。
後になって修は語ったそうだ。
てんやわんや。
花泥は隙あらば走り回ろうとする子供たちを教え導き、隙あらば個性で悪巧みをしようとする子供たちを教え導き、隙あらば喧嘩やいじめ、夜討ち、強盗、謀綸旨……など都に流行っていそうなものをドンパチさせようとする子供たちを教え導いた。完璧に。
修はそんな花泥の方を信じられないような目で見ながら、自分もひっきりなしにやってくる患者をさばき続けた。
……ちなみにだが、修が担当した方も負けず劣らず波乱万丈だったことに、本人はあまり気づいていなかったりする。
具体的に言うと、途中で患者の列にガラの悪い悪党たちが乱入した。
しかし修は狼狽えない。すっくと立ち上がって、手裏剣投げの要領で彼らの口の中に“きゅうり葉”を投入、そしてすかさず個性発動。悪党どもは三秒の間に、髪の毛を猛スピードで生やされて平安貴族の女性の三十倍バージョンみたいにされた挙句、栄養補給なしで治癒を使われたことによるエネルギー不足で失神した。
そのあまりの手際のよさに、遠くで見守っていた花泥が(修くん、きみ余裕でヒーロー活動できるんじゃないかい……?)と慄いたことも、その日の目立った出来事だったのだとか。
十二時十分。
その日の避難所に、障子目蔵が現れた。
「あっ。目蔵くーん!」
「……!……花泥さん!」
花泥(と雨森草太の息子)がいるとの噂を聞きつけて訪れた、障子。
彼は手にリンゴの入ったカゴをぶら下げて来ていた。準備がいいというか、なんというか。ちょっと可愛らしい紳士である。
昼休憩のお弁当の時間を狙って顔を出し、「デザートです。俺の方でまな板と果物ナイフも持参して来ました。」と言う障子に、少人数のスタッフ一同はとても喜んだ。
「すごい! もしや、この子が花泥の一番弟子っていう彼?!」
「気遣いの鬼!」
「いやあー、教育ができてる!!」
「あはは……彼は元々こうでしたよ。原石を磨くまでもなく、ずっとダイヤモンドって感じで。」
花泥の言葉に、へえーそうなんだーと唱和するスタッフ。そして、……持ち上げすぎだ、と少し照れているような障子。
そんな彼らの元に、修がひょっこり顔を出した。
忙しすぎた午前を終えて、まとっていた白衣がだいぶくたびれている。息を切らしながら現れた彼が、お弁当を片手に部屋に入ってきた。
「すみません、ちょっと遅れましたが僕も今から休憩を……あっ。」
修と障子の目が合う。
片やヒーロー。
片や医者。
互いに人命を背負った職業に人生を懸ける……高校生。
「初めまして、だよね。」
「ああ。……初めまして、だな。」
目を丸くしながらも、二人はお互いに手を出した。
「よろしくね、障子くん。」
「ああ。よろしく頼む。雨森……修、だったか?」
「うん。……あ、こっちも下の名前を聞いていい?」
「目蔵だ。」
「おお……いい名前だね。目蔵くん。」
二人はお弁当を並んで食べながら、静かに会話を弾ませた。
大人たちは、それを微笑ましく見守り。その中でも特に花泥は内心ボロボロに涙を流しながら感動していた。
「個性伸ばしか……そんなことできるんだね。言われてみれば自然にやってた気もするけど、意図的にやろうと思ったことはなかったかな。」
「ああ。ヴィランに対抗するためでもなければ、ただ力を無用に増やして本人を振り回すだけの結果に終わりかねないからな。ヒーローだとて、調子に乗れば無駄に街を破壊する迷惑者になってしまう可能性がある。個性の意図的な成長は、力の使い方と一緒に慎重に行うべきだというわけだ。」
「なるほど。」
「……お前にこれを明かしたのは、医者なら知っておくべきだと思ったからだ。個性を伸ばしたことで、より多くの命を救えるなら。絶対にそっちの方がいいだろう。」
「……そうだね。ありがとう、障子くん。」
雨森修と障子目蔵は、とても仲良くなったようだった。
遠距離索敵も近接格闘もいけるの? 隙がなさすぎて怖いね障子くん、とか。
頭に生える“きゅうり葉“を服用させれば、患者に触れずしかも視界に入れずとも自由に遠隔治療できるなんて反則だろ、とか。
互いの凄さに呆れあって盛り上がっていた。
障子の複製腕にぽこんとできた口がしゃべった時は、さすがの修もびっくりしていたが。それも慣れてしまえば、その口をこしょぐって遊ぶような余裕も出てきて。
結局彼らは、休憩時間目一杯喋り倒していた。
花泥は終始(あの寡黙な障子くんがあんなに饒舌に友人とおしゃべりを……)と心の中で感涙していたそうな。
*
ーーー
歳の差恋愛
ーーー
美しい人だった。
物憂げで秀麗なその顔は、五十歳を超えてなお、一国の王子のような気品を醸し出していた。
あの人は完璧だった。
歩くだけで、青空に祝福されているようで。
水色の光をいっぱいに浴びて、優しく微笑んでいるその顔が魅力的だった。
声を出すだけで、春の雨を幻視するようで。
透き通るような穏やかな声音が、いつまでも鼓膜を揺らし続ける。
「教育復興に努めております! 花泥星太郎です!」
……その声をいつまでも聞いていたくて。
あの人の隣に立ちたくて。
気づいたら……引き寄せられるように近づいていた。
「好きです。結婚してください。」
驚いたような、彼の顔が見える。
じっと、彼はこちらの目を覗くように見つめていて。
しばしの沈黙の後に、彼はゆっくりと口を開き————言った。
「御免なさい。」
「なるほど。」
……なるほど。
私は心の中で思った。
少女に叶わない夢を見せる気はないという、しっかりした意思表示。
ある意味で、とても誠実な対応だ。
やっぱりいい人だな、と思ったし、全然悪い気はしなかった。
ただ。
……このまま終わるつもりも、なかった。
幻のような夢に浮かれて彼に言いよる大勢の女の子のうちの一人として、埋もれたくなかった。
だから。
「騙して、御免なさい。」
私はお辞儀をする。
そしてネタバラシをするマジシャンのように、パチンと指を鳴らした。
「私、実は老婆です。」
真面目な顔で、淡々とそんなことを言う。
私の外見は一気に歳を取り、七十ほどのお婆さんになった。
え……、と。
ちょっと呆然としたような彼の呟きが聞こえる。いや、外見ではそうだけど、実際はちょっとどころではなかったかもしれない。
よしよし、その驚いた顔が見たかったんだ、と思いながら。私はさやさやと風に揺れる白髪を振って、空を見上げた。水色の空。宇宙を隠した空。キラキラと綺麗な空。
私は恋したのだ。
温かな青空のような美しい人に。
「こんにちは、若山歌子です。ちなみに私、この辺りではまあまあ有名な名物音楽教師です。小学校の教員歴五十年くらいですね。その辺の子供を捕まえて『何やっても怒らない若山先生』と言えば、“何やっても〜”のあたりでみんなわかりますよ。」
はあ、なるほど。
わりと本気で困惑したような顔の彼。
無理もなかった。十七歳ほどの綺麗な女の子に声をかけられたと思ったら、その子は七十のお婆さんだったのだから。
「と言うわけで、お邪魔しました。さようなら。」
お前は何をやりたかったんだ。
そう誰もが思うほどの淡白さとあっけなさで、私はさっとその場を後にする。
……と思ったら、声をかけられた。
「あの、」
くるりと振り向く。
彼が、今しがた小さくちぎったらしい紙片を渡してきた。
「この後、カフェでお話しましょう。」
私の電話番号です、と言ってきた彼を見て、私は密ひそかに心の中でガッツポーズをした。
やったぜ。
青空というものは、決して手の届かないものじゃあないのだ。
……それを理解していたのが私一人だったからこそ、彼は私のものになる。
————などと、そんな風に粋がっていられたのもそこまでで、関わり合いになるうちになんか花泥星太郎という人物の本性を知ってびっくりしたり呆然としたり色々なことがあったが。
まあ。
私は感情が表に出る方ではない。
何があってもそよ風のように淡々と、流れるように。
お婆さんらしくそんなふうに彼と接し続けた。
花泥さんは、不思議な人だった。
そして。花泥さんは私に、君も負けず劣らず不思議な人だ、と言った。
……まあ、その通りだろう。
だからこそ。
五十歳と七十歳。歳の差恋愛も甚だしいが、こうして成立してしまった。
彼は言った。
『君で二人目だ。』と。
何がと言えば、本当の個性を明かした人物だという。
個性:イケメン
それは嘘。
本物の個性:好感度操作。
ふうん、と思った。
ますます好きになった。
だって、そうだろう。この人とくっついたが最後、夫婦仲が悪くなることなんてありえないのだから。私が彼を嫌いになることはなく、ずっとずっと好きでいられる。一緒に家庭を築く相手としては理想の人物だろう。
……もちろん、こちらが嫌われて捨てられる可能性は一切考えないこととしてだが。
「個性を明かした一人目は誰ですか?」
「とある子供だよ。」
「いい子だったんですね。」
「うん。世界一のいい子だったよ。……私なんかが出会うのはもったいないくらいに。」
おやおや、と私は驚く。
こんな素晴らしい人である彼が、出会うことをもったいないと思う子供なんて。
「……もしや、教員一年目で会った生徒とかですか?」
「惜しい。教職を目指したきっかけの子……私が初めて、大人として子供を導く経験を得た時の子だよ。」
その子供の話をする時。
花泥さんの顔は穏やかになった。
どこか遠くを見るようにして、ゆっくりと語り続ける。
その子は、彼にとってのヒーローなのだという。
揺籠で眠り続ける彼を起こして、彼がいるべき世界へ引っ張り上げてくれた。彼に、誰かと助け合う幸福を教えてくれた。
今の自分があるのは何もかも彼のおかげだと、嬉しそうに花泥さんは語った。
ありがとうと、私は思った。
顔も名前も知らないその子供に。
その子がいなければ、私は花泥さんと会えなかった。
だから、たくさんありがとうと、心の中で私は強く思った。
私たちは結婚式をしなかった。
ケーキも食べなかった。
ただ、指輪を買って、贈りあって。そして写真屋さんに行って、綺麗な衣装を着た結婚の証拠写真を撮った。最後に役所に行って、籍を入れた。
……それだけで、私たちは静かに暮らした。
教員として、支え合い。
花泥さんも、私に涙や笑いの表情を次第に豊かに見せるようになった。彼は私の不意の悪戯とその後の淡々とした後始末の仕方に面食らいながら、私は彼のカリスマ性に日々胸中で舞い上がりながら、若くない同士気遣い合って暮らしていた。
私たちは、幸せだった。
花泥夫婦の紹介
*
花泥歌子(旧姓:若山歌子)
個性:若作り。
自分を若い姿に誤魔化して幻惑できる。現見ケミィの『幻惑』の下位互換。
何を考えているのかわからないし、怒らせたらめちゃくちゃ怖そうだけど絶対怒らないから大丈夫、と子供達に評判の小学校音楽教師。
花泥に心を開かせたため、障子や格闘技の先生等の一部の人物を除いて最も彼の素顔を知っている。
ただし自分は泣かないし笑わないし本性を全然見せない。
花泥は一年ぐらいかけて、ようやくこいつが実はだいぶ愉快なやつだとわかってきた。
*
花泥星太郎。
個性:好感度操作。
相変わらずの秘密主義で、奥さん以外にはとある教え子たった一人にしか個性をバラしてない。
おじいさんになっても王子様と評されるカリスマ力は衰えない。
頭脳系の教科はなんでも教えられるが、一応専攻は古文らしい。小中高大全てで教える資格を持っており、有り余り自分の能力を持て余し気味。
歌子お婆さんとの時間はなんだか心地いい。
どんな風に振る舞ってもなんだかんだ好感度が上がっているのが理由がわからず怖い気もしている。
……まあどうせお互いもうすぐ死ぬし、そんなに気にしなくてもいっか……とも思っている元独身。
本人は気づいているかどうかわからないが、結婚相手を見つけられたのはわりと奇跡だと思われる。